第35話 悪役令嬢は礼儀作法に目覚める
それからの数日は、待たないといけないことがいくつかあったから、夏休みの宿題や自由研究、サボり気味だった闇巫女としての修行、さらに、サイファと一緒に礼儀作法と敬語の授業を受けた。
だって、これからガゼルと会うことも増えるし、闇の十二使徒の数人は帝国の貴族なの。ネプチューンに至っては皇子様だし。
クライスは民間人だから私の適当な挨拶でも何も言わなかったけど、この先は、今のままだとマズイの。私もサイファも。
「デゼルはできてるよね?」
不思議そうに首を傾げたサイファに、私はううんとかぶりを横に振った。
「できてないよ。お作法の時間を見てたらわかるよ……」
私はちょっと、遠い目をした。
私ね、礼儀作法って大嫌いなの。
だって、何の役に立つのか、意味がわからないんだもの。
上流階級のご令嬢ともなれば必須のスキルで、侯爵令嬢とか伯爵令嬢とかだと幼少のみぎりから叩き込まれるのよ。
可哀相。
私、闇巫女でよかった。
闇巫女は宗教指導者の性格が強いおかげで、上流階級向けの礼儀作法はそこまで問われないの。
その分、神様に対する礼儀作法を問われて叩き込まれるけど、修得すれば闇巫女のレベルがアップして、より、強力な闇魔法を使えるようになるから、何の役に立つのかわかることだから、私、やる気が出るの。
そんな私にとって、お作法の時間はこれまで苦行でしかなかったんだけど。
サイファと一緒に教えてもらうようになったら、私、礼儀作法の意味がわかったの!
何の意味があるのかしらと思っていた私が間違ってた。
サイファがカッコいいのよ!
こんなに、意味のあることが他にある!?
お作法の先生に教えてもらって、サイファが闇主としての正しい礼をした時なんて、めまいがするほどカッコよくて、誰よこんな殺傷力の高い立ち居振る舞いを考えたのは! 私を萌え殺す気なの!? って、かなり本気で思った。
それだけじゃないのよ。
私がうまくできないと、サイファが楽しそうに笑ってくれて、こうじゃないかなって教えてくれるの。
私がうまくできると、サイファが私に見惚れてくれて、すごく綺麗って褒めてくれるし、ねだればご褒美にキスしてくれるの。
私、礼儀作法に目覚めた。
闇巫女デゼルは悪役『令嬢』に覚醒した。
貴族のご令嬢はよく、こんなのやってられるなぁと思ってたけど、たとえば、ガゼルに本気だったりすると、きっと、やる気が出るのね。
だから、やっぱり、ガゼルは私じゃなくて、血のにじむ努力をして公妃様にふさわしい礼儀作法を完璧に修得しているお妃様を迎えるべきよ。
そうじゃないと、たくさんいそうなガゼル狙いのご令嬢が、あんまり可哀相だもの。
私はうまくできればサイファにご褒美をもらえるという最高の環境で教えてもらってるけど、ふつうは、うまくできてようやくスタートライン。
社交界デビューして、それぞれのご令嬢がいいなと思う貴公子様方に声をかけたり、かけられたりする権利がようやく手に入るだけで、ご褒美は遥か彼方に遠いの。
ああ、今日もサイファが麗しい。カッコイイ。
私、お作法の時間が好きになった。
お作法の先生も、私がやる気になって嬉しそうよ。
お作法の先生、先生は立派な方でした。
末永く、『愛しい人を萌え殺す立ち居振る舞い』の伝道に励んで下さい。
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「これ……」
「遅くなったけど、闇主の正装。あのね、ここに」
黒地に銀糸で刺繍が入った正装の、袖口のところに、『デゼルより永遠の愛を込めて』って、外国語で刺繍してもらったの。
この刺繍はそういう意味なのよ、誕生日の贈り物のつもりなのよって教えたら、微笑んだサイファが、優しくキスしてくれた。
「ありがとう」
私も、胸が温かくなって微笑み返した。
「サイファ様、今日は公邸にうかがう予定なの。だから、正装で――ガゼル様が会って下さるから」
サイファが少し、緊張した表情になった。
ガゼルは夏休み明けまで待つと言ってくれたけど、私もサイファも、もう心は決まっているもの。






