恋敵は姫君じゃない
長くなったので2話連続投稿です。本日の分は前話からお読み願います。
この話が最終話です。
4/17 ラストの場面でセリフを足して改定しました。話の筋は変わっていません。申し訳ありません。
2017/05/04 誤字脱字を修正しました。
まずは女東宮姿で神殿に上がり、兄宮の無事を祈願した。その後、奉納楽を見守るため、神殿内に特別に設けられた女東宮用の場所へ移る。ここは、高貴な女人が座するように臨時で御簾が用意され、多くの几帳が重ねられていた。楓尚侍が指示手配しておいた通りに準備されている。
周囲の安全を確認した百合姫は、これ以上目立ちたくないと言って、そっと桔梗の君の側から姿を消した。
先程は了承も得ずにいきなり殿上人達の注目の的にしてしまった。外腹生まれとは言え、やんごとなき式部卿の宮家の姫を酷い目に合わせてしまったのだ。桔梗の君も無理には引き止めなかった。
本当にごめんなさい、と心の中で手を合わせてお詫びする。
桔梗の君は、松竹の式部に急いで文遣いの童姿に着替えさせてもらった。
三の宮とお揃いの女東宮の表着などを几帳の柱の一つに着せる。表着がチラリと見えるように几帳の下からはみ出させた。
もう、楓尚侍には隠す必要が無いため、女東宮がいるかのように側に座してもらう。柱に話しかけるなどして、あたかもここに女東宮が座しているかのように、誤魔化してもらえることになった。
あとは、勢揃いしている殿上人達の前で琵琶演奏するだけになり、桔梗の君は不安を抱きながら、愛用の琵琶を持って演奏位置へと向かった。
琵琶だけでは演奏が冴えないので、宮中の楽団に伴奏をお願いし、手順を確認してある。そのためにわざわざ女東宮の観覧部屋から抜け出し、その隙に襲撃されたのだ。だが、一度も楽を重ねたことが無い人々との演奏だ。失敗しないかと、桔梗の君は心細く不安だった。
「やあ、桔梗の君! 私達にも、女東宮様の祈願の奉納楽を手伝わせてくれないか!」
「山吹の少将様! それに、紅葉の中将様まで!」
ニコニコ笑顔の山吹の少将が横笛を手に、同じく嬉しそうな紅葉の中将と連れ立って現れた。それぞれの競技後に着替えたのか、二人とも立派な束帯姿である。しかも何度もあった襲撃後のためか、太刀までしっかり身に着けている。
「我が親友、桂木の宰相の無事の帰京を合わせて神に感謝申し上げたい。だから、私も奉納楽に参加させてくれ! 桂木の宰相ほどの名手ではないが、私も箏はそれなりに奏せる。山吹の少将の横笛は、既にそなたも知っているだろう?」
「はい、嬉しいです! ありがとうございます。本当は、一人で怖かったんです!」
「良かった! 君の無事も神に感謝しなければね! 私も姉上、麗景殿様にも頼まれているし!」
すでに何度も楽を重ねた山吹の少将に、舞を舞った紅葉の中将なら気心が知れて安心だ。桔梗の君の心は勇気づけられ、嬉しさでいっぱいになった。それに、何かあっても二人が側にいてくれるなら、怖いものはない。
