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7.幻の少女 ルーファス視点

ルーファス視点。

本日二回目の更新です。読み飛ばしにご注意ください。



 風呂から上がると、ユキはぐっすり眠り込んでいた。

 幼い身で一日移動していたのだから、疲れてしまったのだろう。

 育ちの良さそうなユキが何日も風呂に入れないのは辛いだろうと、風呂付きの部屋を取ったが、随分長風呂だったから、風呂付きで正解だったようだ。

 この先、個室に風呂があるかないかを、宿を選ぶ時の目安にしよう。

 

 濡れた髪を、魔法を使って手早く乾かす。

 獣人族は魔法を使えるものが少なく、使えたとしても繊細なコントロールが苦手な者が多い。

 10歳で生まれ育った村を出て、それ以来、冒険者として一人で生きてきた俺は、生き延びる為にあらゆることを覚えた。

 魔法もそのうちの一つだ。

 天空人らしいから当然かもしれないが、ユキも魔力があるようだから、教えれば魔法を使えるようになるだろう。

 俺よりも遥かに上手く魔法を使えるようになるかもしれない。

 でも、まだもうしばらくは、俺に世話を焼かせてほしいと思う。

 親だったら、自分の子に対して、こういった気持ちを抱くのだろうか?

 ユキを構って世話を焼くのが、楽しいと感じる。

 ユキは迷惑を掛けられない、できるだけの事は自分でしたいと考えているようだが、ユキに頼られるのは嬉しいのだ。

 世の親というのは、こんなにも甘美な気持ちを抱えて、子を育てているのだろうか?

 俺の母も、精一杯俺を愛して育ててくれた。

 元気だった頃は、我が身を犠牲にしてでも、俺を守ろうとしてくれた。

 だけど俺の知る母の愛と、今の俺の感情は、違うもののような気がする。

 男と女の違いなのか、それとも、共にいる時間の違いなのか、人との縁が薄い俺にはよくわからない。


 ユキに上掛けを掛けなおし、柔らかな髪を撫でると、ふにゃっと笑み崩れるように顔が緩んだ。

 幼いながらも美しい顔立ちなのに、歳相応に見える稚い表情が愛らしい。

 明日も忙しい、俺もベッドに入ろうとしたその時、ユキの体を清らかな光が包んだ。

 ユキの姿に黒髪の美しい女性の幻が重なる。

 閉じているので瞳の色はわからないが、顔立ちはユキとよく似ていた。

 もしかしたら、これは本来のユキの姿なのではないだろうか。

 手を伸ばしても決して触れられない少女の姿に、酷く胸が騒ぐ。

 何なんだ、これは……。

 目が離せない。

 触れたいと、心の奥底が強くざわめく。

 落ち着かなくて、ただ抱きしめたくて、突然沸き起こる衝動の嵐に翻弄されそうだった。

 話には聞いたことがある。

 獣人族は、番に出逢った時に、強烈に惹き付けられて、決して離れられないと思うのだと。

 理性が吹き飛びそうな衝撃を感じるのだと。

 今、俺が感じている衝動は、番に出逢った時に感じるものと同じなのではないだろうか?

 ユキは俺の番なのか?

 だから、初めてユキに逢った時に、あれほどに心を動かされたのか?


 ユキが番かもしれない、そう思ったとき、感じたのは喜びよりも恐怖だった。

 どれほど愛しく思っても、ユキとはいつか離れる時が来る。

 俺はユキを家に送り届けると約束した。

 天空人であるユキが家に帰るということは、もう二度と逢えないということだ。

 愛しいと思えば思うほどに、愛すれば愛するほどに、別れは辛いものになるだろう。

 死ぬことが出来るかどうかも怪しい身で、ユキが去り、残された気が遠くなるほどの時間を、一人きりで生きていく恐怖に俺は耐えられるのだろうか?

 父の特殊な血を濃く受け継ぐ俺は、多分、不死に近い。

 死ぬような大怪我をしても、数日もすれば治ってしまう。

 そうでなければ、村を出てすぐに命を落としていた。

 獣人族は成長が早いとはいえ、10歳は独り立ちするには早過ぎる歳だ。

 実際に危険な目に何度も遭い、その度に死に掛けて、頑丈すぎる体と身体能力に助けられて今まで生きてきた。


 番じゃなければいい、そう思った。

 ユキは可愛い、けれど今は、守るべき幼い子供だ。

 子を慈しむ親のようにユキを想おう。

 それならばきっと、いつか離れてもユキの幸せを願って生きていける。

 

