第64話 悪役令嬢は町人Sが優しくて涙がとまらない
三日三晩、私は高熱にうなされて、ほとんど意識がなかった。
サイファがおかゆをつくって食べさせてくれてたらしいんだけど、それすら、覚えていないの。
もったいないな。
サイファがしてくれたことは、覚えていたかったな。
もう、悪夢は見なくなった。
エリス様の祝福を授かってからの十三日間のことは、事実だけ残して忘却したの。
闇主たちの記憶も、私にしたことについては抹消したの。
ラクになったよ。
生命の水のおかげで、身体も綺麗になった。
いいのかな、こんなにラクになって。
私だけ――
熱が引いた頃にシステムを起動して、私は、いくつか納得行かないことに気がついたの。
まず、水神の承認の取消条件のカウントが1だったこと。
皇帝のカウントがないのよ。承認前だったからなのかな。
もっと、わからないのは、ユースティティア様の承認が取り消しになっていなかったこと。
私は、こどもを殺したのよ。
それなのに、慈愛と正義に背くと判断されていなかった。
どうして?
「サイファ様、私がしたことって、私がこどもを殺したことって、慈愛とか、正義とかには背くよね……?」
「どうかな。……ねぇ、デゼル。デゼルと同じ目に遭った十歳の子が、こどもを殺したら、デゼルはその子を断罪しようと思う?」
……。
「思わない……」
「僕も、思わないよ。慈愛とか正義とかに『適う』ことではないと思うけど、『背く』ことでもないと思う。もし、神様がその子を断罪するとしたら、その神様にこそ、慈愛も正義も感じられない。断罪するべきはその子じゃないはずだよ」
あれ、何だろう。
また、涙がこぼれた。
「デゼル、本当にごめん。また、守ってあげられなくて」
「違うの、サイファ様が優しいから、涙が出るの」
おいでと誘われて、私がおとなしくサイファの腕の中におさまると、優しいキスを落として、サイファがぎゅっと抱き締めてくれた。
「サイファ様、ありがとう……」
私も、ユリアを守れなかった。
ネプチューンの闇落ちも、阻止できなかった。
悪夢そのものだった十三日の間に、ユリアが殺されて、ネプチューンは側近達と一緒に禁断の魔力を手に入れてきてしまったの。
その魔力で、私を助けてくれたんだもの。
さらに、私が昏睡している間に、事態はもっと進んでしまっていた。
公国の滅亡以外、すべて、シナリオ通りに進行してしまった後だった。
「サイファ様、私――」
「なに?」
サイファの声と、腕の中が優しい。
サイファとガゼルの好感度と信頼度は、それぞれ星4個半と星5個のまま、減っていなかった。
ステータス上、減らないシステムなのかな。だけど、減ってないわけないよね。
あと少しだったのに、もう一生、サイファが私に向けてくれる想いが星5個に届かないと思うと、すごく、切なくなるけど。
それでも、サイファの腕の中に戻りたかったの。
こうして抱いていてもらえて、すごく、嬉しいの。
「エリス様が仰ったの。私、グノースにならず者達がいて、近隣の村を苦しめてることを知ってたのに、怖くて、ただ、近づくまいとしたの。それが間違いだって、ガゼル様に頼んで、討伐してもらうべきだったって」
サイファが息をのんで私を見た。
「サイファ様、ごめんなさい。サイファ様が守れなかったんじゃない、私が駄目だったの。私、そこまで考えが至らなかった――」
「デゼル、それ……」
サイファが私を抱く腕にぎゅっと力を込めた。
「デゼルのせいだなんて、思わないで。そんなの、僕もだよ。三年前、デゼルに何が起きるか、オプスキュリテ様に見せて頂いたのに――僕でもガゼル様でも、デゼルが襲われるのはどこなのかって、デゼルに聞けばよかったんだ」
サイファが澄んだ、真剣な翠の瞳で私を見て、それからふっと、その目を伏せた。
「デゼル、エリス様は神様だ。――三人寄っても、神様には敵わなかったね」
サイファが哀切に、私に微笑みかけてくれたの。
「許して、くれるの……?」
「許すも許さないも、デゼルは何にも悪くないんだよ? だけど、僕がデゼルを許すと言えば安心するなら」
私が涙をにじませてうなずいたら、サイファがにっこり笑ったの。
「大丈夫だよ、僕はデゼルを許してる。だから、安心して、もう泣かないでね」
私はうんって答えたかったけど、感極まって、涙を止められなかった。だから、うなずいてサイファの胸に顔を埋めたの。
私が泣きやむまで、優しく抱いてくれるようだったサイファが、ふっと、声を落とした。
「だけど、ガゼル様には黙っていようね。ガゼル様、そうでなくても、傍にいたのにデゼルを守れなかったって、すごく気にされていたんだ。闇の神が降臨された時、ガゼル様は、誰がご自身を襲うのかはデゼルに聞いたけど、誰がデゼルを襲うのかは聞かなかった。エリス様のお言葉を伝えたら、たぶん――」
私、はっとしてサイファを見た。
誰が自分を殺すのか、誰だって気になるもの。
ガゼルがそれを聞いたこと、私は何もおかしいと思わなかったけど、サイファの言う通り――
私、ガゼルの立場で、エリス様の指摘を受けたら死ぬほどつらい。
自分のことしか考えなくて、そのために、グノースの村と私を見捨ててしまったってことだもの。
グノースは公国内の小さな村よ。ガゼルは、さらわれるのが私でなくても、十歳の少女を慰み者にするようなならず者達がいるのを放置していてはいけなかったの。
「サイファ様って、神様みたい……」
「え?」
ガゼルはただ、数十万人の命が失われる滅亡の運命から、公国を救うことを考えて動くだけで手一杯で、グノースの村の危機にまで、考えが至らなかっただけなの。
それは私も同じだったの。
ただ、私達の力の限界だったんだって、本当の意味で、サイファに許してもらえた気がしたの――






