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14話

 花火の後、人もすっかりいなくなった公園のベンチに葉花は座っていた。夕方に来た公園だ。

 四葉は少し離れたところから、隅田川を見ている。時折見えていた船の明かりも、今は見えない。


 公園に来てから、二人はずっと黙ったままこうしていた。さっきの花火が嘘だったかのように静かだった。夢を見ていたのかと思い、自分の浴衣に今が現実だと思い知る。

 もう……時間だ。

 葉花は立ち上がると、四葉の横に並んだ。


 「四葉。本当に健太郎さんの所へいくの?」

 「ああ」


 たった一言だが、言葉には四葉の固い意志が見えた。

 それでも葉花は悪あがきをせずにはいられなかった。


 「私じゃだめ?これから先、私と一緒に時を過ごしていくのは嫌?ねえ、四葉。私、一緒にいたのはたった一ヶ月だけど、あなたが居ないと寂しくてたまらない。あなたが大好きよ。これから先もずっと四葉と居たい。健太郎さんにはきっと色々敵わないけど、それでもっ、あなたが大事なの!行かないでっ……。お願い……」


 最後はこらえる涙で、声が震えた。頭の中も胸の中も四葉でいっぱいで苦しい。


 「ヨーカ……。私もこの一月、思いがけず楽しかった。きっとお前と共にいる生活は楽しいだろう」


 淡々と告げる四葉が、次に何を言うのか分かってしまい、葉花は、堪え切れず頬に涙が伝う。


 「だが、約束したのだ。いや、私が動かなくなったケンタロウに一方的に約束したのだがな。花火が終わったら、追いかけると。私はその約束を守りたいのだよ。だから、ヨーカ。すまないな」

 「謝らないで……四葉は悪くない」


 決壊したダムのように、しゃがんでボロボロと涙をこぼす葉花に、四葉は、返事の代わりに、頬をペロリと舐める。その顔が少しだけ寂しそうに見えたのは、葉花の願望だったのだろうか。

 葉花は大きく息を吐いて、呼吸を落ち着かせると、カバンから安全ピンを取り出して、左手の人差し指の先をぷつりと指した。

 ぷくりと盛り上がった血を、四葉に向ける。四葉はそれをぺろりと舐める。

 葉花はぐっと、再びこぼれ落ちそうになる涙を堪えた。

 言わなければならない言葉を、言いたくなくて、声が詰まるが、四葉の為に必死で言葉をふり絞る。


 「四葉……。あなたを、解約する」


 葉花は身体から、急激にリムが抜け出ていくのを感じた。四葉との契約が解除された証なのだろう。


 「ヨーカ。楽しかった。ありがとう」


 金色の目が優しく揺れる。

 再びくしゃりと崩れる葉花に背を向けて、四葉はするりと夜の闇へと消えていった。

 

 葉花は四葉の消えた先をしばらくじっと見つめていた。頬には涙腺が壊れてしまったかのように、涙が伝っている。もう何年も涙なんか流して居なかったのに、ここ一ヶ月で泣いてばかりだ。自分はまだこんなに泣けたんだな、と変に感心してしまう。


 葉花はぐいっと、手のひらで涙を拭う。


 花火は上がらないだろうか。空を見上げる。


 海風が葉花の頬をなぶっていく。

 葉花は目を瞑る。瞼のうらに鮮明な花火が浮かび上がる。

 

 「楽しかったよ、ありがとう。四葉」


 ♢


 「一之条さん、レジお願い」

 「はい」


 翌日の仕事が休みだった葉花は、魂の抜けた抜け殻のように過ごした。もしかしたら四葉が戻ってくるのではないかと、淡い期待で、窓に目を向けてはため息をついた。この二日ろくに眠れず、四葉にもらったワニを抱きかかえるが、彼と同じ手触りに逆に寂しくなった。