 神は気まぐれで残酷だ。

 俺はそのことを身を持って知っている。

 だから神に願ったりはしない。

 決して誓いもしない。

 

 ユキが番じゃありませんようにと、願いはしない。

 決してユキを愛さないと、誓いもしない。


 一際眩しくユキの姿が輝いた後、何事もなかったかのように元に戻った。

 ユキの体の上に、さっきまではなかった白いぬいぐるみが転がっていて、神がユキに関わっているのだとわかった。

 混乱する頭や乱れたままの感情を静めるように、ゆっくりと深呼吸をする。

 そして、せっかく寝ているのに可愛そうに思ったが、ユキを揺り起こした。

 ユキに何の異常もないのか、確認したかった。



「……ルーファスさん。もう、朝?」



 眠たげに目を擦りながら、ユキが体を起こす。

 ベッドに座りながら、ユキの背中を支えて凭れさせた。

 ぶかぶかの俺のシャツ越しに伝わってくる温もりが心地よく、ホッとさせられる。

 俺のシャツに着られているといった姿のユキはとても愛らしく、守らなければと強く思わされた。



「いや、まだユキが寝入ってから、そんなに時間は経ってない。起こしてすまないが、寝ているユキの体が光っていたから、異常がないか確かめたかったんだ」



 凭れさせたまま軽く腕に抱きこむと、素直に体を預けてくる。

 ユキは恥ずかしがりではあるけれど、異性に慣れているようだ。

 兄がいるらしいから、多分、その兄ととても仲が良かったのだろう。

 子供の姿ではあるけれど、あまりの警戒心のなさに心配になってしまう。

 さっきの成人したユキならともかく、子供のユキに不埒な行いをするつもりはないけれど、世の中には変態もいる。

 幼くてもユキは美しいのだから、しっかりと守り通さなければと、改めて決意する。



「私、光ってたの? 夢の中でね、ゲームの時の友達とおしゃべりしたの。きゅーさんっていうんだけど、とても私を可愛がって、優しくしてくれた人なんだ。それでね、きゅーさんが夢の中で、アイテムボックスが使えるようにって、兎のぬいぐるみをくれたの。変な夢だったぁ」



 寝起きだからか、普段よりも甘えるような口調で友人の事を嬉しげに語る。

 どうやらユキはただの夢だと思っているようだ。



「その兎は、そこにあるぞ。ほら」



 白兎のぬいぐるみを取って、ユキに渡してやると、驚いたように目を瞠る。

 愛らしいユキに愛らしいぬいぐるみはよく似合っていて、これを作ったのが神なら、ユキの魅力をよく知っていると感じた。



「え? えーっ!? 夢じゃないの? 夢じゃないなら、何できゅーさんがぬいぐるみを渡せるの?」



 ユキは混乱した様子で、ぬいぐるみをきつく抱きしめている。

 そんな仕草は可愛いだけだと思うんだが、無意識の仕草なんだろうな。

 あまりの愛らしさに暴走しかけた感情を抑えるように、ユキの頭を撫でた。

 代償行為というのだったか。

 撫でることで、可愛すぎるユキを抱き潰しそうな衝動を、何とか誤魔化した。

 俺が力いっぱい抱きしめたら、小さくて華奢なユキを苦しめてしまう。



「確か、背中のファスナーを開けて……」



 混乱から少し落ち着いたのか、ユキがぬいぐるみの背中にある小さな金属を引っ張っていく。

 そうすると背中が開いて、そこが物入れになっているらしい。

 実用性はないが、可愛らしいバッグといったところか?

 小さな手がぬいぐるみの背中に差し込まれ、しばらく何かを探すように視線を巡らせた後、布のようなものを取り出す。

 出された布の固まりは、どう見てもぬいぐるみよりも嵩張っている。

 ユキが広げた薄紅色の布は、見たこともない形の衣装だった。

 小さな花模様の刺繍が入っていて、素人目にも質のいいものだとわかる。

 ユキにはとても良く似合うだろうと思うと、見知らぬ形の衣装を着た姿を見るのが楽しみになった。

 ユキが言っていたアイテムボックスというのは、多分、俺の持つバッグのようなものなのだろう。

 このようなぬいぐるみをアイテムバッグにするとは、神も粋な計らいをする。

 ただ、珍しくて人目を引くから、人前では使わないように教えなければならない。



「着替え出た! 辞典とも倉庫とも繋がってる! よかったぁ、これで、少しはルーファスさんの役に立てる」



 ユキのアイテムボックスとやらを使いたかった理由が、俺のためだったのだとわかり、その健気さに心を打たれる。

 まったく見知らぬ世界で、どれだけ心細い思いをしているのか知れやしないのに、ユキが考えるのは自分自身のことでなく、同行している俺のことなのだと思ったら、胸が温かなもので満たされていく。

