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8.ギルド登録




 アイテムボックスが使えるようになったことが嬉しくて興奮状態だったのか、中々寝付けなかったせいで、ルーファスさんに起こされるまで寝てしまった。

 ぎりぎりまで寝かせてくれたみたいで、起こされた時には、ルーファスさんは既に身支度を整えていた。

 慌てて起きて、着替えのために脱衣所に篭る。

 下着は乾いていたけれど、服を出すと一緒に下着も出てきたので、そっちを身につけて、服はアリスブルーのエプロンドレスにした。

 靴も服に合わせて違うものを出しておく。

 最初は昨夜試しに取り出したチャイナ服にしようかと思ったけれど、この世界の人がどんな服を着ているかわからなかったので、悪目立ちしないものにしておいた。

 この服は、ペチコートで少しふわんとしたスカートと、スカートの裾から覗く白いレースが可愛らしい。

 体が子供になったのと、今までとは違う世界ということで、コスプレもどきな格好をするのも楽しくて、心が浮き立ってしまう。

 アイテムボックスから鏡を出して、ヘアバンド代わりに白いレースのリボンを結んだ。

 この姿になってまともに鏡を見たのは初めてだけど、青銀色の髪もサファイアみたいな蒼い瞳も、あまり違和感がない。

 髪は肩よりも少し長くて、少しだけ癖があった。

 小学校高学年くらいの自分の顔だけど、本当の自分よりも3割増しくらいで整って見える気がする。



「お待たせしました」



 全身をチェックしてから白兎を手に脱衣所を出ると、ルーファスさんが驚いたように私を見ている。

 食い入るような強い視線を向けられて、照れてしまった。



「昨夜出していた着替えとは違うようだな。その服もとてもよく似合ってる」



 さらっと褒められて、余計に照れてしまいながら、ルーファスさんに促されるまま部屋を出た。

 今日は、朝食を一階の食堂でとって、その後に冒険者ギルドに行くことになっている。

 一階に下りるだけだからか抱き上げたりはしないけど、ルーファスさんは私の速度にあわせてゆっくり歩いてくれる。

 一階に下りると、宿泊客らしき人が数人、テーブルについて食事をしていた。

 この宿は冒険者よりも、裕福な商人のような人が多いみたいだ。

 メニューは決まっているのか、空いたテーブルにつくと、すぐに料理が運ばれてきた。

 パンと卵料理とサラダ、それに私には果汁のようなもの、ルーファスさんには紅茶のようなものがついている。

 軽く手を合わせてから、冷めないうちに食事を始めた。

 ゲームの時は、料理スキルでジャンル関係なく色々な料理が作れたから、同じ世界なら、和食や中華料理の調味料なんかもちゃんとあるはずだ。

 料理のスキルレベルを上げるために作ったおにぎりとか、クッキーとかがアイテムボックスに入っているはずだけど、食べても大丈夫だろうか?

 確かグレンの実で作ったジュースや、コーヒー紅茶等の飲み物もあったはず。

 でも液体はどうやってでてくるんだろう?

 ゲームの時は紅茶はカップの絵だったし、ジュースはグラスの絵で表示されていた。

 ゲーム内で料理というのは、HPやMPの回復や、1時間の間、ステータスを上昇させたりするアイテムで、アイテムボックス内では999個まで重なって、右クリックするだけで使えたから、実際にキャラクターが飲む描写はなかったし、現実になるとゲームとは違いが大き過ぎる。

 そういったことも含めて、後で色々実験してみよう。

 アイテムボックスに入っているものが多すぎて、昨夜はきちんと何が入っているのかまで確認できなかったから、何が入っているのかも確かめないといけない。



「ユキ、食べたら冒険者ギルドにいって、その後、市場に行こう。この村には古着屋しかないんだが、見に行きたいか? 大きな街に行けば、既製服を扱っている店や仕立て屋もあるんだが」



 気遣うように尋ねられたけど、古着はいらないかなって思った。

 贅沢かもしれないけど、アイテムボックスが使えるようになったのだから、服は新しいものが欲しい。



「古着屋さんじゃなくて、雑貨屋さんに行きたい。タオルとか石鹸とか、出来たら欲しいなぁって思って。シャンプーとかもあるのかな?」



 昨日は石鹸が一つだったから、髪も体も一緒に洗ったけど、ちゃんとシャンプーがあるならそっちがほしい。

 タオルも、いつまでもルーファスさんのを借りるわけにはいかないから、ちゃんと揃えておきたい。

 下着やパジャマも欲しいけど、それは、大きな街まで我慢するしかなさそうだ。

 さすがにアバターにパジャマとかはなかったから、どうしようもない。

 浴衣ならあったから、帯を結ばなければパジャマ代わりに使えるかな?



