【Side】 ガゼル ~公子様は公国の滅亡を知る~
魔がさした。
デモンストレーションに、軽く触れるだけのキスをしようと思ったんだけど。
デゼルとサイファには、公民に過ぎないサイファが闇主になることの意味がわかっていないから。
はっきり言って、サイファに降参しているのは私だけなんだよ。
公邸や行事でデゼルを垣間見て、一目で心を奪われたのは私だけじゃないんだ。
デゼルが私と婚約したのかしないのか、うかがいを立てる問い合わせが殺到していて、その一方で、サイファが本当に闇主なのかなんて問い合わせはない。
誰もまだ七歳のデゼルとサイファが契ったなんて信じていないし、デゼルの相手が公子である私でないなら、彼らは公民に過ぎないサイファなんて押しのける気しかないんだ。
その彼らに、私とデゼルの事実を回答したら、どうなるか。
かと言って、事実と異なる回答もできない。
もう、ここは私が悪役になって、あの子達を庇ってあげようと思ったんだけど。
私とデゼルがどうなっているかの問い合わせには、回答しない。
その上で、公の場で私がデゼルに手を出しておけば、後は周りが勝手に『闇巫女様に手を出せば、公家を敵に回すことになる』と忖度するだろうと踏んだんだ。
ただ、まぁね?
キスは初めてだったものだから。
ここまで甘いものだと思わなかった。
重ねた唇の甘さに酔って、理性のタガが外れてしまって、衝動的に踏み込んでしまったんだ。
私を感じて、震えながら涙を落としたデゼルに、もっと、私を教えたくなって――
何度か、心のままに舌を絡めた頃だった。
デゼルの意識が落ちて、その身が軽々と中空に舞い上がった。
伏せられたデゼルの目が開かれた時、蒼のはずのデゼルの瞳が、闇の中、翡翠の輝きを放っていた。
月から闇がさして、デゼルを闇に包んでいたんだ。
『妾は闇の神オプスキュリテ。――妾を召喚せし、ガゼル・オーブ・オプスキュリテよ、そなたに公国の運命を視せましょう。この運命は、より高次の神に紡がれしもの。かの神の前に妾の加護はあまりに儚く、運命に立ち向かい得る者は――』
闇巫女と公家の婚姻により、闇の神の降臨があるという伝承は残っていた。
とはいえ、ここ百年はなかったことで、私は正直、神話のたぐいだと思っていたんだ。
デゼルに降臨したオプスキュリテが放った闇が私を撃った。
私が見せられたものは、三年後、公国が滅ぼされる未来だった。
公国の人々が、家々が、美しかった山林が、炎に呑み込まれて黒い灰になった。
見知らぬ黒髪の青年が公邸に踏み込んできて、父上と母上を斬り殺した。
その凶刃がついに、私を狙って突き入れられた。
すべてが闇に塗り潰された。
景色が変わった。
デゼルの傍に、魔女のような妖魔が佇んでいた。
――いや、邪神?
闇の神どころか、水神の加護まで授かっているデゼルに、禍々しい呪いをかけることができる魔の神。
あまりに、おぞましい運命に呑まれたデゼルの瞳から、心が失せた。
父上と母上と、そして、おそらくは私をも斬り殺した青年のもとに、十二の闇の者が集う――
研究者のクライス、将校のゲイル、闇幽鬼のユリシーズ。
まるで別人のように、心を失くした瞳をした、氷の美貌の闇巫女デゼル。
残りの者は、誰だかわからなかった。
見知らぬ光の聖女のもとに、十二の光の者が集う――
光と闇が絡まり、やがて。
光の者達に追い詰められたデゼルが、心を失くしたと見えた瞳から涙を落として、闇主を庇う光景が見えた。
闇主の顔は見えない。
闇主の眼前で、光の者達はデゼルを惨殺して、通り過ぎて行った。
なん、なんだ。
より高次の神が紡ぐ運命――!?
いったい、何なんだ!!