 こんなに可愛くて温かな存在に、どうして心惹かれずにいられるだろう。

 先に待っているのが辛い別れでも、ユキが番ではなかったとしても、いつかきっと、俺はユキを愛してしまうだろう。

 もしかしたら、既に手遅れなのかもしれない。


 ユキが子供の姿でよかった。

 成人したあの姿だったなら、抱いて孕ませたい衝動を堪えるのが、きっと大変だったに違いない。

 家に帰りたいと泣くユキを縛り付けるために孕ませて、ユキが死ぬまで一生離さない。

 ほの暗いその妄想は酷く甘美で、同時に震えが来るほどに恐ろしかった。

 ユキを泣かせるのも傷つけるのも絶対に嫌だ。

 成人まで、まだ数年の猶予があることに、心から感謝する。



「ルーファスさん、あのね」



 俺の腕を引きながら、ユキが顔を覗き込んでくる。

 視線を合わせると、嬉しそうに微笑んで、綺麗な蒼の瞳を輝かせた。



「ここでは狭いから出せないけど、馬車があるの。それから、ゴーレム馬も。今もゴーレム馬っている? 使っていても目立ったりしないかな?」



 役に立てるのが嬉しいといった様子で、小首を傾げながら問われる。

 ゴーレム馬は半永久的に使えるので、今も黄金時代のゴーレム馬が残っているし、それに、数は少ないが製造や修理を請け負う工房もある。

 だから、ゴーレム馬は高価ではあるけれど、使っていても目立ちはしないだろう。

 ユキは見るからに育ちのいい貴族の娘といった雰囲気なので、質のいい馬車に乗っていたとしても、余程高位の貴族の娘なのだろうと思われるだけだ。

 冒険者の俺が一緒にいれば、護衛に見えるに違いない。

 貴族の娘が侍女もつけず街の外にいるのはありえないから、そういった意味では目立つんだが、それはもうどうしようもない。

 二人旅だとわかれば、付け狙う盗賊も出てくるかもしれないが、盗賊の集団が出てきたところで、返り討ちにすればいいだけだ。

 俺だって、伊達に単独で冒険者をしているわけじゃない。

 


「ゴーレム馬の工房は、今も普通に稼動している。だから、馬は目立たないだろう。街道を走る馬車も盗賊に襲われた時のために、ゴーレム馬を使っているくらいだ。登録者がいなければ持ち主の変更が出来ないとなれば、奪っても意味がないからな」



 公共の馬車は冒険者ギルドのものと、国のものがある。

 冒険者ギルドの馬車の方が、国を跨ぎ、遠くまで移動できて、国のものは、国の主要都市を巡回するものだ。

 料金はどちらもあまり変わらないが、冒険者ギルドの馬車は、冒険者ギルドに登録していると、料金が割引になる。

 割引の割合は、ランクによって変化するが、冒険者は冒険者ギルドの馬車を利用する事が多い。

 ゴーレム馬は、御者の命令を聞くように指示されているが、登録者はギルドマスターや、国の騎士団の幹部などが務めている。

 高価なゴーレム馬を、盗賊などに奪われないための対策だ。

 この対策はそれなりに効果があって、冒険者ギルドや国の馬車が襲われることは滅多にない。 



「じゃあ、この村を出たら、馬車で旅が出来るね。まさか、自分で作った馬車で旅ができるなんて、思いもしなかった。早く見てみたいなぁ。実際に見ると、どんな感じに出来上がってるのか、凄く楽しみなんだ」



 わくわくとした様子で語るユキは愛らしい。

 どんな馬車なのか、俺も楽しみになってきた。



「ユキ、興奮すると眠れなくなるぞ? 起こした俺が言う事でもないが、明日も忙しいから、そろそろ寝たほうがいい」



 楽しげなのに水を差すのもかわいそうだったが、寝不足になるのはもっと可愛そうだと思い注意すると、ユキは素直に頷いた。

 寝不足で活動する辛さは知っているらしい。

 ユキをベッドに寝かしつけて、髪を撫でてから、俺も自分のベッドに入った。

 柔らかな温もりが離れた事が寂しいと感じた。




ルーファスは健全な精神の持ち主なのでヤンデレません。

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