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1.リン

街ゆく幸せそうな恋人たちを見て、私にも素敵なミラクルが起きないかなぁと思ったことはあった。あったよ。

でもね、


「君の瞳はブラックベリーみたいで美味しそうだね。ねぇ僕を好きになってよ」


こんな告白(?)は全くの想定外だったよ。



  ◆



夕陽が最後の力を振り絞るようにあたりを照らし、左右に並んだ店は片付けを始めている。その中を私・リンは乱れる髪もそのままに足早に歩いていた。日暮れは()()の時間が始まる合図。若い人、特に女の子が一人で外にいてはいけない。私だって普段ならこんな時間に一人で出歩いたりしないけれど、今日はたまたま夕飯に使う食材をシスターが買い忘れたのだ。そして買い出しは専ら年長の私の仕事。

住んでいる教会――の隣に建つ孤児院――まではあと少し。あと少しで()に遭わずに帰れる――――


「やぁこんばんは。今日も美味しそうだね」

「…どうして貴方がここにいるんですか」


ようやく着いた孤児院の門、そこに寄りかかりヒラヒラと私に手を振る()は今のところこの世で一番遭いたくない男。嗚呼今日こそ遭わないでいられると思ったのに。


「“どうして”?君に会うため以外に理由はないでしょ?」

「ええ…」


いやあるでしょ。今夜の()()()()探すためとかさ。


「逆に君はどうしてそんなに僕に会いたくないの?」


僕何かした?と可愛く首を傾げても駄目です。くッあざといな…顔が良い男ってずるい。


「何かしたも何も……」


ちらりとその男を見やる。月光を浴びて燦めく銀髪。紅玉(ルビー)黄水晶(シトリン)異色眼(オッドアイ)

人間離れした美貌は、本能的な恐怖さえ覚える程。



「貴方……悪魔じゃないですか」


遭いたくない理由なんて、それだけで充分だ。




この世界には二つの人種がいる。

一つは人間。得意能力も何もない、ただのヒトだ。

もう一つは魔族。悪魔を筆頭に吸血鬼やエルフなど、所謂ヒト為らざる者たちだ。圧倒的少数派の彼らは、そのぶん強大な力を持ち人間を喰らう。私が暮らしている孤児院でも、両親が魔族に殺されたという子供がいる。彼らは黒髪黒目で恐ろしく容姿が整っており、その美貌を以て人間を騙し残虐に嬲り殺す。また彼らは日光を嫌い夜にしか活動しないため、何処に棲んでいるかは誰も知らない――――

と、いうのが人間たちの間で一般的に伝えられていることだ。子供たちは物心つく前からこれを親に言い聞かされて育つ。

でもこれは真実ではないと私は思う。

事実、悪魔である目の前の男は確かに芸術品のように整った顔立ちをしているけれど、黒髪黒目ではない。その上、遭ったのは今日で二回目だというのに一向に襲ってくる素振りすら見せない(私を油断させるためかもしれないけれど)。寧ろ人間より余程友好的な態度に、私は距離感を測りかねている。




「貴方、本当に悪魔なんですよね?こうも親しげに話しかけられると接し方に困るんですが」

「ふーん、どうして困るの?」

「邪険にしている私が人でなしみたいじゃないですか」

「ふふ、絆されてくれても良いんだよ」


可笑しげに喉を鳴らす姿からは余裕が滲み出ていて、やっぱり彼は私とは()()のだと感じた。


「それはそれで騙されてそうで嫌です」

「そう釣れないこと言わないでよ。…まぁ確かにそれは間違っちゃあいない。亜人に、特に悪魔(僕ら)に心を許してはいけないよ」


食べられてしまうからねと妖しげに告げ、伸ばした手で私の頬を一撫でして彼は闇夜に飛び上がった。


(あ…)


見上げれば、既に小さくなってしまった影が月光に照らされて浮かび上がる。星が瞬くように燦めいたのは彼の銀髪か、宝石の瞳か。


また会えたら、なんてきっと思ってはいけないのだ。

彼は悪魔、ヒト為らざる者。

心を許したが最期、痛い目を見るのは人間()のほうなのだから。



(………私には余程、人間のほうが醜く思えるよ)




私は下位貴族の庶子だった。

“だった”というのは、父である男爵が事故死すると共に親族たちに家を追い出されたからである。

どうやらこの黒目が原因らしいと知ったのは、捨てられる際に投げつけられた言葉だった。


『もうあんたの居場所はこの家にはないよ!とっとと出てお行き、この悪魔め!!』


本当に、知らなかったのだ。

この母譲りの黒目が、悪魔の象徴として人々に忌み嫌われるものだったなんて。その瞬間に父は何も教えてくれなかったことを理解させられた。貴族との付き合い方や領地経営、この世界の常識でさえ。私はどうして今まで何の疑問も持たずに生きてこれたのだろう、…


『…言われなくても、出ていきますよこんな家なんて』


後ろから『下賤な血の癖に生意気な!』などと、そっちこそ本当に貴族なのかと品位を疑うような喚きが聞こえてくるが関係ない。元々父がいた頃からこの家に私の居場所は無かったのだ。探せば私でも受け入れてくれる孤児院はあるだろう。


そう呑気に構えていた時期が私にもあった。

外の世界に出て初めて学んだのは、想像以上に強い黒髪黒目への嫌悪だった。


ようやく見付けた孤児院(新しい家)でも、私の居場所なんて、できるはずがなかった。





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