「シャンプー? ――あぁ、髪を洗う専用の洗剤か。この村で手に入るかどうかは、ちょっとあやしいな。この村には貴族がいないから、シャンプーを欲しがるような客がいない可能性がある。扱っているとしたら雑貨屋だから、行くだけ行ってみよう」



 わざわざシャンプーを使うのは、貴族かお金持ちの人ってことなのかな?

 それを知ってるってことは、ルーファスさんも貴族の人とお付き合いがあるのかもしれない。

 獣人族は基本的に種族ごとにいくつか村を作っていて、村長みたいな人はいても貴族はいないはずなんだけど。

 村を出て冒険者になってから、知り合った貴族がいるのかなぁ。

 Aランクというのが、どのくらい凄いのかわからないから何とも言えないけど、ソロでAランクのルーファスさんは、私の想像以上に凄い人なのかもしれない。

 

 食べきれない分はいつものように食べてもらって、オレンジジュースを飲み干した。

 絞りたてって感じだったから、市場に行けばオレンジが売ってるのかもしれない。

 見かけたら、買ってアイテムボックスに入れておこうかな?

 

 ルーファスさんに促されて席を立ち、一晩お世話になった宿を出た。

 外に出た途端、昨日と同じように抱き上げられて、左腕に座らされる。

 右腕を空けてるのは、ルーファスさんが右利きだからなんだろうなぁ。



「ユキ、その兎は人前では使うな。俺のバッグでさえ珍しいものだから、その兎は目立ちすぎる。ただのぬいぐるみだと思わせておくほうがいい。何かわからないことや知りたいことがあったら、俺にこっそり聞け。こうして抱いていれば、内緒話もしやすいだろう?」



 抱き上げられた事で近くなった顔を覗き込むように見られて、少し照れてしまいながら頷いた。

 確かにこの状態なら、耳元でこっそり囁く事もできる。

 顔が近すぎて、ちょっとだけ恥ずかしいけど。

 ぬいぐるみに関しても、注意してもらわなければ、何も考えずに使うところだった。

 アイテムバッグは珍しいものみたいだから、変に目立たないように注意しよう。


 まだ2の鐘はならないくらい早い時間だけど、外は意外に人が多かった。

 お店の前で掃除をしている人がいたり、門に向かって歩いている冒険者の人がいたり、馬車も昨日入ってきた門とは反対の方向へ向かっている。

 もしかしたら、村の奥の方に畑のようなものがあるのかもしれない。

 門に向かう馬車には、野菜等が積んであることが多いから、収穫したものを売りに行くのだろう。


 明かりは魔石を使ったランプか、魔法かろうそくらしいから、農村に住む人は、日が昇ると働き始めて、夜は早めに寝てしまうそうだ。

 今は夏で、日が昇るのも早いから、ルーファスさんに教えてもらった2の鐘よりも早い時間から、働き始める人も多いのかもしれない。

 ちなみに照明の魔法は、魔力がある人なら練習すれば使えるらしいけど、それなりに魔力を消費するので、覚えない人も多いらしい。

 冒険者には使える人も多いけれど、魔力はいざという時のために温存したいから、魔石のランプを持ち歩くそうだ。

 4年以上遊んだゲームと似た世界だけど、わからないことだらけだなって思う。

 もしも一人だったなら、あの森を抜けられてアイテムボックスが使えたとしても、とても苦労していたに違いない。

 夢の中できゅーさんがルーファスさんのことを信用していいって言ってたけど、それって、きゅーさんはルーファスさんを知ってるってことなのかな?

