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9.馬車




「うわぁ~。馬車ってこんな感じだったんだー」



 市場と雑貨屋で買い物を済ませた後はさっさと村を出て、人目につかない場所まで歩いてから、アイテムボックスの中の馬車を出した。

 兎のぬいぐるみから大きな箱馬車が出てくるのはすっごく不思議な光景だったけど、馬が出てくるのはもっと変な感じがした。

 ゴーレム馬と呼ばれているけど、見た目は普通の馬とあまり変わらない。

 ゲームの時も普通の馬とグラフィックが似ていて、運営の手抜きの産物と言われていた。

 それにしても、パソコンの画面で見ていただけの馬車が、こうして目の前にあると、想像以上の大きさに驚かされる。

 街中で見かけたことのあるキャンピングカーと同じくらいのサイズなので、この世界の馬車より一回りくらい大きい。



「二頭立てか? 随分立派な馬車だな」



 ルーファスさんも驚いているようで、それ以上は言葉にならないといった様子で馬車を見ている。


 ゲームの運営会社の企画で、時々ゲーム内で実装して欲しいアイテムの設計コンテストみたいなものがあって、私も馬車の設計をして出した事がある。

 キャンピングカーを参考にして、欲しいものを詰め込んだ夢の馬車は賞を取って、木工スキルで馬車を作る時に、工程を増やして、馬車の一つ一つのパーツから作ることも出来るようになった。

 木工スキルのレベルや熟練度が上がると、パーツを作る時の部品に、鍛冶で作ったものも使えるようになって、耐久度が増した。

 自宅拠点から登録した街への転移か、馬車か徒歩で移動といった世界だったので、快適な馬車が作れれば作れるほど移動速度も上がって、速い馬車はとても重宝された。

 馬車には定員もあったので、複数で同時に移動することも出来て、固定パーティで一台所持するということも多かった。

 素材を集めて一度の工程で馬車を作っていた時は、馬車全体に付加をつけたり、強化したりするのが普通だった。

 けれど工程を増やせるようになって、一つ一つのパーツを作って組み合わせて馬車にするようになってからは、パーツごとに付加や強化ができるようになって、一台の馬車にたくさんの能力をつけられるようになった。

 私の馬車も、移動速度アップや重量軽減といった、馬車にはよくつけられる付加の他に、状態保存や物理攻撃無効、魔法攻撃無効、反射といった付加がつけられている。

 反射があるので、ゲーム内では馬車で移動しながら魔物を倒す事もできて、とても便利だった。

 一部では『要塞馬車』と呼ばれていたらしい。

 素材からこだわって作った私の馬車は、当然の事ながら木製で、ところどころに補強で金属を使ってある。

 この馬車を作るために、鍛冶スキルも取ったのだ。

 ちなみにガラスも鍛冶スキルで作れたので、馬車の側面には窓があってガラスが嵌め込まれているはずだ。

 ゲーム時代には、窓を作ったはずなのに、馬車をどこから見ても窓がないという不思議な状態になっていた。

 パソコンの画面上のことだったので、馬車に関しては外観が見られるだけで、中をみることはできなかったから、本当に窓がついているのかはわからないままだった。

 馬車の能力を見れば、どれだけの数のパーツを使っていて、どこにどの能力を持たせているのかはわかったけれど、内部は見られなかったから、それをとても残念に思っていた。

 けれど現実になった今は、細部まで見ることが出来て、とても嬉しい。


 ゲームでは、武器や防具、アイテムに付加石を使うことで付加がつけられた。

 付加石は魔物を倒した時に手に入るレアアイテムで、効果の高い付加石は、ダンジョンのボスからしか手に入らないので、手に入れるのが大変だった。

 私も欲しい付加石を集めるためにダンジョンに通い続けた。

 たくさん必要だったから、レベルの高い戦士だったフーテンさんやきゅーさんが手伝ってくれなかったら、とても集め切れなかったと思う。

 理想の馬車を完成させるまでに1年くらいの時間が掛かったので、その分、馬車に対する思い入れは強い。

 この馬車は、私と仲のよかった仲間達の苦労の結晶なのだ。

 強化も強化石というのを使って、10段階まで上げられるようになっていたけど、強化は、普通に魔物を倒していれば手に入る強化石でできたので、付加ほどは苦労しなかった。

 強化は5までは失敗無しだけど、6からは失敗すると一段階強化レベルが下がるようになっていたので、8くらいからは100%成功する課金アイテムを使った。


 馬と馬車を出したのはいいけど、馬を馬車に繋ぐ方法がわからない。

 困ってしまってルーファスさんを見上げると、言いたい事がわかったのか、ふっと柔らかい笑みを漏らしながら、馬を馬車に繋いでくれた。

 馬は必要な馬具をつけた状態で出ているので、繋ぐのはそんなに難しくないらしい。

 次からは自分でも出来るようにと、ルーファスさんのやることをしっかりと見ながら覚えていく。

 


