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46.父の声に導かれて ルーファス視点




 アゼルとの約束の日、まずは冒険者ギルドに向かった。

 ユキが欲しがっている新素材の情報を得るためもあるが、他にもアイテムバッグのスキル伝授と販売の件を、冒険者ギルド側に話しておかなければならない。

 アイテムバッグを作るための素材が品薄になる可能性もあるので、今から手を打って、それぞれのギルド支部で積極的に素材を集めておくことも必要だ。

 アイテムバッグの販売ができるのだから反対者などいないだろうが、大きな組織だから事前の話し合いが必要だろう。

 話し合った条件は紙に纏めてあるので、ギルドマスターに渡しておけば、後は勝手に話し合いをしてくれるだろうから、その間に、俺はスキル伝授のためのスクロールを量産すればいい。

 俺は獣族にしては破格なほどに魔力が多いが、それでも、すべての国のすべてのギルド支部に複数のアイテムを送るとなると、かなりの数が必要になるので、出来上がったスクロールの数は、まだ予定の半分にも達していなかった。

 ユキは、毎日寝る前と朝起きた時にスキルでアイテムを作っているが、実際に自分でやってみるととても大変なことだとわかる。

 ユキの場合、レベルが一度リセットされたことで、出来ることに制限がかかっているから、きっともどかしい思いもしているだろう。


 冒険者ギルドとの契約を済ませて、早くやるべきことを終わらせてしまいたい。

 ローランド達もいるから、王都の生活も悪くはないが、ユキの馬車で一緒に旅をすることを思うと心が弾む。

 ユキはダンジョンにも行きたがっていたし、エリアス達に任せる店のこともあるから、まだもうしばらく王都に滞在しなければならないだろうから、その間に次はどこに行くのかユキと相談してみよう。

 ユキのことを思うだけで、胸が温かなもので満たされる。

 幸せとはこういうことを言うのだと、ユキに教えられた。



「ルーファス、顔が緩んでいるぞ?」



 アゼルに指摘されて、顔を引き締める。

 俺の幸せで緩んだ顔など、ユキだけが知っていればいい。



「新しい素材をユキが欲しがっていたから、手に入ってよかったと思ったんだ」



 近場のダンジョンでは見慣れない素材が手に入るようになったらしく、冒険者ギルドでも一定数を確保していたけれど、今はまだ何に使うのかもわからないので安く手に入れることができた。

 面倒な城でのパーティーが終わったら、ユキとダンジョンに行ってみよう。

 きっと喜ぶだろうと思うと、その姿を想像しただけで愛しい気持ちが募る。



「何に使うのかわかったら、情報をくれ。何ならギルドからの依頼として出してもいいから。使用方法がわからなければ、適正価格をつけることもできないからな」



 王都のギルドマスターであるエルフの爺に頼まれて、頷きを返した。

 冒険者達に正当な報酬を払うためにも情報は必要だ。

 素材が安く手に入るのは助かるが、あまり安すぎると誰も採集しなくなる。

 現状ではアイテムバッグを持っている冒険者は少なく、持って帰ることのできる素材には限りがあるから、価値のない物から切り捨てられていく。

 そうなると、せっかく神が用意した素材も放置されることになり、いつしか忘れられていく可能性だってある。

 


「料理スキルに使えるらしいから、食材なのは間違いない。詳しくは、次にユキを連れてきたときに説明してくれるだろう」



 ユキの言うちょこれーとやかれーがどういう料理なのか、俺には想像もつかない。だが、あれだけユキが目を輝かせてお願いしていたのだから、きっと途轍もなく美味いものなのだろう。

 新素材の利用法を依頼としてユキが受けられるのなら、ギルドランクを上げるのに役立つからちょうどいいだろう。

 俺はずっと、ギルドランクがこれ以上は上がらないように、ランクアップの試験を受けずにいた。

 だが、今回のアイテムバッグの契約の件で、ギルドランクを上げられてしまいそうだ。

 自力でランクを上げていきたいというユキの気持ちを優先したいが、ユキのランクが低すぎると、グロリアのように侮る者も出てくる。

 各地のダンジョンも、ランク制限があるところばかりだから、もう少しユキのランクを上げておきたい。



『ルーファスッ!!! 早く、戻れっ! くーが危ないっ!!』



 不意に脳内に焦り混じりの叫び声が響いた。

 周囲を見渡してみるが姿はなく、声だけを届けてきたのだと理解した瞬間、慌てて立ち上がる。

 あの声は獣神だ。

 ユキの身に何があった?

