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第1話 日常の消失

部活終わり、冬。


僕は駅のホームで帰りの電車を待っていた。

既に日は落ちていて、辺りは暗闇に覆われている。

ホームの電灯とスマホの明かりだけが、僕の視界を照らしていた。


左手をポケットに突っ込んで、右手でスマホをいじる。

突然吹いた優しくて冷たいそよ風が、僕の意識をスマホから遠ざけた。

ふと横を見ると、そこには大きめのマフラーに顔を半分ほど包んだ、可愛い僕の彼女がこちらを見て笑っていた。




僕は目の前の信じがたい光景に動悸が抑えられなかった。

最悪のパターン。止まらない電車。

電車に撥ねられて飛び散る肉片の残像が、脳裏に焼き付いて離れない。

僕はその場に膝から崩れ落ちた。


目の前で僕の彼女は、電車に撥ねられてしまったのだ。



彼女の名前は藤宮ゆめ。僕と同じ高校二年生だ。

彼女との恋は、僕の一目惚れから始まる。


僕とゆめは、一年生の頃は別のクラスだった。

入学してまだ間もない頃、クラスに友達がいなかった僕は、昼休みほど退屈で時の流れを遅く感じる時間はなかった。

そんな僕の昼休みの時間の潰し方といえば、寝たふりかぼーっと外の景色を見るかの二択だった。

僕は窓側の最後列だったから、特に席を移動しなくても、窓から中庭を一目で見渡すことができた。

僕はそこで、中庭のベンチで友達とお弁当を食べている優しい顔の少女に、心を惹かれてしまうのだった。



これは僕が二年生になってからの話である。

二年生では、僕はゆめと同じクラスになった。

こんな絶世のチャンスを逃すわけにはいかない、と少しの焦りを感じた僕は、あるとき席が近くになったことを口実にゆめに話しかけたのだった。


「あ、藤宮さん、あの、教えて欲しい問題があるんだけど...」


ゆめは、こんな純粋無垢を体現しているかのような容貌をしているが、実は頭も冴えていて、特に数学の成績は学年でも上位の五本の指に入るくらい優秀だった。


「お、山崎くん?だっけ?」

「すみません、新崎です...」

「新崎くんか。はじめましてだね。よろしく。」

「...よろしく。」

「私人の名前を覚えるのが少し苦手なんだよね。

もし不快に感じたのならごめんね。」

「全然大丈夫です。」


僕は友達こそいないが、割と勉強のできる僕は、成績上位者として少しくらいは学年で知名度はあるはずだった。

英語といえば新崎、みたいな感じで。


名前を覚えられてないのはショックだな。


「問題って数学かな?」

「うん。これなんだけどさ、」

「うえー、これ模試の問題だよね?長い。」


ゆめには、数学の話になるとテンションが上がるところとか、人の名前を覚えるのが苦手なところとか、そういう少し不思議な側面もあった。

そんな純粋さと不思議さを兼ね備えたミステリアスな彼女は、僕をさらに虜にするのだった。



僕は二年生の夏休み、ゆめを花火大会に誘った。

この頃、僕とゆめはまだ数回しか話したことのないただのクラスメイトのはずだったのだが、ゆめは僕の誘いを断らなかった。

なんなら嬉しそうに微笑みながら快諾してくれた。


最後の花火が上がって、雰囲気がクライマックスに達したとき、僕はゆめに告白をすることを決心していた。

僕はこの少し不思議な魅力を持つ少女に恋をしている。

花火に照らされる彼女の横顔は、かつて見たことがないほど美しかった。

僕は自然と言葉が溢れた。


「好きです。僕と付き合ってください。」


ついに言ってしまった。


ゆめは一瞬驚いた顔をして、こちらを見た。

そしてすぐにまた、もう花火の上がらない夜空に顔を向き直した。


「新山くん。いいよ、付き合おっか。」


返事はそんな軽い言葉だった。

ゆめは、少し暗い顔をしているように見えた。


少しの間沈黙が流れる。

僕はゆめを見つめたまま、話し始める言葉を探しているところだった。


「これはまだ誰にも言ってないことなんだけどさ。

実はね、私さ...」


ゆめはそう話し始めたかと思ったら、またすぐに黙ってしまった。

さっきから全く僕と目が合わない。

ゆめはじっと夜空の奥を見つめていた。


「やっぱりなんでもない。さっきのやっぱり忘れて!

これから彼氏としてよろしくね。」

「改めてよろしく。あとさ、僕の名前は新崎だからね。」

「あ、ごめん。本当に覚えるの苦手なの。」

「いい加減覚えて、ゆめ。」

「下の名前で呼ばれるのも悪くないね、石崎くん。」

「新崎です。」


夜空にはいくつかの星が、美しく煌めいていた。

二人で共有したこの夜空は、まるで世界に僕ら二人だけしかいないかのように感じさせた。

帰りの静かな夜道に、二人の笑い声だけが小さく響く。


こうして僕とゆめは付き合うことになった。




ゆめは、今日まで僕の最高の彼女だった。


僕の誕生日には、僕のことを想って緻密に計算され尽くしたデートプランで、僕とデートをしてくれた。

ロマンスの溢れる夜になると、サプライズで僕にプレゼントをくれたりもした。

クリスマスは二人で一緒に同じ部屋で過ごし、夜イルミネーションを見に行ってそこで愛を再確認したりもした。


僕たちは理想のカップルをしていた。

こんな友達の少ない、頼りない僕にもゆめは構ってくれた。

僕は毎日が幸せだった。


なのに。


その幸せは突然終わりを告げてしまう。


僕とゆめは駅のホームで一緒に帰りの電車を待っていた。

僕は少しスマホに気を取られて、ゆめから目を離していた。

ゆめはただまっすぐ前を向いていた。


黒い服を着たある一人の男が、歩きスマホをしていた。

彼はスマホに夢中で、自分の場所すら把握できていない。

周囲を見渡す素振りも見せない。

ただ真っ直ぐと、線路へ向かって歩き続けていた。


止まらない足取り。


一歩、そしてまた一歩と近づいていく。


冷たい風が吹いたと思って僕はゆめの方を見た。

とある黒服の男が、ゆめの背後に立っていた。


「えっ!あっ!」


黒服の男が、ゆめを背中から押すようにぶつかった。

ゆめは、小さく声を発して、黄色い線の奥へと倒れ込む。

パニックになってさらにバランスを崩したゆめは、そのまま下まで落ちて、一瞬でその姿を消してしまった。



僕の視界は移り変わる電車の窓で埋め尽くされた。

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