「馬も馬具も馬車も、特級品だ。こんな馬車を作ったなんて、ユキは腕がいいんだな」



 ゴーレム馬を撫でながら、ルーファスさんが感心したように私を見る。

 ゲームの中で作ったから、素材集めと木工と鍛冶スキルの熟練度上げ以外はあまり苦労していないので、あまりストレートに褒められると困ってしまう。

 この世界でも、同じように馬車が作れるのかどうかはわからないのだから。



「こっちでも作れたら、馬車を作るだけで生きていけるかも? ゴーレム馬にルーファスさんの登録もしておくね。何もないと思うけど、いざというときはルーファスさんが馬に乗れるように」



 登録のことに話をそらして、ゴーレム馬を撫でてみた。

 ゴーレムって聞くとごつごつしたイメージがあるけれど、撫でてみれば生きてるみたいな温かさを感じて、心地よかった。



「ノア、ブラン、ルーファスさんのいうことも聞いてね? ルーファスさんもこれから一緒に旅をする仲間だから」



 2頭の馬を撫でながら話しかけると、ルーファスさんの登録が終わった事が、何故かわからないけど伝わってきた。

 音声で聞いたわけでも、思念のようなものが伝わってきたわけでもないのに、登録が終わった事だけが感覚でわかる。

 登録の仕方はルーファスさんに教えてもらったのだけど、何だかとても不思議な感覚だ。



「ノアとブランという名なのか。よろしく頼む」



 それぞれに話しかけながら、ルーファスさんが優しく撫でると、馬が返事をするように軽く嘶いた。

 私のときよりも、反応がいいような気がするのは気のせいかな?



