49.王女の断罪
みんなとても忙しそうにしているのに、私だけは何もできないまま、パーティーの当日になった。
夜会なので、本来は成人前の子供は参加できないそうだけど、私はルーファスさんのパートナーなので問題ないそうだ。
王宮には、夜会などのパーティーで使うための建物があって、参加者のための控室もたくさん用意してある。
専用の控室をもらえるのは名誉な事らしく、功績を立てた家に新たに与えられることもあるそうだ。
マスグレイブ公爵家は、当然のことながら一番広い控室を与えられているそうで、控室の内の一室を私専用にしてくれた。
今はルーファスさんと二人で待機中だ。
「ユキ、緊張しているのか?」
隣に座っていた私を膝の上に乗せながら、ルーファスさんが顔を覗き込んでくる。
今夜、どうなるのか知らされてなくて、私はルーファスさんのそばにいるだけでいいと言われているけど、パーティーなんて初めてだから、少し不安だった。
礼儀作法はきちんと習ったし、厳しいと言われる公爵夫人にも合格をもらえたけど、やっぱり心配だ。
せっかくドレスアップしてもらったのに、いつもと違う自分を楽しむ余裕もない。
「少しだけ。パーティーなんて初めてだもの」
ちょっとだけ弱音を吐いて、ルーファスさんの逞しい胸に体を預けた。
こうしてくっついていると、鼓動が伝わってきて安心する。
「あの厳しいローランドの母に認められたのだから、安心していい。それに、多分、俺達は途中で帰ることになるだろう。王女の件さえ片が付けば、最後までパーティーに付き合うこともない。今夜の俺の目的は、可愛いユキが俺の婚約者で天空人だと、周知させることだ。やる事をやったらさっさと帰って、明日はダンジョンに行く準備をしよう。時間をかけて、ゆっくりダンジョン攻略をしたいと思ってるんだが、ユキはどうしたい?」
セットした髪が崩れないように、優しく背中を撫でながら、ルーファスさんが私の緊張を解そうとする。
ダンジョンと聞いて、現金にも緊張が吹き飛んだ。
最近ずっと閉じこもっていたから、外に出られるのはすごく嬉しい。
「ダンジョン、楽しみ! 準備って何をするの? 冒険者ギルドにもしばらく行ってないから、久しぶりにマーガレットさんと逢えるのも嬉しい」
冒険者ギルドで働く癒し系の受付嬢のことを思い出したら、早く逢いたくなった。
急にテンションの上がった私を微笑ましげに見ながら、ルーファスさんが膝からおろす。
どうやら、そろそろ時間らしい。
「準備のことは、帰ったら教える。先に一仕事、済ませてしまおう」
夜会用の正装で背筋を伸ばし、戦闘モードに入ったルーファスさんの腕に手をかけて、私も姿勢を正す。
この部屋を出たら、戦闘開始だ。
私にできることは、堂々とした態度でルーファスさんのそばにいることくらいだけど。
本来ならば、この国の国王と王妃が一番最後に入場するらしいけど、今夜は、半神であるルーファスさんとパートナーである私が一番最後に入場することになっている。
そうすることで、アルノルドという大国の国王よりも、ルーファスさんの身分の方が上だと示すらしい。
もちろん、これに関しては根回し済みで、国王の許可は得ているそうだ。
『――半神の英雄、白銀のルーファス様、婚約者のユキ様、ご入場!』
パーティー会場の扉が開けられると、拡声の魔法か魔道具を使っているのか、広い会場内に響き渡る声で入場が告げられ、私はルーファスさんにエスコートされながら、夜会の会場に入った。
視線が集まって緊張で足が震えそうになるけれど、それを押し隠して胸を張り、笑みを浮かべた。
公爵夫人に教えられたように、微笑みながら会場に視線を巡らすと、驚きでざわついていた会場内が静かになった。
だからこそ、王女の声はとてもよく響いた。
「どうして、死んだはずなのにここにいるのよ!? やっぱり化け物だったのねっ! ルーファス様から早く離れなさいっ、ルーファス様は私のものよ!」
