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12話

 葉花は朝のニュースを見ながら、いつも通り山盛りの朝食を口に放り込んでいた。

 お天気お姉さんが、すでに三十度近くあるのではないかと思われる日差しの下、涼し気な笑顔を浮かべて、天気の予報を伝えている。


 『今日は一日晴れがつづき、暑くなるでしょう。熱中症に気を付けてください。週末は台風の影響で大荒れになる可能性があります。台風の進路にご注意ください』


 台風かあ、と呑気にパンを口に入れて、どきりとする。


 「あれ、週末って、隅田川の花火大会だよね……」


 ぼそりとつぶやくと、真下から声がした。


 「そうだ。ヨーカも行くだろう?」

 「え、うん、そのつもりだけど、台風が来ちゃったら中止?延期になるのかな?」

 「そういえば、過去に一度中止になったことがあったな」

 「えっと、四葉。もし中止になったらどうするの?」

 「どうするとは?中止は中止だ。見には行けないだろう?」

 「そうじゃなくて、私との契約だよ」

 「ああ、最初からひと月という約束だったからな。中止になったとしても、ちゃんと解約する」

 

 葉花は四葉をじっと見てから、思い切って聞いてみる。


 「解約したら、どうするの?他の契約者を探すの?」

 「いや、もうヨーカ以外と契約するつもりはない。ケンタロウの所にいく」

 「四葉。私はこのまま四葉がずっといてくれてもいいんだよ」

 「いや。そうもいくまい」

 「いて欲しいの!」


 金色の目が困ったように揺らぐ。


 「そろそろ私もケンタロウの所に行きたいのだよ」

 

 分かっていた返事ではあったのに、葉花は心臓が握りつぶされるように苦しくなった。でも、四葉にそれを悟らせてはいけないとも思った。なんとか気力を振り絞って、笑顔を作る。


 「そうだよね!花火見れるといいね。さて、仕事に行かないと!」


 葉花は立ち上がると、あたふたと支度を始めた。


 ♢


 「葉花さん!どうしたんですか?」

 「え?何?」

 「今日なんだか変ですよ?ぼうっとしてるし、ミスばっかりだし、らしくないです。具合でも悪いんですか?」


 休憩室で昼食を摂っていると、莉子が心配そうに顔向ける。そしていつの間に落としてしまったのか、葉花のこぼしたサンドイッチの具をテッシュで拾って、ゴミ箱に捨てる。その様子を四葉は寝そべって見ている。


 「あ!莉子ちゃん、ごめんね。ありがとう」

 「さっきから、ぽろぽろこぼれまくりですよ?」

 「あはははは」

 「どうかしたんですか?」

 「いや、ちょっと考え事をしてただけで……」


 そこまで言った時、葉花の携帯が着信で震えた。

 柴垣からだ。


 「莉子ちゃん、ちょっとごめんね」


 葉花は休憩室を出て、従業員用の通路へといき、しつこくコールしていた携帯を操作して、電話にでた。四葉がそれとなくついてきて足元から見上げている。


 「はい。一之条です」

 「柴垣です。先日はお世話になりました」

 「いえ。なんのご用でしょうか」


 今朝の四葉との会話が後を引いて、つい同じリム持ちの柴垣に冷たい口調になってしまった。完全に八つ当たりである。

 だが柴垣は気にした様子もなく淡々と続ける。


 「今晩お礼に食事でもと思いまして」

 「申し訳ありませんが、今日は……」


 とても柴垣と食事する気分ではなかった葉花は即座に断ろうとする。


 「今日限定のクーポン券を持っているんですよ。高級ホテルのディナーバイキング。食べ放題で本来なら一万円のところ半額になる券をもらったんです。ああ、もちろん私がおごりますので。それに今、期間限定で夏のスペシャルデザートも食べ放題です。宇津木を誘ったら、私と食事するのを、考えただけで胃が苦しいと断られてしまいまして」


