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7.大広間

弦楽器から奏でられる優美な音色に包まれた広い空間。

天井から吊り下がるシャンデリアは繊細な煌めきを放ち。

その下に集まる人々は皆、色鮮やかな衣装に身を包んでいる。



(これが、王宮...!!)



豪華絢爛を形にした華やかな大広間を前に、リーナはただただ圧倒されていた。人生18年、これほどまでに派手な場所へ来たのは生まれて初めてだ。目に映る全てが新鮮で、心が湧き立つ。


(あ、あのシャンデリア、私の部屋が埋まりそうなサイズです...)

(あの女性のウエスト、細すぎませんか??あれでは剣など握れないのでは?)

(こ、これは七面鳥!!ドラゴンの肉よりよっぽど柔らかそうですね...)


感情が忙しなく移り変わる。

心惹かれるままに動き回っていると、いつの間にか入ってきた場所から随分と離れた位置まで来てしまっていた。ふと周りを見渡せば、一人でうろうろと動き回っているのはリーナしかいない。ほかの人は皆、パートナーと連れ添ったり友人と一緒にいるようだ。ちらちらとこちらを見る視線が集まっていることに気づき、リーナは顔を赤くした。


(もしかしなくても私、目立ってますね。)


目立つことは嫌いではない。

むしろ今夜のような闘いの場であれば、最初から目立っておくことで周りへのアピールにもなる。一人でいることで目立てるなら、とても楽でありがたい。赤らめた頬をそのまま嬉しそうに緩めると、ざわざわと周囲の声が大きくなった。


リーナが注目を集めているのはただ単独行動というだけでなく、その容姿にも原因があったのだが、脳筋な彼女が気づけるはずもなく。新参者の彼女を良しとしない勢力があることにも、リーナは全く気づかなかった。




「こんばんは。あなたのお名前、お聞きしてもよろしいですか?」

「む?」




鈴が鳴るような可愛らしい声。

振り向くと、そこには一人の小柄なご令嬢が立っていた。周囲を何人もの令嬢に取り囲まれながら、こちらを見上げている。ふわふわとした金色の髪と薄い紫色の大きな瞳。シフォン生地のピンクのドレスに包まれた姿は、さながら花の妖精だ。謎の緊張を感じながら、リーナは答えた。


「はじめまして。ジュベルハット男爵家のリーナ・ジュベルハットと申します。あなたは?」

「...まぁ。」


名前を聞き返すとなぜか驚いた顔をされた。と、彼女の後ろに立っていた令嬢たちが何やら騒ぎ始める。


「聞こえまして?ソフィーナ様のことを知らないなんて!」

「ジュベルハット家なんて聞いたことがありませんわ!」

「エスコートも待たずに一人で来るなんて、なんて肝が据わっていらっしゃるのかしら。」


明らかにリーナを非難する声だ。

しかし、リーナは生まれて初めて出会った美少女を前に、全く聞く耳を持たなかった。男世帯の家にいると、女性と話す機会が極めて少ない。そんな中で、訪れた城の武闘会で彼女の方から声をかけてくれたのだ。なんて優しい子なのだろう。むさ苦しいジュベルハット家にこの子のような女性が来てくれれば潤いが生まれるだろうに。もう婚約はしているのだろうか。



黙りこんでしまったリーナに、少女はふんわりと笑って答えた。



「これはこれは申し遅れましたわ。わたくし、フォンダンロール家の一人娘、ソフィーナ・セレネ・フォンダンロールと申します。どうぞソフィーナとお呼びください。」



柔らかなカーテシーと共に一礼した彼女に、自然と周囲から拍手が起こった。「フォンダンロール」リーナも聞き覚えのある家名だ。確か国の三代財閥の一つ。となると、ものすごく由緒ある家柄の子なのではないだろうか。ますます嫁に欲しい。



「それではソフィーナ。一つお聞きしたいのですが、筋骨隆々の男は好みですか?」

「...はい?」



あからさまに困惑させてしまった。


(どうしましょう、もう少し段階を踏んで質問すべきだったでしょうか。天気の話から入ればよかったのでしょうか。しかしまったく、きょとんとした顔まで可愛いなんて!)