言葉通り、化け物を見るような目で私を見ながら、激しく罵る王女に周囲は驚き、会場内は物音一つしないほどに静まり返った。
状況を見極めようと、黙って注目されているのを感じる。
「人の婚約者を化け物呼ばわりか? ユキが生きているのは、見ればわかるだろう。それとも何か? 王女はユキが死んだところを見たのか?」
堂々と余裕の表情でルーファスさんが問いかける。
そして、王女を煽るかのように、優しい表情で私を見て微笑んだ。
ルーファスさんの笑顔を初めて見た人も多いのか、一瞬、会場内の空気が揺れた。
次いで王女に向けられた眼差しは冷たさを感じさせるほどに厳しく、こんなに厳しい顔のルーファスさんを見るのは初めてなので驚いてしまった。
「そんなわけありませ『見たわっ! だって、私が殺したんだものっ! 確かに心臓が止まっていたし、確実に死ぬように何度も刺したのよっ。生きてるわけないじゃないっ!!』」
否定しようとした瞬間に、王女の口が違う言葉を紡ぎ出す。
その部分だけ、まるで拡声器を使ったみたいに周囲に響き渡って、広い会場の隅々まで聞こえた。
突然の殺人の告白に、周囲は騒然とし始めた。
国王と王妃の顔色は真っ青だから、王女が何をしたかまでは知らされていなかったらしい。
「やっぱり、おまえがユキを殺したんだな。何故、何の罪もないユキを殺した?」
厳しい声でルーファスさんが咎めると、王女は余計な事を話さないように自分の口を両手で抑えた。
けれど、それを阻むように、後ろに控えていた見覚えのある騎士達が、王女の腕を取り拘束する。
『邪魔だからに決まってるじゃないっ! 今更、番なんて、出てこられても迷惑なのよ。私の幸せの邪魔をする者は、みんな排除してやるわ。私は王女だから、それが許されるのよ!』
拘束されて、それを咎めようと口を開けば、出てくるのは違う言葉で、思い通りにならないことに苛立つのか、王女は駄々をこねる子供の用に床を踏み鳴らす。
どれだけ美しく装っていても、台無しになってしまうほどに顔は憎悪で歪んでいて、とても見てられないといったように視線を逸らす人も多かった。
「だから、護衛騎士達の恋人や婚約者も排除したのか? 酷いものだと、難癖をつけて負債を負わせ、奴隷商に売り払われている。婚約者や恋人、時には姉妹などの家族を、表向きは侍女としてそばに置き、人質にしているようだが、それも王女だから許されると言うのか?」
ルーファスさんの口から語られる話が酷過ぎて、王女を批難する声が起こる。
驚いている人もいれば、やっぱりといったように納得顔の人もいて、王女の悪事に気づいている人もいたんだとわかった。
会場内に実際に被害にあった人もいるのか、すすり泣くような声もどこからか聞こえてくる。
あの時、必死に王女を宥めようとしていた騎士達は、意に沿わないことを無理やりやらされていたのか。
大事な人達を人質に取られて、どうしようもなかったのだと思うと、あの時の騎士達の行動が納得できた。
王女がどういう人か知っているから、私を助けようと、必死に宥めてくれていたのだろう。
あの時、騎士達は自分達にできる精一杯の範囲で私を助けようとしてくれていた。
それに気づいてしまうと、改めて、申し訳ないような気持ちで胸がいっぱいになる。
『私が護衛騎士に誘っているのに、断るのが悪いのよっ! 王族に忠誠を誓う騎士のくせに、王女である私に逆らうから、罰を与えただけじゃない。私は悪くないわ』
心の底から、自分のしたことは正しいと思っているようで、両腕を拘束されながらも堂々と反論する。
真実を知られてもまだ、自分は許されると信じ切っているように見えた。
初めて会ったときも思ったけれど、理解しがたい思考回路の持ち主だ。
大国の王女として、余程甘やかされて育ったのだろう。
公爵夫人の話では、あの王女は3人いる王女の中で、唯一王妃の産んだ娘なので溺愛されて育ったということだった。
「アルサンドの王太子の目は確かだな。このような醜い王女でなく、聡明な王女を娶ったのだから」
