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4.城内へ

「でーすーかーらー!これは本物です!本物の招待状なんです!信じてください!」

「そんなふざけた格好の奴を通すわけがないだろう!帰って鏡の前で確認してから出直してこい!」




城門の前で言い合う二人の姿。

招待状を掲げ必死に中に入ろうとするリーナ・ジュベルハットと、それを懸命に押さえ込もうとする門番の騎士の戦いだった。二人の攻防はかれこれ1時間は続いている。とっくのとうに太陽は沈み、あたりは夜闇に包まれていた。城門の向こう、城の内部からは微かに音楽が聴こえてくる。パーティはもう始まっていた。


招待状が本物だと言っても、自分がジュベルハット男爵家の令嬢だと主張しても、騎士たちはてこでも動かない。いつまでたっても「出直してこい」の一点張りだ。時間がたつにつれてどんどん周りに騎士たちが集まってきて、雰囲気も悪くなっている。リーナに対する視線も鋭いものになっていた。


どうすればいい、こんなつもりではなかった。まさか、城に入る前に足止めを食らってしまうとは。この国はこんなにも外観で人を判断する国だったのだろうか。


リーナは悔しさのあまり、唇を噛んだ。



「あなたは騎士を見た目で判断するのですか!人の強さは身につける武器ではありません!その人自身の強さで決まるものです!」

「ぐ、それはその通りだが!今はそれとこれとは話が別だ!」

「どう違うんです!?」

「どうってそりゃあ、」



今日はただの舞踏会だぞ。

至極当然なことを言おうとした言葉は、突然割り入ってきた黒い影に遮られた。




「全く、俺を置いていくなんて酷いじゃないかリーナ。」

「「ーーっ!?」」




見知らぬ第三者の登場に、リーナも騎士も動揺を隠せない。

見開いた目に飛び込んできたのは若い男の姿だった。黒い衣装に身を包んだ彼は、傾いたその上半身をゆっくりとおこす。


「ーーっ!あなたは!」


交錯した瞳には見覚えがあった。

太陽のような月のような美しい黄金の瞳。冷たいようでどこか温かい光。


「クベ、」

「しーっ。」


リーナの唇にそっと指を添えて。

名前を呼ぼうとしたリーナを片手で制する。思わず固まった少女の身体をクベールは横からそっと抱き寄せた。


「俺の知り合いがどうかしたか?先に入城しておくように伝えていたのだが。」

「あ、あなた様は!バルティア帝国の!...そ、その者は殿下のお知り合いなのですか?我が国の男爵令嬢と言い張っておりますが、それには見た目があまりにも...」

「ああ、彼女は間違いなくジュベルハットの令嬢だ。この俺が保証しよう。」

「はぁ、そうは仰りましてもですね...」


頭の上で始まった問答に、リーナは理解が追いつかない。

自分を抱き寄せているこの青年が、先ほど森の中で遭遇した猫と同一人物であることは間違いなさそうだ。しかし、帝国?殿下?聞こえてくる単語が、あまりにも場違いすぎる。騎士の態度からしてこの青年が只者ではないことは確かだ。それならどうして、彼はリーナを庇うような真似をしているのか。


戸惑いは広がり、周りに集まっていた他の騎士たちも慌てて何やら動き始めた。急いで王に連絡を、使いのものをよこせ、といった声が聞こえてくる。周囲の喧騒に片目をつぶり、クベールはリーナの腰に添えていた片手を離して、代わりに手のひらを握った。


「思ったより面倒なことになったな。行くぞ。」

「っうわぁ!」


混乱に乗じて暗闇へと駆け出す。

クベールは猫のように素早い動きで城門をくぐり抜け、薔薇が香る庭先を通り抜ける。たくさんの見回り兵がいるにも関わらず、彼らの位置を把握し尽くしたかのように人気のない道を突き進んでいった。繋いだ手に導かれるまま、リーナの視界はめまぐるしく後ろに流れていく。無駄のない動きと観察力に、リーナは内心舌を巻いた。





こうして、気づけば城の内部へ。

彫り細工の細やかな白い壁と真っ赤な柔らかい絨毯に覆われた床。男爵家にはない豪華な作りだ。大きな白い柱の陰で、クベールはパッとその手を離した。



「あ、あの、クベールさん?ですよね。助けていただきありがとうございます。」

「別に。ただの気まぐれだ。」



あれだけの距離を短時間で移動したにも関わらず、クベールは全く息が乱れていない。リーナも体力には自信があるが、彼はおそらくそれ以上だろう。


肩で息をしながら頭を下げたリーナは、改めて目の前の男を見上げた。柱の壁に寄りかかり、退屈そうにあくびを一つ。その姿は森で出会った猫の姿と重なる。見た目の色合いからして予想はついたが、やはり彼はあの巨大な猫なのだろう。どういう訳で人間の姿をしているのか、気にはなるが聞ける雰囲気でもない。先ほどの騎士との会話からして、彼はおそらくかなりの身分の貴族だ。

