秋季大会前編
これは5年前の自分の経験談で新人戦の時と秋季大会の思い出を混ぜて書きました。
今となってはいい思い出です。
車に乗り病院に連れて行ってもらっている。秋季大会。これが引退試合になる。中学最後の大会だ。
先生は何か言っているようだが俺はそれも頭に入らないくらい考え込んでいた。
「着いたよ」
運転席から助手席に座っている俺の耳元でそう言われた。
「ありがとうございます。」
浮かない顔をしながらそう答えて車を降りで病院に入った。
待ち時間はひたすら秋季大会の事を考えていた。
「お待ちの藤咲様。中待合室に移動し少々お待ちください。」
そのアナウンスが流れてようやく我に返り待合室まで移動した。
それからずっと無言で座っていた。
その時小さな女の子が隣ではしゃいでいるのが見えた。だが、そんな事は今はどうでもいい。足のことが最優先だ。
「次にお待ちの藤咲様。中にどうぞ。」
そう言われて重い腰を起こして部屋に入った。病院の先生はおばさんなのかおじさんなのかイマイチ分からないせんせいだった。
「ちょっと足見せてくれる?」
やっぱり男か女かも分からないがおそらく男だろう。よくテレビで見るオネエ芸人と全く同じ喋り方をしていた。
「はい。分かりました。」
そう言って靴下を下におろし先生に足を見せた。
「あー、骨折れてるね。」
残念そうな口調で病院の先生は言った。
その時俺は思った。秋季大会まで残り1ヶ月だ。1ヶ月で骨は直るのか骨が折れたことがないのでどのくらいで治るのかが分からなかった。
「あと1ヶ月後に大切な試合があるんですけどそれまでに治りますか?」
希望を捨てずにそう聞いてみた。
「うーん。まず無理だねぇ。」
病院の先生は腕を組み深刻そうな顔をしながら俺にそう告げた。
絶望だ。
それまで色々なことを考えていた頭の中が真っ白になった。
「そうですか…」
弱く少し震えた声でそう答えた。
いや、その言葉を言ったのか自分でも分からなかった。
そこからはあまり記憶が無い。
おそらくギプスを巻いてもらって家に帰ったのだろう。記憶があるところからだとベッドの上に寝転んでいた。
もう何もやる気が起きない。とりあえず寝よう。
そうして目を閉じた。
その日は何も夢を見なかった。いや、見ていたことも忘れていたのかもしれない。
ー翌日ー
いつもは6時半に勝手に目が覚めるのだけど起きてベッドに座り枕元に置いてある時計を見てみるともう10時30分とデジタル時計の時刻が見えた。
あれ。昨日はいつ寝たっけな。
何時に寝たか分からない。
とりあえず体が重たいし足も痛い。
「ヨイショ」
掛け声と同時に立ち上がったが転けそうになったが何とか持ちこたえた。
後ろを振り返り枕を見ると枕が少し濡れていた。
ヨダレを垂らしたのかと思ったが顔にヨダレの跡はない。
「ポコポコッ」
フラッシュと同時に携帯が鳴った。
(ああ、そう言えば昨日帰ったらフォロー返すって2人に言ってたっけ)
心の中でそう呟き机に置いてあった携帯を開いた。
とりあえず2人ともフォローを返そう。そう思いツッタカターを開いた。
篠原のアカウントを先に開いてプロフィールを見たがアイコンはプリクラの写真でやっぱり予想通りフォロワーは多い。しかも投稿頻度も結構高いようだ。
「ポチッ」
フォローを返すと書いてあるところを押した。
何件かメッセージが来ていたがすぐには見なかった。
次に言ノ瀬のアカウントを見ようとしたが鍵アカってやつなのかプロフィールが見えない。
「ポチッ」
リクエスト送信と書いてあるところを押した。
押すとすぐに”許可がおりました。”と通知が来てすぐにプロフィールが表示された。
アイコンは初期設定で投稿もあまりしていなかった。
リクエストを送ってから許可がおりるまで早いと一瞬思ったけどあまり深くは考えなかった。
憂鬱な気持ちはずっと変わらない。
「ポコポコッ」
すぐに言ノ瀬から通知が来たがとりあえず篠原のメッセージを開いた。
イロハ:色葉だヨー!(*^^*)
イロハ:足は大丈夫かな!?
