第39話 それでも町人Sの答えは変わらない
「あぁっ!!」
意識を取り戻した私は、悲鳴を上げて飛び起きると、震える身を抱いたの。
まだ、ガゼルにされた苦しさと震えが抜けない。
私、何を送り込まれたの!?
苦しいの、苦しい――
ぼろぼろ、涙が落ちた。
嫌だったわけじゃないの、私、ガゼルにされるの、嫌だと思えなかった。
怖いと苦しいがすべてで、それなのに私、ガゼルを求めさえしたかもしれない。
サイファにどんな顔をして会えばいいの!?
こんな――
「デゼル」
サイファの声が聞こえて、周りの景色が見えて、私はびくりと身が震えたの。
私の寝室だった。
「サイファ…様……」
顔を上げられないよ。
「私、どうしたの……? どうなったの……?」
「闇の神オプスキュリテが降りたんだ」
「え……?」
「大丈夫?」
私は口許を覆って、横にかぶりをふったの。
大丈夫じゃない。
私、大丈夫じゃない。
「サイファ様、私、苦しいよ……!!」
ふわっと、サイファが抱いてくれた。
駄目。
ガゼルに送り込まれた何かが抜けない。
ラクにならない。
外でざわざわと人声がした。
「デゼル!」
ガゼルが断りもなしに私の寝室に踏み込んできて、私は悲鳴を上げてサイファにしがみついたの。
「デゼル、君は――三年後に何が起きるか、知っているのか?」
私は目を見張ってガゼルを見たの。
「たとえば、最終的に私や君がどうなるか、公国の末路とか?」
私がうなずくと、真っ青な顔をしたガゼルが壁にこぶしを打ちつけた。
「あれは……私を斬り殺す黒髪の青年は誰なんだ」
「トランスサタニアン帝国の、皇太子ウラノスの命を受けた、第二皇子ネプチューン」
ガゼルが鬼気迫る形相になって、私を見た。
「そのネプチューンに会って、どうするつもりでいる?」
「オプスキュリテ公国を滅ぼす意志を持っているのは皇太子ウラノスで、第二皇子ネプチューンにその意志はありません。まずは、ネプチューンとの交渉を」
しばらく考え込んでいたガゼルが、ふと、私を見て聞いたの。
「――もしかして、デゼル、苦しい?」
私がうなずくと、ガゼルがきまり悪そうにサイファを見たの。
「サイファ、すまない。デゼルにオーブの魔力を与えてしまった」
「オーブ?」
「闇巫女にオプスキュリテを降ろす魔力だと伝承されている。――抜かせてもらうよ」
悲鳴を上げる私をサイファの腕の中から引き出したガゼルが、目を伏せて口づけてきたの。
抜くって――
本当に、二度目のキスは苦しくなかった。
私をかき乱していた何かが、私の中からなくなっていったの。
「じゃあ、また九日に」
さすがに顔を背けていたサイファが、息を吐いた。
「デゼル、ラクになった?」
私はこくんとうなずいた。
ラクになった。
「サイファ様、あの……」
「気分のいいものじゃないけど、仕方がないよ。デゼルが初めて、僕にキスしてくれた日のことを覚えてる?」
私がうなずくと、サイファが優しく笑ったの。
「僕が選んだんだ、逃げずに、公国を滅ぼされないように闘おうって。ガゼル様に忠誠を誓ったのも、その場凌ぎのことではないよ。あの方のすることなら、必ず、意味があると感じるんだ。実際、ガゼル様は闇の神オプスキュリテをデゼルに降ろした。そして、公国が滅亡する運命を知られた。それを間違いだと、僕は思わないよ。デゼルに触れて欲しくは、なかったけど」
「サイファ様……」
こんな時まで自分の感情は後回しで、私を気遣ってくれるサイファに、私はたまらなくなって、ぎゅっとしがみついたの。
ガゼルは本当に、私を苦しくしていた何かを抜いてくれていて、今度は、ちゃんとサイファを感じることができたの。
サイファの優しさが降るように、私の心を満たしてくれた。
「デゼル、僕とガゼル様だけが、公国の運命を見たようなんだ。さっき、ガゼル様が聞いたこと、僕もデゼルに聞きたかった。公国が三年後に滅ぶとは聞いていたけど――デゼルがどんな目に遭わされるかまでは、聞いていなかった」
「……」
「デゼル、知っているって、本当なんだね?」
私がささやくような小さな声で、うん、と答えたら、サイファが渾身の力で私を抱き締めてくれたの。
サイファの手が慈しむように私の頭をなでてくれて、たぶん、サイファの涙が私の頬に触れた。
「ごめん、デゼル。僕にとって、一番、大切なのはデゼルだよ。それでも僕は――デゼルと僕だけが助かればいいとは思えないんだ。運命を変えられなかった時に、デゼルがあんな惨い目に遭うなんて知らなくて、一緒に闘おうなんて綺麗事を言って。でも、知っても僕の答えは変わらないんだ」
サイファの嗚咽が耳のそばから聞こえて、私も、つられてしまったのか涙があふれて止まらなかった。
「サイファ様、私、逃げたいなんて思ってないよ。私もサイファ様と同じだよ。クライス様とティニーの運命は変えられたもの。みんなで助かろうね。私、サイファ様に一緒に闘って欲しい。最後まで、私の傍にいて欲しい」
「必ずいる、最後まで、デゼルの傍に。僕がデゼルを守るよ」
嬉しくて、サイファに頬をすり寄せたの。
サイファがあんまり強く抱くから、少しだけ、苦しかった。
でも、苦しさよりずっと、愛しかった。






