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50.これからもずっと




「ルーファス達がいなくなった後、大変だったんだよ……」



 疲れ切った様子でローランドさんがぼやくので、慰めるために冷やしたグレンの実のジュースを差し出した。

 昨夜は全部ぶん投げて帰ったから、大変だったのは想像がつく。

 公爵も、一体どんな話があるんだと、注目されたことだろう。



「やっぱり、ユキは女神だ」



「疲れ切った体に優しさが染みる……」と、ローランドさんが美味しそうにジュースを飲む。

 ルーファスさんも、すべて放り投げたことを悪かったと思っているのか、どんな愚痴も受け止める覚悟のようだ。



「それで、何があったんだ? 冒険者ギルドでアイテムバッグが販売されることや、アイテムバッグを作るスキルを神々から与えられたこと、それから、この先、天空人の部屋が開放される予定があるから、その扱いについての共通の法律を定めたいと発表したのだろう?」



 公爵に代理を頼んだのは、アイテムバッグやゲーム時代の人が拠点にしていた部屋のことだったのか。

 確かに、すべてに国の代表が集まっているのなら、話し合いもしやすいかもしれない。

 アイテムバッグはともかく、ゲーム時代の拠点が開放されたときのために、目安となる法律を作っておかないと混乱してしまうだろうから。

 所有権が発生するにしても、死んだ後の相続とか、そういう問題も出てくるだろうし、すべての国の意見をまとめるだけでも大変そうだ。

 開放がいつになるかわからないので、本当に開放されるのかと、信じてもらえないかもしれない可能性もあるけど、そのあたりは、ルーファスさんが半神であることを公表した後だから、何とかなるのかな?

 むしろ、神々の力を感じさせられた昨夜のあの場だったからこそ、公表するにはいいタイミングだったのかもしれない。



「今頃父上やアーサー兄上は、城で会議中だけど、冒険者ギルドが力を持ちすぎるのではないかと、既に苦情が出てるようだね。特に商業ギルドと繋がりの深い貴族は、アイテムバッグなら商業ギルドで販売するべきではないかと、息まいてたし。既にルーファスと冒険者ギルドで契約が結ばれていると知れば、引き下がるしかないだろうけどね」



 冒険者ギルドと商業ギルドはあまり仲が良くないらしくて、もめることも多いそうだ。

 冒険者達の利益を確保したい冒険者ギルドと、少しでも安く素材を手に入れたり、強い護衛を安く雇いたい商業ギルドでは、反目するのも仕方がないのかもしれない。

 互いに互いがいなければ困ることになるのだから、仲良くできればいいのにと思うけれど。



「商人がアイテムバッグを欲しがるのはわかるが、冒険者ギルドに登録していなくても、ギルドの売店は利用できるのだから、問題はないだろう。反対に、商業ギルドの売店は、商業ギルドの登録者しか利用できないのだから、商業ギルドには任せられない。冒険者もランクが低いうちは、危険が多いわりに立場が弱いんだ。そんな冒険者達を守るためにも、冒険者ギルドが力を持つのは、悪いことではないだろう」

 


 冒険者の知り合いも多いからか、ローランドさんは同意するようにルーファスさんに頷きを返している。

 けれど、貴族でローランドさんのような反応をする人はあまりいないから、色々と調整なども必要なのだろう。



「アイテムバッグの件はまだいいんだ。一番の問題は、セシリアがいるのに私に縁談が殺到したことなんだよ。跡継ぎのアーサー兄上でさえ第二夫人は娶っていないのに、あり得ないだろう? 私と年齢の釣り合う娘がいない家からは、子供達に婚約の申し込みが来るし、断るだけで一苦労だったんだ。セシリアのことを、『何の役にも立たない貧乏伯爵家の娘』と評した奴は、縊り殺したくなったね。私のセシリアは、可愛い子供を3人も授けてくれた素晴らしい妻だというのに、酷いと思わないかい!?」



 思い出したらまた腹が立ってきたのだろう、ローランドさんが怒気を露わにする。

 でも、ローランドさんの気持ちはよくわかる。

 セシリアさんはとても素敵な人だから、そんな風に言われるのは私も腹が立つ。



「とっても酷いと思います!」



 私が思いっきり同意する横で、ルーファスさんも不機嫌顔だ。

 セシリアさんのことを気に入ってるから、酷いことを平気で言う人が許せないのだろう。



「ローランド。お前、まさか、愛する妻が侮辱されたのに、黙って引き下がったりはしてないだろうな? セシリアの魅力も価値もわからないような愚か者の相手など、まともにする必要もないが、のさばらせたりもするなよ?」