予定に無く、琵琶弾きの童が、左右大臣家の子息に挟まれて広場に現れた事に、奉納楽を待っていた殿上人達は驚きの声を漏らした。これはすなわち、女東宮には左右大臣が従っていることを暗に宮中に示しているからだ。
天幕で囲まれた広場の中、準備された所定の位置に座す。いよいよ噂の演奏が始まる! と帝や女三の宮を始め、殿上人の全員が酒盃を下ろして注目した。
三人は緊張が走る中、視線を交わし、呼吸を合わせる。強く爽やかに響く山吹の少将の横笛の始まりに、桔梗の君の甘い琵琶と、紅葉の中将の力強い箏の音が重なった。
静まり返る殿上人の間に響き渡り出す、雅やかな楽の音。
奏された曲は、かつて桂木の宰相と紅葉の中将が、帝の月の宴で舞ったあの曲だった。前東宮もこの楽と舞を非常に気に入って、褒めたたえていたことを皆が思い出す。女東宮が兄宮の無事を祈って奉納するに相応しい、想い出の名曲だと誰もが聞き惚れる。
不意に、左右の天幕の陰から面を付けた舞人が、一人ずつ現れた。二人は指先の動きと足並みを揃え、左右から中央へと向かって互いに舞寄る。
誰!? と桔梗の君も含めて、殿上人の皆が驚く。そのしなやかで優美な動きに、誰もが目を奪われる。
美しい重ね装束を纏いながらも片肩の表着を脱いで、飾り太刀を身に着けているところから、脆さと力強さが感じられる。袖を翻しつつ舞う姿には、面を付けていても、美しいだけでは収まらない男の色気が滲んでいる。観覧しているあちらこちらの女官や女房達は、思わず知らず頬を紅く染め、熱いため息を零す。
あの長身、若く優美な体形、舞の仕草。これまで何度も見てきた。更に一人には、先程もう出会えている。夢だったように、桔梗の君には思えていたが。ならば、もう一人は……。
二人を見ているうちに、桔梗の君は正体に思い当り、思わず涙が滲み、琵琶の音が止まりそうになる。だが、この美しい舞をずっと見ていたい気持ちも強い。舞に負けないよう、泣きそうになるのを唇を噛んで堪え、想いを込めて琵琶を掻き鳴らす。
噂になった名手の童の琵琶と、左右大臣家の子息達の演奏の終わりと共に、月からの使者のような優美且つ高貴な舞も終わった。
舞人は揃って帝の御座所に向かって礼をし、面を取り外した。
一瞬の静寂の間の後、大きな拍手と歓声があちらこちらから上がった。女官女房達からの、はしたなくも黄色い声も紛れている。
「ああ、兄宮様! 桂木の宰相様!」
念願が叶い、泣きそうになりながら桔梗の君は兄宮へ、抱きつこうと駆け寄る。
「お命頂戴!」
そこへ、天幕の陰からまた顔を布で隠した怪しい男達、三、四人が突然襲い掛かって来た。
「やはり、来たか! 今度は私が狙いか! 私だと確かめてから襲って来たな!」
「宮様方! こちらへ!」
桂木の宰相が腰に差していた太刀を抜いて、駆け寄ってきた桔梗の君と兄宮を庇って前に出る。あの太刀は飾りではなかったのだと、桔梗の君は知った。襲撃を予想していたらしい。
ギャイン! ガキン! と恐ろしい鉄のぶつかり合いが、再び桔梗の君の目の前で始まった。あちこちで戦いになる。桔梗の君は、ようやく会えた兄宮の腕の中で、身を震わせることしかできない。
(もう、またなの!? いい加減にしてよ! もう嫌! 怖い!)
