第33話 町人Sは公子様がすべて正しいと思った
「サイファ様、ガゼル様のこと、ごめんなさい。私の断り方に誠意が足りなかったの。改めて、きちんとお断りするから。ガゼル様が言ったような覚悟はいらないの。ガゼル様の理想の闇主と、私の理想の闇主は違うの。私はサイファ様に、ガゼル様が求めたほど重い責任も覚悟も求めていないの。それを、ガゼル様にも、わかって頂けるように断るから」
神殿への帰り道。
サイファと歩きたかったから、クロノスは使わなかった。
「そうかな、僕――ガゼル様がすべて、正しいと思った。だって、ガゼル様は生まれた時から、この国の公民すべての暮らしを支える責任と覚悟を負っているのに、自分で選んだデゼル一人、守り抜くと誓えない闇主になんて、僕がガゼル様の立場でも、きっと、渡したくないと思うよ」
「……」
「僕が八つの時にね、母さんが病気になって、父さんがいなくなった。家には一銭も残っていなくて、食べ物もなくて――本当に突然、帰ってこなくなったんだ」
知らなかった。
お母さんが病気になって、そんな大変な時に、お父さんは逃げたということなの?
「学校になんて、もう、行っていられなかった。毎日、食べる物を必死に探し回った。家賃と母さんの薬代を、子供でも雇ってくれるところで働いて、なんとかして手に入れないとならなかった」
サイファはジャイロの次に生活の成績がいいの。
美味しい料理も、サイファがつくるしかなくて覚えたの?
「前に、デゼルが言ってくれたこと――ジャイロが僕より弱かったかどうかはともかく、年少のジャイロに暴力をふるうことはできないって、僕は確かに考えてた」
「……」
「デゼル、やっぱり、ガゼル様は正しいと思う。父さんがいなくなって、僕も母さんも本当に怖い思いをしたんだ。今、こうして生きていられるのが不思議なくらいに。デゼルに母さんのような思いはさせたくない。僕が覚悟をするべきなんだ」
サイファが哀切に微笑んだ。
「母さん、マリベル様から頂いたお金を見たら、目の色が変わっちゃった。きっと、これでもう、怖い思いをしなくていいと思ったんだね。借金を返せる、病気で苦しい時まで働かなくてよくなると思って――今は、母さんも働いてくれていて、だから、僕はまた、小学校に通えるようになったんだ」
そう言って、サイファが哀切に微笑むのよ。
「僕ね、本当は――父さんは逃げたんじゃなくて、死んでしまったんじゃないかと思ってるんだ。母さんは逃げたんだって言うけど、それは、いつか帰ってきてくれると、信じたいからなんじゃないかって。だって、家にはもともとお金はなかったし、父さんは着替えすら持ち出さずにいなくなったんだ。父さんの帰りをずっと、ずっと、待ってる母さんに、父さんはきっと生きてないなんて、言えなくて――」
「時空【Lv1】」
「えっ!?」
サイファの手をつかんで、涙声でクロノスを宣言すると、二人きりの寝室で、私は泣きながらサイファを抱き締めたの。
それ、きっと、生きてない。
私だったら、病気の私を助けようとして、サイファが帰ってこなくなったら、どんなに悲しいだろう。胸が張り裂けそうよ。
「デゼル……」
サイファも涙声だった。サイファも私を抱き締めてくれた。
サイファはどんな思いをしてきたの。
お父さんが死んでしまったことを、悲しむこともできなかったのよ。
学校に行けないことだって、他のどんなことだって、誰にもつらいと言えないまま――
お母さんのために、お父さんは死んでないことにしてあげないといけなかったんだもの。
サイファのお母さんに、サイファがつらいなんて言ったら、きっと、壊れてしまったもの。
大丈夫だよって、僕がいるから心配ないからねって、サイファはずっと、お母さんを励ましながら生きてきたのね……。
「デゼル、ガゼル様は心から、デゼルを好きみたいだった。僕には、僕のすべてを懸けてデゼルを守ることしかできない。僕がデゼルに与えられるものは、ガゼル様に比べたら、――何も――」
サイファの瞳が寂しそうに翳った。
「何にも、ないんだ。それでも僕が、デゼルの闇主でいいの?」
「うん……私は、サイファ様がいい……」
私をじっと見詰めたサイファが、真剣な様子で聞いたの。
「どうしてって、聞いてもいい?」
私はそっとサイファの横顔をなでた。
「あのね、ガゼル様の仰った通り、ガゼル様は私より、ずっと重い責任を負っていらっしゃるの。とても立派な方なの。でも、それは裏を返せば、ガゼル様の求めに応えるなら、私の責任が今よりさらに重くなるということだもの」
サイファが虚を突かれた顔で私を見た。
「私、闇巫女だけでも、責任を重く感じるの。小学校に通って、少しケンカしたくらいで倒れるのよ? サイファ様は私が元気になるまでついていてくれた。サイファ様が傍にいてくれると、私、本当にラクになれて、心がやすらぐの。心の底から、幸せな気持ちになるの。――私は、ガゼル様の横に並び立てるお妃様になる努力をするより、ありのままの私で許してくれて、傍にいてくれる、大好きなサイファ様に甘やかされていたい、なまけものなの」
サイファが楽しそうに笑って、ぎゅっと、私を抱き締めてくれた。
「おかしい。デゼル、なまけものなの?」
「うん。デゼルの夢はなまけものなの。働かないキリギリスになりたい」
私の髪を優しくなでてくれたサイファが、甘いキスを降らせてくれて、私の耳を食むという、新しいスキルを編み出してしまったの。
「…ん……」
「それは少し、違うと思うけど。でも、僕のお姫様がお望みなら、甘やかしてあげるよ? デゼルはね、もっと、なまけていいんだよ」
「? ……?」
サイファが言ったことの意味が、私にはよく、わからなかったの。
でも、甘やかしてくれるサイファの腕の中は、とても心地好かった。
私、この場所にいられるなら、他には何もいらないのよ。
【問】 なぁ、父親がいねぇのと、父親がゴリラなのって、どっちがマシなんだ?
【解】 まともな父親がいるのがいいと思います。






