47.夢での邂逅~怒り心頭の女神達~ ルーファス視点
「だめじゃないの、ルーファス」
白い、どことも知れない空間にいることに気づいて、警戒するのとほぼ同時に、しかりつける声が聞こえる。
声の主は、ユキをとても可愛がっているフローリアという女神だ。
「時間切れになるかと思って、冷や冷やしたわ~」
フローリアに同意するように、少し間延びした声でリリエンティアが軽く俺を咎める。
もっともな言葉なので、反論することもできずに項垂れた。
ユキから蘇生薬を預かっていたのに、指摘されるまで思い出す事すらなかったのだから。
「そう咎めないでやってくれ。それだけショックが大きかったということだろう」
擁護してくれたのは獣神だった。
父と呼ぶべきなのだろうが、まだ素直にそう呼ぶことはできない。
「それもそうね。ルーファスを苛めるより先に、やらないといけないことがあるもの。まずは、これを見なさい」
フローリアが指を鳴らすと、四角の板状の魔道具のようなものが現れ、そこにユキの姿が映し出された。
俺が留守にしている間に何があったのか、一部始終が映し出される。
ユキを害したのは、あの腐れ王女だったのか。
怒りで理性が吹っ飛びそうになる。
ユキが刺されたのを見た時には、知らず、低い唸り声が漏れた。
「何度見ても腹が立つわね。何が一番悔しいって、くーちゃんがこんな状況にあるのに、一切手出しできなかったことよっ! あの女、100回くらい殺してやりたい」
フローリアの言うことは、とてもよく理解できる。
知らないならともかく、知っていて助けることができないのは、どれだけもどかしく辛いことだろう。
神だからといって、何もかもが思い通りになるわけではないようだ。
ふと、獣神も同じだったのだろうかと思った。
力を持ちながらも、制約があって母を助けることができなかったのなら、獣神も辛かっただろう。
「オークの巣にでも放り込むか?」
獣神の提案に、二人の女神は顔を顰めた。
いくら腐れ王女だからといって、オークの苗床にするのは同じ女として抵抗があるのだろうか?
「獣神は、随分優しいのね? オークの巣に転移させたって、すぐに死んでしまうじゃないの。たいした罰にならないわ」
美しく微笑むフローリアを見て、寒気がした。
尻尾の毛が逆立つのを感じながら、俺の認識の甘さを思い知らされた。
オークの巣に放り込むのは、女神たちにとっては優しい扱いになるようだ。
「そうよね~。オークの巣に放り込むなら、死ねないようにしてからじゃないと、意味がないわ。決して狂うこともできないまま、永遠にオークの子を孕み続けるのなら、罰になるかしら?」
のんびりとした口調なのに、言っていることは惨い。
それだけ、女神の怒りが深いということだろう。
この女神たちは、決して怒らせてはならないと、肝に銘じた。
「罰を与えたい気持ちはわかるが、くーにばれた時のことも考えておかないと、あいつは優しいから気に病んでしまうだろう。罰を与えるなら、くーにばれても問題ないラインを見極めなければならないぞ」
二人の女神を宥める獣神の言葉には同意できるが、俺よりもユキのことをよく理解している風な口調に腹が立つ。
我ながら心が狭い。
「いやね、獣神ったら。私たちが、そんなに惨いことを本当にやると思って? 実際にはやらないわよ。ちょっと幻覚をみてもらうだけよ」
にっこりと微笑むフローリアが怖い。
いつから復讐の女神になったのだろうか。
俺は酷く腹を立てていたはずなのに、暴走している女神たちのおかげで、少し冷静になった。
王女は許せないが、人の世界には人の世界のやり方がある。
俺は王女の罪を暴いて、もう二度とこんなことが起きないように責任を取らせたい。
「幻覚を見せる前に、なし崩しにできないよう、公の場で王女の罪を暴きたい。協力していただけないだろうか?」
3人の顔を見て申し出た後、協力を乞うため深々と頭を下げた。
何の罪もないユキを害したことを、あの王女が反省するかどうかは怪しい。
けれど、きちんと裁かれて欲しい。
「徹底して復讐した獣神と比べると、ルーファスは理性的ね。でも、人の世で生きていくのなら、必要なことですものね。ルーファスに任せておけば、くーちゃんが悲しむことはなさそうだわ」
優しく温かな声音につられるように顔を上げると、さっきまでとは全然違う慈愛に満ちた表情で、二人の女神が微笑んでいた。
もしかしたら俺は、どう対応するのかと、試されていたのかもしれない。
俺が怒りに任せて暴走するようなら、神々の守る世界が壊れてしまう。