 でも、ゲームで遊んでいた時に、ルーファスというNPCはいなかったし、プレイヤーにもいなかったと思う。

 きゅーさんと私は、フレンドも結構かぶっていたので、多分間違いない。

 フレンドリーなきゅーさんは友達も多かったけど、仲のいい人はいつも紹介してくれてた。

 

 考え込んでいるうちに冒険者ギルドに辿り着いて、ルーファスさんに抱っこされたまま建物の中に入った。

 泊まった宿屋と同じくらいの規模の建物は、中に入ると、部屋を横に仕切るようにカウンターがあって、手前に掲示板のようなものや、2階に続く階段があった。

 奥ではギルドの職員が働いているようだ。

 働いているのはほとんどが人族みたいで、獣族の人は二人くらいしか見当たらない。

 手前にいた冒険者のような人達は、人族よりも獣族の方が多いようだったけど、みんな驚いたようにルーファスさんを見てる。

 ルーファスさんのような強面の人が、子供を抱っこしてたら驚くのも仕方ないよね。

 外を歩いている時だって、ぎょっとした様子で振り返る人もいた。

 中には心配そうに私を見る人もいたから、誤解を与えないように、笑顔でルーファスさんの首に掴まって、仲良しアピールをしておいた。



「冒険者の登録を頼む」



 カウンターにある窓口の一番端に行ってルーファスさんが声を掛けると、困惑気味のギルド職員は、それでも職務を優先したみたいで、用紙を差し出してきた。

 出されたのは意外に白い綺麗な紙で、これも天空人の遺産なのかな?と思う。

 口にして、尋ねはしないけれど。



「こちらの記入をお願いします。代筆でも構いませんが、署名のところだけはご本人にお願いします」



 契約書のようなものだから、署名が必要なのかな?

 紙を見ると、見たことがない文字なのにちゃんと読めたから、書けるかどうかわからないけれど試してみようと思った。



「ルーファスさん、自分で書いてみる」



 カウンターの位置が高いのでちょっと心配だったけれど、下におろしてもらって、筆記具らしいペンを手に取った。

 万年筆のようなもので、インクをつけなくてもそのまま書けるみたいだ。

 ためしに書いてみると、日本語で書いたつもりなのに、ちゃんとこちらの文字になっていたので、安心して必要事項を書き入れていった。

 年齢のところは悩んだけれど、17歳というのは無理があるとわかっていたので、お兄ちゃんが使った写真の年齢が10歳だったから、10歳と書いておく。

 本当はもう少し上にしたかったけど、ルーファスさんは私のことを7~8歳だと思っていたらしいので、子供が背伸びしてると取られそうで、10歳より上には書きづらかった。

 こちらは名前が先と聞いていたので、ユキと書いたところで、ルーファスさんに手を止められる。



「登録は名前だけにしておけ。苗字があるのは貴族だけだ」



 身を屈めたルーファスさんに耳元でこっそり囁かれて、了承代わりに頷きを返す。

 多分、苗字まで書いたら悪目立ちするんだろうから、貴族の冒険者は珍しいのかな?

 私は貴族じゃないから、誤解を生むなら名前だけの登録で問題ないけれど。


 すべての欄に必要事項を書いて、間違いがないか確かめてから、一応ルーファスさんに見てもらった。

 といっても、私が書いたのは最低限のことだけだ。

 冒険者の能力やスキルは、ギルドカードを作ればカードにすべて表示されるけれど、個人情報なのでギルド側では管理しない。

 ギルドとは独立した組織ではあるけれど、国や貴族の権力を行使された時に、完全に無視できるかというとそうでもないらしい。

 だから、それなら最初から情報を持たなければいいということになったようで、ギルド登録の時の情報は最低限でいいように変わっていったそうだ。

 血を使って登録しているので、別名での再登録はできないし、それでも何の問題もないようだ。

 パーティを組む時は、お互いにカードを見せて能力を教えあうのが普通で、それだと誤魔化しようもないから、今の方式でも問題は起きていないらしい。

 


