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馬鹿への盛大な一発

あの夜会からひと月後。

あたしは別の夜会にお呼ばれてしていたため、繊細なレースをあしらった紫のドレスに身を包んだ。


通常、相手と合わせてドレスを選ぶものだが、あたしの場合は自由にドレスの色を選ぶことができる。

そもそも、相手が居ないのだから。


――――――王太子を婚約者にもつ伯爵令嬢の横が空いているなんて、本当に馬鹿げている。


ハッキリと物申してやりたいのは山々だが、物申すにも王太子が来なければ意味はない。

本来婚約者のいる令嬢がひとりで夜会に出席するなんて、恥以外の何者でもない。

しかし、恥だってわかっていても行かないわけには行かない付き合いもあるのだ。

馬鹿の頭に花が咲いた、大馬鹿は、何にもわかっていない。


嫌がらせをしている気もなく、後先も考えずに、ただ行動しているだけだ。

王太子の入場を知らせるラッパが高らかになれば、婚約している伯爵令嬢を差し置いて、どこぞの男爵令嬢ごときエスコートして入ってくる。


まったく、馬鹿がにこやかに笑みを浮かべている。

どうして、周囲が道化と笑っているのが分からないのだろうか。

あれと結婚する未来なんて、少しの希望も持てないというものだ。


「すげぇ顔」

ぼそっとあたしの耳元で、最近、聞いたばかりの声がした。

「あんた!」

つい、最近、ウッカリとベッドインした男が立っていた。


「いや、最初はどこのだれかと思ったよ。女の顔は変わるもんだよな」

「はっ?」

「いいたかないが、修羅のような顔してたぞ」

「言いたくないなら、一生、口を閉じてなさいよ」

ケッと吐き出した声に、ククッと喉を鳴らすように笑う男。


「そもそも、顔のことなら、目つき悪い悪人顔負けのあんたに言われたくないわ」

「へいへい。わるぅござんしたね。まぁ、こっちとら、あんたに構っているほど暇じゃないんだ」

「あんたが話しかけてきておいて、ずいぶんな言いようじゃない」

男は、詰め襟を窮屈そうに緩めた。


「ねぇ? 一応、聞くけど、あたしってあんたと、その、一夜というか、一晩、山というか、谷というか、」

ハッキリさせておきたいのは、あの夜のこと。

たとえ、万が一にもあたしに微かな否があったとして、最後まで関係があったのかは知りたい。

けれども、そこを若き乙女の伯爵令嬢が真っ直ぐに聞けるわけがない。


「あぁ?」

察してくれ! と流し見てみるけれど、乙女の恥じらいの視線もさらりと唸り飛ばす。


「回りくどい言い方してんじゃねえ。言いたいことはささっと言いやがれ」

「あんたね! あたしは伯爵令嬢よ! 多少は遠慮しなさいよ!」

「知らねぇな。俺は近衛隊の隊員だ。守るのは陛下だけだからな」


フンッと笑った男を見て、「あぁ」と納得した。

よく見れば、男が来ているのは真っ白の服に赤い刺繍が走った特有の隊服だ。


「あなた、王直属の近衛隊 薔薇騎士団の隊員なの」

「まぁな」


この男が着ているものなど、たった微かにも興味がなかったが、どうやらこの男、国の花形職についている男だった。


「あなたに薔薇って似合わないわね」

薔薇騎士団の証である、胸元の薔薇の刺繍は、口も目つきも悪い男には全く、似合っていなかった。


「うっせーよ。俺だって薔薇が似合うなんて思ってねぇよ。数百年の歴史ある騎士団なんだから、俺の都合で、名前をコロコロ変えられるわけねぇだろ」

「ふーん、意外と常識人なのね。女の子はベットに連れ込んでおいて」

「この口煩い九官鳥、好き好んで連れ込んだりするか」

「九官鳥なら可愛いじゃない。手乗りで連れ回せるわよ」

「手乗りで連れ回せるわけねぇだろ。王太子の婚約者を」

「なんだ、知ってたの」

互いにベッドでの関係しかなく、名乗りあってもいないと思った。


けれど、男はあたしを知っていたようだ。

「まぁな。王の直属近衛隊だ。そのぐらい知っているよ」

知っている割には、あたしのことを名前で呼ぶことすらない。

「ふーん」

片や、あたしも男の名前を改めて聞く気なんてなかった。


「あんたは王太子の傍にいなくていいのか」

男の視線を追いかけるように見れば、王太子が男爵令嬢の腰を引き寄せながら、談笑している。

「いいんじゃない? 王太子は楽しそうなんだし」

「王家主催の夜会とは言わないまでも、ここは公式の場だろう? 王太子の横にあんたがいないのは、恥ってやつじゃないのか?」


「あんた、ずいぶんハッキリ言うのね。皆、そのあたりは上手に濁すものよ」

「うるせぇな。俺は貴族らしい言動なんて、好きじゃねぇんだよ」

男の漏らす舌打ちは、確かに夜会にはミスマッチな仕草だった。

「王太子はあたしが婚約者であることが、気に食わなんでしょうね。別に、婚約破棄でもなんでもしてくれて構わないんだけど」

「あんたもハッキリ言いすぎじゃないのか? それ、下手すると首が飛ぶぞ?」

物騒なことを言いながら、男は面白そうに笑った。


「物心ついたときには、すでに王太子の婚約者って肩書があったわ。嫌だとか考える間もなくね。王家公認の関係で、公爵家、侯爵家にも年回りのあう女子がいない今、こちらから破棄するわけにはいかないしね」