 それでも、何事もなかったかのように、やってくる現実に、覇気のない返事でレジへと向かう。

 レジを済ませると、新しい客が入って来たので、席に案内しようと顔を上げて目を見開く。


 「柴垣さん」

 「や、元気……そうじゃないね」

 「はあ、席に案内しますね」

 「ああ」


 葉花が、テーブルに冷たいレモン水を置くと、柴垣は穏やかな声で尋ねる。


 「その様子だと、金色はやはり行ってしまったようだね」

 「はい」

 「そうか」


 何か言われるのかと、次の言葉を待つが、柴垣は黙ってメニューを開く。


 「ランチプレート、ライスで。飲み物はアイスコーヒーね」

 「……かしこまりました」


 拍子抜けして、葉花は席を離れる。そういえば翡翠がいないなと、周りを見渡すが、どこにも姿はない。柴垣なりに気をつかったのだろうと、少し微笑む。

 柴垣はランチを食べ終わると、すぐに伝票をもってレジへと向かう。葉花はそれに気づくと素早くレジへと向かった。


 「柴垣さん次来るときは、翡翠も連れてきてくださいね」

 「ああ、君ももし何か困ったら遠慮せず連絡してくれてかまわないからな」

 「はい。ありがとうございます」


 最初は嫌いだった柴垣だが、今は安心して頼ることが出来る。柴垣が会計を終えて去っていく。その後ろ姿に葉花は穏やかに微笑んでいた。


 仕事を終えて、職場を出ると、駅へと向かう。残業だったので、すっかり遅くなってしまった。どうせ早く帰っても寂しくなるだけなので構わなかったが、さすがに二日続けて睡眠不足なので、疲れがたまっていた。誰にも見られていないので、葉花は思い切りあくびをする。


 「四葉まだどこかにいるのかな」


 ぽつりとつぶやいて、ふと振りむいて空を見上げた。

 立ち並ぶビルとその明かりに覆われて、見える空は、花火を見たビルの屋上よりもずっとずっと狭かった。


 四葉がいなくなってから五日経った。

 もう消えてしまったろうか。それともまだどこかで健太郎さんの元に行くのをじっと息を潜めて待っているのだろうか。

 気が付くと、ため息をついている自分が嫌になる。


 「よし!どこかに遊びにいくか!」


 今日は仕事が休みである。葉花は素早く洗濯と掃除を済ませると、珍しく気合を入れて化粧をし、お気に入りの服を着る。そうは言っても、ジーンズに、レースのついたシャツというだけで、あまり変わり映えがしない。


 「たまには服でも買うかな」


 そう声に出してしまい、返事がない事に今更ながら少し傷つく。

 このところ独り言が多くなっていた。

 葉花はバックを手に取ると、サンダルを履いて外に出た。


 曇り空のおかげで、気温は高いが日差しがないので、真夏にしては過ごしやすい。

 ふらりと街に繰り出し、適当な店で服を選んだり、雑貨を見たりして過ごす。適当に買い物をしながらうろついていると、とっくに昼時を過ぎていた。

 あれから葉花の食欲は前より徐々に落ち始めている。それは精神的なものではなく、身体の中でもリムの量が減っているからだ。

 

 葉花は、ファーストフードの店で、ハンバーガーとジュースをテイクアウトして、近くにある噴水広場へと向かう。空いているベンチに座って、それらを平らげると、程良く腹が満たされる。ほんの少し前なら、ハンバーガーを五個くらい食べないと満足できなかったのにと、不思議に思う。


 噴水をぼうっと見ながら、右手でL字を作ってリムを集める。右手の先にリムが身体を流れる感覚はある。でもその感覚がここ数日どんどん弱くなっている。右手の先にボックスができるが、とても小さく弱々しいものだった。昨日より小さくなっている。意図して小さくしているのではなく、精一杯で作ってこの程度なのだ。もしかしたら、このままいくとボックスは作れなくなるのかもしれない。


 四葉の言葉を思い出す。解約すれば、リムがおさまっていくというような事を言っていた。

 もしかしたら翡翠も見えなくなってしまうのだろうか。

 そこまで考えて葉花は急に怖くなった。

 この前柴垣が店に来た時、翡翠はいないのではなくて、見えなかったのではないかと。急に頭から氷水をかけられたように、全身がすうっと冷たくなっていく。


 「嫌だ……」


 思わず声に出ていた。このままリムがなくなって、翡翠が見えなくなって、柴垣とも会わなくなって、きっと葉花は遠からず、四葉の事を夢の中での出来事のように思うようになってしまうだろう。そして、そのうち記憶の片隅に追いやってしまうのだろうか。

