11.反撃
「嫌?どの口がそれを言う?」
「ひっ...!!」
苛ついた声を上げれば、見るからに少女は震え出した。見る者が見れば庇護欲を掻き立てられるであろう光景にも、嫌悪感しか感じない。もう何も話すことはないと、クベールは血に染まった剣先をソフィーナに向けた。
「権力者の立場にありながら、自分たちのことしか考えないその態度、本当に反吐が出るな。」
「ち、違うっ!!わたくしはただっ!!」
「言い訳は地獄でエドガーにでも聞いてもらえ。後にお前の家族も追いつくだろうよ。」
「.....っ、」
絶望に染まった表情を見下ろして。
その顔にほんの少しの愉悦を感じながら振り下ろした剣先は、まっすぐにソフィーナの首筋に向かい、
ーーガキッ!!
肌一枚というところで、横からの衝撃に弾かれた。
ふらついた足元に、隙のない一閃。
避けきれずに刃を受けた足にピリッとした痛みを感じる。どうやら服が切れたようだ。後ろに傾いた身体をそのまま大きく後ろに倒し、横薙ぎの一太刀をギリギリで躱わす。片手で身体を押しやって後ろに飛ぶと、その後を追って再び剣戟が襲いかかった。
ガキンッ!!!
重く、鋭い一閃。
細い身体から繰り出されるとは思えない攻撃の連鎖に、クベールはヒュウと口笛を鳴らした。
「どうしたリーナ。さっきとはまるで比べ物にならないな。まさか手加減されていたのか?」
「....。」
目の前の少女は何も言わない。
ただ自分を捉える青い瞳には、仄暗い何かが燃えている。
どうやら本気で怒らせたようだ、とクベールは他人事のように思った。
ガキッ!ガキッ!!ーーキンッ!!
ガキンッッ!!!
攻撃の手は止まない。
剣が折れても切り傷が増えても、リーナは床に落ちている剣を拾い、次の攻撃へと繋げてくる。一方のクベールも柔軟かつ俊敏な動きを活かし、彼女の連撃を交わしていた。シャンデリアの残骸が落ちている広間で、その障害を躱しながら戦う姿はまるで踊っているようにも見える。
恐怖に震えていたソフィーナは、いつの間にか瞬きも忘れ、二人の動きを追いかけていた。
どちらかの体力が尽きるまで、この戦いは終わらないだろう。
広間にいる人間全員がそう思っていた最中。
リーナは非常に焦っていた。
エドガーの殺害を余興だと笑い、ソフィーナに斬りかかろうとするクベールを目の当たりにして、ついに頭の中で何かがブチ切れ。力の限りに剣を振りかざして駆け出したのが数分前のこと。
表情には出ていないが、正直な身体はすでに悲鳴を上げていた。クベールとの一撃はこれまでの戦いが比にならないほど重く、一太刀受けるごとに腕がびりびりと痛むのだ。剣を握りしめる手はもうほとんど感覚がない。気合で握っているようなものである。
自分が持って来たフルーレも戦いの始めですぐに折れてしまい、以降は亡くなった騎士たちの剣を拾って攻撃をしていた。しかし、それもいつまで保つかは分からない。
このまま持久戦となれば、負けるのは間違いなくリーナだ。
自分が負ければ、クベールは絶対にソフィーナを手にかける。それだけは何としてでも阻止したい。
(どうすればいいのでしょう...。何かクベールの隙をつけるような手段は...。)
ドラゴン退治やゴブリン討伐といった、最初から分かっている戦いであればいくらでも対策の仕様はあった。水攻めにしたり、爆薬を準備したり、相手の隙をつく手段を用意できた。しかし今夜は正々堂々の戦いのために、剣以外の道具は持ってきていない。リーナ自身が持てる全てで戦わなければならない。
(何か、何か、今の私にできること....っ)
ガキンッ!!
衝撃音と共に、またしてもリーナの剣が折れた。
折れた剣先をすんでのところで躱わし、後ろに飛んでクベールとの距離を取る。残る剣はあと一本。もう時間がない。
(一体どうすれば....!!)
焦る視界を落とせば、ふと、肩口の青薔薇が目に留まった。
「...あ。」
あるではないか。
リーナにもできる唯一の方法。クベールの隙をつき、反撃する手段が。
思いついた策を前に、自然と口元に笑みが浮かぶ。そんなリーナの様子に、見守っていた貴族たちが数人どよめきを上げた。クベールも訝しげにこちらを見ている。
母上のように上手くいくかは分からない。初めての挑戦だから下手をしたら失敗するかもしれない。だが試す価値は十分にある。むしろこれでソフィーナの命が救えるなら安いものだ。
「クベール!次の一撃であなたを倒します!」
「...面白い。やってみせろ。」
両者、剣を構えて。
一瞬の沈黙の後、地面を蹴るタイミングは同時だった。
クベールの首元を狙うリーナの剣筋。それが交わる直前で、リーナは剣を頭上高くに放り投げた。
「は?」
金の瞳が上を向いた瞬間を見逃さず。
リーナは両手で彼の頭を抱き寄せると、その唇に自身の唇を重ねた。
「ーーっ、」
真ん丸に見開かれた瞳孔が、なぜか少しだけいじらしく思えて。
避け切れなかったクベールの剣が腹部を貫通し、燃えるような痛みが身体中を駆け巡る。力が抜けそうになる腕を必死で首に縋りつき、隠し持っていたカトラリーのナイフで、背中からクベールの心臓を突き刺した。
「ーっ!ぐっ、」
「油断、しましたね。私の、勝ち、です...。」
もう足に力が入らない。
視界も白く霞んでいる。少し血が流れすぎたようだ。
(母上、私頑張りましたよ...。)
意識がブラックアウトする直前、温かい誰かの手が頭を撫でてくれたような気がした。
必殺ハニトラ。