「ところで、ユキは御者の経験は? 馬車を操った事はあるのか?」



 ルーファスさんに聞かれて、思いっきり頭を振る。

 ゲームでは馬車に乗って移動してたけど、馬車を右クリックで使用するだけでよかったので、当然ながら操った事などない。

 ルーファスさんは私の答えを予測していたようで、御者を引き受けてくれた。

 馬車の中からも御者台に行けるので、まずは一緒に馬車に乗り込む。

 馬車の側面にある扉から乗り込むと、正面はテーブルとソファになった座席が見えた。

 ちょうどテーブルの辺りに明り取りも兼ねた窓があるけれど、カーテンで光を遮られていて中がちょっと薄暗い。

 高いところは手が届かないので、ルーファスさんに頼んで天井の小さな窓を全部開けてもらった。

 私も手の届く側面の窓のカーテンを開けると、馬車の中はとても明るくなる。

 カーテンは淡いブルーのもので、ちゃんとタッセルもついていたから簡単に纏められた。

 窓は嵌め殺しで開けられないけれど、でも透明なので、外の景色がよく見えるようになっている。

 外の光が取り込めるし、外が見えることで解放感もあってとてもいいと思う。



「馬車にこんなに大きなガラスの窓がついているのは、初めて見た。でも、外から見たときは、こんなに大きなガラスには気がつかなかったんだが……」



 さっき馬車の周りをぐるっと回って観察していたルーファスさんが、不思議そうに首を傾げながら窓ガラスを見る。

 どうにも納得がいかないようで、一度馬車を降りて外から窓を見に行ったルーファスさんが、窓の外にやってくる。

 ルーファスさんに手を振ってみるけれど、不思議そうに窓の部分に手で触れたりしていて、私に気づかない。

 ルーファスさんの手に、ガラス越しに手を合わせても気づかないから、外から見たときは、普通の馬車なんだなとわかった。

 変に目立たないという意味ではとてもいいことだけど、説明するのは面倒そうだ。

 私だって、どうしてこんな風になっているのかは、とても説明できないのだから。


 備え付けのテーブルはたためるようになっていて、テーブルを挟むように向かい合わせに設置してあるソファは、スライドさせて倒す事で、ベッドに変わるようになっている。

 ゲームの時はわからなかったけれど、セミダブルくらいのサイズがありそうだ。

 左手に梯子と扉があって、梯子を登ると、御者台の上の空間を利用した1畳ほどの広さのロフトになっていた。

 ロフトの天井は、サンルーフをイメージして開くようになっているけど、当然のことながら車とは違って手動だ。

 開けたいならロフトに上ってから、スライド式の屋根を開けなければいけない。

 扉を開けると、そこから御者台に出られるようになっている。

 そして、馬車に乗って右手は、簡易キッチンを備えてあった。

 設計の参考にしたキャンピングカーだと、シャワーやトイレも一緒についていることが多かったけれど、ゲームではどちらも必要なかったから、その分キッチンが広くなっている。

 シャワールームがない代わりに、この馬車は屋根にも登れるようになっていて、屋根の上に浴槽が備え付けてあった。

 何でゲームでお風呂に入れないのに浴槽があるのかというと、付加をつけられるパーツを増やすためだ。

 浴槽と、目隠しのための衝立が4枚あれば、それぞれに一つの付加しかつけられなくても、付加を5個増やせる。

 衝立は浴槽の上にたたむように重ねてあるので、外から見るだけじゃ浴槽があることまではわからない。

 きゅーさんの提案でつけたけれど、ゲームでは使うこともなかった浴槽も、現実となった今はとても役に立ちそうだ。



「色々規格外すぎて、どこから突っ込んだらいいのかわからん……」



 最初は興味深そうに馬車を見ていたルーファスさんが、窓を見たところで無口になり、その他の設備を見ながら段々難しい顔つきになっていって、最後には諦めたように溜息をついた。

 こちらの世界では、こういった馬車はあまり一般的ではないらしい。



「友達と意見を出し合って、暴走した結果がすべて詰まった馬車だから。でも、外から見ただけなら、ちょっと大きくて立派ってくらいで、そんなに目立たないよね?」



 目立ち過ぎるなら、便利でも人目があるところでは使い辛いかもしれない。

 不安になってしまいながらルーファスさんを見上げると、大丈夫だと宥めるように頭を撫でてくれた。



「中に乗せなければ大丈夫だ。ありがとう、ユキ。この馬車があれば、王都までの旅も楽になる。その後も、世界中を旅することを考えれば、この馬車は得難いものだ。とても助かるよ」



 ルーファスさんの役に立ちたいという私の気持ちを大事にするように、優しい声でお礼を言われて、嬉しさがこみ上げてきた。

 ゲームで遊んでた時代に、半分はネタで作ったような馬車だけど、役に立ちそうでよかった。

 製作当時に付き合ってくれた、きゅーさんやフーテンさんに感謝だ。

 きゅーさんにはまた夢で逢えるのかな?

 もしも逢えたなら、必ずお礼を言おう。


 ルーファスさんが御者台に座って、馬車を動かし始めた。

 土を固めただけの道だから、もしかしたら揺れがひどいかな?と思っていたけど、車に乗っているのと変わらない感じでほとんど揺れはない。

 背の高いルーファスさんが立っていても大丈夫なくらいに天井が高い馬車なので、広々としている。

 簡易キッチンをよく見ると、シンクとクッキングヒーターみたいな平面のコンロがあった。

 シンクの下の大きな引き出しを開けると、鍋や食器まで入っている。

 割れないようになのか、食器は木製だ。

 扉になった部分を開けると、中には引き出しがあって、そこが冷蔵庫のようになっているのか、引き出しを開けるとひんやりとした空気が漏れ出てきた。

 引き出しは上下に二つあって、上の引き出しは冷凍室として使えるようだ。

 よく見るとどちらも魔石が埋め込んであって、これは魔道具の一種らしい。

 冷蔵庫から収納を挟んで反対側には、オーブンらしきものまであった。

 