脳内で爆速の独り言を唱えながら、実際リーナのその口はぴくりとも動かない。リーナは柄にもなく緊張していた。美少女を前にどう振る舞えばいいのか、本当に分からなかったのである。


と、絶妙な空気感になった二人の間に、ソフィーナの取り巻きの一人がグラスを持って近づいてきた。どうやらワインを持ってきてくれたようだ。リーナからすればナイスタイミングである。


「お二方とも、少し喉を潤わせてはいかがです?」


ソフィーナが小さく微笑みながら受け取った。ならば自分も、と手を伸ばしたその時だった。グラスを持った令嬢の手が、不自然に力が抜けたのだ。


「危ないっ!!」


滑り落ちるグラスをコンマ1秒で受け止める。

瞬きをする間もなかった。咄嗟の判断だ。


床ギリギリ、中のワインをこぼすことなく、無事に受け止めたリーナはふーっと息を吐いた。背中に嫌な汗が流れる。あと1秒動きが遅れていたら、床にガラスが飛び散り、中の液体もドレスにかかってしまっていたことだろう。間に合って本当に良かった。


笑顔でグラスを持ってみせると、当の令嬢は引き攣った笑みを浮かべていた。


「もしや、神経に何か問題があるのではありませんか?」

「へ?」


リーナはグラスを落とした令嬢の左手を取った。

一見細い綺麗な腕だが、内部の神経が何らかの原因で傷つき、それが手の震えを生み出すことがある。下手に放置すれば悪化してしまう。彼女はまだ若いのだから諦めてはならない。


「一度医者に診てもらった方がいいかもしれません。あなたの手はきっとこの先も、たくさんの人と繋ぐのでしょうから。」

「...っ、よ、余計なお世話ですわ!」


取られた手を振り払うと、令嬢は赤い顔で足早に去っていってしまった。本当に大丈夫だろうか。二番目の兄上が同じような症状を放置して、「見ろリーナ、手が勝手に動くぞ!」とはしゃいでいたのを思い出す。できればもう二度と見たくない。嫌な過去を思い出して顔をしかめていたリーナは、ふと、こちらを見つめるソフィーナに気づいた。


「ソフィーナも、怪我はありませんでしたか?」

「え、ええ。」

「私のドレスは黒いから目立たないでしょうが、あなたのドレスにワインがかかってしまったらと思うとホッとしました。なんとかキャッチできて良かったです。」

「....。」


穏やかな笑みを浮かべていたソフィーナの顔が、いつの間にか真顔になっている。何かおかしなことを言っただろうか。リーナは途端に不安になった。



「あなたのそれは、わざとですか?」

「はい?」



つい先ほど、似たような質問をされたばかりだ。相変わらず質問の意図がわからない。しかし、答えることは変わらない。リーナはそれほど頭が良くないのである。だが、ただ否定するだけでは目の前の彼女はきっと納得してくれないだろう。そう考えたリーナは、少しだけ頭を使って答えることにした。


「ソフィーナには、わざとに見えますか?」

「.....いいえ。あなたにそれほど裏表があるようには見えません。見るからにバカそうですわ。」

「バ...ッ!?」


天使のような口から繰り出された罵倒に、リーナは思わずその顔を二度見した。やっぱり可愛い。


「貴族のきの字も知らなそうな、その脳みそ。今時天然記念物ですわね。」

「ええっと、ソフィーナ。それは褒め言葉ですか?」

「訂正しますわ。本物のバカですわね。」


あら、口が滑りましたわぁ、おほほほほと笑うソフィーナ。

棘のある笑い方だが、どんな彼女でもやっぱり愛らしく見える。これが美少女マジックなのか。


「興が削がれました。わたくしはここで失礼いたします。」

「待ってくださいソフィーナ!」

「なんです?あなたもわたくしの取り巻きになりますか?」


一瞬その提案も悪くないな、と思いたち、すんでのところで首を横に振る。今日この場所にやってきた本当の目的を忘れてはならない。


「武闘会が始まったら、ぜひ私と対戦していただきたいのです。あなたのその強さの秘訣を、私は知りたい。」

「対戦...?やっぱりバカなことをおっしゃるのね。」


くすくすと笑う口元は扇子に隠れて見えない。しかしその雰囲気は、最初に会った時よりもずっと魅力的に見えた。


「よろしくてよ。あなたが壁の花になっていたら、わたくしから声をかけて差し上げるわ。」

「壁の、花...?」


専門用語だろうか。それとも何かのステータスを指しているのか。

首をかしげるリーナを置き去りに、ソフィーナは人混みの向こうへと姿を消した。





闘いの始まりを告げるゴングはまだ鳴らない。


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