神様と音楽家との対話
「音楽家よ。すてきな音楽をありがとう。すてきであったぞ。」
「神様、音楽は、どのように存在するのでしょうか」
「音楽は、空間と時間のなかで存在する生き物のようなものだな。」
「生き物のようですか」
「そうだ、あたかも、生き物のようだ。生命も死んでしまえば、活動もしなくなってしまう。音楽も、固定することも、閉じ込めておくこともできない。」
「まあ、レコードとか、CD、DVDで残すこともできますが。」
「しかし、レコードや、CD、DVDは、時間と空間を記録する方法で、記録されたものにすぎない。再生という時間と空間を生み出さないかぎり、再現はできないのだ。」
「そうですね」
「まあ、存在ということばをどのように定義するかによって、音楽の存在を説明も変わってしまうが。存在を物理的な意味でいうと、音楽は存在しえない。それは、生命も同様なのだ。物理的な、生命の存在しない。時間と空間の中に、生命は存在するからだ。その意味では、神様の存在も似ているかもしれない。神様は物理世界に存在できないkらだ。次元が異なる世界に存在なのだ。」
「次元ですか。音楽も、3次元世界には、存在しえないということですか。3次元空間と時間によって、初めて存在する。その意味では、声やコミュニケーションもそうですね。地球45億年の歴史も時間と空間の中に存在しています。」
「この時間というのもは、非常に奇妙なものだ。」
「どのように奇妙なのですか」
「仏教でいうところの魂は、永遠不滅に存在する。永遠不滅なので、時間と空間を超越したところで、存在している。この地球上、この物理宇宙には、時間という概念が存在して、ものすごくゆっくりに動いている。その動きによって、命の時間、音楽の時間を生み出している。」
「えーっと。何が言いたいのですか」
「つまり、人間の本質である魂と地上で生きる人間が存在する。時間と空間を超越している魂と、おそろしくのろのろと時間がうごくこの地球で生きる人間だ。本来同一なのだが、地球の低速時間を生きるという体験ができるわけだ。」
「なにが言いたいのか、さっぱりわかりませんけど。」
「この宇宙に存在する恐ろしくのろまな時間の流れが、魂の世界では一瞬のような出来事を、人間の一生80年、100年に引き伸ばされている。」
「この地球の時間は、おそろしくのろまな時間、非常にゆっくり、ゆっくりな時間だと、言いたいんですね」
「どのような説明がよいのだろうか」
「こまった、神様ですね。ご自分で混乱されている。よく整理してお話くださいね。」
「おまえは、バイオリンの練習を、毎日しているのは、なぜかな。」
「上手の演奏するためには、何度も何度も練習する必要があるんです。皆さんに聞いていただくのに失敗は許されませんからね。」
「最初の音楽は、どこにあるのかね」
「楽譜でしょうか」
「楽譜と音楽は一緒かな」
「まあ、一緒ですね。」
「楽譜と音楽は、魂と人間に似ているとは思わんかね。」
「すこし、無茶ぶりすぎるような気もしますが、次元が違うんだという強引な主張があれば、そうかも知れません。」
「すこし、強引な説明であったようだな。わしももう少し、整理して、考えてみよう。」




