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第十五章 実家へ行く

 どうして、あなたは死んでしまったのだろう。

 どうして。

 どうして。

 どうして?




 待ち合わせ場所に着くと、海と由香は先に来ていた。

 待ち合わせ時間の五分前だったが、なんとなく申し訳ない気持ちになる。


 三人そろって待ち合わせ場所から、由香の案内に従って住宅街を進んだ。

「あ、ここよ」

 そう言って立ち止った由香の視線の先には、一戸建ての住宅があった。こじんまりとした二階建ての家だ。

 もとは白かったであろう壁は少し黄ばんで、この家の古さを思わせた。よく見れば、ひびを修復した後もある。

 表札には、桜田とあった。

 由香が代表してチャイムを押すと、ほどなくして中から中年の女性が現れた。

 彼女が桜田絵里の母親だろう。

「いらっしゃい。よく来てくれたわね。由香ちゃん。それとお友達もはじめまして。さ、中へ入って」

 存外明るく出迎えてくれた。もっと、暗い雰囲気の、やつれた女性が出てくるものと思っていた空の予想は外れた。

 彼女は、太っているとまではいかないが健康そうな体型で、笑顔の中にも活力があふれているように見える。こう言っては失礼かもしれないが、とても子どもを一人亡くした母親には見えなかった。




 家に入ると、まず始めに、仏壇に手を合わせた。仏壇の横にある棚には少女の写真が飾られている。可愛らしい、元気な笑顔。これが、桜田絵里か。空と同じ年のこの少女は、もうすでにこの世にいないのだ。

 手を合わせた後、仏壇のある部屋から隣に移った。その部屋は、居間として使われているであろう、和室だった。

 小さめの四足テーブルの前にあぐらをかいて、空と海は並んで座る。その前に緑茶の入った湯呑を置き、女性が海の正面に座った。由香はその隣だ。

「今日はありがとうね。由香ちゃん。それと君たちも」

 柔らかな笑顔とともに、絵里の母親は口を開いた。空と海はそれぞれ軽く頭を下げた。

「今日は、三人で押しかけてすみませんでした。君島さんが今日行くって聞いたんで、一緒にと思って」

 敬語を使うときの海は関西弁ではなくなる。以前も聞いたことがあったが、妙な違和感がある。

「ええ、どうもありがとうね。生前、仲よくしてくださってたんだって? 来ていただけて絵里も喜んでるわ」

 そう言って、絵里の母親は襖の方へ目をやった。襖の向こうには仏壇がある。

 由香はどうやら、空と海のことを、同じ中学校の友達だと話していたらしい。嘘をついていることに罪悪感を覚えるが、この場合仕方がないだろう。

「今日、由香ちゃんに来てもらったのはね、形見分けをしようと思って」

 絵里の母親は少し、寂しそうにほほ笑んだ。由香は驚いたように目を見張った。

「え? 形見分けって」

「もうすぐ、引っ越すのよ。……実は、再婚することになって」

 この告白に、空たちはかなり驚いた。

「すっげ、おめでとうございます!」

「ありがとう」

 空の言葉に、絵里の母親は幸せそうに頷いた。由香もお祝いの言葉を述べる。初対面での彼女の印象が明るかったのは、娘の死を乗り越え、前を見据えていたからだろうか。

「それでね、一からやり直す意味で、絵里の持ち物を少しだけ残して、後は処分することにしたの。だから、絵里の物で使えるものがあったら、何でも持って行っていいから。見てくれる?」

