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11話

 一人公園に置いてかれた葉花は、立ち上がって服についたゴミを手で払うと、紙袋を抱えなおして、翡翠が言っていたビルの方へ向かって走り出した。


 走り出したのはいいが、公園から出る前に、ぎゅるるると腹が鳴り、急激な空腹に襲われた。


 「やばい、お腹が減りすぎた……」


 いつもならとっくに家に帰って、大量の食事を摂っている時間だ。それに加えて、翡翠にリムを分けた事で、急激に空腹が襲ってきた。

 これでは走るどころか、空腹で倒れてしまいそうだ。実際は倒れるなんて事はないのだろうが、そのくらい葉花には深刻だった。今ボックスを作れと言われても、集中できそうもない。


 「よし!まずはエネルギーを補充しなと!」


 公園を出たところにコンビニがあったはずと、駆けだした。

 

 葉花は、ふらふらになりながらコンビニに入ると、かごに高カロリーそうな菓子パンを放り込んでいく。


 「あんぱん、カレーパン、クリームパン、コロッケパン、ソーセージパン、それとこれこれ、メロンパン!」


 葉花は飲み物と共に菓子パンを買うと、コンビニの前でとりあえずクリームパンとカレーパンを、急いで口に入れて、お茶で流し込む。クリームの甘さが急激に血糖値を上げていくのを感じた。

 葉花は浴衣の入った大きな紙袋を抱えなおすと、目的のビルめがけて、今度こそ走り出した。


 目的のビルの真下につくと、四葉達を探して、きょろきょろと辺りを見わたす。どうやらビルの近くにはいないらしく、どこかに移動したようだった。そういえば翡翠もビルの方と言っただけで、このビルとは言っていなかったなと、舌打ちをする。

 翡翠は迷いなくすっ飛んでいったが、柴垣の場所が分かるのだろうかと、考える。そういえば、四葉もいつも何かあれば名を呼べと、呼んだらすぐ行くと言っていたなと思い出す。契約者同士であるなら、相手の場所が分かるのだろう、と葉花はなんとなく察した。