それは神々にとって避けたいことなのだろう。
「くーちゃんの息が止まっているのを確認してからも、あれだけ念入りに傷をつけたのだもの、あの女はくーちゃんが死んだものと思ってるわ。傷一つないくーちゃんがパーティーに現れたら、驚くでしょうね」
何事かを企んでいるような表情で、フローリアが微笑む。
確かに、死んだはずのユキが姿を現せば、驚くだろう。
あの腐れ王女の性質が悪いところは、大きな罪を犯しても、それを周囲になすりつけたりするところだ。
だから、我儘なのは知れ渡っているが、性根が腐っていることはあまり知られていない。
俺は人よりも聴力が優れている分、聞きたくなくても王女の悪巧みが聞こえてくることもあったので、しおらしく淑やかな女の振りをして近づかれても、騙されることはなかった。
隠している醜い本性を暴いて、王女としての権力を一切使えないようにできればいいんだが。
「驚けば、ぼろも出やすいかしら? ルーファス、今夜のことは外に漏れないようにして。それから、これを王女に贈りなさい。パーティーの日に、必ずつけてほしいというメッセージも添えてね」
リリエンティアが、装飾品の入っているらしい箱を開けて、こちらに差し出した。
受け取ってみると、大ぶりのルビーが使われた豪奢な首飾りが箱に入っている。
こういった物の価値はあまりよくわからないが、国宝と言われれば納得しそうなくらいに素晴らしい首飾りだ。派手好きのあの王女なら、喜んで身に着けるだろう。
「さすがリリン、いい趣味をしてるわね」
横から首飾りを覗き込んだフローリアが、満足げに頷く。
「ルーファス、それは『真実の首飾り』よ。身に着けていると、真実しか口にできなくなるわ。あの女がそれを身に着けていれば、パーティーの会場で追い詰めることも容易でしょう? 死んだはずのくーちゃんの姿を見れば、驚いてぼろを出す可能性も高いから、すかさず追求しなさい」
どうやら国宝級どころではないアイテムだったようだ。
これほどの物を用意するくらいに、ユキが大切にされているということなのだろう。
ありがたく受け取り、アイテムバッグに収めた。
本当は王女に贈りものなどしたくないが、多分、これは女神たちの俺に対するちょっとした嫌がらせでもあるのだろう。
ユキを守れなかったのだから、甘んじて受けるしかない。
「それから、こっちはくーちゃんに渡して。『鏡のリング』よ。これを身に着けていれば、悪意には悪意を、好意には好意を返すわ。くーちゃんに悪意を持って近づけば不幸が訪れ、くーちゃんに好意的だと幸せが訪れるの。ほんのちょっと運がよくなったり、不運になったりと、効果は可愛いものだから、常に身に着けるように伝えてね」
淡い水色の石がついた銀の指輪は、ユキの身を守るもののようだ。
リリエンティアに渡された指輪を、少し複雑な思いで受け取る。
ユキに最初に指輪を渡すのは俺でありたかったが、ユキのためにと女神が用意した指輪を断れない。
チクチクと針で突くように嫌がらせをされてる気がするのは、被害妄想だろうか?
きっと微妙な表情になっているに違いない俺を、女神たちは面白そうに見ているから、間違いなく嫌がらせなのだろう。
「あの女はね、アルサンドに嫁いだ異母姉にコンプレックスを持っているのよ。同じ年に生まれて、比較をされることが多かったけれど、異母姉を下に見ていたから、大国の王太子妃に選ばれたのが、自分でなく異母姉だったのが許せなかったのね。それこそ、表沙汰になっていないだけで、嫁ぐ前に異母姉を暗殺しようとしたけれど、失敗しているの」
さすが神だけあって、あの王女の過去も想いも簡単に知ることができるようだ。
少し見る目があれば、王太子妃に異母姉の方を選ぶのは当然だ。
アルサンドに嫁いだ王女は、側妃の娘ではあるが、どこに嫁がせても恥ずかしくない素晴らしい王女だと、ローランドの母から聞いている。
人よりもほんの少し優れた美貌を持つだけの腐れ王女では、到底かなわないだろう。
それに、あの王女は自分が王妃の唯一の子であることに誇りを持っていたようだが、本来ならば王妃になるのは、王太子とアルサンドに嫁いだ王女を産んだ側妃のはずだった。
大国の王としては頼りない、当時は王太子だった現国王をサポートするために、あえて二つ年上の、聡明な伯爵家の令嬢を婚約者を選んだというのに、結婚式の一か月前になって、6歳も年下の侯爵家の令嬢と結婚したいから婚約破棄をすると言い出したのだそうだ。
当然、式の一か月前に婚約破棄などできるものではない。