本来なら、一生自分とは関わりがないであろうほどの。


助けてもらったお礼は済ませた。

もうこれ以上、ここに留まる理由はない。リーナは黒いトランクを持ち直し、その場を去ろうと立ち上がった。


「...待て。どこへ行く?」

「武闘会場です。クベールさんのおかげで中に入ることはできましたし、聞こえてくる音楽を頼りにすれば、ここからでも辿り着けると思いますので。それでは。」

「ちょっと待て。」


踏み出そうとした一歩は、彼に掴まれた腕により阻まれた。

まだ何か?と振り向けば、なぜか美しい顔でため息をつかれる。分からん。


「お前、自分が城に入れなかった理由を忘れたのか?いくら男爵とはいえ、ドレスコードを知らないとは言わせんぞ。」

「...はっ!そうでした!」


母からの贈り物の存在をすっかり忘れていた。

半日持っているうちに妙に手に馴染んでしまい、もはや荷物というよりダンベルとして認識していた。このままでは母の意思を蔑ろにしてしまうところだった。危ない危ない。忘れていてごめんねと、両手でトランクを抱きしめる。


「その中に着替えがあるんだな?」

「はい。死んだ母の形見です。」

「そうか、なら来い。」


掴まれた腕を、そのままどこへやら引っ張られる。

連れて行かれた先は、廊下の端にあった何かの空き部屋。鍵がかかっていないことを確認し、クベールは室内へ侵入した。湿った埃のにおいがわずかに香る。


「待っていてやるからここでさっさと着替えろ。」

「そんな!見ず知らずの方にここまでしていただく訳には参りません!適当にその辺の草むらで着替えますのでご心配なさらず。」

「痴女扱いされたいのか?」

「ちっ!?」


気まぐれにしてはあまりにも親切すぎる。

確かに父上には適当に部屋を見つけて着替えろと言われていたが、大層な身分の方に見張りをさせるのはいかがなものか。とは言え、誰かに見つかって痴女扱いされるのは社会的に大変困る。少しの逡巡のあと、リーナは意を決してトランクを床に下ろした。


(...今は、クベールさんの厚意に甘えよう。)


「....。」


扉の前に立ったクベールは、そのまま顔を外側に向けた。どうやらこちらを見ないように配慮してくれているようだ。着替えの最中でもノーノックで部屋に入ってくる兄貴たちとは訳違う。リーナはしみじみと感動しながら、トランクの鍵をカチャリと開けた。



「ーっ!」



そこにあったのは目を見張るほどの、美しい漆黒のドレスだった。


襟の部分を持ってトランクから引き上げると、柔らかく艶やかな光沢のある布地が重力に従って広がった。大きく開いたデコルテには黒いレースが幾重にも重なり、金の糸で細かな刺繍があしらわれている。青い薔薇をもした大きな胸飾りが左胸で存在感を放っていた。引き締まった腰のラインから広がるスカートはマーメイドデザイン。下にいくにつれて群青のグラデーションになっており、細かな刺繍と縫い付けられた宝石がキラキラと上品な光を放つ。右側に大きく開いたスリットは、まさに勝負服と言わんばかりの大胆なデザインだ。



(すごく...綺麗...。)



瞬きも忘れて、リーナはしばし魅入った。


と、視界の端のクベールに気づき、瞬時に我に帰る。こんなことをしてる場合ではない。さっさと着替えなければさらに迷惑をかけてしまう。


同室に異性がいるという状態で着替えるというのは、一般的な令嬢からすればありえない状況だ。しかし、リーナにとってそれは日常茶飯事だった。狭い男爵家の屋敷では、リーナの部屋においてある物を取りに、男たちが自由に出入りしている。リーナが着替えていようが、下着姿だろうが気にしない。そしてリーナも見られることを全く意に返さない。完全に無法地帯だ。


だから、クベールがいるこの状況もリーナにとっては何の問題もなかった。いつもの勝手で、シャツやらズボンやらを脱ぎ捨て、ドレスに着替える。ドレスの正しい着方など分からないが、ようはとりあえず、穴が空いているところに身体を通せばいいのだ。


ふと、肩出しのデザインであるがゆえに、上半身の下着が見えてしまうことに気がついた。これはおそらく取らなければならないやつだ。少し心許なくなってしまうがやむを得まい。躊躇いなく下着も放り投げる。大体が着替え終わった時点で、リーナは一つの壁に直面した。


背中の留め具に手が届かないのである。


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