 「でも私は四葉の場所が分からないしな。どうしよう」


 葉花は、ビルの周辺を、適当に歩き回る。ついでに菓子パンの袋を開けて、ぱくりと咥えた。

 ちょうどその時、建設中のビルの中から物音が聞こえたような気がした。敷地の周りには、防音の為か白いシートがぐるりと張られている。

 葉花はパンを咥えたまま、そっとシートの切れ目から中を覗き込んだ。


 「ひょひゅは!(四葉!)」


 中では、四葉と翡翠、二体のリムルが戦っていた。二体のリムルは小さな鳥の形をしており、ひゅんひゅんと飛び回っている。


 「金色!もう殺すよ!いいでしょ」

 「くそっ、仕方ないな」


 どうやら、四葉は二体を向こうに帰したかったようだが、なかなか上手くいかないようだった。

 翡翠が右手を一体に向ける。手には拳銃のようなものが見えた。軽い発砲音が響く。

 鳥のリムルの一体が、ゆらりと態勢を崩した。そこにすかさず翡翠が止めを撃とうとする。


 葉花は無意識だった。手に持っていた紙袋も、パンのビニール袋もどさりと地面に転がすと、手をかざし、指をⅬ字にすると、その鳥をめがけて『ボックス』と叫んでいた。

 翡翠の銃弾が鳥に届く直前に、それはボックスよって弾かれた。鳥は小さなボックスに閉じこめられている。翡翠が驚いた顔で、葉花を凝視する。


 「ヨーカ!あっちもだ!」


 葉花に気づいた四葉が叫ぶ。

 葉花はもう一体に向けて手をかざすが、片割れを閉じ込められたのを見て、猛スピードで飛び回るリムルを捉えられない。

 葉花が狙ってボックスを出すが、ことごとく逃げられる。


 「ちょっとヨーカ!ちゃんと狙ってよ!」


 翡翠が銃で援護しながら叫ぶ。


 「だって早すぎて!」

 「ヨーカ!それなら、でかいので囲ってしまえ!」

 「あ、そうか。別に鳥にサイズを合わせることなかった」


 葉花は、飛び回る鳥のリムルの方を向けて、リムを指先に集める。

 四葉はぎょっとした顔をして、翡翠の襟を咥えて鳥から距離を取る。


 「ボックス!」


 鳥を捕まえるにしては、それはそれは大きすぎる箱が空間に現れた。もちろん鳥は箱の中である。

 葉花は箱のサイズをぎゅうと小さくして、二体の箱を空間に並べる。


 「四葉捕まえたよ。空間開けて」

 「だめだ、リムが足りない。使いすぎた」

 「え!じゃあ、補充してからじゃないとだね。箱それまで保つかなあ?」

 「じゃあボクがやってあげる。面倒だけど、ヨーカに沢山もらったから開けられるよ」

 「本当?」


 翡翠は手に持っていたリムの拳銃をバズーカーのような形に変化させる。


 「ヨーカいくよ。一瞬だからね」

 「うん!」


 翡翠がバズーカーを宙に向けて撃つと、空間がぐにゃりと歪んだ。

 葉花は指を動かして、箱二つをそこへ放り込む。

 箱を飲み込むと、空間はすぐに戻った。


 「はあ、出来た……。良かった。ありがとう翡翠」

 「べ、別に。リムをもらったから、そのくらいしないとね」


 翡翠は葉花にまともに礼を言われて、顔を赤らめて、ぷいっとそっぽを向いた。

 宙から四葉が葉花の横に降りて来る。


 「四葉、怪我してない?大丈夫だった?」


 かがんで四葉を撫でまわす葉花に、四葉は苦笑する。


 「私は大丈夫だ」

 「良かったー」

 「それより、シガキだ。怪我をしているぞ」

 「え!どこにいるの!?」


 四葉の視線を建設中の建物の奥へと向ける。四葉の後を追って中に入ると中は街灯や街の光が届かず、真っ暗だった。葉花は携帯を取り出すと、画面の明かりを中へと向ける。

 奥の壁に男がぐったりと寄りかかっていた。翡翠が不安そうな顔で柴垣をのぞき込んでいる。


 「柴垣さん!」


 葉花は駆け寄ると、うなだれている柴垣の頭を起こす。


 「柴垣さん!柴垣さん!しっかりして!」

 「ヨーカ。ムドウが動かないよっ」


 触れた頬と、支えるために掴んだ腕に触れた手がぬるりとする。葉花は自分の手のひらを見て背筋が凍り付いた。べったりと血がついている。


 「四葉!柴垣さんが!きゅ、救急車呼ばなきゃ!」

 

 葉花は震える手で、携帯を掴み、救急車を呼ぼうとする。画面を押そうとした時、がっと腕を掴まれた。


 「救急車は呼ぶな。大ごとになる」

 「柴垣さん!」

 「ムドウ!」

 「大丈夫だ。かすり傷だ」

 「かすり傷!?そんなわけないでしょう!こんなに血が!」


 葉花は携帯の画面で柴垣の身体を照らしてみる。手にべったりと血がついたので、柴垣の周りは血溜まりになっていると思ったが、地面は乾いた土だった。よくよく見ると、あちらこちらに、鋭い刃物で切ったような傷があり、血は出ているが、大量という感じではなかった。


 「ところで一之条さん、何か食べ物を持っていないかな?リムを使い過ぎで、空腹で倒れそうだよ」

 「倒れてるじゃないですか」

 「うん、まあ、そうなんだけど」

 「じゃあ、傷で倒れたんじゃなくて、お腹空いて倒れてたんですか?」

 「ははは、お見苦しい」


 乾いた笑い声を上げる柴垣に翡翠がべったりと抱きつくのを横目に、葉花は思い切りため息をつくと、さっき放り出した菓子パンを取りに行った。そして、そんなものを持っている時点で人の事は言えないなと、またため息をついた。

