五話 反逆の堕天使~①~
中と外からの射撃で、ギシギシと揺らいでいた部屋の扉がねじ曲がるように部屋の内側に崩れた。
白昼堂々繰り広げられた銃撃戦だったけど、勝敗の行方は、あたし達二人の圧勝だった。彼女もまた、彼と同じく直子さんの側近ではあったけど、実務経験は明らかに乏しく、かつて組織内で堕天使の処刑人とまであだ名され、何人もの構成員をこの手で殺めてきたあたしの敵では無く、あたしの放ったニードルはしっかりと確実に彼女の右手の関節部分をとらえており、力の入らぬ右手をダラリと下に下げ、恨めしそうに彼女があたしを睨んだ。
「……あんただったんだな?組織の方針を狂わせたのも…彼女の妹さんの純粋な想いを利用するだけじゃなく彼女の妹になりすましての悪行の数々……あまつさえ…自分のじつの姉まで欺くつもりかよ?……あんたぁどいだけ人の人生めちゃくちゃにすりゃあ気が済むんだよ!」
無言のまま睨み合うあたしと彼女。いつもなら感情に奔りがちなあたしを冷静に宥めてくれていた彼が、初めて見るくらいに感情に流されているみたいだった。
「そんなの決まってんじゃない!姉には本来のあたし達のあるべき姿に戻ってほしいだけよ!あんたがこの組織に入ってきて姉は変わったわ……あたしのやることには一切口出ししなかったし…公安の連中とだって今までどおりの付き合いが出来てた……それを急に止めるとかいい出したと思ったときにそこのバカ姉妹が入ってきてあたしの計画はめちゃくちゃよ!腑抜けになった姉に変わってあたしがこの組織を仕切るっていうねぇ!」
彼女、舞原真奈美の吐いた暴言は、瞬時にあたし達二人の逆鱗に触れ、あたしは、無条件で彼女を部屋の壁に貼り付けていた。まるで、ゴルゴダの丘で十字架に貼り付けられたイエスキリストのように。
「あんた達!組織のトップの妹で次代を担う組織のトップのあたしにここまで恥ぃかかしといて!ただで済むと思ってんの?」
彼女のこの、みっともないくらい恥さらしな一言が、あたし達二人の抑えていた理性の糸を完全に断ち切った瞬間だった。
まるで十字架を刻むように、あたしは彼女の身体に、ニードルを打ち込み、最後のトドメを彼に託すように、彼の前から身を退いた。
「……ガタガタ叫くんじゃねぇよぉ!今…ブチ殺してやっからぁおとなしくしろやぁ!最後に一つだけ俺の質問に応えろ!あんたの姉さんは…何を企んでるんだ……あんたは直子さんを出し抜いたつもりだろうが…逆に出し抜かれたなぁあんたの方かもな……けど…まぁ…今の俺等二人にゃあどうでもいい話しだ……腐り果てたこの組織を全力で叩き潰すまでだ……あんたにゃあその狼煙になってもらう!」
俺はそう言うと、彼女の攻撃で指一本動かせない状態の舞原真奈美に対して、彼女の頚椎にスイッチナイフの一撃を見舞うのだった。
そして、彼女が鮮血の海に沈んだ直後、近隣住民の通報から、警官隊に加えて県警特殊部隊までもが俺達二人の居る住居兼店舗の雑居ビル周辺を取り囲み出していた。
「ここで警察に捕まる訳いかないよね……ヒロ…こっちよ……」
あたし達二人の居た住居部分に県警特殊部隊の催涙弾攻撃が始まろうころ、あたし達二人は店舗に造った地下シェルターに逃げ込み、そのシェルターから続く抜け道を通り警察の包囲網の外へと難を逃れたのだけど、その先にあたし達を待ち受けていたのは、おそらく組織の首魁である舞原直子の指示で、街中に放たれたであろう組織の刺客の中でも、最強レベルの刺客達だった。
