天才イタチの ましゃはるくん
「たっだいまー」
玄関の扉を開けると、いたずら中だったましゃはるくんが素速くこっちを向いた。
叱られるのは分かっているようだ。『あ、やばい!』みたいな顔で逃げ出した。
水しぶきが ぱちゃぱちゃと上がっている。
流し台の水が最強に出っぱなしで、それが鍋の蓋にあたってはねて、床を池にしていた。
「これはまた……壮大な!」
あたしはそれだけ呟くことができただけだ。
茫然と、水浸しになっているキッチンをしばらく見つめてから、靴下を脱ぎ、給水モップでレスキュー作業にとりかかる。
床に置いていたものはすべてビショビショだ。ゴミの日に出そうとまとめてくくっておいた漫画雑誌は水を吸って、元の五倍ぐらいの重さになっている。うっかりましゃはるくんの手の届くところに置いてあったビスケットの大袋はズタズタに切り裂かれ、ぶちまけられた中身のビスケットがぷかぷかと水に浮いていた。
引き戸に半分顔を隠して、居間からましゃはるくんがこっちをじーっと見つめている。
叱っちゃいけない。怒っちゃいけない。仕事で14時間、彼を部屋にひとりぼっちにさせていたあたしが悪いのだから。
でもフェレットって凄い動物だ。
流しの水道はレバー式で、上に乗ればフェレットでも水を出せてしまうのはわかる。
しかしあたしはシンクに鍋の蓋なんて置いてなかった。ましゃが置いたのだ。
自分がどれだけ寂しかったのかをあたしに表現して見せるために、出しっぱなしの水がはねて床に飛び散るよう計算して、ここにこれを置いたのに違いない。
天才か!
なんとか床の池を元通りの陸地にすると、ようやく今日の仕事が終わった。
ふう……と溜め息を漏らしながら居間の座椅子に腰を下ろす。トトッと膝の上に乗ってきた。
小さくて長細い身体に理知と元気がみなぎっている。ぶどう色のあどけない瞳であたしを見つめる。
「遊んでほしいの? それともおやつ?」
あたしが聞くと、『いっ……、いらねーよ!』みたいにツンデレを発揮して向こうへ駆けていった。
いたずらは壮大だけど、何をされても憎めない、あたしの自慢の天才イタチくん。そのうちテレビに出られるくらいすごいことをやらかすかもしれないと思ってる。
まだ1歳。まだまだ成長中。
これからが楽しみだ。どんなスーパーイタチが誕生するのかな。
フェレットの寿命は平均7年と短いけれど、この子なら、もし死んで幽霊になってしまっても、風になって私に会いに来るぐらい、簡単にやってのけそう。