 由香はおとなしく頷いた。視線を受けた空たちも頷く。

「あ、そうだ。おばさん。桜田さ……絵里さんって、日記書いてました?」

 空は思い出したように声をあげた。女性は面食らったように空を見る。由香や海も同様だ。唐突だっただろうか。だが、聞かなければならなかったのだ。

「ええ、書いてたわよ。あの子の父親が教師でね。日記は自己を見つめることに役立つとか言って、毎年誕生日に日記帳をプレゼントしてたけど。でも、それがどうかした?」

 尋ね返されて、空は慌てたように声をあげた。

「え? ええっと、あの、そう。どうしても思い出せないことがあって、それで、絵里さんが日記に書いてないかなーと思って」

「そーらー、お前慌てすぎやな。何やその思い出せないことって、恥ずかしいことなんか?」

 空が嘘ついていることを知っているはずの海が、にやにやと笑いながら空の肩に手を置いた。

「べ、別にそんなんじゃねーよ」

 海の手をはずさせて、大きな声をあげた空の反応がどう映ったのか。絵里の母は目を細めて空たちを見る。

「ふふふ。あなたたち仲いいのね。楽しいお友達がいて、絵里も幸せね」

「え、いや。そんな」

 嘘をついていることが、胸に痛い。

「あ、あの、おばさん。日記で思い出したんですけど、私たち、交換日記してて。それ、あったらぜひもらいたいんですけど」

 由香の遠慮がちな声に、彼女は笑顔を向けた。

「あら、ごめんなさいね。日記はここにはないのよ。間が悪かったわね。先月だったかしら、あの子の父親が持っていったから。たぶん交換日記も彼の持って行った日記に交じってるのじゃないかしら。……何なら、見せてもらえるように話をつけるわよ。由香ちゃんたちなら、絵里も日記見せたって怒らないでしょうし、交換日記も探せるでしょう」

 どうする? と、聞かれて真っ先に返事をしたのは、海だった。

「ぜひ、見たいです。お願いします」

 海の言葉に頷いて、絵里の母は立ち上がると、三人を連れて二階に上がった。

 二階奥の部屋が絵里の部屋だった。クーラーのきいていない部屋はとても暑い。窓は開いているが、カーテンは動いていない。風が吹いたところで熱い風が入ってくるだけだろうが。

 狭い部屋には、壁に沿うようにベッドや机、そして本棚が置いてある。ベッドカバーはピンク地に苺柄の女の子らしいものだった。

 机の上には黒い鞄が置いてある。学校指定の鞄だろう。中に教科書が入っているのが少し見える。

 部屋は毎日掃除されているのだろう。目立った埃はなかった。まるで今も、この部屋の主が生きてここで生活しているかのようだ。

「好きに見ていいから。あの人には、私から時間作ってもらうように連絡するわ」

 そう言って、絵里の母は部屋を出て行った。

「嘘、ついちゃった」

 静かな口調で、由香が呟いた。部屋の中を見回していた海が、声につられるようにそちらへ視線を向ける。

「嘘? 何が嘘なん?」

「交換日記。交換日記は私が持ってる」

「え? そうなの」

 空が大声をあげた。海が慌てて口をふさぐ。

「むがっ。何すんだよ」

 海の手をどけて、睨む。海は両手を肩の高さほどに上げた。敵意がないことをアピールしたのだ。だが、注意は忘れない。

「空、声でかいっちゅうねん」

「悪かったな!」

 ふんっと剝れた空を見て、海は由香に肩をすくめてみせた。

 由香は軽く笑みを口元に上らせる。だがすぐさまその笑顔は消えた。

「私が、絵里の物、もらう資格なんてないのに」

「君島さん」

 由香は、ゆっくりと机に近づき、机の上に乗っている鞄に手をやった。それを悲しげな、それでいて懐かしむような顔で撫でる。

 そんな様子を見つめていた海は、一つ首を振ると空に向き直った。

「空、さっき何でいきなり日記なんて言いだしたんや?」

「え? さあ」

 と、首を傾げる空。海は呆れたように口を開けた。

「さあって、お前が自分で聞いたんちゃうん」

「ああ、まあ。そうなんだけどさ。聞けって言われたから」

「誰に?」

 空は明らかに動揺した様子で、海から顔を背けた。そして、口笛を吹きだす。

 訝しむように眉を寄せた海の横で、由香が声を上げた。

「あ。これ……」

 由香が持ち上げたのは、鞄の下に挟まれていた布製の筆箱だった。

「これ、私が誕生日にエリにあげたの。学校では使ってなかったのに、家で使ってくれてたんだ……」

 掴んだ筆箱を胸に抱いて、由香は肩を震わせた。

 泣いているようだ。

 空は頭を掻いた。海と目を合わせる。

 そんな三人の背後から、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。振り向くと、絵里の母親がドアを開けたところだった。