 気づけば、真夏の外であるにも関わらず、ガタガタと震えていた。


 「嫌だ、嫌だ、嫌だ……」


 訳の分からない感情で、葉花の心はぐちゃぐちゃにかき回され、思いが高ぶっていく。

 はっと気が付くと、身体のあちこちから、リムが白いモヤのように流れ出ていた。まずいと思い、リムをコントロールしようとするが、混乱した頭で、パニック状態になり、全然リムを操れない。


 「リム……リム……リム……」


 後ろからの低い声に、葉花は嫌な予感と共に振り向く。そこに立っていたのは、人間ほど巨大なカマキリだった。


 「ひっ!」


 葉花は恐ろしさで、ベンチから飛びのいた。カマキリは、葉花をじっと見て、鎌を振りかざす。葉花は買った荷物もそのままに、駆けだした。いままで何度かリムルに襲われているせいか、驚いて動けなる事はなかった。とりあえず人目のない場所へ移動しなければと、噴水広場を突っ切り、路地へと向かう。

 ボックスが使えれば、と手を見るをまだリムがモヤのように流れ出ている。それでも手に集中してボックスを作ろうとするが、まるで反応しない。

 

 振り返ると、巨大なカマキリが飛んで追いかけてくる。幸いなのは、その速度があまり早くはない事だ。それでも、いつかは追いつかれてしまう。

 葉花は肩から下げていたカバンから、携帯を取り出す。


 「柴垣さんっ!柴垣さん!」


 葉花は無意識に叫びながら、携帯を操作しようとして、段差に躓いて、派手に転んだ。


 「いったあー!」


 膝を思い切り打って、傷みで顔をしかめる。すぐに起き上がろうとして、片方のサンダルが脱げてしまっていることに気づいた。道の端までサンダルは飛んでいる。葉花はそれを掴んで履くと、すぐに自分の手に携帯がないと慌てて探した。携帯はすぐ横に落ちていたが、転んだ拍子に思い切り地面に叩きつけてしまったようで、画面がひどく割れて、操作不能になっている。


 「そんな……」


 泣きそうな顔で、後ろを振り向くと、目の前に鎌が振り下ろされるところだった。

 もうだめだと思った。ぎゅっと目を瞑って叫ぶ。


 「四葉!」

 

 叫んだ直後、何か大きな音がして、どさりと重いものが落ちる音がした。

 

 「ヨーカ、大丈夫?」


 目を開けると、金色の髪がサラリとこぼれるのが見えた。


 「翡翠!」

 「金色じゃなくてごめんねー」

 「翡翠!翡翠!良かった!私、翡翠が見えてる!見えてるよね?」


 翡翠は相変わらず美しい顔で、不敵な笑みを浮かべている。

 葉花は、安心と嬉しさで、くしゃりと顔が崩れる。


 「そんな顔しないでよー。ブスにみえるよー」

 「うっさい!」


 翡翠の軽口に、我に返ると、葉花は翡翠の後ろのカマキリを見る。カマキリは翡翠に撃たれて、倒れており、片方の鎌は、切り落とされて、地面に落ちている。そしてその地面に落ちた鎌はすでに薄く透けて消えかけていた。

 それでもカマキリは起き上がり、葉花に迫ってくる。


 「これだから知能の低いやつは困るよねー。ヨーカ、ボクは金色みたいに甘くないから、奴を消すよ」


 リムも使えない自分には、反論のしようがなく、ちいさく頷く。カマキリは鈍い動きでじりじりと間を詰めて、低い声を出す。


 「リム、よこせ」

 「やだよ。ヨーカはボクがもらうんだから」


 翡翠はそう言って、リムの銃の形を変える。マシンガンのような形の銃を構えると、躊躇なくカマキリをハチの巣にした。カマキリは後ろにどさりと倒れて、その身体の胸のあたりから白いモヤが立ち上り、カマキリは霧散して消えた。


 「これだけ穴だらけにしたら核もぶち抜いたでしょ」


 翡翠がにやっと笑って、葉花を振り返る。


 「翡翠ありがとう。助かったよ」

 「ううん、いいって。金色と約束だったから」

 「約束?」

 「金色が消えるまで、ヨーカを守るって約束したからね」

 「……そうだったんだ」

 「でも、もうそろそろ金色も消えた頃だね」


 葉花は胸をえぐられたような気がした。


 「そんな顔しないでよ。ヨーカ。ボクとしてはさ、金色が居なくなってちょっと嬉しくもある」

 「どういう事?」


 翡翠がにたりと笑みを浮かべながら言った言葉に、葉花の顔が険しくなる。


 「ヨーカ。ボクと契約しようよ。金色はもういないんだし、奴に遠慮することはもうないよ」

 「だって、あなたは柴垣さんと契約しているでしょう?」

 「別に二人と契約しちゃいけないなんて決まりはないよ。ボクとしては、二人からリムをもらえて今まで以上に強くなれる。それにヨーカの味が忘れられないんだ。あんなリム食べたら、君を放っておくなんてできないよ」