「カードが出来たら、パーティの登録も頼む。登録名は後で決めるから、今は無しのまま手続きしてくれ」



 用紙と一緒にルーファスさんがギルドカードを出すと、職員さんはルーファスさんのランクを見て、驚いたようだった。

 Aランクの冒険者が、登録したての新人とパーティを組む事など、普通はないのだろうと、その反応でわかる。

 職員さんは驚いてはいたようだけど、何も言わずに手続きをしてくれた。

 小さい支部みたいだけど、職員の教育がきちんとできてる感じだ。

 出来上がったカードの登録のために血が必要なのは事前に聞いていたけど、どうしたらいいのか分からなくて戸惑っていたら、ルーファスさんが針のようなもので指先を刺して、手早く終わらせてくれる。

 その上、癒しの魔法のようなものまで使ってくれて、針の跡すら残らなかった。 

 放っておいても大丈夫な程度の傷なのに、ルーファスさんが過保護すぎる。

 でも、それがちょっと嬉しいとも感じていて、さり気ない優しさを感じるたびに、ルーファスさんに対する好感や信頼が増していった。



「ギルドの説明はどうなさいますか? それから、ルーファス様はご存知かと思いますが、ランク差のあるパーティでは、パーティでのクエスト受注は、パーティメンバーの平均ランクまでしか受けられなくなりますのでご注意ください」



 二人分のカードを出しながら、職員さんが丁寧に説明する。

 私とのパーティでは、ルーファスさんは低いランクのクエストしか受けられなくなるのか。

 多分、パワーレベリングを防ぐようなものだよね。

 ゲームだって、パーティを組む時に大きなレベル差があると、経験値が減ったりとかのペナルティがあったし、現実でも制限があるのは当たり前のことかも。



「ギルドの説明は俺がしておく。世話になった」



 素っ気無くお礼を言って、ルーファスさんは私のカードを手渡してくれた。

 自分のギルドカードというのが嬉しくて、頬が緩んでしまう。

 カードをよく見たいなって思ったけど、ルーファスさんに抱き上げられてしまった。



「雑貨屋はまだ開いてないかもしれないから、先に市場に行くぞ? カードを見るのはいいが、落とさないように注意しろ」



 ルーファスさんに言い聞かされて、こくりと頷くと、優しく頭を撫でられる。

 口調が素っ気無くても、顔が怖くても、ルーファスさんの手はいつも優しい。



「ね、ルーファスさん。私とパーティを組んでると、ランクの低いクエストしか受けられないみたいだけど、大丈夫? ルーファスさんが困ったりしない?」



 受けられるクエストのランクが下がれば、その分収入も減ってしまうはずだ。

 ただでさえ迷惑を掛けているのに申し訳ないと思ってしまう。

 何か、解決策のようなものがあればいいんだけど。



「気にするな。ランクが低いなら上げればいい。王都で約束があるから、それまではクエストを受ける時間がないが、王都についたら少し腰を落ち着けて、ランクを上げておこう。王都では入館許可が必要な王宮図書館にも行こうと思っているから、許可が下りるまで待たされる可能性も高い。ユキのランクを上げる時間は十分にある」



 歩きながら今後の予定をルーファスさんが話してくれる。

 私と別行動をするつもりがないなら、私のランクが上がらないうちはあまりいいクエストは受けられないかもしれないのに、ルーファスさんは飄々としている。

 ルーファスさんが色々と考えてくれているのがわかって、感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。

 ルーファスさんはルーファスさんのやり方で、精一杯のことをしてくれる。

 この世界のことをゲームでしか知らない私にできることは、ルーファスさんを信じることだ。

 例え時間が掛かっても、遠回りに感じても、ルーファスさんを信じてついていこう。



「じゃあ、まず、王都に行かないとね。――あ、そうだ。カード……」



 書類に書いた以外のことがどう表示されているのか気になって、すべてを表示するように念じながらカードに触れた。

 そうすると、昨日見せてもらったルーファスさんのカードと同じように、色々な情報が表示される。



「あ! ルーファスさん、これ、見て」



 表示を見て驚きながら、ルーファスさんにもカードが見えるようにする。

 名前や年齢は申告したとおりだけど、種族が天空人になってた。

 ということは、やっぱり私って、こちらの世界では天空人ってことになるんだ。

 見た目は人族の子供と変わらないはずだけど、ばれないように注意しなきゃ。



「――予想通りではあるんだが、それでも驚くな。最低限の表示にして、カードはできるだけ人に見せない方がいい。ユキの歳でレベルが1というのはありえないことだし、それにしては能力値も高いから、種族だけを隠してもあまり意味がないかもしれない」



