逆転
秋を迎えるころ、あたしの屋敷に文が届いた。
王家――――――というか、王太子の刻印がついた正式文書であった。
王城にむかう場所の中。
揺れる場所の雑音の中でも、ため息がはっきりと場所の中に響く。
朝いちばんに馬鹿から届いた手紙は、あたしの予想の範囲内であったけれども、終焉を示すものでもあった。
あたしは夜会で着ることはない、地味な黒いドレスを身にまとって王の間に入った。
黒いドレスは肌の見える部分が少ない分、夜会では場にそぐわないが、赤い刺繍が入ったドレスをあたしは気に入っていた。
戦闘服には頼りないドレス一枚で乗り込んだ王の間は、まるで葬式のようにしんみりとしていた。
やつれた顔の王が、王太子と腕を組んだ男爵令嬢を見下ろしている。
「レティシア、よく来たな」
王はあたしに歓迎の言葉をくれたが、言葉とは反対に苦々しい表情だった。
「レティシア、すまない。俺はミリアと結婚することにした。婚約を解消させてほしい」
王の気持ちなんて、少しも察することのできない王太子は、文に書かれたことを口に出して言ってしまった。
ちらりと視線に入る文官が、王太子の言葉を記録しているから、もう逃げ場はない。
なんとか、ここまで持ちこたえた均衡を崩したのは、やっぱりこの馬鹿だった。
「王太子、貴方は時期王になるのではないのですか?」
あたしの一縷の望みをかけた言葉に、王太子は眉をひそめた。
「今は、王の継承の話などしていない」
馬鹿太子はやはり、王家の婚約をまったく理解していなかった。
「わかっておる」
絞り出すような声の主は、立派な椅子に沈み込んでいる王だった。
いつもより、その体が小さく見えた。
「そもそも、我が国の血筋を大切にするあまり、適正を評価しないことに問題があったんだ」
威厳があり、厳格な王は歴代の中でも、賢王と名高い男だ。
しかし、今は賢王という呼び名に陰りが見えた。
「宰相。王太子には領地をくれてやれ。公爵の地位もやろう。金もたんまり持っていき、そこの好いた娘と結婚でもすればいい」
背後に控えていた宰相が前に出てくると、王太子の前に立った。
王太子の顔が一気に青ざめている。
傍にいたミリアという男爵令嬢も、卒倒寸前だ。
シンデレラストーリーでも夢見ていたのだろう。
王太子に愛されて、王妃になる夢が儚く、崩れた今、ミリアは王太子についていけるのかと、ふと思った。
けれど、王太子に与えられたのは貴族の中では高位の身分だ。
男爵令嬢のミリアにとってはシンデレラストーリーであることには違いないかと思い直した。
結局、婚約者を失ったあたしはどうしたらよいのかわからずに、王を見上げた。
「王妃に必要なのは、愛情ではないのですよ、王太子様」
宰相が王太子に、というよりも、子どもに諭すように告げた。
王太子は「何を言っているんだ!? 俺は時期王だ!」と現状が分からずに、喚いていて、宰相の言葉を受け入れることができずにいる。
「王妃に必要なのは、冷静で、ある種の冷酷さだ。王と同じ目線で未来を見ることができ、それでいて一歩引いているように見える思慮深さだ」
王の言葉はミリアに向かっているように見えた。
まだ、ミリアのほうが現状を分かっているように見えた。
土壇場になれば、女は肝が据わるもんだなぁとあたしは、冷静に見ていた。
「王太子にも、それを教えられなかったのは、私だ」
王として間違いなどあってはならず、過ちを認めることがない王がうなだれた。
「レティシア」
まだ騒いでいる王太子をぼんやり眺めていたら、王に名前を呼ばれた。
ゆっくりと王を見上げると、王がまっすぐにあたしを見ていた。
「レティシアは、王太子の婚約者だ。以前も、今も変わらず」
―――――――ん?
あたしは話の矛先がわからず、首を傾げた。
何か嫌な予感がする。
「身分に不足はあるが先の戦にて戦果をあげ、褒美にレティシアを望んだ思慮ものの王子がいる」
「はい?」
あたしは、王の前でつい素で反応してしまった。
「第1王子をここに」
王の呼び声に応えて、男が1人王の間に入ってくる。
あたしは目を見開いて、男を見た。
――――――あんたが!? 王子!?
と叫びたい声は、幼いころから植え付けられてきた理性が、必死で飲み込ませた。
「レティシア、オスカー・リベル第一王子だ」
男はシレッと何もない顔で笑うと、あたしの前に膝を折った。
「レティシア、俺が今日から貴方の婚約者です。以後、お見知りおきを」
息をのむしかなかった。