 「ごめん、翡翠。それはできないよ。もし柴垣さんがいいって言ったとしてもだよ。私は四葉以外とは契約しない」

 「だって金色はもういないんだよ」

 「それでもだよ」

 「もうリムルとは契約しないって事?」

 「そうなるね」

 「契約しなければ、ヨーカはどんどんリム量が減って、ボクが見えなくなっちゃうかもしれないよ?」

 

 それはさっきまで一番葉花が心配していた事だ。


 「それは嫌、嫌だけど……。でもどうしても今は、四葉以外と契約する気になれないの」

 「ヨーカって意外と頑固者なんだね。まあいいや。ねえヨーカ。ボクは意外と気が短いし、自分の欲望に忠実なんだ」

 「気が短いのも、欲望に忠実なのも全然意外じゃないよ?」

 「そう、なら話が早いね。ヨーカ、君がボクと契約しないでこのままリムが減っちゃうくらいなら、ボクは君を今食べる事にするよ」

 「え?」


 葉花は気が付くと、翡翠に押し倒されていた。両手はがっちり翡翠の手によって抑えられ、下腹部にのしかかられている。重さが感じられないのに、まったく振りほどけなかった。


 「翡翠!ふざけるのはやめて!」

 

 葉花は足をばたつかせ、身をよじるが、全然意味をなさない。見下ろす、美しい顔が、にたりと笑う。


 「ふざけてなんていないよ。ボクは本気。ヨーカ、君は本当に美味しそうだね」


 翡翠が葉花の喉元をべろりと舐める。翡翠の本気を感じて、葉花は涙がこぼれる。恐ろしいのではなくて、悲しくて仕方がなかった。


 「一気に食べたら勿体ないね。少しずつ味わって食べなきゃ」

 「くうっ!!」


 翡翠が葉花の肩に歯を立てて噛みついた。激痛に葉花は声にならない悲鳴を上げる。翡翠は噛みついたところに口を当てて、溢れてきた血を舐める。


 「まだ肉は食べないよ。血を飲ませてよ。ヨーカの血は美味しいよね」


 口に血を滴らせながら、翡翠はとろんとした甘い声をだす。そして再び葉花の肩口に顔を寄せる。葉花は覚悟して目を瞑った。目じりからぽろぽろと涙がこぼれていく。

 翡翠の口が葉花の傷口に触れた感覚がし、そのあとくる傷みに耐えようと歯を食いしばっていると、ものすごい風圧と共に身体を押さえつけられている感覚がなくなった。


 「え……」


 目を開けて最初に目に入ったものは、金色だった。

 そこには葉花に覆いかぶさるように、滑らかな毛並みの金色の豹が立っていた。


 「よ……つ、ば……?」


 見慣れた金色の目が、じっと葉花を見つめる。葉花は、見慣れたその姿が前よりずっと薄く透けていることに気が付いた。


 「金色、まだ消えてなかったの?しぶといね」


 爪で攻撃されたのか、翡翠は葉花から離れた所に立っていた。


 「翡翠。どういうことだ。約束が違う」

 「ごめーん。もう消えたと思ったから。ボクの中ではちゃんと約束は守ったつもりだよ?金色が消えるまでヨーカを守るってね。だから消えた後は好きにしてもいいでしょ?」


 金色の目が怒りに染まる。


 「そんな風に睨まれたって怖くないよ。もう消えそうなんでしょ?そんなんでボクに勝てると思ってるわけ?」

 「お前にヨーカは食わせない」


 そう言って、金色の豹は葉花の顔をじっと見る。そして、肩の傷をべろりと舐めた。


 「ヨーカ。触れて名前を呼べ」


 葉花は目を見開く。それは再び契約するという事だ。


 「いいの……?」

 「早くしろ」


 葉花はくしゃと顔を崩すと、なつかしいその頭を腕で抱きしめる。


 「四葉っ!」


 名を呼んだ瞬間、葉花の中にどっとリムが増え、触れた四葉に流れ込む。そっと腕を離して四葉の顔を見ると、金色の目が優し気に細められる。嬉しくて泣き笑いのような顔の葉花に、満足げに鼻息をもらした四葉は翡翠に向き直る。