 同意を得られて嬉しかったのか、ローランドさんの機嫌がほんのちょっと浮上した。

 既に何かやらかした後なのか、ルーファスさんを見て悪戯っ子のような笑みを浮かべる。



「私が愛するセシリアを害するかもしれない馬鹿を、黙って放置するわけないじゃないか。危険人物を炙り出すのにちょうどいいから、話を聞くだけ聞いて、しっかり根回し済みだよ。それもあって忙しかったんだ」



 珍しくローランドさんが黒い。

 やっぱり王家に近い高位貴族なんだなと感心してしまった。

 あの場でルーファスさんに友と言われたことで、変な下心を持って近づく人もいるようだけど、ローランドさんなら上手く立ち回るだろう。

 


「それならいい。俺の名が役に立つのなら、好きなように使え。ローランドやローランドの家族が、意に添わぬことを強いられるのは、我慢できないからな。助けを求められても、すぐに駆け付けられるかどうかはわからん。だが、お前が困っているときは、いつでも駆け付けたいと思っている」



 ルーファスさんがデレ過ぎたせいで、ローランドさんは驚きのあまり硬直してる。

 でも、言葉の意味を理解するに連れ、喜びが沸き上がってきたのか、感激のあまり泣き出しそうな顔で何度も頷いた。

 口を開けば泣いてしまいそうなのか、ただ頷くことしかできないようだ。

 ルーファスさんはルーファスさんで、言葉にしてから照れてしまったようでそっぽを向いて赤くなってるし、二人とも大人なのに可愛すぎる。

 男の人って、いつまでたっても純粋さを忘れなかったりするのかなぁ?



「あ、そうだ。これを王太子殿下から、ルーファスに返すようにと預かってきたんだ」



 感動に浸っていたいけど時間がないのか、ルーファスさんに作ってもらったアイテムバッグから、ローランドさんが箱を取り出す。

 いかにも宝飾品が入ってますといった雰囲気の箱を開けて差し出され、ルーファスさんはちょっと顔を顰めた。

 横から覗くと、昨夜王女が付けていた首飾りが入っている。

 ルビーらしき赤い大きな石の使われた豪奢なものだ。



「あの女が身に着けたものなどユキに使わせたくないし、持って帰れ。これはまだ、お前たちにこそ必要だろう。これさえあれば、嘘の証言はできなくなるんだからな。被害者の救済をとは言ったが、たいした被害もないのに便乗して名乗り出てくる厚顔な者も、中にはいるだろう。これがあるだけで、実際に使わなくても抑止力になるはずだ。冤罪防止にも役に立つ」



 嘘が確実に見破られるとわかっていたら、悪いことをする人も減るのかな。

 私も、こういう派手なアクセサリーは好きじゃないし、返されても困るというルーファスさんの気持ちはよくわかる。



「王太子の誠意は確と受け取った。これは今後、王家で所有するようにと伝えてくれ。一度くれたものだ、リリエンティアも返せとは言わないだろう。どれだけ素晴らしいアイテムも、使わなければゴミと変わらん。俺の手元にあったところで、アイテムバッグに入れっぱなしになるだけなのだから、必要な場所で有効活用してくれ。ローランドが騎士団にいるのだから、使い道を誤ったりはしないと信じている」



 この首飾りがどれだけ便利なものかわかっていて、それでもすぐに返してきたのは、ルーファスさんに対する誠意の表れだったのか。

 もしかしたら、いらないというルーファスさんの言質が取りたかっただけかもしれないけれど、昨夜見た王太子を思い出したら、下心や打算よりは誠意の方が強いのではないかと思った。

 あの、あまり役に立たなそうな国王よりも、遥かに信用できそうな感じがする。



「ルーファスがそこまで言うのなら持って帰るよ。そして、私を信用してくれるルーファスを裏切るような使い方は、決してしないと誓う」



 ローランドさんがルーファスさんと視線を合わせて、力強く誓いを立てる。

 しばらくローランドさんは忙しくなりそうだから、後始末を頑張るご褒美を、先にあげておこう。



「ローランドさん。仕事で忙しくて帰れない時とか、これを食べてください。料理スキルで新しく作れるようになった携帯食なんです。ルーファスさんの作ったアイテムバッグがあるから、たくさん持ち歩けるでしょう?」