 葉花の喉がごくりと鳴る。理性と食欲がせめぎ合う。昼食中だというのに、やたらとお腹が空いてきた。


 「でも……」

 「気晴らしになると思いますよ?」


 葉花は、はっと息を飲む。柴垣に落ち込んでいるいるのを悟られているようで、なんだか腹が立った。ここで断ったら、落ち込んでいるのを認めるようで悔しい。


 「行きます!」

 「じゃあ、七時に迎えに行きます。一之条さんの職場から近いので」


 電話越しにくすりと笑われた気がしたが、葉花は聞こえないふりをした。


 葉花が仕事を終え、着替えて一階のロビーに行くと、端のソファに柴垣が座っていた。柴垣の横には、相変わらず、人目をはばからず、べったりと翡翠がへばりついている。まあ、普通の人には見えないのだが、一瞬どきりとしてしまう。近づくと、柴垣が気づいて手を上げる。その頬には、目立たないようにか、肌色の傷シートが貼られている。翡翠もこちらに気づいて手を振ってくる。


 「緑の、お前に随分気安くなったな」

 「だねえ」


 四葉が、若干翡翠を睨んでいるので、軽く頭をなでると、尻尾がゆらっと揺れる。


 「お待たせしました」

 「お仕事お疲れ様。じゃあ行こうか」

 「傷、痛そうですね」


 身体中が傷だらけのせいか、柴垣は長そでのシャツで、腕を見せないようにしている。


 「まあ、仕方ないね。風呂が辛いかな」

 「夏だし入らないわけにはいかないですものね。背中のガーゼとか、ちゃんと貼れてます?」

 「ああ、翡翠がやってくれる」

 「え?ガーゼを?さわれないでしょう」

 「ガーゼにリムをまとわせれば翡翠でもさわれます」

 「え?」

 「知らなかったのか?金色、お前教えてないのか?」

 「教えたはずだ。ヨーカ、前に酒にリムを流してみろといったろう?あれと同じことだ」

 「あれって食べ物以外でもできたの!?」

 「できるぞ、お前、チョコレートの箱に一度流していただろう。しばらくすると、物からすぐにリムは散ってしまうがな」

 「忘れてたっ。そうだ、そうだよね」


 葉花は頭の中で考える。まだいまいちリムでできる事、出来ない事、どう使えるのかなど、きちんと理解しきれていない。

 

 「まあ、一之条さんはまだ、リムを覚醒させてひと月なんだし、分からない事も沢山あるだろう。ヴァイラに入れば、リムやリムルの事を詳しく知ることが出来るよ」


 すかさず勧誘してくる柴垣に、葉花は目を伏せる。リムやリムルの事はもっと知りたいし、使い方もちゃんと理解できた方が便利だろう。でもそれは、四葉がいてこそなのだ。いなくなるのなら、これ以上どうしろというのだろうか。


 「あれ?すぐに断らないだね。もしかして少しは興味を持ってくれた?」

 「入りません。何度も言っているでしょう」

 「あーあ、ムドウ、ヨーカを怒らせたー」


 翡翠が柴垣の肩から、葉花の肩に飛び移って、耳元でささやく。


 「ヨーカ、ご飯の後で、ちょっとだけ食べさせてよ」

 「おい、緑の!ヨーカは私のだぞ。シガキ、お前どういう教育をしているんだ」

 「教育って……。金色に言われたくないな」

 「ねえ、ヨーカ。いいでしょ?」

 「だめだ!」


 四葉が翡翠に飛びかかると、翡翠がひょいっとそれを避ける。


 「遅いねえ。あんな極上のリムを毎日食ってるのに、だらしないなあ」

 「手加減しているに決まっているだろう」

 「本当かなー?じゃあ捕まえてみなよ」


 翡翠が宙に勢いよく飛び出していく。それを四葉がすぐさま追っていく。


 「ちょっとー!四葉!翡翠ー!もうっ!」

 「飽きたら帰ってくるだろう。行こう」


 葉花は肩をすくめると、柴垣について、レストランへと向かった。

 