 「緑の。ただで済むと思うなよ」

 「えー、じゃあ降参しまーす」


 翡翠がニヤニヤしながら両手を上げる。

 

 「ふざけるな!」


 四葉が怒気をあらわに翡翠に飛びかかる。

 翡翠はなぜか逃げずに待ち構え、顔を歪めて四葉に押し倒された。翡翠の肩に四葉の鋭い爪が食い込んで、肉を裂き、そこから白いリムが流れる。


 「金色やめろ」


 静かだが、しっかりと通る声が葉花の後ろから響いた。

 葉花は肩を抑えながら、振り向く。


 「柴垣さん!」


 柴垣は、眉間にしわを寄せて、四葉を睨む。


 「金色、翡翠を離せ」

 「シガキ、こいつは葉花を食おうとした。私はこいつを許さない」


 金色の目が怒りに燃える。葉花も柴垣と翡翠に警戒の目を向ける。


 「金色、違うんだ」


 柴垣は、首を振るとカバンから何故か大きなスケッチブックを取り出す。そしてそれを葉花と四葉にめくって見せた。


 『ドッキリ!!』


 黒いマジックでスケッチブックにはそう書かれていた。

 柴垣は、黙って冷たい視線で睨む、葉花と四葉に耐えきれなくなり、コホンと咳払いをする。


 「つまり、ドッキリだ」


 柴垣は、スケッチブックに書かれているままの文字を、そのまま真面目な顔で言う。


 「ふざけているんですか」

 「殺されたいのか?」


 氷点下のような声を葉花と四葉がだすと、四葉に押され込まれている翡翠が仕方なさそうに声をだす。


 「だってこうでもしないと、金色、ヨーカの所に戻らなかったでしょ。解約してから、遠くからずっと見ていたくせに」

 

 四葉が動揺して、たじろぐ。その隙に翡翠は、四葉を振りほどいて、柴垣の後ろに回り込んで彼の首に抱きつく。そうして、だまったままの四葉に翡翠が追い打ちをかける。葉花は目をぱちくりさせて四葉を見た。


 「カマキリの時だって、じれったそうに近づいたり、離れたりしてさ。ボクが気づいてなかったとでも思ってるの?そんなに心配なら、なんで解約して離れようとするのさ。馬鹿じゃないの?どうせ、自分が側にいたら、リムルとの戦いに巻き込まれるとでも思ったんだろうけど、金色が側にいようと、いなくなろうと、ヨーカはもう引き返せないところまで来ちゃったんだよ。この先リムが弱くなったって、なくなるわけじゃない。どっちにしたって巻き込まれる危険はある。だったら、我慢しないでさっさと戻ればいいんだよ!一緒にいたいならいたいって言えばいーじゃん!あー、もう、イライラした!ボクだってここまでするつもりはなかったのにさ!」


 翡翠はそう一気にまくしたてると、ぷいっとそっぽを向く。

 柴垣は首に絡みつく翡翠の頭を撫でる。


 「四葉、翡翠の言った事本当?ずっと私の事見てたの?」

 「それは、緑のだけでは心配だったからだ」

 「私を巻き込みたくないから、解約したっていうのは?」

 「それは、それもあるという事で……」


 急に歯切れが悪くなり、そっぽを向く四葉に、葉花は近づいて両手で顔を挟み、目を合わせる。


 「私と一緒にいたいと思ってくれてるの?健太郎さんの所へは行かなくていいの?」

 「契約してしまったのだから、仕方ないだろう」

 