「どう? 持って帰れそうな物ありそう?」

「はい、これいただいていきます」

 由香の言葉にそちらを向けば、目元をぬぐって笑顔を見せる由香が目に映る。

「あ、そうや。おばさん。絵里さんのケータイって今どうなってます?」

 海が今日の目的だった携帯電話の話を向ける。絵里の母親は不思議そうな顔で小首を傾げた。

「ケータイ? あの子、ケータイはもってなかったわよ」

「え? そんなことないです。エリはちゃんと持ってたわ。私とおそろいの苺のストラップ付けてたもの」

 由香の言葉に、なおも首を横に振った。

「いいえ。そんなお金もないし、あの子にはケータイなんて持たせてないわよ。誰かと間違えてるんじゃない?」

 空は海と目を合わせた。

 彼女が嘘をついているようには見えない。

 だが、そんなはずはないのだ。

 桜田絵里が携帯電話を持っていたのは、由香だけでなく、杏奈たちも見ている。

「そうですか」

 そう言いはしたものの、すっきりしない想いが三人を支配するのだった。




 桜田絵里の家を出た空と海は、用事があるという由香と別れ、駅へ向かっていた。このまま、桜田絵里の父親に会いに行こうということになったのだ。

「そーらー。何か隠してるやろ」

 横を歩く海が何気ない口調で問う。空は、顔をゆっくりと海と反対の方向へ向ける。

「な、何のことかなー」

 一歩二歩三歩。そしてもう一歩。無言のまま進む足。

 空は、一度大きく息を吐きだして海を見た。

「なあ、いつ光と仲直りすんの?」

 無言のまま、海の足は進む。

 空は立ち止って、遠ざかる海の背を見つめる。二メートルほど歩いた後、海が振り返った。

「空?」

「なあ、いつ、光と仲直りすんだよ」

 大股で、空は海の前にくると、挑むような目を向ける。

「何で、仲直りする必要があるんや。あいつ、何も言うてこうへんし、俺のことなんてあいつは何とも思ってへんのやろ」

「そんなことねーよ。仲直りする気はあるんだろって聞いたら、まあって言ってたし、それに日記のことだって……」

「日記? さっき、おばさんにしてた質問、光に言われて聞いたんか? でも何で光がそんなこと。空が相談したんか? 光に」

 眉を潜めて問いただす海に、空は頷く。

「う、うん。ん? 相談はしてねーよ。意味分かんねーけど。聞いてこいって」

「何であいつが、関係ないやろ?」

「そりゃ、やっぱりお前のことが心配だからじゃねーの? 気になるのかって聞いたら照れてたし」

 その情景を思い出したのか、ひひひ、と妙な笑いを口に上らせる空。

 海はふーんと言って、しばらく黙った。

「でも何で日記なんだろなー。光に聞いても自分で考えろっつって教えてくんねーんだよ」

 歩き出しながらそう聞いた空に、海は答えを出した。

「そりゃ、あれやろ。もし、家族の誰かが桜田絵里の名前を騙ってメールを送るにしても、あれだけ詳細な内容をかけると思うか?」

 空は一度、口元に拳をあてて考えた後、首を横に振った。

「いや、思わねーな。例え生前、話をしてたとしても、誰と誰が買ったストラップがどうのとか、はっきり覚えてねーと思う」

「そうやろ。でも、日記があったらどうや? 日記を見れば、詳細なメールを送ることもできるって訳や」

 なるほどねーと、空は顎に手をやって感心するように頷いた。

「じゃあ、やっぱり怪しいのは、その日記を持ってる桜田絵里の父親ってとこだな」

「ああ。今から会えるわけやし、犯人やってばれたら、やめてくれるやろ。こんな嫌がらせ。これでやっと自殺がらみの事件ともおさらばできるわ」

 海は万歳をするように両手を上げる。空は、海の前に回り込むと、後ろ歩きしながら海の顔を覗き込むようにして笑顔を作った。

「んじゃ、おさらばできたら、光と仲直りしてくれよ」

「まだ言うか。しつこいなー空は」

「おう、俺はしつこいぜ」

 威張る空に、海は苦笑する。

「威張っていうことやないやろ」

「へへっ」

 この事件が終われば、きっと光と海の仲も元に戻ってくれるはずだ。

 光明が見えた気がして、空は密かに笑いを口元へ上らせた。



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