「それで、指くわえて、このまま、結婚して浮気を重ねる王太子を見続けるのか」


――――――別に指をくわえているわけではない。


だけど、遠くにあの男を行動を見ながら、次期王妃として各方面へあいさつ回りに、顔見世。

道化と取られても、不思議などないことは、自分自身が一番わかっていた。


好き好んで王太子の婚約者なんて役回り演じたいわけじゃない。


「こんなものよ、どうせ貴族に生まれた以上、恋愛結婚なんてできないんだから」

「まぁ、酔狂なのは貴族様特有のもんだな」

「あなただって近衛隊にいるぐらいなんだから貴族の1人なんでしょう」


男のいる薔薇騎士団とは、国でも随一のエリート職であった。

身分も実力も兼ねそろえていなければ入団することができない。

見かけの完璧さから、見た目も審査のひとつだとも言われている。


「俺は、生れたときに引っ付いてきた身分なんてものは、とっくのとうに捨てたさ」


――――――簡単に捨てられていいわね。

あたしは床に視線を落とした。

紫のドレスが、萎れているように見えた。


「俺は、つい最近までしばらくの間、前線に出ていた。まぁ、ちょっとヤンチャにやってたら、褒美とばかりに、近衛隊に入れられたんだよ。別に、臨んだ地位じゃない」

「あなた、隣国との戦に出ていたの?」

あたしはハッとして隣を見上げた。


「そう、それはお疲れ様」

あたしが嫌味なく、素直に言うと、男は眉をひそめた。


「なんだよ、急に愁傷になって気味悪いな」

「いちいち、うるさい男ね。あの戦は国境で起こって、うちの軍部が押さえ込んだから、一般の国民には誰一人の被害も出なかった。そのかわり、前線はかなり荒れて、軍部には死傷者も多数でたと聞いた。一国民として、お礼のひとつも言うべきだって思うだけよ」


隣国との戦に対し、現国王はギリギリまで対話での解決を目指していた。

けれど、隣国は無理やりにも開戦の道を突き進んでしまった。


「あんた、あの戦のことをよく知ってるな」


男はあたしの言葉を、驚いた様子で聞いていた。

あたしは彼の様子に逆に眉をひそめた。


「国民はだいたいが、事情を知っているわ。知らないのはここに集まっている脳みそカラカラの貴族たちと、ヘラヘラと笑っている王太子だけよ」

「あんたの頭にはしっかり、脳みそが詰まっているってわけか」

クイッと持ち上げた口元が嫌味たっらしく、笑っている。


「さあね。少なくても、ここで能天気に笑ってる貴族たちよりはマシかもね」

男は口をすぼめると、小さく口笛を吹いて見せた。

「レティシア、あんたが王太子の婚約者って分かる気がするよ」


不意に名前を呼ばれて、あたしは隣を見上げた。

「ちょっと、婚約者でもない男が、乙女の名前を気軽に呼ばないで頂戴!」

「はいはい、貴族様たちは大変だな」

「そもそも、あたしは貴方の名前だって知らないのに」


あたしが言うと、男は「へぇ」と笑う。


「そりゃ、悪かったな。俺はてっきり、俺の名前になんて興味の欠片もないと思っていたもんでな」

今だって興味ないわ! と怒鳴るには、男がクシャと笑うから言葉を落とした。

「俺は王直属薔薇騎士団 副団長のオスカー・リベルだ」

「そう」とあたしはそっけなく、答えた。

興味もっているなんて思われると、しゃくで負けたくなかった。


「俺は王に忠誠は誓ってるが、あの王太子とやらは不安しかねぇ。あれの命令で、簡単に戦を始められれば、こっちの虫ケラの命はカスのように散るだけだ。だが、あんたが王太子に縄をかけて、しっかりと引っ張っていっててくれれば、少しは安心できるかもしれないな」

男の目は遠くを見据えていた。

激戦をかいくぐってきた男のみる未来には、あたしはわずかだけれども、興味があった。


「そうね、それができればね」

―――――――いつまで、持つかわからない危ない均衡が続いている今。

幼いころから王妃教育を受け続けたあたしだけれども、この均衡を崩さずにどこまで進めるのかわからない。


「あ?」

あたしの様子に気が付いたのか、男があたしを覗き込もうとした。

「さっ、お喋りはこのぐらいにしとくわ。あの馬鹿王太子に夜会中、一度はダンスを踊ってもらわないと。あたしのメンツ丸つぶれだわ」

あたしはドレスを持ち上げて、上品に華麗に笑って見せた。

「ひっぱたいでも、ホールに引きずってくるわ」

あたしの様子を見たオスカーがのどを鳴らすように笑う。


「はいはい、せいぜい、がんばんな」

あたしはオスカーには答えずに、夜会の会場を紫のドレス一着を身に着けて、横切った。

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