 

 葉花は柴垣の口にメロンパンを突っ込むと、けがの状態を見ようと、柴垣を街灯の光が入る場所に移動した。身体中に数十か所、切り傷があった。中にはそれなりに深い傷もある。上着もズボンもいたるとこが裂けていた。


 「柴垣さん、とりあえず手当しないと。駅の方で包帯とか買ってくるので、待ってて貰えます?」

 「ああ、すまないな。それと、頼みがあるんだが」

 「なんですか?」

 「何か弁当と飲み物を買ってきてくれないか?メロンパン一個じゃ足りなくて」

 

 葉花は冷ややかな目で、真面目な顔で言う柴垣の口にソーセージパンを突っ込む。


 「四葉一緒に来て。翡翠は見張っててね」

 「ヨーカ、よろしくねー」


 四葉は尻尾をゆらりと揺らすと、葉花についてくる。

 建設中の建物のシートから人がいない事を確認して、道へと出る。駅までは少し歩くが、仕方がない。薬局はまだ開いているだろうかと、時計を見るとすでに九時を回っている。薬局が閉まっていたとしても、駅に行けばコンビニや、弁当屋があるので、とぼとぼと歩き出す。


 「四葉、柴垣さんリム使いすぎたって言ってたけど、そんなにあいつら強かった?わりとすぐ捕まえられたけど」

 「一体一体はそこまでではなかったのだが、あの速さで一人で相手をするとなると、面倒な相手ではあったな。私がついた時は、柴垣があそこで二体に追い回されていた。一体を攻撃しようとすると、もう一体が不意をついてくる。柴垣もなかなかあの素早さで核を仕留めきれなかったんだろう。私が到着したら、奴め、ちゃっかりリムルをこっちに押し付けて、建物の中に避難してしまった」

 「お腹が空いちゃってたのね……。私が着いた時、まだ戦っていたから、四葉と翡翠でも苦戦だったの?」

 「いや、消そうと思えばいつでも消せた。私が来るまでに柴垣がだいぶ奴らを弱らせていてくれたからな。だが、ヨーカが来るならと、消さないように相手をしていたんだ」

 「そっか。でも、あんまり無理しないでよね」

 「ああ」


 駅前の通りに出ると、早速薬局を発見したが、さすがに閉まっていた。コンビニに行こうと、踵をかえして、ふと葉花は自分の手が血で汚れていることに気が付いた。


 「これなんとかしなきゃだよね。コンビニのトイレで洗うか」


 葉花は目についたコンビニに入ると、手の平を隠すようにしてトイレに入り、手を洗い流す。茶色い水が排水口に吸い込まれていった。綺麗になった手をみて葉花はほっと息を吐く。他にも血が付いていないか確認するが、大丈夫そうだ。


 入ったコンビニは、思いのほか広く、日用品コーナーも充実していた。消毒薬はなかったが、傷用の大伴のガーゼシートが売っていたので、それと絆創膏を買う。血を拭くため、タオルと水もかごに入れ、Yシャツが売っていたので、それもかごに入れた。柴垣が来ていたYシャツがあちこち裂けて、血がついていたのを思い出したからだ。


 「あとは食べ物だよね。うう、私もお腹すいちゃったよ」


 葉花は弁当やおにぎりサンドイッチなどを買い込む。

 パンパンになったビニール袋を持って、柴垣達の所へ戻ると、柴垣は壁にもたれて眠っていた。


 「ヨーカお帰り。ムドウ寝ちゃったみたい。疲れたのかな?」

 「そうかもしれないね。でも、こんなところで寝かせておくわけにもいかないしね」


 葉花は起こそうと柴垣の顔をのぞき込む。眉間にしわを寄せて、険しい表情をしていた。伏せたまつ毛が思いのほか長くて、どきりとする。


 「まつ毛長いな。ちくしょう」


 そう呟いて、思いっきりデコピンをしてやった。

 柴垣がうっすら目を開けると、葉花は弁当の入ったビニール袋を彼の目の前に突き出した。


 「ああ、すまんな。いくらだった?」

 「自分の分も買っちゃったんで、ちょっと計算します」

 「いや、いいよ。迷惑かけたんだ。レシートをくれ」


 葉花がコンビニのレシートを渡すと、柴垣は財布から五千円を葉花に渡す。

 

