【Side】 先生 ~僕は問題児の認識を誤った~
生活態度に問題があるのは、サイファじゃなくデゼルの方だった。
キノコ狩りの日の大事件にも驚いたけど、それだけじゃないんだ。
デゼルは算数の時間も国語の時間も、生活の教科書を読んでいるんだよね。
一年生の教科書を読んでいるうちは、微笑ましく見守ったよ。
一人だけ七歳だからね、みんなに追いつこうと一生懸命なんだろうと。
編入試験でも、あの子、闇巫女様なのに大公陛下の御名を書けなくて、先生達のひそかな爆笑ネタになったからね。
キャベツの千切りがキャベツのブツ切りになるなんていう、年相応の可愛らしいところも見せてくれたし。それでも、七歳にしては上出来なんだけど。
数日で二年生の教科書に読み進めたデゼルは、すぐに三年生の教科書にまで読み進め、先週のうちに四年生に追いついた。
ところが、追いついたことだし、これからは算数と国語の授業も真面目に受けてくれるだろう、という僕の期待は、見事に裏切られた。
デゼルは昨日、ついに、五年生の生活の教科書を持ち込んで読み始めたんだ。
ちょっと待って、デゼル?
キミ、学校に何しに来てるの。
つまり何かな、サイファと同じ教室に座っていたいだけ?
僕の授業を受けるつもりなんて、サラサラ、ひとっかけらもないわけだよね?
いや、「勉強しに来ています」と言われたら、それまでなんだけど。
デゼルは確かに、学校に勉強しに来ているんだけど。そうじゃないだろう。
国語のテストも算数のテストも漢字以外はほんとにできてるよ。
僕の授業なんて聞いていないのに、クラスで一番、できてるよ。
先生、かなしい。
先生にこんな、かなしい思いをさせておいて、知らん顔で生活の教科書を読み続けるなんて、あんまりな態度じゃない?
そこで僕は、デゼルを果敢にも叱責することにしたんだ。
「デゼル、今は算数の授業の時間だ。算数の勉強をしなさい」
「……先生、デゼルは時間が足りないので、生活の勉強をしてはいけないでしょうか」
真正面から、強行突破!? なんてことだ。
「……じゃあ、こうしよう。僕の知り合いにクライス・アスターという研究者がいるんだけどね。算数の時間の半分、彼の仕事を手伝ってくれるなら、デゼルが授業を受けていないのは、見ないことにしてあげてもいいよ。――どう?」
いや、まぁね。
デゼルに、僕の授業を受ける必要がないのはわかってるんだ。
あの子、生活の実技には真面目に取り組んでいるし、あの子は決して、僕を馬鹿にしているわけじゃない。
あの子の国語と算数のレベルが異常に高いだけなんだって、わかってはいるんだよ。
職権濫用でマリベル様に叱られそうな申し出だけど、知り合いのクライスがちょっと困難な状況にあってね。
駄目モトで言ってみたんだ。
「クライス? クライス・アスターさんですか?」
「ん? そう、知ってる?」
まぁ、有名人だからね、大人なら知っていておかしくない。
編入試験で大公の御名を書けなかったデゼルが知っているとは思わなかったけど。
「わかりました、引き受けます」
えっ。
あっさりOK!?
僕が彼女に頼んだ仕事は、数学に関する『闇の神様のお告げ』を書き出すこと。
そうしたら、たちまち、公国の数学界に激震が走る事態になった。
因数分解に始まり、微分、積分、三角関数、対数でも確率でもなんでもこい、公国の研究院が独占していた高度な数学のオンパレードだ。
それを、彼女が軽々と公式を出してきて証明せよとくるものだから、まず、研究者が真っ二つに分断された。
デゼルを信じて公式を証明しようとするグループと、その逆に、公式が成立しないことを証明しようとするグループに。
この分断はすぐに、デゼルの公式のほとんどが正しいものだとわかってなくなった。
今、新しく問題になっているのは、デゼルの公式を既に知っていた研究院のあつかいだ。
もう、公式の独占は困難な状況で、情報共有の方法論にテーマが移っているんだけど、これが、政府も交えた大論争になっているんだよね。
いやぁ、僕、もしかして、とんでもないことをしてしまったのでは。
今日もまた、デゼルから受け取ったノートの切れっぱしには、僕にはまるで理解できない宇宙語が書かれていた。
**――*――**
そんなこんなで、夏休みを間近に控えたある日。
夏休みの自由研究について話していたら、デゼルが質問してきた。
「先生、自由研究はグループでもいいですか?」
ああ、例によってサイファとやりたいんだろう。
僕は、まぁ、いいと思って許可したんだけど。
夏休み明けに、度肝を抜かれることになるんだ、いろんな意味で。






