馬車に乗って
少し荒れた地面に砂ほこりか舞い上がり、ギシギシと車輪が軋み、揺られながら馬車が進む。
それでも、風がそよそよと吹いて心地よい。
ケイトとエレナはセラフィム王国を出て帝国に向かっている。
「んー、風が気持ち良いわね。
それにしてもケイトが馬車運転出来るなんて以外よね」
風になびく紫色の髪の毛を抑えながらエレナが悪戯っぽく言う。
「僕はこれでも騎士なんだ。馬くらい操れるよ」
荷台に乗っていたエレナが身を乗り出しケイトの顔を覗き込む怪しいといった顔でじーっと見てきた。
エレナの可愛い顔が近い。
「それにしてもケイトって不思議よね。
普通なら馬車で帝国まで運んで貰えばいいのに、馬ごと購入って。
どこの貴族の子供かしら。親の顔が見てみたいわ」
つんつんしながら呆れたように言う。
「いやだから騎士の仕事をして、その貯蓄だよ」
「私はあんたが騎士らしいこと、一つ見たことないんだからね。
そもそも、騎士ってこと自体が怪しい」
再び、荷台から身を乗り出しケイトの顔を覗き込みじーっと怪しいといった顔で見つめる。
いちいち顔が近い。
これでも、聖騎士の称号の上の国家騎士の称号まで貰ってたんですよ・・・とほほ。
馬車は順調に進む。
セラフィム王国と帝国までは馬車で2日ほどかかる道のりだ。
セラフィム王国と帝国の間には、大きな森とその近くに村が一つあるだけだ。
この大きな森を抜けるのが一苦労だ。
整備されて森の中に道があるにもかかわらず必ず迷い出て来れなくなる人が後を絶たない。
原因の一つと言われているのが昼間にもかかわらず発生すると言われている霧が方向感覚を鈍らせているのではないかという。
それともう一つが魔女が住みついていると言われている。
魔女狩りから逃れた魔女が身を隠し住みついて進入してくる人間たちを排除しているのではないかという噂だ。
「凄い大きな森。木が大き過ぎててっぺん見えないよ」
エレナが荷台から上を見上げる。
「もう夕方になるこのまま森に入っても夜になってしまうから今日はこの近くでキャンプを張ろう。夜の森は危険だ」
「はーい」
エレナの可愛い声が森に木霊した。
テントを張り、木を集めて火を焚いた。
あたりはすっかり夜だ。
森の入り口だけあって無駄に大きい木々が不気味である。
更に風に揺られてガサガサと音を立てると更に不気味だ。
普段強気のエレナもケイトの隣にくっついて離れない。
「ーー怖い?僕が見張ってるし起きてるからエレナはテントで寝てて良いよ」
「・・・それが一番不安なの」
ーーおい、とツッコミを入れなくなるケイト。
パチパチと燃えている木々が音を立てる。
ケイトとエレナ隣同士に座り特に会話もなく炎を見つめている。
何か会話をと言葉を探していると、エレナなら思いがけない言葉が出てきた。
「・・・ケイトは、昔の私や私の両親、住んでいた場所とか知ってるのよね?」
炎を見つめたままエレナは言った。
その声はとても切なくいつもの元気なエレナとは明らかに違った。
「私はほら、記憶がないから・・・何も覚えてないから」
エレナは無理に作り笑いを浮かべケイトに見せた。
「ケイト・・・私はどこから来たの?
私の両親は何をしてるの?
そして私は・・・誰なの?」
エレナの頬を一筋の雫が溢れ落ちた。
そしてーー溢れ出た。
エレナはケイトに抱きつき泣いた。
もうエレナと過ごして4年が経っていた。
ケイトは一言だけ答えた。
「エレナは、エレナだよ。
僕の大切なパートナーだ。
君のことを守ってくれと両親は頼まれたんだ。
僕は命に代えても君を守るよ」
エレナの紫色の髪の毛の頭を撫でながら言った。
パチパチと木々が音を立て燃える。
その炎向こう側に重なり合う二つの影はいつまでもそのまま動かなかったーーーー。
ーー勇騎士称号授与式まで残り2日ーー