第9話 間違ってる
「なにいってんだ……? アイリス」
アイリスが抱いている疑念がアルトは全く理解できなかった。ロードブラッドの仲間? 妄言としか思えない。
セシルは驚いた顔をしていた。これから倒そうという敵の仲間だと疑われているのだから、ある種正しい反応だろう。
「なんで私が……?」
「そのペンダント。大妖精と呼ばれた抑制の幹部の物で間違いないはずだが」
アイリスはセシルの首元を睨みつけながら言う。言葉にもとげとげしさがみられる。
「よくわからないよ……。これはお母さんの形見だよ。……いや、その記憶すらもちょっと危ういんだけど……」
「では君の母親は大妖精なのか? 記憶が危ういというのはどういうことだ?」
「……昔の記憶がほとんどなくて。いつ自分の親が死んだのかもわからないの」
本当だった。セシルは自分がいつ孤児になったのか、いつからあの街に住んでいたのか、覚えていなかったのだ。
アイリスはまだ疑っているようだった。
——なんでアイリスはこんなに疑ったんだ……? 大妖精とかいう奴がなんなのかわからねぇけど、セシルは関係ねぇじゃねーか。
アルトは、その尋問のような雰囲気に耐えきれなくなったように、言葉を零した。
「おいおい、まてよ。仮にこいつがその大妖精とかいうやつの子供だとして、だからなんなんだよ」
「死の森の中で、抑制の味方をされては命取りだ。だからしっかりと白黒つけておかなければならない」
冷静、かつ威圧的な眼光でアルトを突き刺した。
「セシル……。俺からも聞かせてくれ」
「……」
セシルは困ったような顔でアルトを見た。
アルトは、確かめたかった。セシルが、目の前にいる同じ思いの少女が、こんなところで敵になるのかどうかを。親が抑制の幹部だったとして、だからなんだというのだ。目の前にいるこの少女の瞳こそが、真実を語るはずだ。
「セシル、お前はロードブラッドの仲間か? 俺たちの、仲間か?」
アイリスと同じく、アルトの瞳も真摯な輝きに包まれていた。アルトは、真っ直ぐ、ただひたすらに真っ直ぐ、目の前のセシルという少女のみをその目に写していた。
それに答えるかのように、セシルもまた、ぶれることなく、アルトの両眼を見つめた。真剣に、真摯に。
「私はアルト、君にどこまででもついていくっていったよね。ほんとうだよ」
「…………」
「君がいなかったら……私が生きてるっていう今はなかった。……君が助けに来てくれた時点で、私が辿る運命は決まってたよ」
穏やかで、それでいて力強い表情で、セシルは言葉を紡いだ。アルトに向けて、命の恩人へ最大の感謝を込めて。
アルトはもうまったく疑う気にならなかった。目の前の少女の顔が、言葉が、偽りになど見えるものか、と。これが偽りならば、何が本物なのかわからないくらいだと思った。
「アイリス。私は弱いし、臆病者だよ」
セシルはアイリスに向き直り、言を繋ぎ続けた。
「——でも、恩は忘れないし、意思も弱くないよ。仲間は騙さないし、絶対に死なせない。私を信じてほしいな。私は、アイリスの……アルトの……仲間だよ」
アイリスは全身の力が抜けたように笑い出した。
「そうか。疑って悪かったな。セシル、君はつよい人間だな。眼を見たら君の意思の強さがすぐにわかった」
アイリスが頭を下げると、セシルはあたふたとしていた。先ほどまでの迫力は消え、いつものセシルに戻っているようだった。
「このペンダントの力は、君たち二人だけに使うよ。敵の味方は絶対にしないから安心して!」
セシルがそういうと、三人は眼を合わせて頷き合った。そして、アルトたちは意を決したかのように一斉に山に足を踏み入れた。
山の中は取り立てて変わった様子はなかった。立ち連なる木と、ここぞとばかりに元気に活動する夜行性動物。月の光に照らされる緑の葉。風が冷たい。夜は肌寒いみたいだ。
「抑制の構成員がいるっていうのは、本当なのか? アイリス」
「ああ。ほんとうだよ。ここに足を踏み入れた人間が証言している。魔族が立ち入ったら最後、生きては帰れないと。私もアルトも十分に気をつけなければな」
言いながらアイリスは辺りを見回すようにして歩いていた。
近くに人の気配はない。いつ、どのタイミングで敵が飛び出してくるのか、見当もつかないので、三人は気が抜けなかった。