 ルーファスさんに言われて、改めてカードを見ると、確かに私のレベルは1になっていた。

 ゲームのときのレベルはカンストしていて、120になっていたから、また1からやり直しになってしまったようだ。

 能力値が高いと言われても、自分がレベル1だった時の数値なんて覚えていないから、よくわからない。

 ただ弓を使ったり生産をするときに有効的な能力値は他と比べて高いので、ゲームの時の育成がまったく無駄だったわけでもないようだ。

 スキルは攻撃スキルも生産スキルも、一緒に纏めて表示してあった。

 見たところ、ゲーム内で取得していたスキルと変わりないようだ。

 レベルは1なのに、これだけスキルがたくさん並んでいるのは、きっと異常なんだろうなぁ。

 幸いな事に、スキルのレベルは下がってないようだ。

 ルーファスさんに抱いて運ばれながら、満足するまでカードを眺めて、表示を最低限に変えてから、アイテムボックスにしまった。

 カードは小さいから、これくらいなら白兎にしまっても目立ちはしないだろう。



「それと、ユキ。王都に行くまでに、パーティ名を何か考えてくれないか? 俺は臨時でパーティに入ることすら稀だから、何も思いつかなくて困ってる」



 本当に困っているのか、ルーファスさんの眉間に皺が寄って、ちょっと怖い顔になる。

 私も名づけは得意じゃないけど、ルーファスさんはもっと苦手っぽいし、引き受けておこう。

 ゲームでクランの名前を考えたりする時も、凄く悩んだなぁ。

 いいのが浮かばなくて、人任せにすることが多かった。



「王都まで1週間くらい? それまでに、頑張って考えてみるね」



 了承して頷くと、ルーファスさんがホッと息をついた。

 どうやら私が感じていた以上に困っていたらしい。

 こんなに大きくて怖い顔をした人なのに、可愛いなって思ってしまった。

 自分よりもずっと年上の人に対して可愛いと言うのは失礼だから、口にはしないでおくけど、顔が勝手に笑いそうになって頬が緩む。



「あ、ルーファスさん。市場では下ろして、手を繋いでくれる?」



 市場に近付くに連れて人が増えているし、はぐれるのは怖いから手繋ぎをお願いすると、ルーファスさんの虎耳が、ぴくぴくっと動いた。

 多分だけど、耳を澄ましてる?

 聞き間違いじゃないかとか、考えてるのかな?



「わかった。見に行くのは食料品からでいいのか?」



 市場に辿り着いたので、ルーファスさんは私に問いかけながら、そっと地面に下ろしてくれた。

 私が手を出しだすと、大きな手でしっかりと手を握り返してくる。

 私が手を差し出すまでのこちらを伺うような表情で、聞き間違いかもしれないと不安に思っていたのが伝わってきた。

 すぐに私を抱き上げたりするからわかり辛いけど、本来のルーファスさんはスキンシップに慣れてないんじゃないだろうか。

 ずっとソロだって言ってたし、ギルドの職員さんにも素っ気無かったし、人付き合いが苦手な人なのかもしれない。

 すぐに頭を撫でてくるのも、それしかスキンシップの仕方を思いつかないからじゃないかと思った。

 10歳で村を出たって言ってたから、それからずっと独りで生きてきたのかな?

 ずっと独りで、寂しくはなかったんだろうか?

 王都に友達がいるみたいだから、完全に独りというわけじゃないんだろうけど、ルーファスさんのことが気になった。

 ルーファスさんの過去や考えている事を知りたいと思った。



「ルーファスさん、行こう?」



 ルーファスさんのことを知りたいけど、まずはお買い物だ。

 それにしばらく一緒にいるんだから、急ぐ事はない。

 少しずつ少しずつ、知り合っていけばいいよね?

 ルーファスさんが何かを話したいと思ったときに、その相手が私だったらいいなと思う。

 

 ルーファスさんとしっかり手を繋いで、賑やかな市場を見て回った。

 大きな手は、力強くてそして温かかった。




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