篠原は文字からでも元気さが伝わってくる。
それを感じて憂鬱な気分がほんの少しだけマシになった。
結構助かる。元気な子と話すと自分も少し元気が湧く気がした。
陽太:よろしく。
陽太:足は、うん。まあ。
言葉を濁した。すごい元気な子だから逆に言いずらくなった。あと、これ以上あまり聞かないで欲しい。察しろと少しだけ思った。
次に言ノ瀬から来ていたDMを開いた。
言ノ瀬:こんにちわ。言ノ瀬瑞葉です。
言ノ瀬:昨日怪我した足は大丈夫ですか?
やっぱりそう来ていた。何となく予想はできていた。
陽太:よろしく。
陽太:まあ、うん。大丈夫。
似たような回答になったがあまり気にされたりするのが嫌だったから一応”大丈夫”という文字を入れてみた。
返信が来ていたようだけどその日はもう携帯を開かなかった。
ー翌日ー
いつもは朝練に行くが今日は朝練には顔を出さず遅刻しない程度の時間に投稿した。
「え!足どうしたの!?」
教室に入ってすぐにそう聞かれた。
聞いてきたのは保育園から小学校、中学とずっと同じクラスの腐れ縁で幼なじみの牧ノ原 由乃だ。
幼なじみでずっと一緒にいるせいか俺は可愛くは見えないが学校で結構人気らしい。まあ、世間一般では可愛いのだろう。
「あー!一昨日の練習試合でこけて怪我したんだよ。」
教室で雰囲気を悪くするのは良くないと思い無理やり引きつったような笑顔を作りそう答えた。
「試合近いんじゃないの?」
そう聞いて俺の顔を覗き込んだ。
「まあ、」
そう言って続きを喋ろうとしたがすぐに
「まあ、いいや。お大事に!」
と俺の言葉を聞かずにそう言ったかと思うと自分の席に戻って行った。
俺も席について少し本を読んでいると
「ありゃー。足そんな酷いことなっとったんかあ。」
和哉だ。少し残念そうな顔で声を掛けてきた。
「ああ、ごめんな。あと、秋季大会は出れないんだ。」
悔しさをぐっと堪えながら和哉にそう伝えた。
「そうか。まあしょうがないよな。」
悔しそうにする和哉
「ごめん。練習試合も迷惑をかけたな。」
申し訳ないのでまた謝った。
「ええけ!謝んな!」
和哉はそう言ってくれた。けれど申し訳ない気持ちでいっぱいになって一言
「ごめん。」
と小さく呟いた。
一週間後放課後ー
「ええ、秋季大会の相手が決まった。相手は神城東中学だ。当日東中で試合だ。先生くじ運悪いのかな。すまない。」
部員たちを集めて顧問の小坂先生少し申し訳なさそうにはそう伝えた。
特にすることがらないから放課後の部活動には顔を出していた。ただみんなが練習している姿を眺めるだけだ。
ふと先輩たちが引退した少し後のことを思い出した。
「先生くじ運悪いから顧問になってから一回も公式試合で勝ててないからお前達で先生に勝利をプレゼントしてくれ。」
その時のシーンが頭にフラッシュバックした。
事実くじ運は最悪だ。毎回県大会常連校としか当たっていない。
「先生。ごめんなさい。」
負けると決まった訳じゃない。けど小さな声でそう呟いて体育館を出た。
篠原とは3日に1回ほど連絡をとっている。
しょうもない話だ。
言ノ瀬とは怪我の後3日ほど連絡を取ったが話が終わりそこから連絡をとっていない。
ー秋季大会当日ー
会場の神城東中に着いた。
外を見るとテニス部の姿はない。おそらく休みだろう。
まあ、今日はそんな事考えてる場合じゃない。
もうすぐ試合が始まる。第1試合が神城中対神城東中だ。
「よし!中学最後の試合頑張ろう!」
そう和哉が言うとみんな
「オーッ」
と叫びメンバーがコートに向かっていった。
俺はそれをベンチから眺めていた。
「お前の分も俺らかんばるけえ。」
和哉が最後に俺にそう言ってコートに向かっていった。
「これより神城中学校対神城東中学校の試合を行います。」
「気をつけ礼!」
審判が号令をかける
「よろしくお願いします!」
これから中学最後の大会が始まる。