——この山を抜けるのに二時間はかかるんだよな、確か。この緊張状態で二時間以上はかなりきついな……。
しばらく異変も事故もなく三人は歩みを進めていた。肌寒いにもかかわらず、三人の額には嫌な汗がにじんでいた。あまりにも何もなさすぎる。これは罠なのか、それとも魔族だとばれていないのか。
「アイリス、あまりにも何も起こらなくない……? 私少し怖いんだけど」
「……私もだ。不気味極まりない。いつ出てくるのか……」
アイリスが喋っている最中に、アルトの背後からがさっという音がした。
アルトは口の前に人差し指を立てて、耳を澄ました。
人がいる。確実にすぐ近くに。
「アイリス、魔力でどこにいるか感知できないか?」
アルトはアイリスの耳元でささやいた。
しかし、どうやら潜んでいるのは魔族ではなく、人間らしい。魔力で探知するのは難しいようだった。
アルトたちがその場に植え付けられたかのように立ち止まっていると、とうとうその気配は姿を現した。
「きたかっ!!」
一人ではなく、三人組だ。全員真っ白の服に全身を包んでいて、奇妙な模様の仮面で素顔を隠している。
「規定以上の魔力を感知した。そこの金髪。貴様だ」
アイリスのことを指差しながら、一人が言った。規定以上の魔力とはなんのことだろうか。
「なにを言っているのかよくわからないが、それは敵意と受け取っていいのか?」
アイリスはすでに好戦的になっているようだった。なにかのきっかけさえあれば今にも斬りかかりそうである。
「我々抑制の使命は、規定以上の魔力を有する魔族を抑制し、消すこと。世界の均衡を保つのだ。消えてもらおう」
「魔力を持たない貴様らが、剣技と魔力を鍛えたこの私に、どう戦うのか楽しみだな」
アイリスは、瞬間移動でもしたかのように間合いを一気に詰めた。射程範囲だ。相手側の三人の首あたりに刃を構えた。
「ここで私が剣を一振りすれば、終わりだ。立ち去るがいい」
死を目の前にしたはずの人間たちが、仮面の下で、笑い声をあげるのが聞こえた。
アイリスは奇妙だと思い、周りを警戒したが、魔力は感じられない。
「なにを笑っている」
「貴様の弱さだな。魔族の女」
風を切り裂くような音が、アルトとセシルを通り過ぎていく。どこから放たれたのかわからない矢が、アイリスの背中を射抜いた。
「くっっっ!」
「アイリス!!!」
アイリスは矢の衝撃で怯み、膝をついた。
アルトは矢の出所を探していた。月の光があまり当たらない木の陰に、弓を持った人間がいるのを見つけた。その人間もまた、白い服に仮面を装着していた。
「くそが!!」
「アルト、落ち着いて!」
セシルの言葉を聞き入れる隙もなく、弓を持った人間を目掛けてアルトは荒々しく駆け出していた。その人間は逃げる様子もなく、そのまま佇んでいた。背中の鞘から剣を抜き、振りかぶった。
「アイリスは殺させねぇ!!」
アルトの振るった刃は白い服の下にある腹を切り裂いた。雪のように白い服が真紅に染まり、構成員は弓を力なく手放し、倒れた。
「てめぇ、ふざけやがって!!」
アルトは地面に転がった構成員を、研がれた刀身のような眼で見下ろした。
白い服に覆われた身体が震えていた。寒さで震えているのだろうか。いや、寒さはそれほどではない。では、恐怖、なのだろうか。弓で人を殺めたことがないような人間ならば、納得はいくが、そんなことがあるのだろうか。
アルトは好奇心に釣られ、構成員の仮面をゆっくりと剥いだ。
「……!」
人間の女だった。それもアルトと同じくらいの歳であろう女だ。呼吸が荒く、意識が朦朧としているのか、瞼が痙攣していた。
「なんでこんなやつが……なんで……」
抑制の構成員には、人間の少女も紛れているなど、アルトは予想していなかった。抑制とは、どういう集団なのか、ますますわからなくなった。
人間の少女が息を引き取るのがわかったので、アルトはアイリスとセシルの元へ戻った。少女を殺すつもりは毛頭なかったが、正当防衛だと自分に言い聞かせる他なかった。
——だから、この世界は間違ってんだ……。こんなところで、こんな形で本来戦わなくていいはずの戦いが起きるこの世界は、間違ってる!!!!