 平日であるのにレストランは、随分にぎわっていた。

 バイキング形式だが、ゆっくりと食事ができるように、ちゃんとしたテーブル席に案内される。

 すでに会場には美味しそうな匂いが充満していて、葉花は腹がきゅうっと催促を始める。


 「柴垣さん、私、料理取りに行ってきます!」


 席につくやいなや、葉花は立ち上がって、料理の置かれているテーブルへと、走らないぎりぎりの速度で歩いていく。

 テーブルには、サラダからオードブル、何種類もの肉料理や魚料理、バスタにお寿司、スープやパンが並べられている。


 「ここは天国なのか!」


 葉花は取り皿に、片っ端から料理を乗せていく。取り皿も小さいものと大きいものがあったが、もちろん大きい皿にどんどん持っていく。大皿二枚を山盛りにしたところで、席に戻ると、柴垣がテーブルで、ビールとオードブルをつまんでいた。


 「柴垣さん!そのビールどこにあったんですか!?」

 「あそこのドリンクバーだよ。ビール以外もワインや日本酒なんかもあったよ」

 「ビール!ビール!」


 葉花は料理の皿を置くと、ビールを取りに行く。ビールはグラスに自分でサーバーから注げるようになっていた。本当は大ジョッキに注いで戻りたいが、さすがにホテルのディナーバイキングだけあって、オシャレなワイングラスと、細身のグラスしかない。仕方がないので、細身のグラスを二個取って、二杯分ビールを注いだ。


 席に戻ると、両手にビールを持った葉花をみて、柴垣が苦笑いする。


 「君、普通女の子は、二杯分ビールを持ってきたリ、大皿に乗り切らないほど料理を盛ってはこないもんだよ」

 「まあ、そうですよね」

 「まったく女子力というものが欠如しているね」

 「はい。柴垣さんに女子力発揮したところで、なんのメリットもないので」

 「あはは!言うね。それなら私も遠慮なく料理をとってこよう」

 「いってらっしゃーい」


 葉花は一敗目のビールを、ぐびぐびと飲み干すと、大皿の料理にフォークを突き立てた。

 さすが一流ホテルの料理だけあって、どれもこれも美味しく、無心で食べ進んでいると、柴垣が両手に皿を持って帰ってきた。

 その皿を見た葉花はぎょっとっする。


 「うわっ、柴垣さん。せっかくのバイキングなのに、それってどうなんですか……」


 柴垣の持って来た皿は、一つは寿司がひたすら山盛りに、もう一つはひたすらパスタが山盛りだった。しかも、パスタが山盛りなのは分かるが、寿司にいたっては、ピラミッドのように、寿司が重なって積んである。


 「炭水化物が好きなんだ。でもこれを食べたら、色々取りに行くよ」

 「その寿司……。柴垣さんも、人の事言えないですよね」

 「男子はこのくらい食べてもおかしくないだろう」

 「いや、量じゃなくて盛り方!」

 「そうか?」


 そういう柴垣の寿司ピラミッドはすでに半分ほど減っている。しかし、これはこれで沢山持って来れるなとちょっと感心してしまう葉花も大概である。

 何度か、新しい料理と、ビールを取りに行ってテーブルに戻ると、翡翠と葉花が窓から飛び込んできた。


 「うわっ!」


 驚いてコップを落としそうになり、四葉を睨むと、追いかけっこが思いのほか楽しかったのか、四葉は全身を高揚させていた。翡翠も上気した顔ににやりとした笑みを浮かべている。


 「おい、二人とも。もうやめないか」


 柴垣の冷静な声で頭が冷えたのか、翡翠は柴垣の横に座って、一気にだらけた様子になり、四葉も床に伏せて、何事もなかったかのような顔をする。

 葉花は椅子に座ると、食事をしながら尋ねる。


 「それで?追いかけっこはどっちが勝ったの」

 「ボクだよ」

 「私だ」


 四葉と翡翠が同時に声を上げる。

 葉花はこれ以上聞いてはいけないと察し、無視して食事を続けることにした。


 「ねえ、ムドウ。お腹空いた」

 「ああ、なら触っていろ」

 「やったー!」


 翡翠は事もあろうか、柴垣に膝枕する。いい加減、この二人がいちゃついているのは見慣れてきたが、他の人に見えないと分かっていても、なぜかドキドキしてしまう。


 「四葉は?平気?」

 「くれるならもらうぞ」

 「じゃあ、おいで」


 葉花は空いた隣の席をポンポンと叩く。

 四葉は椅子の上にひらりと乗ると、こちらも膝枕のように、葉花の足の上に頭をのせてきた。

 葉花は左手で四葉の頭をそっと撫でると、リムを流し始める。四葉の目が気持ち良さそうに細くなった。

 空いた右手でビールを飲み、食事をする。そして、時折左手で四葉を撫でまわして、その毛並みを堪能する。こんな高級ホテルなのに、いつものマンションにいるみたいで思わず苦笑する。