皮肉気にルーファスさんが言うと、何が気に障ったのか、王女が顔を真っ赤にして暴れ出す。
『醜いのはメリベルの方よっ! 大国の妃に相応しいのは、美しい私の方だったのに、母親と同じで体を使って篭絡したのよっ! 本当は私がアルサンドの王太子妃になるはずだったのにっ!』
狂ったように姉妹であるはずの王女を罵りながら、会場の一角を睨み据える。
王女の視線の先には、落ち着いた慎ましい雰囲気の女性がいて、その女性を庇うように金髪の男性が腕に抱き込んだ。
見ているだけで仲睦まじいのだとわかる二人が、アルサンドの王太子夫妻なのだろう。
アルサンドに嫁いだ王女は、側妃である母親にきちんと躾けられた素晴らしい淑女で、公爵夫人も目を掛けていたそうだ。
嫁ぎ先が大国のアルサンドだったから諦めたけれど、できれば国内に残って、自分の息子達の内の誰かと結婚してほしかったと言っていたくらいだから、相当気に入っていたのだと思う。
そのお気に入りの姪に対する暴言が許しがたかったのか、公爵夫人の笑顔がひんやりとしている。
「そんな妄想で、母親が違うとはいえ、血の繋がった姉を殺そうとしたのか?」
ルーファスさんが問いかけると、アルノルドの国王がそれを止めるように口を開きかけて、怖い笑顔のままの公爵夫人に止められた。
もしかして、妹が姉を殺そうとしたことを、国王は知っていたのだろうか?
父親なのに、醜聞になることを恐れて、罪を隠したのだろうか。
殺人未遂に関しては、自分も一度殺されているから、あり得るだろうなぁと思ってしまってそこまで驚かなかったけど、国王の反応には驚いてしまった。
よくある兄弟喧嘩ならともかく、殺人未遂を隠してなかったことにするなんて、被害者である姉王女はどれだけ傷ついたことだろう。
今は王太子妃として大事にされているみたいだから、結婚で他の国に出られたのは結果的によかったんじゃないかと思った。
「そんなことして『当然でしょ? メリベルがいなければ、私が王太子妃になれるもの。あの時、毒を飲んで死んでしまえばよかったのに。どうして助かったのかしら?』……もうっ、何なのよ、これはっ! さっきから勝手に喋らされるなんておかしいわっ」
口を開こうとすれば考えているのと別の言葉が出てくるのか、イライラとした様子で王女が叫んだ。
あんな王女でも可愛い娘なのか、国王は力なく床に膝をつく。
これだけの人がいる場所で王女が悪事を自白したとなれば、誤魔化すことなどできないし、王として王女を裁かないわけにもいかないのだろう。
もうこれ以上、可愛い娘の罪を隠して庇うことはできないのだ。
「お前が付けているのは、女神から頂いた『真実の首飾り』だ。それを身に着けていると、真実しか口にできない。それから、ユキはこの世界の神々が、異なる世界から呼び寄せた俺の番で、神々に愛される天空人だ。確かにユキは一度殺された。けれど、天空人だったから、蘇生薬で生き返った。神々も俺も、ユキを害したお前を決して許さない。後は、神々の裁きを受けるといい」
ルーファスさんが宣言した途端、王女の体が崩れ落ちた。
悪夢でも見ているのか、苦悶の表情を浮かべて唸っているけれど、しばらくするとその声も、まるで封じられたかのように聞こえなくなった。
「神々の王女に対する罰は、王女の悪行の被害者と同じ体験を、夢の中で繰り返すことだ。被害者と同じ体験を繰り返すうちに、王女が心から反省すれば、目が覚めるようにしてある。命が尽きるのが先か、反省するのが先か、予測はつかないが、寝ている間の世話は必要ないそうだから、適当な場所に幽閉しておけばいい。そして俺からは、王女としての身分を剥奪することを要求する。例え反省して目を覚ましたとしても、今後一切、それを王女として扱うことは許さない」
一生目が覚めることもないかもしれない可能性に思い当たったのか、それとも、目が覚めたとしても親子として過ごすことはできなくなったからか、国王と王妃は言葉もなく項垂れる。
大国を治める王とその伴侶だというのに、娘が仕出かしたことに対する謝罪一つない。