しかも、王太子が結婚したいと言い出した相手は、当時まだ13歳で成人前だった。
いくら侯爵家の生まれとはいえ、王妃になるための教育を受けていない娘では、大国の王妃は務まらない。
王妃になるための教育をしっかり受けていて、能力も優れていた婚約者とは比べ物にならないほどに劣っていた。
揉めに揉めて、本来の婚約者だった伯爵家の令嬢は、側妃として嫁ぐことになった。
本来は側妃とは行わない結婚式を予定通り執り行うことと、実質王妃と同じ権限を持たせることで伯爵家を納得させ、何とか無事に事を収めたそうだ。
アーサーやローランドから愚痴混じりに聞かされているので、王家の内情はそれなりに知っていた。
育った子を見れば、どちらが王妃に相応しかったのかよくわかる。
そういった過去のいきさつもあって、同じ年に生まれた王女二人は比べられることも多かったのだろう。
「ルーファスに拘るのも、今後、アルサンドの王妃になる異母姉よりも優位に立つには、半神で英雄と呼ばれているルーファスと結婚するしかないからよ。ほぼ不老不死のルーファスの伴侶になれば、自分も不老不死になれるかもしれないと考えているせいでもあるわね」
そんな醜い欲のために、ユキを殺してまで排除しようとしたのか。
もう二度と王女に煩わされないためにも、王女には表舞台から消えてもらおう。
だが、貴族の世界のことに俺は疎い。
より効果的に追い詰めるためには、ローランドの母に手を借りるべきかもしれない。
「俺の伴侶になったからといって、不老不死になどなれないだろう? なれるのなら、そもそも天空人をつくる必要などなかったのだから」
神界に移り住めば不老不死になれるかもしれないが、俺は神界に移り住もうとは思わない。
父が獣神であっても、自分を神などとは思えないからだ。
「当然でしょ。神の血を引けば神になれるのなら、神の数は今の100倍以上に増えてるわ。今までに地上に降りて種をまいた男神が、どれだけいると思ってるのよ。みんな知らないだけで、先祖に神がいたなんてことは特別なことではないわ。ランクの高い冒険者は、ほとんどが神の子孫よ。遥か昔のことだから、神の子孫だと証明する手段は何もないけれどね」
地上に降りる神が、そんなにも多いとは思わなかった。
もしかして獣神も、俺の母以外に手を付けた女性がいたのだろうか?
知らないだけで、異母兄や異母姉が山のようにいるかもしれないと、胡乱な目で獣神を見てしまった。
「ルーファスッ、俺の子はお前だけだっ! だから、そんな目で俺を見るな」
衝撃を受けたように左胸を抑える獣神は、意外に繊細なのかもしれない。
焦った様子をからかうのも一興かと思ったが、少し可哀そうになってしまった。
それに、ずっと仲違いしていた親だからといっても、泣かせてしまうのは気まずい。
「一応、信じておく」
まだどんなふうに獣神と話せばいいのかわからず、短く返すと、獣神は安堵したように息をつく。
黙っていれば威厳溢れる姿だというのに、俺の視線一つで心を乱されるのか。
自分で思っているよりもずっと、俺は父に愛されているのかもしれない。
「公爵夫人を頼るのは、よい考えよ。すべての国の使者が集まるパーティーなのだから、王女の断罪だけでなく、くーちゃんが神々に招かれた天空人であることや、ルーファスの番であること。ルーファスが獣神の子であることを公表して、誰も手出しできないようにするといいわ。そうすれば、今回のように身分差を笠にきて、ごり押しすることはできないもの」
俺の考えていることを読んでいたのか、フローリアが適切な助言をくれる。
以前の俺ならば、獣神の子であることを公の場で認めるのは絶対に拒否していただろうけど、今はそういった気持ちはない。
獣神を父だと認められるようになったのも、その愛に気づけるようになったのも、ユキのおかげだ。
ユキが凝り固まった俺の心を、解きほぐしてくれた。
「くーちゃんがそろそろ目覚めるわ。忘れずに指輪を渡すのよ。それから、あの女の周囲にいる騎士達は、大事な人を人質に取られたり、隷属させられたりしているわ。人の世では、追い落とすためにそういった醜聞は役に立つのでしょう? 情報をどう使うかは、あなた次第よ、ルーファス」
今度は強制的に目覚めさせられる間際、大きな課題を突き付けられた。
女神たちは、やはり俺を苛めたいらしい。
騎士ならば、ローランドの領分だな。そんなことを思いながら目を開けると、ユキにきつくしがみつかれた。
一度は死んだのだ。余程怖い思いをしだのだろうと思い、華奢な体をしっかりと抱きしめた。