 全身の毛が逆立ってしまいそうな恐怖を感じながら、ギルドマスターの部屋の窓から飛び出す。

 3階の窓だったが、そんなことは構っていられなかった。



「おい、ルーファスッ!」



 背後でアゼルの呼び止める声が聞こえるけれど、それどころではないので無視して、獣化しながら全速力で走った。

 日が暮れて、人通りが少なくなっているのが幸いして、道を遮るものが少ない。

 時間を取られたくないので、人や物を避け、場所によっては屋根の上を利用しながら、ユキのいる屋敷を目指す。

 貴族街に入るための門を飛び越えて、公爵家までただひたすら走る。

 門番が何か叫んでいたが、知ったことか。

 ユキに何があったのか、深く考えれば不安で押しつぶされそうで、死に物狂いで走ることしかできなかった。


 門から入ってなどいられないので、離れに一番近い塀を乗り越えて、公爵家の敷地内の森を抜け、ほんの数時間前にユキが俺を見送ってくれた家に戻る。

 玄関の扉を開けた瞬間、獣化して敏感になった鼻で血の匂いを嗅ぎ取った。

 大量の血が流れたのか、濃い血臭が漂っていて、嫌な予感で肌が粟立つ。

 匂いを辿ってユキの部屋の扉を開けると、血まみれになったユキが床に倒れていた。

 左胸から夥しい量の血が溢れ、それが致命傷だったのだとわかる。

 


「ユキっ!!」



 人の姿の戻って、体中、至る所を傷つけられたユキの体を抱き起こした。

 いつもの温もりはなく、完全に呼吸も止まっている。



「……ユキ? 目を開けてくれ。おかえりって、出迎えてくれる約束だっただろう……?」



 たくさんの傷をつけられた頬に触れ、きつく抱きしめた。

 叫び出し、暴れ回りたいような衝動を堪え、ユキの髪や頬を撫でる。

 大切な人を守れなかった後悔と、酷い喪失感で息が止まってしまいそうだ。

 出逢ってから、いつだって当たり前のようにユキが傍にいてくれたから、こんな別れは想像したこともなかった。

 ユキを守りきれると、俺は慢心していたのかもしれない。

 物言わぬ躯となったユキに、俺の未熟さ、至らなさを突き付けられる。

 この世で一番大切な番を、俺は守ることができなかった。

 英雄だなんて言われていても、神の血を継いでいても、俺は無力だ。



『この馬鹿っ!! 呆けていないで、さっさと蘇生薬を使えっ! 制限時間を過ぎると、蘇生できなくなるっ。早くしろっ!!』



 後悔に苛まれていると、脳内に再び声が響いて、ハッと我に返った。

 ユキから蘇生薬を預かったことを、獣神に指摘されるまで、すっかり忘れていた。

 まだ終わりじゃない、助けられるとわかった瞬間、真っ黒く塗りつぶされてしまいそうだった心に光が差す。

 ユキの頭を膝に乗せ、慌ててアイテムバッグから蘇生薬を取り出した。

 これを受け取った時、決してこの薬を使うような目には合わせないと密かに誓ったのに。

 次こそ、あの時の誓いを、必ず果たす。

 こんな恐ろしい思いは、一度きりで十分だ。

 瓶の蓋を開け、指先でユキの唇を開いて、零さないように少しずつ薬を流し込んだ。

 口移しの方が確実だとわかっているが、いくら緊急事態でも、意識のないユキの唇を奪うわけにはいかない。

 口に含んだだけでも、薬が浸透していくのか、淡い光がユキの体を包み始める。

 みるみるうちに傷が治っていき、不思議なことに、血で汚れたユキの体や、刃物でぼろぼろになっていた服まで綺麗に元通りになっていた。

 床が血で汚れていなければ、悪い夢を見ただけなんじゃないかと思うほどに元通りだ。

 もしかしたら、蘇生薬は、死ぬ前に時を戻す薬なのかもしれない。


 床の血で汚れる前にと、ユキを抱き上げ、寝室に運んだ。

 温もりが戻り、抱きしめると胸から鼓動が伝わってくる。



「よかった……」



 ユキを失わずに済んだと、安堵した途端に涙が溢れた。

 ユキが天空人でなく、人の身のままこちらにきていたら、俺はユキを失っていた。

 今更、ユキを失って、俺がまともに生きていけるとは思わない。

 神々に感謝を捧げながら、しっかりとユキを抱きしめる。

 

 不意に耐えがたいほどの睡魔に襲われた。

 不審に思いながらも、俺は強制的な眠りに落とされた。




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