 目を泳がせながら言う四葉に、柴垣が家出をした子供を叱るように言う。


 「金色、往生際が悪いぞ。ちゃんと言わないとだめなこともあるんじゃないか?」


 四葉は尻尾をだらんとたらし、しょぼくれたように肩を落とす。

 そして、観念したように葉花を見る。金色の目が葉花を映す。


 「ヨーカ。これからも一緒に居てもいいか?危険があれば、必ず守る。私は、ヨーカ、お前と一緒にいたいみたいなのだ」

 「当たり前だよ!もう解約なんてしないからね!」


 葉花は涙で顔をぐちゃぐちゃにして、四葉の頭を抱きしめた。

 しばらくそのまま抱き合ったままの二人に、翡翠が大きくため息を吐く。


 「あーあ、疲れたー。ムドウ、金色にやられてリムが少なくなっちゃったよー。食べたいー」

 「ああ、わかった。好きに食え」


 二人の会話に、葉花は我に返り、柴垣を振り向く。


 「一之条君、金色が戻って良かったな」

 「ええ、でも……」


 そう言って、葉花は柴垣を翡翠を睨んで、怪我をした肩をぐいっと見せつける。


 「お宅の翡翠が私にした事は許しませんからね」

 「そうだ、シガキ。そもそもお前の教育がなっていない」


 葉花と翡翠ににじり寄られ、柴垣は無表情のまま後ずさる。翡翠も顔を引きつらせる。


 「ちょっとやりすぎたようだ。すまなかった。ほら、翡翠謝りなさい」

 「ヨーカ、ごめんね。本当に怪我までさせるつもりはなかったんだよ。押し倒したあたりで金色が飛びかかってくるかなあって、思ってたんだよ。でもなかなか来ないから、ついかじっちゃった。でもやっぱりヨーカのリムは最高に美味しかったよ。あ、金色には謝らないからね」


 葉花は仕方なく頷いて謝罪を受け入れるが、四葉はちっと舌打ちをした。

 柴垣が葉花に近づいて、肩の怪我を見る。


 「手当しよう。丁度この間買ってもらった傷シートを持っているからな」


 柴垣はカバンから、傷シートの他に、消毒薬や、ガーゼなどを取り出す。


 「随分用意がいいですね。柴垣さん。まるで私が怪我するって知っていたみたい」

 「そんなわけないだろう。これは、私自身の怪我がまだ治っていないから持ち歩いていただけた。


 そういえば、柴垣も怪我をしていたんだったと、葉花は思い出し、本当にそうだったのだろうと反省する。


 「ごめんなさい、言いすぎました」

 「いや。今回は金色を戻すためとはいえ、こちらもやりすぎた。本当にすまなかった」

 「いえ、もういいです。私も四葉が戻ってきて嬉しいですから」


 葉花が心からの笑顔でそう言うと、柴垣は少し目を見開いて、ふっと笑う。

 手早く手当を終えた柴垣は、カバンに消毒薬などを戻し、思い出したように、何かを取り出す。


 「そうだ、君にこれを渡そうと思っていたんだ。忘れるところだった」


 渡されたのは、クリアファイルに入った書類だった。


 「なんですかこれ?」

 「ヴァイラの雇用契約書だ。二部あるからね、二枚とも押印して……」


 葉花は笑顔で書類を破り捨てると、立ち上がった。


 「四葉帰ろうか」

 「そうだな」


 四葉の尻尾が揺れる。

 ビリビリになった紙切れを、残念そうに拾い集めている柴垣を置いて、葉花は歩き出し路地の出口で振り向く。


 「柴垣さん、翡翠、ありがとうございました」

 「世話になったな」


 紫垣は顔を上げて、にっと口元を上げる。


 「気をつけて帰れよ」

 「ヨーカ、金色、またねー」


 翡翠が紫垣にへばりついたまま手を振ってくる。

 

 「金色じゃなくて、四葉と呼べ。翡翠」


 四葉がそう言うと、翡翠は目を見開いて驚いた顔をする。そしてにへらっと笑って再び手を降って言った。


 「四葉またね」


 四葉はフッと鼻を鳴らすと、葉花を見上げた。


 「帰るぞヨーカ」

 「うん!」


 金色の目には、これ以上ないほど幸せそうに笑う葉花が映っていた。

読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。

この話は一旦ここで完結になります。気が向いたら、続きを書くかもしれません。

明日6月23日より、新しい連載を投稿する予定です。

タイトルは、「ようこそ、第一級危険地区『魔植物園』へ!」です。

王国一の魔導士を目指す少女が、王宮魔導士に合格し、魔植物園という部署に配属されるところから話しは始まります。魔力を持った、へんてこりんな植物達に翻弄されたり、天然たらし上司に、あんな事やこんな事をされて、へろへろになったり。そんなお話です。

そちらも読んでいただければ嬉しいです(*'ω'*)

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