 「あ、じゃあ、お釣りを」

 「いやいい。とっておいてくれ」

 「なんか嫌なので、返します。まあ、端数は面倒なのでこれで」


 葉花が千二百円返すと、柴垣は苦笑いして受け取った。


 「食べてください。食べてる間に、足とか、背中とか手当しちゃうんで」

 「悪いな」

 「だって、放って帰れないでしょう」

 「結構お人よしだな」

 「うるさいですよ」


 葉花は袋からおにぎりを取りだして、自分もとりあえず一個胃に収めると、タオルを水にぬらして、傷口を拭き手当していく。タオルが傷口に触れる時、傷みで身体がかすかにびくっと硬直するが、柴垣は文句ひとつ言わずに、ひたすら弁当を食べている。


 「ムドウ大丈夫?痛くない?」

 「ああ」

 「シガキはこの程度慣れているだろう」

 「ああ」

 「翡翠あんた手伝いなさいよ」

 「だってボクそれさわれないもん」

 「そういえばそうね。柴垣さん、背中やるんで上着脱いでもらえます?」

 「ああ」

 「太もももやりたいんだけど、さすがに脱いでもらうわけにはいかないし。ここはなんとか服の上からやりますね。帰ったら自分でちゃんと手当してくださいよ」

 「ああ」

 「ヨーカのえっちぃ。ムドウ気を付けて!」

 「うっさい!リムルのくせに、どこでそういうの覚えて来るのよ!」

 「すまんヨーカ。おそらくケンタロウが緑のに教えた」


 『ああ』しか言わない柴垣の周りで、葉花と翡翠と四葉は騒がしく柴垣の手当をしていく。深い傷は、背中と太ももの二か所だった。


 「はい、これでほぼ終わりです。あとは帰って自分でやってください。着替えは上しか買ってこれなかったので、下はやぶけてるけど我慢してくださいね」

 「ああ、助かった。帰りは、翡翠に家まで飛んでもらうから大丈夫だ」

 「え?飛ぶ?」


 葉花は首をかしげる。


 「君は金色に掴まって移動はしないのか?早くて楽だぞ」

 

 葉花は、今までそんな考えにまるで至らなかった。


 「そんな事できるなら、私こんなに頑張って手当したり、服買ったりしなくても良かったんじゃあ……」

 「いや、家に帰っても一人だし、背中は自分じゃできないからな。それに食べ物を買いに行くのも一苦労だったろう。本当に助かったよ。それに翡翠が随分世話になった。感謝する。金色も来てくれて助かった」

 「お前は好きではないが、死なれると面倒だからな」

 

 四葉が鼻を鳴らす。葉花も珍しく意地悪な顔をしないで素直に感謝されたので、まあいいかと微笑む。


 「ヨーカ、ありがと。今度またリム食べに行ってもいい?」

 「だめだ。ヨーカは私のだ。お前はシガキからもらえ」

 「えー、ケチ」

 「じゃあ、私たちは帰ります。柴垣さん、お大事に」

 「ああ、近々改めて礼をしよう。その時にヴァイラの雇用契約書も持っていく」


 最後の最後で、柴垣は意地悪な笑みを浮かべ、葉花を見た。

 葉花はそれを無視すると、浴衣の入った大きな紙袋を抱えて、すみやかに敷地を出た。


 「何を笑っているのだ?」


 足元から金色の目が不思議そうに見上げる。

 

 「別に」


 葉花は自分がなぜか、楽しかったと感じていることに驚いて、誤魔化すように空を見上げた。


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