「ここは私と宰相に任せろ! 山吹の少将は女東宮様の所へ! お守りせよ!」
「はい!」
紅葉の中将の指示に逆らうことなく従い、山吹の少将は神殿へと駆けていく。中将や宰相の腕も信用しているが、女東宮様に何かあっては一大事だからだ。
「……宰相、この子を頼む!」
兄宮も太刀を抜いて、応戦し始める。さすが文武両道の兄宮だった。一対一なら、決して襲撃者に劣らない。
「紅葉の中将、宮様は私が守る! ここは神殿前だ、できるだけ殺すな! 黒幕を吐かせる!」
「分かった! 任せろ!」
桂木の宰相は兄宮の隣で、隙を見て横から襲おうとする敵を優美な太刀筋で打ち払い、背後の桔梗の君と兄宮の二人を護る。まるで舞のような優美な動きだった。
紅葉の中将に至っては、敵の集団の中に無謀にも一人で飛び込んで、次々と敵を力づくで切り伏せていく。だが、敵が呻いているところをみると、殺してはいないようだ。
「宮様、危ない!」
どこからか頭の弁が飛び出して来て、兄宮に切りかかろうとした襲撃者の一人を背後から太刀で切った。傷が深いらしく、その男は倒れるなり息を引き取ったようだ。
「ご無事ですか!」
「ありがとう、と言うべきかな? ……その男が襲撃者の頭か? 見事な口封じだな。このような衆人環視の中で、襲撃が上手くいくはずがないものを」
「何のことですか? ご無事を祈る家臣にあんまりですよ。でも、これで片づけ終わったようです。ご安泰ですよ」
「どうだか……」
黒い笑みを互いに浮かべ、二人は周囲に聞こえぬよう小声で言葉を交わす。
その間に、紅葉の中将と桂木の宰相が、残りの者達を切り伏せていった。ようやく駆けつけた警護の者達が、襲撃者を次々と縄で捕らえて連行していく。
今回は味方が多かっただけに、あっという間に戦いは終わったようだった。襲われた恐怖と、兄宮に会えた安堵で桔梗の君は腰を抜かした。
そっと温かい頼れる腕が、桔梗の君を横向きに抱き上げた。
「よく頑張った、桔梗の君。怪我はないか?」
「桂木の宰相様! もう嫌! 怖い! 梨壺北舎に帰る! うえ~ん!」
頼って我慢しなくて良いのだと思った途端、桔梗の君は恥も外聞も投げ捨てて、桂木の宰相の胸に泣き縋ってしまった。兄宮がもう安全だと、何度言い聞かせても、頭を撫でて慰めても、涙は止まらない。結局、桂木の宰相に抱かれて、文遣いの童姿のまま梨壺北舎に帰った。
余談だが、桔梗の君はその生涯で、この大社にだけは二度と訪れることは無かった。ここで命を何度も狙われ過ぎて、嫌いになったからだ。
婿殿がお帰りになった! と喜んだ右大臣の権力により、女東宮は念願通り兄宮に東宮位を譲ることが決まった。暗殺に怯えた橘兵部卿の宮は、安泰の人生を選び、がっくり項垂れつつもはや反対しなかった。大納言は大いに反対したが、左右大臣家の権力に負けて、引き下がらざるを得なかったのだ。
桔梗の君は、愛しい人々を守り切ったはずだった。あとは普通の姫宮に戻って、恋を成就する予定だった。今度は、愛しい桂木の宰相と。
だが、そんな簡単に事は進まない。譲位に相応しい吉日を選んでの儀式の準備、麗景殿の女御も再入内準備で、軽く一月から二月はかかると言われた。それまでは、女東宮のままだ。
浮かれていた桔梗の君の心が、一気に現実に戻された。
「ええ! 何故そんなに掛かるのですか? 酷い! 早く解放されたいのに! もう、嫌です!」
「譲位まで、私は右大臣邸で婿として暮らしている。久しぶりに麗景殿の女御とゆっくり夫婦するつもりだ。子供も出来ていると聞いたし、楽しみだ! ああ、解放された気分だ!」
「ご自分ばかりずるいです! 私の恋はどうなるのですか!?」
麗景殿の女御との甘い生活を思い描いているのか、兄宮は山吹の少将に負けず劣らずのニコニコ笑顔だった。それをみて面倒事を押し付けられただけの様な気がして、桔梗の君は腹が立った。兄宮を怒りの勢いのまま梨壺北舎から追い出した。
そこへ、今度は一番会いたい人、謹慎を許されて参内した桂木の宰相が、ご機嫌伺いに来てくれた。慌てて松竹の式部と楓尚侍が几帳を並べて出迎えた。
仮にも命の恩人だからと、桔梗の君が無理を言って几帳越しの取次無しで話をすることにする。
