0話 『異世界への召喚』
―世界は退屈で満ち溢れている。
そんな言葉を残したのは誰だっただろうか。
いや、実際には誰も残してなく、俺だけが感じている感情なのかもしれない。
大学帰り、電車の乗り換え待ちのホームでそんなことをボーっと虚ろな顔で俺は考えていた。
現在、21歳。世間一般的にはそろそろ就職活動に勤しまなければいけない年齢にいつの間にかなっていた。
小、中、高、と学力は中の上、運動能力はずっと惰性で続けていた部活のおかげか上の下くらい。
普通に努力して、県内の国公立大学に入ったまでは良かったが、些細な人間関係の拗れから同級生とは距離を置かれ、教授ともそりが合わないことがしばしば。
そんな中、気が付けばやりたいこともしたい仕事も分からなくなっていた。
思えば、今までの人生なんとなくやとりあえずで行動してきたことが多かった。
『なんとなく』やめる理由もないし、部活を続けてみよう。
『とりあえず』国公立大学に進んでおけば安心だろう。
そんな行動の結果がこれだ。過去の自分を思わず説教したくもなる。
なんとなくやとりあえずで決めてきたが、短期間だからこそ通用することであって、長期間仕事をするとなるとなんとなくやとりあえずではなかなか決めれない。
かといって特段就きたい職業があるわけでもない。
やる気があればなんとでもなるのかもしれないが、そんなやる気は起きてこない。
結果として、退屈な日々を送るしかなく、残りの大学生活をただ無駄に消費していくだけだった。
『行動しなきゃ何も変わらないよ』
いつだったか、数少ない友人にそう言われたことがある。
曰く、とにかく行動して、成功すれば続ければいいし、失敗してもその経験を踏まえて再挑戦するなり、変えてみたりすれば良いとのことだった。
まぁ、確かに一理ある。
何もしていないこの状況だ。誰かが何かをしてくれるわけでもなく、自分で何かをやらないと状況なんか変わりっこない。
ただ一歩、何か行動を起こせばいいだけの話だ。
・・・そうは言っても何をやればいいのか分からない。
適当に特に何も考えず、人生をこれまで進んできたいい年した人間だ。
今更、自分で何か新しいことを行動するなんて、どうすればいいのか皆目見当も付かない。
そんなことをぐるぐると考えていると、ホームに乗り換えの電車が入ってくる放送が流れた。
「・・・まぁ、とりあえずは就職活動を始めるところからか―」
こんなことを考えていたら、余計に行動なんて出来なくなる。
ちょっと前向きに頭の中を切り替えたその時、不意に後ろから大きな衝撃が来た。
ボーっと突っ立っていた―なんなら少しホームの黄色い点字ブロックよりも前にいた―俺はそのままホームの下へと落ちていく。
人は死ぬ間際、走馬灯を見るだとか全てがスローになって見えるというが、俺の場合後者だった。
落ちながら後ろを振り返る。
そこには驚愕の表情を浮かべている男子学生数人の姿が見えた。
どうやら電車が間もなく来ると焦った部活帰りであろう男子学生のスポーツバッグが、走ってホームに来たため、思いっきりぶつかったのだろうとやけに冷静に判断できた。
電車の急ブレーキ音もスローに聞こえた。
電車の眩しいライトと運転手の顔もよく見えた。
―あぁ、こんなことならもっと早く何か行動しておけば良かった。
そんなどうでもいいようなどうでもよくないようなことが最後に俺が考えた事だった。
「おぉ、勇者よ! こんなところで死んでしまうとは情けない!」
「・・・いや、俺ただの一般大学生なんすけど」
気が付けば、一面真っ白な空間に俺はいた。
上下左右前後どこを見ても真っ白。
いや、ちょっと訂正。
目の前にぷかぷか浮いている性別不明の人らしきモノがいた。
それは開口一番、どこかで聞いたようなセリフを言ってきたので、思わず思ったことを口にした。
