【Side】 サイファ ~町人Sは震えが止まらない~
「サイファ、デゼルは戻っているか!?」
「ガゼル様!? いいえ?」
デゼルを連れて行ったガゼル様が、一人で神殿に戻ってきたのは、半日ほど経った頃だった。
真っ青な顔をしたガゼル様が顔を覆うのを見て、僕は、胸が早鐘のように打つのを感じたんだ。
「すまない、デゼルを災禍の女神エリスに連れ去られた」
僕は目を見開いて、ガゼル様を見た。
災禍の女神って、まさか。
三年前、オプスキュリテに見せられた――?
「デゼルはどこへ!?」
「スノウフェザーに空間跳躍したが、ここへ戻って来ないということは、エリスに連れ去られたとしか考えられないな」
僕はしばらく考えて、口を開いた。
「スノウフェザーは帝国内の寒村です。デゼルが空間跳躍できる場所の中では、一番、人の少ないところだから、水神になって闘おうとしたのかもしれません」
「――なるほど」
「あの、デゼルに何のご用事だったのでしょうか」
言いにくそうにしたガゼル様が、目を逸らして答えた。
話す時に、相手から目を逸らすような方ではないんだけど。
「オプスキュリテに見せられた魔物が来るという予感があって、デゼルに『夜明けの守護』をかけた」
絶句して、僕はガゼル様を見た。
ガゼル様がデゼルにキスしてオプスキュリテを降臨させた時に、さすがに気になって、『オーブ』について調べたことがあるんだ。
どうして、僕は震えているんだろう。
「ガゼル様、それって、デゼルがあなたを受け容れたということでしょうか」
「まさか」
まさか、って。
「抵抗するデゼルに無理強いだよ。デゼルが私を受け容れてくれるくらいなら、サイファであろうと他の誰であろうと、デゼルの闇主として承認したりするものか」
それまで、目を背けていたガゼル様が、僕に目を戻した。
「今、私が生きているということは、デゼルも間違いなく生きている。『夜明けの守護』が失われる七日以内に手を尽くして探し出さなければ。サイファ、デゼルの居場所に心当たりはない?」
「――ありません」
「スノウフェザーに行ってみるしかないか……」
ガゼル様の顔には苦悩の色が濃い。
デゼルのクロノスを使えない以上、往復するだけで七日かかってしまうんだ。
外したら最後。
「父上に頼んで、公国内についてはデゼルを探してもらっている。私はすぐに帝国に発つつもりだ」
「僕も行きます」
「ありがとう」
ガゼル様と港で待ち合わせて別れた後、僕は急いで闇主の装束に着替えて、何か手掛かりがあるかもしれないと思って、デゼルの攻略ノートをリュックに入れた。
袖口に縫い込まれた、『デゼルよりサイファへ 永遠の愛を込めて』の文字を見たら、涙が出そうになったけど、泣いている場合じゃないんだ。
僕は歯を食い縛って涙を堪えると、急いで港に向かった。
**――*――**
「すごいな……」
翌朝から、ガゼル様の船室で、三冊ある攻略ノートを手分けして調べることにしたんだけど。
少しめくっただけで、ガゼル様が感嘆の声を上げた。
意味のわからない情報も多いんだけど、とにかく凄い。
あれもこれも予知してたんだって、闇巫女の凄さを思い知らされるノートだった。
「災禍の女神エリスの情報、スキルが『不要』の一言と×だけなんだが、不要ということは、これらのスキルはデゼルが使えるものなのか?」
「そうですね、クロノスとウンディーネを使っているのはよく見かけます」
そんな話をしていた時だった。
急に、ガゼル様が真っ青な顔になって口許を押さえたんだ。
口許を押さえる手も、見てわかるほどの震え方だった。
「ガゼル様!?」
洗面台に手を突いたガゼル様が、胃の中身をすべて吐いて、なお、苦しげに全身を痙攣させているのを見て、僕はあわててヒールをかけた。
ひどく荒かった呼吸が、二度目のヒールで、ようやく、落ち着いた頃だった。
ガゼル様がダンと、こぶしを壁に打ちつけた。
「デゼルが『夜明けの守護』を使ったんだ、こんなになるまで我慢するなんて……!」
僕は絶句して、倒れそうになった。
たった一夜で、こんなになるって、デゼルはどういう目に遭わされているんだ。
また、手が震えてきたけど、こぶしを握り締めて耐えた。
怖いんじゃない。
怒りのあまり手が震えたことなんて、僕は、初めてだった。
怒りがいったん鎮まると、次には、涙が出そうになった。
ガゼル様が『夜明けの守護』をかけて下さっていなかったら、こんなの、デゼルは間違いなく殺されていたんだ。
ガゼル様は、デゼルを守るために命を懸けて下さっているんだ。
そのガゼル様より、デゼルは僕を選んでくれたのに。
どうして、何もしてあげられないんだ。
「サイファ、ラクになった。私がラクな状態でないと、デゼルが次に『夜明けの守護』を使った時に意味がないからな。サイファにヒールが使えて助かるよ」
「ガゼル様……」
「朝食を取ってから、また、手がかりを探そう。朝食の後、私は少しやすみたい」
「はい」