長い旅から戻って来て、ようやく会えたのだ。以前の文遣いの童だった時のように、できれば目を見て言葉を交わしたかった。
「本日は、数々のご無礼をお詫びしに参りました。女東宮様と桔梗の君の事、百合姫に全て聞きました」
「その様なことは良いんです、桂木の宰相様。私こそ、文遣いの童などになって、騙していてごめんなさい。やりたかった事とは違うけど、でも、楽しかったのです。そして、またあなたに逢いたくて、逢いたくて……。どうしてこうなってしまったのかしら?」
「私もだ。私もあなたが気になって仕方がなかった。最初は、後宮に不慣れな文遣いの童の一生懸命な姿をみて、助けてやりたくなっただけなのに。だから、私も桔梗の君に会うのが楽しかった」
最初は怖い人だと思っていたはずの桂木の宰相の声は、今やとても優しい。
姫宮とは知らずに、いつだってさりげなくその背に庇い、桔梗の君を助けて守ってくれていたのだ。だから、桔梗の君もこの人をどうしても助けたかったのだと、今更に思う。
「ただ、もう直にお会いできないのです。実は文遣いの童は、故郷に帰ったことにしたのです。どうやら、とある方々に正体がバレて、命を狙われてしまったので……。危険だから、もう童姿はダメだと兄宮が……。桔梗の君は消えて、女東宮である私は、以前の様には、あなたに逢えなくなってしまうわ」
貴公子達に童として可愛がられた自由だった日々を思い、桔梗の君は扇の陰で悲し気に俯いてしまった。
「女東宮様、私は、おかげさまで消えてしまった人を探すのは得意になりました。今度は、私の桔梗の君を探して探して、追いかけます。どこまでも……。だから、見つけるまで、あの子には待っててもらいたいのです。きっと、新東宮がお立ちになる頃には見つけ、旅立ちの別れ際の約束を果たすでしょう」
「本当に? でも、見つけてもらうまで、寂しくて、私は、あの子は、泣いてしまうかもしれません……」
「そんなにお寂しく想っていただけるのならば……」
不意に、桂木の宰相は几帳に背を寄せ、背中越しに囁く。
「ならば、代わりに百合姫をお側にお仕えさせていただけませんか? ただし、通い参内で。どうしてもあの姫は午後にならないとお仕えできない身ですので、夜だけのお仕えになります」
「え? お具合でもお悪いのですか? でも、私の下に参内してくれるのなら、こんな嬉しいことはございません! それにしても夜だけだなんて、まるでお月様のよう。月の天女の君に相応しいかもしれませんね」
「喜んで頂けて良かった。姫も桔梗の君のことが大好きですので。ではよろしくお願い致します」
翌日の午後に、百合姫は参内した。今度は女東宮の女房としてお仕えしてくれるという。相変わらず人目に付くのを恥じらって嫌い、側にはいるが人前には極力出たくないと言う。
「それでもいいの! 外交的な政務は、楓尚侍がしてくれるもの! 百合姫は私の側にいて、お願い!」
「ええ、お約束通り、ずっとお側にいますよ」
命を狙われた恐怖や警護のため、それまでは松竹の式部が女東宮の添い寝をしていた。だが、夜しか出仕しない百合姫との時間を惜しんで、娘二人でおしゃべりしたいの! と桔梗の君は松竹の式部の代わりに百合姫に添い寝を命じた。
百合姫はどこか妖しい笑みを浮かべて承諾した。
「女東宮様の兄宮様も、私がお世話することを密かにお許し下さいました。手折った花には最後まで責任を取ります」
「花? 花は百合姫の方よ? お美しい百合姫。兄君の桂木の宰相様のように側にいて」
二人で寝床に横になるや、何故か百合姫はか細い桔梗の君をその温かい胸に抱き締めた。桔梗の君のささやかな胸より平らな広い胸に。
シュルシュルと、布の滑る音が桔梗の君の耳に響いた。
(いや~! 騙された~! 桂木の宰相様! 恥ずかしいから、止めて~!)
この夜、前途多難だった桔梗の君の恋は、成就された。お互いに騙された恋だったかもしれない。
だが、桔梗の君を熱愛する恋人は、密かに毎晩通ってくる。かつての美しき最大の恋敵の姿で。
恋敵は姫君じゃなかった。
正式な結婚は東宮位の譲位後、姫宮に戻ってからのことになると思われる。
終わり。
拙い話をお読みいただき、ありがとうございます。
気が向いたら番外編を書くかもしれません。