「いやいや、勇者であっているんだよ、風斬孝太君?」
「・・・えーと、あんたが何言ってるのか分かんないんだけど。俺が勇者?」
いきなり何を言ってるんだこいつは。
何をどう解釈したら俺が勇者になるのだろうか。
「あぁ、ごめんね。正確にはこれから勇者になってもらうんだよ」
「―はぁ?」
余計に訳の分からないことを言ってきたぞ、こいつ。
「風斬孝太、21歳。大学帰りに電車事故にあって死ぬ。これが本来の君の現実だ」
「・・・あぁ、やっぱ死ぬのか俺」
「でもね、こっちにもちょーっとしたワケがあって、轢かれる寸前にここに召喚したのさ」
「召喚・・・?」
あぁ、これはきっとあれだ。死ぬ直前の走馬灯の一部に過ぎないんだろう。それにしても偉い現実味のない走馬灯だが。俺の脳みそどういう働きをしたらこんな走馬灯になるんだろうか。
「あー今現実逃避してるね、君。残念だけど今ここにいることが君にとっての現実だ」
「はいはい。ここが現実ね。そーですか」
「むっ、君今適当にあしらおうとしてるだろう。まあ、話を聞くだけ聞いてみなよ」
「・・・聞くだけなら」
「よろしい! じゃあ、さっそく説明するとしよう!」
俺がしぶしぶ会話に応じると、そいつは嬉しそうにぷかぷかと空中で揺れながら話し始めた。
「実は、君が生きていた世界線とはまったく違う世界線のとある国で勇者を召喚する儀式魔法を始めてね」
「はぁ・・・」
「私がその世界線の担当なんだけど、召喚魔法となると誰か適当な人を別の世界線から見繕ってこなきゃならないわけなのさ。それであらゆる世界線を探してみたら、ちょうどいい人材でしかも死にかけてる君を見つけたって訳」
「・・・・・・」
話が理解できる範疇を超えているような気がする。
召喚魔法? そんなもんで呼ばれた訳か?
「あぁ、そうそう。ちなみに勇者になるのを断ると、そのまま君を元の世界線に戻すから1秒とかからず君は死んじゃうだろうね。しかも一回仮とはいえ別の世界線に来てるから輪廻転生も上手くいかずに君の存在は完膚なきまでに無くなるだろうね」
「いやいやいや、そんなん聞かされたら断る選択肢無くなるだろうが!」
「んじゃ、召喚に応じるってことでオッケーだね!」
「え、だからと言ってまだ決めたわけじゃ・・・」
「いいじゃん、いいじゃん! 勇者なんてそうそうなれるもんじゃないよ?」
「そういう問題じゃないだろ!」
「―それに、君。何か行動したかったんじゃなかったのかい?」
「・・・それは」
確かに最後の瞬間そんなことを思ったような気がする。
でもだからと言って別世界で勇者なんて―。
「はい、というわけで契約成立! 改めて向こうの世界へ召喚してあげよう!」
「ちょ!?」
「私も暇なわけじゃないんでね。ほらほらとっとと行く行く!」
そんなことを言ってそいつは指を鳴らした。
すると、俺の足元になにやら得体のしれない紋様が現れ、光りだす。
驚いて離れようとしたが、紋様の外に出られないし、しかもなんだか体の感覚も無くなってきた。
「ちょちょちょ! せめてもうちょい説明を!」
「あぁ、特別サービスで君の世界線の言葉と向こうの世界線の言葉がお互いに伝わるように設定しておいてあげたから!」
「それは必要最低限じゃ―」
「はいはい。それじゃ新しい世界へようこそ、風斬孝太君!」
「だから待てって―!」
必死の抵抗もむなしく、どんどん体の感覚も無くなって来て、意識も途切れて来て・・・。
最後に、混乱する頭の中、なぜだか勇者になるということに少しワクワクしていることに気が付いた。
こうして、俺の勇者としての人生が始まったわけである。
「ふぅ、これで5人目の勇者も無事に召喚成功っと」
「まったく、余計な仕事を増やさないでほしいよねーっと」
「・・・あ」
「しまった、あの子のステータスちゃんと設定したっけ・・・?」
「―まぁ、いいよね!」