少年と少女
風で砂埃が巻き上げられ、視界は次第に狭まりだす。ここは荒原、あたりには低木と草花が疎らになって見えるほどで風を邪魔する障害物はほぼないと言っていいだろう。地面は所々凹凸と隆起と沈降を折り重ねており、赤く錆びついたような色をしている。空は雲一つない晴天だ。しかし、どうにもこの地からは退廃的という言葉は拭い去れない。
風がさらに強くなり、砂埃は空を覆い隠そうとしていた。
そしてその風の向こうから埃を避けようと、一つの影が迫ってくる。
その影の主は少年だ。小柄とも大柄とも言えず、年は10代の後半に差し掛かったくらいだろうか。しかし、少年の衣服はボロボロで顔や身体には切り傷や打撲の傷が見え、所々に血が滲んでいた。綺麗であったであろう白い髪と白服はすっかり泥砂や煤、そして血による汚れで黒ずんでいる。
――また、駄目だった……。
少年は力なくそう心のなかで落胆の声を呟く。涙が両目から溢れてきそうなのを必死で堪える。それに追い打ちをかけるかのように風で舞った粉塵は彼の生々しい傷口を抉ろうとする。
これらの傷は、獣に襲われてついたものでなければ、近くの崖から転落してできたものでもない。はたまた、偶然躓いて負ったものでもない。
他でもない。先ほどまで訪れていた村の住人たちによってつけられたものだった。しかし、その白髪の少年にとってもうこのような酷な仕打ちを受けたのは今回きりの一度や二度きりではなかった。
最初に訪れた村で殴られたときこそ、その痛みに恐怖し、竈の煤を投げつけられ土の地べたに投げつけられる耐えがたい屈辱感に喘いでいた。しかし、少年にとってもはやそんなことはどうでも良かった。身体の苦痛なんて意外とすぐに慣れてしまうものだ。
それでも、感じてしまうほどの苦痛はきっと”この世界の理不尽さ”と”己の不甲斐なさ”によるものだろう。
村を出てどれほど歩いたのだろうか。いくら痛みになれたとはいえ、散々に暴力を振るわれ果てのない荒野を長時間歩き続けていたせいか意識が朦朧としてくる。
息を整え、足を立たせるために立ち止まったその時だった。
「お兄ちゃん!?」
反射的に声の掛かった方を見やると、そこに立っていたのは一人の幼い少女。彼女は傷だらけの少年の姿を見るなり驚愕の表情を浮かべた。
「ああ、アリア……」
少女の姿を見た瞬間、少年の朦朧とした意識は正気を回復した。そして少年は思わず安堵の声を力なく漏らす。
「早く傷の手当をしないと!?どうしよう……」
焦り慌ててアリアと呼ばれた少女は少年の酷い様子に半泣きになる。パニックになった少女を少年は落ち着いて宥める。
「大丈夫……こんなの掠り傷だよ」
「でも……」
「本当に大丈夫なんだ……。心配してくれてありがとう、アリア」
少年の言葉に少女はすっかり黙り込んでしまう。
決して強がりなどではない。彼は本気で自分への手当など必要ないと、そう感じていた。彼が心に受けた傷と比べれば身体に受けた傷などまったくもって大した痛みになどならなかったのだ。
「明日また、次の場所に出発しよう……きっと次こそは」
「お兄ちゃん……」
動揺は決して見せてはいけない。精神の疲弊を決して悟られてはならない。いたいけな少女が背負うにはあまりにも酷な運命なのだ。少なくとも彼女が自分で判断をできるようになる年までは庇護するという使命を少年は自分自身に課していた。
憂いた少女に目線を合わせるように、白髪の”少年ハリス”はしゃがみ込むと、正面から優しく肩をもってそっと微笑みかけるのだった。