第31話 公子様は悪役令嬢を諦めていなかった
七月も終わりに近づいた、その翌日。
【デゼルの寝室】【時の神殿】【クライス邸】に続き、【公邸】の時の精霊と契約するべく、私はサイファと一緒に公邸に向かったの。
公国内で契約できる時の精霊、ゲームのセーブオーブは五ヶ所なんだけど、もう一ヶ所には、私、行きたくないの。
デゼルにとっては無用な、ヒロインのためのセーブオーブだから。
セーブオーブそのものは二十ヶ所くらいあるから、行きたくないところの一つや二つを避けても問題はなくて、ただ、次はいよいよトランスサタニアン帝国に入国しないといけない。
そのための手続きも、なるべく、今日のうちにできるといいな。
申請はマリベル様がしてくれたはずなの。公家からの回答待ちよ。
時の精霊との契約は、セーブオーブに手をかざすだけ。
私がちょうど、公邸の時の精霊と契約し終えた時だった。
「ごきげんよう、デゼル」
あ。公子様だ。
ちょっと、気まずいな。
公子様は御年十二歳で、私の理想が服を着て歩いているような方よ。
ゲームだったら絶対に落としてる。
容姿端麗、頭脳明晰、性格も誠実で優しいの。
今日は、白地に金糸の刺繍が入った礼装で、うっかりしたら、見惚れるくらいには素敵。
あ、サイファが見惚れてる。
このレベルだと、同性から見ても魅力的なのね。
でもね。
私、リアルで公子様とつきあうなんて絶対に無理よ。だって。
「ごきげんよう、公子様」
聞いてよ、この挨拶を!
ご一緒させて頂く時の立ち居振る舞いに失礼がないか、私、とてつもなく緊張するの。
張り詰めるの。
すごく、すごく、疲れるの。
私すでに、サイファの後ろに逃げ込みたいのよ。
小学校にさえ、サイファと一緒でないと怖くて通えない私に、式典に参加して、公子様のとなりに座って群衆に笑顔をふりまきながら手を振るとか、もはや拷問以外のナニモノでもないのよ。
「そちらがサイファ?」
「はい」
私はなるべく、屈託のない笑顔を心がけたけど、緊張と恐怖で心の内はダッシュで逃げ出したい心境だったから、うまくできたかわからない。
「はじめまして、サイファ」
サイファは公子様を相手にするための礼儀作法なんて知らないから、すごく困った様子で、素直な発想で、校長先生にするように一礼した。
「デゼル、いきなり婚約を申し入れたりして、ごめんね。だけど、確かめておきたいことがあるんだ。もしかして、政略結婚だと思った?」
「えっ……?」
「あのね、私は君に純粋に心を惹かれているんだ。だから、たとえ、君が水神の加護を失うとしても、君を私の妃に迎えたいんだよ?」
私はなんだか血の気が引いて、倒れそうになった。
なんで!?
神様の陰謀を感じる。
どう、答えたらいいの。どう、断ったら失礼がないの。
「サイファ、私は納得していないんだ。君とデゼルを、公家の権力で無理やり引き離そうとは思わない。だけど、君の覚悟は問いたい。君は、闇巫女に触れることの意味を知っていて触れたのか? 生涯、闇主としてデゼルを守り抜く覚悟をもって?」
「あの、公子様……! サイファには、私が、あの、……私が、闇主にしてしまいました……」
公子様が軽く目を見張った後、私に言った。
「ガゼルと呼んでもらえると嬉しいな、デゼル。呼んで?」
えぇっ。
結構、強引なのね。
「ガゼル様」
優しく微笑んだガゼルが私の横顔に手をかけてきて、顔が近づいた。
「やっ! ……あっ…」
後先考えずに振り払ってしまって、私はもう滅茶苦茶で、サイファの後ろに逃げ込んでしまったの。
だって、ガゼル、キスしようとしたのよ。
子供だと思って軽く考えてるのか、逆に、正式に婚約を申し入れてきたくらいだから、それだけ本気なのか、わからないけど。
「うーん、本当かな。サイファを庇っているんじゃなくて?」
えぇ!? それを試したの!?
私はもう、涙声になって答えた。
「本当です。サイファには私から」
本当のことだから、懸命に答えかけた私を、サイファが遮った。
「僕は作法も敬語も学んでいないので、失礼があると思いますが、どうか、お許し下さい。僕は闇巫女とか、闇主とかがどういうものか、わかっていません。だから、その覚悟があったかと問われたら、なかったと答えなくちゃいけないけど――それは、その覚悟ができないということではありません」
サイファ……
声が、胸に響くの。
サイファの声は、いつも、私の心を揺らすの。
【挿絵】なかいのぶ様






