六話 反逆の堕天使~②~
「葛城恵梨香…露木浩行…そこに隠れてんのはわかってんだ…出てこいよ……別に俺はおまえ等をパクりに来た訳じゃねぇし…そもそも今の俺はもう刑事じゃねぇからな……」
俺達二人の隠れる場所に近づいて来た足音の主は、そう言って暗闇に喋りだすのだった。
「……その…刑事じゃないあんたが今さら俺達に何の用があんだよ?」
俺は姿を見せないまま、彼にそう問いかけた。
「あの事件当日の事…二人に一言詫びたくてな…… おまえ等の両親…守ってやれなくて本当にすまなかった……おそらくこうしておまえ等と話しができるのもこれが最後だと思う……それからおまえ等の組織の首魁をしてる舞原直子はシロだ……だが…こいつだけは要注意だ……県警ナンバー2の谷崎圭吾という男だが…こいつだけは別格にヤバイ男だ今回の一連の不祥事のキーパーソンで完璧主義者だ……自分に厄災をもたらすと判断された奴は確実に抹殺する……おまえ等も気をつけるんだな……」
彼、里中弘二元県警捜査一課警部は、姿を見せないあたし達に詫びとこれからのあたし達二人の動きに対する警告ともとれる発言をして、その場を立ち去ろうとした。
「待って…真っ先に自分が狙われるかもしれないのに…何であたし達にそんな事を?」
あたしはそう問いかけると、彼と二人、無意識に弘二さんの前に姿を見せていた。
「……おまえ等の両親との約束を守るためだ……おまえ等は絶対死なせねぇ……っていうな……まぁ…でも何だな…警察官でありながら数々の悪事に手を染めた俺の言う事だ…無理に信用してもらおうなんてはこれっぽっちも思っちゃいねぇよ……」
姿を見せたあたし達二人に対して、今度は弘二さんの方が自分の進行方向を向いたまま、静かにそう語り、さみしく背中で微笑むように、天高く右手を突き上げるのだった。
そしてそれが、あたし達二人の見た彼の最後だった。
あれからあたし達は、彼が秘密結社に加入後、何カ所に分けて利用している隠れ家的存在のアパートに辿りつき、一夜明けた次の日の朝を迎えていた。
「……弘二さん…殺されちゃったね……夕べあたし達に会ったりしなかったら警察官とはまた違う人生があっただろうに……」
あたしがそう言ったのは、この隠れ家的存在のアパートに備蓄されていた食料で、彼と二人簡単な朝食を食べ、あたしの部屋から持ってきたポータブルテレビで朝のニュース番組を見ていたときだった。
「……いや…それは違うな……奴が俺達に接触してくれなければ…俺達二人だけだったら…何の確証も無いままに堕天使を潰しにかかってただろうよ……それに…これなら話しの辻褄もはっきりと明確に合うんだ…あの謝罪会見現場に雑誌記者に変装してまで潜入を試みた直子さんの事がね……」
彼はそう言って、物静かにあたしの意見を否定してタバコを燻らせていた。
けれど彼の言う事は、しっかりと明確に話しの筋道が通っていたのである。
けれどここに来て、あたしには一つの疑念が浮かんだ。
それは直子さんが明確にシロの人間なら、他人のあたし達に実の妹の殺害依頼をしただろうかと言うものと、なおかつ、あたし達二人に縁の深い人間を追っ手の刺客として送り込んで来たかと言うものだった。
「……仮に直子さんが本当にシロだとしたら…実の妹の殺害依頼をあたし達にしたり…あたし達に縁の深い人間を追っ手として差し向けるかなっていうのが…あたしの中でわひっかかてんだよね……?」
あたしは若い頃から、隠し事の出来ない人間で、今回もやはり、疑念に感じた事を直接彼に問いかけていた。
「……確かにそこは…俺もひっかかってた……それともう一つ…ここまでの事をした俺達だけど未だ…堕天使の烙印のカウントダウンがなされていないのも俺は疑問に感じてる……」
