十一話秘密結社堕天使~結成秘話①~
横浜国立大学在学中に俺は、中学時代からの幼なじみである、平井悠紀という女性とつき合っていたのだが、この日突然別れを切り出され、失意のドン底だった。大学近くのコンビニで買ったウイスキーのボトル片手にカップルで賑わう夜の山下公園のベンチ、独りウイスキーのボトルを煽り、そして泣いた。まるで、彼女との楽しかった思い出をかき消すように。その時だったとおぼろげに記憶している。舞原直子という当時、二五歳の学部違いの先輩女性から、県警捜査一課に警部補として勤務する俺の父親、露木大介が、当時から何かと問題になっていた県警内部に蔓延るヤミ献金問題に関わる事案から自殺に追い込まれた事を聞かされたのは。
「……なんで直子先輩が…俺の親父の事知ってるんすか?母親が病魔に見舞われて危篤状態の時ですら…犯罪捜査に没頭して面会にすら来なかった……家庭を全く顧みない親父と姉が…俺は大嫌いでした……けど…どんなに恨んでも…どんなに憎んでも親父は親父だし姉は姉なんです……この世に独りしかいない存在なんです……
教えてもらえませんか?親父が自殺に追い込まれた経緯を?」
「あたしも貴方と同じだからよ……警察関係者の家庭に生まれると苦労するのはいつも周りの人間だけ…同じ境遇の貴方をほっとなかったって言えば聞こえはいいかもだけどあたしも大嫌いなのよね…東京で警察官僚のトップにいる自分の父親が……単刀直入に言うわ…あたしや貴方みたいな境遇の人間を少しでも減らしたくてあたしと妹の真奈美で密かに立ち上げた組織があるの…それに貴方の力も貸してくれない?」
今思えば、これが俺の組織加入のきっかけであり、直子さん真奈美さん姉妹の私設監察官人生の始まりだったのかもしれない。
そしてまたこれは、俺の血塗られた人生の始まりでもあった。なぜなら二人が立ち上げた組織は、ネット掲示板を通じてほぼ日本国内全土に支部が出来ており、被害者救済組織というよりは最早、一大犯罪組織として、ほぼ日本国内全土の県警に手配書が回るまでになっていたのだが、県警特殊公安と裏コネクションを持っていたこの組織は、一部の幹部構成員に対して殺人許可証の所持が許されており、殺人などの罪を犯した構成員に対しては、堕天使の処刑人と称される組織のヒットマンに血の粛清を受けていたため、表に出る事はなかった。
それからこれは、俺が組織に加入した後にわかったことなのだが、この組織の首魁を務める舞原姉妹、血縁のある実の姉妹ではなく、妹の真奈美の方は舞原家に養子縁組された全くの他人だったため、公安の裏の力に頼りきり、傍若無人に振る舞う真奈美と組織を正しい方向へ向けようとする姉直子との間にはかなり深い確執があるということだった。
「……真奈美…いつも言ってるでしょう?殺しはあくまで最終手段だって!これ以上貴女が傍若無人に振る舞うんなら貴女にも消えてもらう事になるわよ……」
ここは、彼女達が密談場所に利用している繁華街の地下にあるショットバー。新たな依頼が入ったからと、姉の直子と共にその店に入店直後、またも彼女本来の趣旨を無視して殺しの依頼を請け負った妹を、開口一番に姉の直子が叱責した。
「……姉さんそれ本気で言ってんの?じゃあわかった!さっさとここであたしの事殺しなよ!あたしは元々犯罪者に育てられた娘…警察庁長官のご令嬢とは違う!姉さんも…あの時…死にかけてたあたしを偽善者ぶって助けた一課の刑事二人と一緒よね……所詮…わかんないのよ!犯罪者に育てられた娘のあたしの気持ちなんて温々と育ったご令嬢にはねぇ!」
彼女はそう言うと、姉の直子を正面に見据えて、俺達二人の前に座りこむのだった。背中一面に艶やかに彫られた枝垂れ桜の刺青を晒して。
「……確かに…今東京の警察庁で長官してるあの人は…あたしの実の父親……けどあたしはただの一度もあの人を実の父親だと感じたことはないわ!願わくば一刻も早く警察庁長官なんて立場から引きずり下ろしてやりたいくらいよ!金と国家権力に強欲で…実の娘のあたしですらあの人にはただの捨て駒…そんな荒みきったあたしに手を差し伸べてくれたのが彼だったのよ……彼の力添えがなかったら…この組織は存在しなかった……」
彼女は寂しげにそう言うと、眼前に座りこむ腹違いの妹、舞原真奈美の頬に強烈な平手打ちを見舞うのだった。
二人の状況を静観していた俺であり、俺が口を挟むべき問題では無いのも、充分理解していたつもりだったのだが、この姉妹の確執の深さに静観することは出来なかった。