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プリントを片手にスマホでネットサーフィンをする。温度の上昇したバッテリーのせいで手の平が痛い。適当なニュース記事を眺めていると、クラスメイトの鷹田花音が私の肩を叩いた。
「お待たせ~」
わざとらしいくらい明るい声色だ。私の隣に座ると、購買で買ったパンを屋上に広げた。
これを、花音に見られただろうか。焦る気持ちを隠しつつ、私はさっきまで持っていたプリントとスマホを乱雑に伏せた。
太陽の日差しで二の腕がじりじりする。そのままパンを置いていれば焼きあがるのではと思うくらいだ。
「今日も焼きそばパン?」
「クリームパンもあるよ!」
花音の昼ごはんはいつも焼きそばパンとプラスアルファだ。
「よくこんな暑い日に、そんなもん売ってるよね。お腹痛くなりそう」
「さっきまで冷蔵庫で冷えてたから大丈夫!」
「この炎天下にいたら、焼きそばパン食べてる間にクリームが傷みそう」
「大げさだよ、ありさ」
花音といると、つい口数が多くなる。私も足元に置いたお弁当を広げ、いつものように昼休みが始まる。
「さっきのさ」
やや言い出しづらそうに切り出したのは、花音の方だった。
「さっきの?」
首を傾げる。傾げてから、その仕草までしてしまうのはわざとらしかったかもしれないと思った。
やはり、見られていたのだ。花音が言いたい事は分かったが、その先に続く言葉がわかるからこそ、私はその話を花音とだけはしたくなかった。
しばしの逡巡があった。結局彼女は、言葉を飲み込まなかった。
「大丈夫だよ、ありさ。大丈夫」
「大丈夫って何が?」
すぐに、キツイ物言いになった事を反省した。
「あぁ、次の古文のミニテストの事? 花音に教えてもらったし、もうバッチリだよ」
精一杯明るく取り繕ったつもりだったが、当の花音は話を変えるつもりがないようだ。
「そうじゃなくて、橘さんと――」
「殺されたんだと思う」結局、またぞんざいな言い方で冷たく言い放った。「だって、そういう事でしょ」
「ねぇ、そんな事言うのやめよ?」
悲痛な声を聞いて、自分が凄く申し訳ない言動をしている実感が改めて湧いてきた。
「ごめんなさい。私、この話はしたくないの」
かろうじて謝罪の言葉を口にすると、視線をお弁当箱に移した。野菜や卵焼きで色和えされているけど、色なんて感じとれなかった。
今、私はどんな顔をしてるだろう。
まるで自分が一番可哀想なんて顔をしているだろうか。だったらまだマシだ。鬼のような形相をしているかもしれない。そんな自分の表情を見られたくなくて、顔をあげられずにいた。
消え入るような「ごめん」が聞こえてからは、願った通りに何も言わなくなったので、私は沈黙を埋めるようにひたすらお弁当に手をつけた。
彼女との無言の空間はまだ気まずい。
橘有希や阿佐島さとりと三人で居た時は、沈黙が気まずいなんて思わなかった。それでも、有希が死んでからさとりと一緒にいられなくなって、挙句の果にはクラスで腫れ物扱いになった私と、昼ごはんだけでも一緒に食べてくれる花音には感謝している。
花音は絞りだすように言った。それは私に向けられたものというよりは、ひとりごとに近かった。
「綺麗で、確かに近寄りがたかったけど。私、やっぱり橘さんが誰かに殺されたとは思えないよ」
橘有希は田舎の高校生とは思えない程に洗練されていた。
「誰かに嫌われてたなんて思えない」
儚げで、綺麗な生徒だった。
「だからあの手紙もイタズラで」
クラスメイトの女子からは近寄りがたいと称されていたが、とても優しい人だった。
「だから、さとりもきっと――」
全てを失った私を精一杯励ましてくれようとしているけど、実際の所、私と同じくらいに苦しんでいるように思う。だから私はこの言葉を飲み込んだ。
私は橘有希なんて、大嫌い。