彼もまた、あたしと同じでこの一連の事件、何らかの疑念を感じているようだった。
「……だよね…大きなリスク背負うのに変わりはないけど…一度直子さんに会って確かめてみる必要がありそうね……」
俺と彼女、それぞれに思う事を話し会った結果、彼女の言うようにでかいリスクを背負う事にはなるだろうが、とりあえずは組織の首魁である直子さんに会って、詳しい話しを聞く必要があるという結論に達した俺達二人は、最初直接直子さんにアクセスも考えたが、未だ不可解な事があり過ぎるのと、何度読み取ろうとしても読めない。彼女、舞原直子の行動と言動から察するにそれはあまりにもリスクが高過ぎるため、依頼者を装い掲示板からのアクセスを選択したのだが、その直後だった。
俺達二人の携帯端末に、直子さん本人から、ダイレクトメッセージが送られてくるのだった。
その内容は、今までの自分の、言動だったり行動だったりの謝罪と、実妹、舞原真奈美の暴走により、組織自体が特殊公安に吸収されてしまい、組織の首魁としての自身の影響力はなく、尚かつ自身も今まで県警の拘置所に拘置されており、幾度となく、死を意識するほどの拷問に近い取り調べを受け、生き地獄のような現状から、やっと抜け出せた状況なのだが、自身にはしっかりと公安の見張り役が張り付いており、今現状からは、俺達二人との接触は避けた方が良いという旨と、自身の組織の首魁としての最後の采配といったところだろう。
『……県警特殊公安のトップ…谷崎圭吾に反逆の牙を突き立てろ……』
それがあたし達二人の交わした、直子さんとの最後の文字での会話であり、これから以降彼女と会って話す機会は永遠に訪れない事を意味するかのように、翌朝彼女は、繁華街のゴミ置き場にて、射殺体となって発見された。
当然彼女を殺したのは、公安のトップである谷崎圭吾の息がかかった公安捜査員というのが、あたし達の見解だったのだが、あの、最後に極秘で交わしたはずの彼女との文字でのやり取りが、公安の知るところとなり、これまであたし達二人に関わった人物全ての殺人容疑を、あたし達二人に向けた旨の記者会見を県警捜査一課と、特殊公安が合同捜査という形で開き、それはすなわち、あたし達二人に県警への投降を意味していた。
「ったく…巫山戯てやがる……これが警察のやることかよ!散々利用するだけ利用しといて利用価値がなくなりゃあゴミと一緒かよ!権力者のやるこたぁどいだけ時代が変わっても変わらねぇなぁ!ヘドが出るぜ!」
県警捜査一課と、特殊公安の合同記者会見を目の当たりに見たとき、口から出たひと言は、その時の、俺の本音だった。
「……ヒロ…焦りは禁物だよ……これが奴等の狙いなんだから……ヒロって以外に激情家なんだね……それこそ今は動くべき時じゃない……必ず奴を殺す機会は巡ってくるはず…それまでは何があっても警察に捕まる訳にもまして…奴等の術中にはまる訳にもいかない……今はただ…辛いだろうけど逃げ延びて機会を待つのよ……」
ここ数ヶ月、ここまで彼と行動を共にして、あたしには確実にわかった事があった。
彼はあたし以上の激情家で、一旦感情に火が付いてしまうと、その火はなかなか消えず、トランス状態になってしまう事を。
「……あの男の本性を知っても…同じ事がいえんのかよ……実務経験無し…ただの机上空論者だった奴が…今や泣く子も黙る特殊公安のトップだ……何故だと思う?」
この時の俺は、確かにどうしようもなく感情に流されていたのかもしれない。
彼女の俺を守りたいという思いは、まるで鋭利な刃物のように、俺の心を抉った。
しかしこの時の俺は、感情に流されるがまま、必然的に彼女に問いかけていた。