 こんなに色々揃った状態になってるとは思わなかった。

 とても便利だけど、都合が良過ぎるような気がする。

 これもきゅーさんの采配なのかな?と、白兎のぬいぐるみを見ながら思った。

 夢の中で、アイテムボックスに繋がったぬいぐるみを与えるなんて不思議なことをできるきゅーさんが、普通の人のはずがない。

 ルーファスさんも神様が関わっていると考えているようだ。

 私がゲームを始めた頃から、とても親切にしてくれたきゅーさん。

 たくさんお世話になったし、人柄もよく知っている。

 ゲームを通しての付き合いだったけれど、大好きで大切な人だ。

 ゲームの世界にいるなんて状況になっていて、それにきゅーさんが深く関わっているんじゃないかという疑惑はあるけれど、それでも、きゅーさんに対する気持ちは変わらない。

 何かの事情があって、今はこんな事になっているけれど、きゅーさんなりに私が苦労しないようにと、できる限りのことをしてくれてるように感じるから。

 きゅーさんの思惑はわからないけれど、いつか事情を話してくれるって信じてる。

 その時までは、帰る方法を探しながら、ルーファスさんと旅をすることになるのだろう。

 地球での私の扱いがどうなっているのかわからないから、そこだけが心配だけど、ルーファスさんと旅をするのは嫌じゃない。

 ルーファスさんと二人で色んなことを経験して、楽しい時間を過ごしたい。

 そして、少しでも助けられた恩返しをしたい。

 結局、今の私に出来る事は、ルーファスさんと旅をすることだけなのだと思ったら、迷いも不安もなくなった。

 ルーファスさんに秘密にする事は何もないから、何でも話せるし、安心して一緒にいられる。

 旅のパートナーとして、ルーファスさんはこれ以上ないくらい、最高の相手だ。


 馬車の上に出るのは後回しにして、御者台に向かった。

 アイテムボックスの確認をしたいけれど、それはルーファスさんとおしゃべりしながらでもできる。



「探検は終わったのか?」



 笑い混じりに問われて、隣に腰掛けながら頷いた。

 木製の御者台は、結構広く作ってあって屋根もあるけれど、ずっと座っているとお尻が痛くなるかもしれない。

 布を敷くだけだと滑ってしまうかもしれないから、座り心地がよくなるように後で改造してみようかな。

 


「入れた覚えのない、鍋とか食器まで揃ってたの。料理も出来るし、馬車に泊まれるし、街に立ち寄らなくても、王都までいけるかもしれない。まだ見ていないけど、屋根の上には浴槽もあるはずなの。今日はどこか野営できそうな場所に泊まってみる?」



 キャンプみたいでわくわくとしてしまいながら提案すると、驚きに目を瞠っていたルーファスさんが、表情を緩めて頷きを返す。

 


「ユキの馬車は凄いな。風呂にまで入れるなんて、そんな馬車の話は聞いたことがない。それに、走っていても揺れがほとんどない。馬車に乗ることはあまりないが、こんなに乗り心地のいい馬車は初めてだ」



 ルーファスさんの言葉で嬉しくなってしまいながら、白兎のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。

 くっついて甘えたいような気持ちもあるけど、邪魔になったらいけないから、ぬいぐるみはルーファスさんの代わりだ。



「後で機会があったら、普通の馬車も見てみたいかも。どんな風に違うのか理解していないと、秘密にした方がいいことまで口にしてしまいそうだから」



 こちらでも季節は夏で、日差しは暑いのだけど、御者台は屋根があって日陰になっているから、とても心地よかった。

 このあたりに出る魔物は弱いらしくて、村人でも退治できるので、小さな村があると、その周囲には広い畑も作ってある。

 のどかな田園風景を見ながら馬車に揺られているのは、旅行気分で楽しかった。

 時々、歩いて旅をする人たちを追い越しながら、馬車は進んでいく。

 約束があるといっても特に急いでいないのか、ルーファスさんはのんびりと馬車を走らせていた。

 これだと、急いでいる時の自転車よりはちょっと速いくらいのスピードかな?



「王都についたら、冒険者ギルドの馬車と、貴族の使う馬車を見せてやる。王都の中を走る馬車は、もう少し小さいものが多いな。大きな馬車を使うのは商人くらいだ」



 人の多い場所だと、大きな馬車は邪魔なんだろうなぁ。

 人目につかないところで馬車を片付けて、歩いて王都に入る方がいいのかな?

 もっと王都に近くなってから、ルーファスさんと相談して決めよう。


 王都の話とか、こちらの貴族の話とか、知らないことを次から次に聞いていった。

 歩いていた昨日とは違って、今日は座っているだけだから話もしやすい。

 休憩を取るほど疲れもしなかったので、夕方に野営地に着くまで、馬車が止まる事はなかった。




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