第32話 すべてが町人Sになる
「そう。簡単に言うと、闇巫女とは公民の道徳を支え、神の加護の象徴となるべき存在だ。存在がすでに宗教だと言ってもいい。公国の主神である、闇の神の代理人にして、公国を神与の、抜きん出て高い魔力によって守る者」
これで簡単なんだ。
そんなこと、私も知らなかった。
あぅ~。
ガゼルと話していると、私、すごく疲れるのよ。
尊すぎて、ご威光が眩しすぎるの。
私、闇属性だもの。
私、ガゼルといると即日過労死できそうなのよ。
お願いだから、妃に迎えたいとか、そんな恐ろしいことを言わないで。
遠くから、あ~、夢の王子様だ~って、無責任に鑑賞していたいの。
お近づきにはなりたくないの。
「闇主とは、その闇巫女を生涯に渡って愛し守り抜く者。立場上、公民の道徳的規範となるような生活態度を生涯に渡って求められることにもなる。一時の恋愛感情では務まらないよ。サイファ、君にはその覚悟ができるの? 闇主として認められた者が、万が一にも逃げ出すようなことがあれば、闇巫女が受ける心身のダメージ、心ない風評、いずれも測り知れないものになる。言っておくけど、もしも、君がデゼルと契ったあげくにデゼルを捨てるような真似をしたら、私は君を斬り殺す」
「やめて、ガゼル様! そんな!! サイファはまだ十歳よ、そんな覚悟――」
「私だって、まだ十二歳だよ。だけど、私は生まれた時からすでに、闇主よりよほど、重い責務と覚悟を負わされてきた。私には選ぶ権利すらなかった。彼が、自分で選んだ女の子一人、愛し抜く覚悟と責務を負えない者なら、私は、そんな者にデゼルを渡したくはない!」
「デゼル、僕、今月で十一歳になったから」
ガゼルの言うことはもっともなの。
公子様になんて、好きで生まれてきたんじゃないのに、十二歳でこれだけ立派なんだもの。
そのために支払われた犠牲、血のにじむような努力、考えただけで胸が痛くなる。
だけど、それとは別に、サイファが言った言葉に、私は途惑ったの。
サイファは四年生よ、十一歳にはならないはずなの。
「デゼル、サイファは三年生の時に、休学しているから。サイファ、君は父親と同じことをしないと誓える? ――身を引いてくれるなら、金貨一万枚と言ったら?」
サイファが息をのんだ。
当たり前よ。
金貨一枚の価値が、現世の一万円くらいだもの。
金貨一万枚って、一億円くらいなのよ。
ガゼル、冗談はやめて。私にそんな馬鹿げた値段をつけないで。
「悪いけど、君の母君は、君が身を引くことを望むだろうね」
サイファが唇を噛んだ。
「――身を引くとしても、そのお金は頂けません。母さんは悲しむかもしれないけど、僕は、デゼルを誰かに売り渡すつもりはありません。ただ、ご質問に答える前に、デゼルの気持ちを確かめる時間を下さい」
「わかった。夏休み明けまでで足りるかな?」
「はい」
ガゼルがふっと、表情を緩めた。
サイファはやっぱり、ガゼルに強く惹かれるみたいで、魂を抜かれたように見詰めてた。
「なるほどね、デゼルの目は確かみたいだ。澄んだ綺麗な瞳をしているし、サイファが誓うと答えた時には信じよう。その時には私が身を引くよ」
サイファがまた、驚かされた顔をした。
私も驚いたもの。
「デゼル、これ」
ガゼルが渡してくれたのは、私がお願いしていた出国許可証だった。
「正直、心配だけど。サイファと二人で出国するような無茶をしては駄目だよ?」
そう言った後、ガゼルがもう一度、私の横顔に手をかけたの。
「さっきみたいなことはしないから。名前だけ、もう一度呼ばれたいな」
「――ガゼル様」
私が呼んだら、ガゼルが優しく笑うのよ。
殺傷力の高い微笑みなのよ。
私、サイファと先に出会っていてよかった。
ガゼルと先に出会っていたら、落とされていたかもしれないもの。
私は公妃に向かないし、ガゼルも闇主に向かない。
わかっていても、優しくて麗しい微笑みにときめいてしまって、落とされていたかもしれない。
そうなっていたら、地獄だった。
でもね。今は、違うの。
ガゼルはサイファと出会う前の私の理想なの。
サイファといると、私の理想が更新されるの。全部、サイファになるの。
私、サイファがいいのよ。
サイファにとって、私の想いが迷惑でなければ。