一国の王というのは容易く頭を下げてはいけないのかもしれないけど、今この場にいるルーファスさんは、国王よりも上の立場の半神だ。
目上の者に対する失態を謝罪することもないどころか、何の行動も起こさない国王に対する視線は厳しいものが多い。
「ルーファス様。そして、ユキ様。決して許されることではありませんが、まずは異母妹の罪を、謝罪させてください。結果的に助かったとはいえ、異母妹はユキ様に対して取り返しのつかないことをしました。大変申し訳ありませんでした。異母兄として、この国の王太子として、心からお詫び申し上げます」
私達の前に歩み寄ってきた、ローランドさんと同年代の男の人が跪いて深々と頭を下げる。
血の繋がりがあるだけあって、見た目もどことなくローランドさんに似ているので、何となく親しみを感じた。
王太子に倣うように王太子妃らしき女性や他の王族たち、それから公爵家の人達と、次から次に跪いていき、気が付くと立っているのはルーファスさんと私だけになっていた。
広い会場内にいる人達が、一斉に跪いているというのはある意味異様で、思わずルーファスさんの腕につかまる手に力が籠った。
「罪は個人のものだ。罪を犯した本人は、神々に罰を与えられている。だから、俺に謝罪は必要ない。それより、他の被害者の救済と補償を頼む。俺は、今後ユキに手出しされなければ、それでいい。俺とユキが望むのは、冒険者として気ままに暮らすことや、友人たちと楽しく過ごすことだ」
ルーファスさんの言葉に同意するように、私も頷いた。
二人で旅をしながらのんびり暮らせれば、それが一番幸せだ。
私はルーファスさんが傍にいてくれたら、他には何も望まない。
「寛大なお言葉に感謝します。アルノルド王国、王太子の名に懸けて、必ず、すべての被害者の救済をすると約束いたします」
力強く請け負う王太子を、ルーファスさんは立つように促した。
こういった場で王女の罪を明らかにしたことで、この国が他国から必要以上に侮られないようにしたいのかもしれない。
何といっても、ここはローランドさんの暮らす国だから。
「俺とユキはまた旅に出るが、お前が王になるときには、祝いにこよう。ここは、友のローランドが大切にしている国だからな。我が友やその家族たちが幸せに過ごせるよう、心から繁栄を望む」
やっぱり、ルーファスさんのフォローは、ローランドさんのためだったのか。
きっと喜んでいるだろうなぁと思ってローランドさんの姿を探すと、感動のあまり泣きそうになっているのを見つけて、笑いそうになってしまった。
「みんな、立ってくれ。せっかくの夜会だというのに、騒がせてすまなかった。俺とユキは、これで失礼するが、夜会を楽しんでほしい。後で、俺の代理でマスグレイブ公爵から、大事な話もある」
跪いていた人達に立ち上がるよう促してから、ルーファスさんは何故か私を抱き上げた。
いつもみたいな片腕で抱く子供抱っこじゃなくて、お姫様抱っこなのが恥ずかしくて顔が熱くなる。
唖然としている人の間をすたすたと歩いて、ルーファスさんは平然と会場の外へ出ていく。
ううん、平然とじゃないかもしれない。
だって尻尾が得意げにピッと立って、機嫌よく尻尾の先がゆらゆらとしていたから。
「ルーファスさん、何だかご機嫌?」
いつもより近い距離で顔を覗き込むと、笑顔で頷かれる。
「うちのユキは可愛いだろう?と、心の中で自慢してた。ドレスアップしたユキを抱いて運ぶというのも、中々いいものだな。恥じらうユキが可愛くて、誰にも見せたくないような見せびらかしたいような、不思議な気分だった」
満腹の猫みたい。
ご満悦といった様子のルーファスさんが可愛くて、ぎゅっと抱きついた。
夜会に参加した気分にはなれなかったけれど、かっこいいルーファスさんが見られたし、色々解決したから、終わりよければすべてよしなのかなぁ?
二人そろってご機嫌なまま、公爵家の馬車に乗ってさっさと退散するのだった。