 「楽しそうだね」


 葉花を見てポツリと言う柴垣の顔が優し気で、思わず目を見張る。


 「え?そうですか?」

 「ああ。金色といる時の君は楽しそうな顔をする。本当にいいのかい?君も、金色も。明後日だろう。花火大会は」

 「ええ……」

 「後悔しないかい」

 「後悔もなにも、初めからそういう約束だったんですから。それに四葉は健太郎さんの所に行きたがってますし」

 「金色はいいのか?」


 柴垣からは位置的に四葉の顔は見れない。だから柴垣はじっと葉花を見ていた。


 「金色はさー、頑なだよねえ。変に律儀っていうかさー」

 「翡翠、お前は軽すぎるけどな。金色、変に遠慮するのだけはやめておけよ。お前が彼女のそばにいようが、消えようが、未来は変わらないぞ」

 「柴垣さん、それってどういう意味ですか?」


 葉花は言葉の意味が分からず、聞き返すが、柴垣は空いた大皿を持って席を立ってしまった。翡翠は知らん顔だ。

 仕方なく膝の上で目を閉じて、耳だけぴくぴく動かしている四葉を見る。じっと見ていると四葉は薄目を開けてちらっと葉花を見たが、またすぐ目をとじて葉花の膝に顎を埋めた。


 考えても仕方がないので、葉花はデザートを制覇しに行くことにした。知らん顔している四葉をわざと無視して立ち上がると、膝に乗せていた顎ががくりと落ちて、恨めし気な顔をする。葉花はふふっと笑うと、限定ケーキに向かって歩いてった。



 「はあー、お腹いっぱい!久しぶりに満足いくまで食べた気がする」


 二時間ひたすら食べまくった葉花は、満足げに歩いていく。ホテルの入口で柴垣と翡翠と別れ、まだ蒸し暑い夜の中、四葉と並んで歩いていた。


 「ヨーカ。それだけ食ったのなら、リムも大量に生成できるだろう。帰ったら私も久々に満腹になるまで食ってみたい」

 「別にいいけど、さっきもそこそこ流したのに大丈夫?流しすぎてパンって破裂したりしない?」

 「大丈夫だ。まださっきの倍は入る」

 「四葉も翡翠みたいに、そうやって自分の欲望をいつも言ってくれればいいんだけどね。なんか頼られてるって気がして安心する」

 「そうか。だが、私は緑のみたいなのは……無理だな。考えただけでぞわぞわする」

 「いや、翡翠の態度を真似て欲しいわけじゃないからね。翡翠くらい、正直に言っていいって事」

 「ああ、なら正直に言おう」

 「うん」

 「ヨーカ、実は、さっきから言おうかどうか迷っていたんだ。シガキの前では言いづらかったのでな」

 「え、何……」

 「我ながら、今更だとは思う」

 「……うん」

 「ヨーカ……。ズボンのチャック開いているぞ。ピンクの下着が丸見えだがいいのか?」

 「!!!」


 葉花はあわてて、バックでズボンの前を隠す。おそるおそる、手探りでバックの陰からズボンのファスナーに手をあてると、まさに全開だった。顔にみるみる血が上っていくのを感じる。


 「四葉ー!!!早く言ってよー!ちょっと、柴垣さんの前では言いづらかったって……、何、いつから開いてたわけー!?」


 その日の夜、葉花は帰ってからも羞恥で転げまわるわ、早く教えなかった四葉にあたるわで、結局四葉は腹いっぱいリムをもらう事は出来なかった。

 葉花がやっと寝静まったころ、四葉はしょんぼりとため息を吐いた。


 「やはり、あまり正直にいうものではないな」


 つぶやいた途端、寝返りを打った葉花の腕が四葉の頭を直撃した。

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