組織最強レベル。レベル5の殺人能力を持った刺客達の陣頭指揮を取る青年に、あたしは見覚えがあった。
「ヒロさん…恵梨香さん……まさかこんな形でお二人にお会いする事になるなんて俺自身思っても見ませんでしたよ……組織の掟に従い…あなた方を全力で抹殺させていただきます……反逆者処刑人の名の元に!」
そう言ったのは、三枝隼人という青年だった。彼はあたしが組織在籍中に一人前の刺客になるよう、育成した人物の一人で、あたしの彼、浩行と年が近く、あたしにはもう一人の年の離れた弟のような存在だった。
「……最強には…最強の戦士達をってか?あの女の考えそうなこったぁ……けどな隼人…成り上がりのお前等と現場叩き上げの俺等…無駄に死人を増やすなぁそっちだぜ!」
正直この時、未だ現役で、数多くの人間を殺めてきたであろ彼等に、過去最強の俺と彼女が、この修羅場を切り抜ける自信など、俺達二人には皆無に近かったのだが、俺はあえて彼等を煽る質問を投げかけてみた。
「ヒロさん…強がりは格好悪いだけっすよ……確かに殺人能力は俺達よりお二人の方が数倍上なのは俺達だって理解してます……けど俺達には知略がある……お二人がこれまでに殺めてきたであろう両手にも余る人物の中…知らずのうちに互いの家族をその手にかけていたという真実を知っても尚…俺達に反逆の刃が振るえますか?」
彼、三枝隼人があたし達の知らない真実を語り出した時、あたし達二人は無意識のうちに、彼等に攻撃を仕掛けていた。
この時のあたし達二人は、正に修羅そのもので、彼、三枝隼人が従えていた刺客達はことごとく、彼、露木浩行の振るう小太刀の刃に倒れ、残りの刺客達もあたしの放つニードルの餌食になり倒れ、残ったのは、三枝隼人ただ一人だった。
「……く…狂ってる……首魁がお二人を恐れる訳がやっと解った……お二人なら…もしかしたら特殊公安という国家権力の元に集められた殺人集団にも勝てるかも知れませんね……お二人の戦況…地獄の底から見てますよ……」
彼、三枝隼人はそういうと、自分の所持していた拳銃で自らの側頭部を撃ち抜き果てるのだった。
「……あたし達二人…出逢わなきゃよかったのかな……あたし達姉妹とヒロが出逢わなきゃ……あぁあ…そんな事今さら考えたって後の祭りだよね……それからあたし…あんたがなんて言おうがあんたと別れるつもりは一切無いから!地の果てまでだって着いてくから!」
あの惨憺たる現場を離れて以降、めっきり口数少なく、ただ黙々と考え事をしながら歩みを進める彼、あたしは、そう宣言するように言うと、歩く往来のど真ん中で、彼を正面から抱きしめた。
「……あの女の魂胆が読めた気がする……あの女は組織運営を妨害しようとしていた妹の真奈美が目障りで仕方なかった…けど彼女は血を分けた実の妹……実の姉である自分が直接手をくだす事は出来ない……そこで目を付けたのが俺達二人さ…他人の俺達に邪魔者を始末させといて…跡は俺達二人をいがみ合わせて双方同士討ちで万事休すってぇ寸法さ……それから…俺にとっても恵梨香さんはかけがえのない愛すべき人だ……俺だって…あんたと別れるつもりなど毛頭ない……どこまでも着いてくよ……」
俺はそういうと、彼女を逆に抱きすくめ、突き刺さるように飛んできた殺気を感じとり、建物の影に気配を殺し身を潜めた次の瞬間、先ほどまで俺達の居た場所に組織の刺客達が走り去って行くところだった。
しかし数分後、殺気こそ感じなかったが、一つの足音だけが俺達二人の身を潜める場所に着実に向かっていた。