 白兎とは別で、普段使いにしているアイテムバッグから携帯食やチョコレートを取り出して、テーブルの上に積み上げた。

 もちろん、忘れることなくグレンの実のジュースもつけておく。



「こんなにたくさんもらってもいいのかい?」



 ローランドさんが遠慮しているので、頷きながら更に向こうに押し遣った。



「部下の人にもあげてください。その内、店で売り出す予定ですから、試食ということで」



 宣伝費だと思えば、有効な投資だと思う。

 エリアスさん達に任せる店のターゲットには、騎士団も入っているのだから。



「ありがとう、ユキ。遠慮なくいただくよ。明日からはダンジョンに籠るんだろう? ルーファスがいれば大丈夫だと思うけれど、万が一ということもあるから気を付けて。帰ってきたら、またセシリアの相手をしてくれると嬉しいよ」



 社交シーズンでストレスのたまる妻のことを最後に頼むあたり、やっぱりローランドさんは愛妻家だ。

 日本で作っていた料理をセシリアさんに教える約束をしているので、ダンジョンから帰ってきたら約束を取り付けよう。

 愛する妻の手料理で癒されれば、忙しいローランドさんも更に頑張れるだろう。

 


「そろそろ私は城に戻るよ。仕事が山積みだけど、無理やり抜け出してきたんだ」



 あまりゆっくりしている時間がないのか、ローランドさんは暇を告げてすぐに部屋を出ていく。

 見送りに立つ隙も与えてもらえなかった。



「忙しない奴だ。きっと、出かける前に、セシリアに少しでも逢いたいから、急いでいたに違いないぞ」



 ルーファスさんが、少し意地の悪いことを言いながら笑みを零す。

 その表情が優しくて、見惚れると同時にしみじみと嬉しくなった。



「ユキ、どうした? 顔が赤いぞ?」



 熱くなった私の頬をくすぐるように指先で触れてくるから、くすぐったくて笑ってしまう。



「ローランドさんとルーファスさんは仲良しだなって思ってたの。……それより、天空人の部屋が開放されるのって、まだまだ先なのに話してよかったの?」



 仲良しという言葉にルーファスさんが微妙な顔をしたので、話をそらした。

 今が話し合いをするにはいい機会だとはわかるけど、まだルーファスさんと私しか知らないことを公表してしまったことに、違和感も感じていた。



「あぁ、あれは、神の指示だ。神々で話し合って決めたルールを周知させるには、いい機会だからな。それに、目先の大きなエサがあれば、王女の失態も少しは霞むだろう。あの王女は許せないことをしたし、国王と王妃も子育ての仕方を間違った。だが、そのことでアルノルドが侮られ、戦争などを仕掛ける切っ掛けになるのは避けたいそうだ。俺としては、早々に代替わりすれば、何の問題もないと思うんだがな」



 なるほど。大国と言えども、侮られると危ないかもしれないってことか。

 戦争なんて絶対に嫌だから、目先の餌につられてくれるといいなぁと思う。

 でも、公表させたってことは、拠点の開放もそんなに先じゃないのかな?

 もしかして、私のゲーム時代の拠点を確保したかったら、誰かに登録される前に、直接行ってみるしかないのかも。


 ルーファスさんと旅に出られるかもって、想像するだけでわくわくしてくる。

 まずは一緒に王都のダンジョン。久しぶりに遠出できるのが嬉しい。



「難しいことは他に任せて、明日の準備をしよう? 食材をいっぱい集めて、ルーファスさんとカレーを食べるんだから」



 立ち上がって私が誘うと、ルーファスさんは笑顔で頷いた。

 いつもどこでも、何をするときでもルーファスさんが一緒にいる、それがとても嬉しい。

 一緒にいて、何気ないことで幸せを感じさせてくれるルーファスさんと出逢えて、本当によかった。

 これからずっと二人で旅をして、たくさんの経験をして、ルーファスさんと思い出を重ねていこう。

 大好きなルーファスさんがいつも笑顔でいられるように、寂しがりのルーファスさんが決して寂しがることなどないように、ずっとそばにいよう。

 いつだって私は、ルーファスさんを癒せる唯一の人でありたい。






 これは、後に数多の吟遊詩人たちに歌われる、孤独な英雄とその番である乙女の出逢いのお話。

 二人の物語はまだ始まったばかり。時に周囲や神々を巻き込みながら、永遠に続いていく。




これにて、本編完結です。

途中で1年以上も投稿が止まってしまったにもかかわらず、最後まで読んでいただいてありがとうございました。

ダンジョンに行ったり、他の冒険者と絡んだり、まだまだ書き続けられるかと思ったのですが、だらだらと続いてしまいそうだったので、完結といたしました。


明日は、番外編を一本投稿する予定です。

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