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45.愚かな行い




 ルーファスさんと一緒に検証してみた結果、アイテムバッグは一番容量の少ないものなら、一つ作るのに魔力をそんなに消費しないことがわかった。

 怪我で冒険者を引退した人達が、スキルを覚えれば働けるようになるというのはとてもいいことだ。

 アーサーさんやローランドさんも交えて、色々と意見を交わして、アイテムバッグの作成スキルを早く平等に広めるために、冒険者ギルドを巻き込むことにした。

 バッグの値段が高くなり過ぎるのも嫌だから、最初にきちんと値段を決めて、必ず定価で販売するという契約を結ぶことになったのだ。

 他にもスキルの伝授に関することや、細かな契約内容を定めた。


 スキルの伝授は、ルーファスさんがもらった伝授のためのオーブを使えば、スキルを覚えるためのスクロールが生成されるから、それを冒険者ギルドのアイテム専用の転移陣で、それぞれの冒険者ギルドに送れば、ルーファスさんが現地に行かなくてもスキルを覚えてもらうことができる。

 アイテムバッグ製造のスキルは、私がスキルを使う時と同じで、スキルを使いたいと思うだけで、製造用の魔道具が出てきて、後は必要な素材と魔力があれば簡単にバッグが作れるようになっているけど、冒険者ギルド内でのみ製造することを、契約条件に盛り込んだので、スキルを覚えた人たちが冒険者ギルド以外の場所でアイテムバッグを作ることはできなくなる。

 契約があるから、冒険者ギルド内でしかアイテムバッグを作れないとなれば、スキルを覚えても危険に晒されることはないだろう。


 例によって例の如く、私の仕事が増えすぎるのはよくないということで、アイテムバッグの製作や販売の件に関しては、大人達の間で片づけるそうだ。

 ルーファスさんは、一斉にすべてのギルドにスキル伝授できるように、毎日魔力が尽きるまでスキルを覚えるためのスクロールを作っているけれど、全く手伝わせてもらえない。

 一緒にやりたいなって気持ちもあるけど、私としては、アイテムバッグが安く大量に出回って、作る人に危険が及ばなければそれでいい。

 ルーファスさんが、自分にもやることができたとばかりに、お手伝いする子供みたいな表情で嬉し気にスクロールを作っているのが可愛いから、そんなルーファスさんを見られただけでも満足だ。

 しっかり休んで魔力が回復した朝と、魔力を使い切っても問題ない寝る前に、ルーファスさんと二人でスキルでアイテム作りをするのが楽しくて、きゅーさん達が降臨して以来、私もルーファスさんもご機嫌だった。

 ただ、カレーとチョコレートの材料は、ダンジョンに行かないと手に入らないので、作りたいけど作れないのがもどかしい。

 レアな食材となると、ダンジョンの最下層にある可能性が高いので、しっかりと準備をして、ある程度余裕を持って時間を取ってから行かないといけないらしく、王城であるパーティーが終わってからじゃないと、行けそうになかった。








「比較的安全な公爵家の敷地内ではあるが、俺が帰ってくるまで家から出ないようにな? セシリアに預かってもらうことも考えたんだが、今日は夜会があるから、こっちの方が静かで安全らしい」



 今日は一人で出かけるルーファスさんが、心配そうに同じ注意を繰り返す。

 アイテムバッグの件を冒険者ギルドで相談した後、ずっと前から約束していた通り、アゼルさんと飲みに出かけるのに、私をおいていくのが気がかりらしい。

 子供だからお酒は飲めないし、私がいるとアゼルさんも気を遣うだろうから、今日は留守番をすることにした。

 ルーファスさんと離れるのは寂しいけど、でもこれから先、いつもずっと一緒ってわけにもいかないだろうし、別行動にも少し慣れた方がいいんじゃないかと思ってる。

 安全な公爵家の敷地内にすら置いていけないなら、旅先で別行動をするのは完全に無理になってしまう。

 この先、どんな状況に陥るのかわからないのだから、別行動もできるようになっていたほうがいい。

 見た目はともかく、中身はそこまで子供じゃないんだし、あまり過保護過ぎるのも困る。

 それに、いつまでも子ども扱いじゃ、年相応に体が成長したときにも、子ども扱いから脱却できないんじゃないかという心配もあった。

 大事にしてくれるのは嬉しいけど、でも、あまり子ども扱いばかりだと、それはそれで、女として見られていないんじゃないかと不安になってしまうのだ。



「留守番くらいちゃんとできるから、安心して楽しんできて。それに、ダンジョンで新素材が手に入るようになっているか、アゼルさんから情報をもらってくるんでしょ?」



 ダンジョンの新しい素材がギルドにあるようなら、買い取ってくれるようにお願いしてある。

 冒険者ギルドに勤めているアゼルさんなら、見たことのない素材が手に入るようになったとしたら、話くらいは聞いているはずだ。

 自分たちで採りに行くのはまだ先にしても、買い取ることで手に入るのなら、できるだけ早く手に入れたい。

 ルーファスさんと一緒にカレーを食べるのを、楽しみにしているのだ。

 


「できるだけ早く帰ってくる。だが、眠いなら先に寝ててくれ」



 離れがたいとばかりに、しっかりと抱きしめられて、ぎゅっと抱き返した。

 背伸びをしても届かないから、ルーファスさんに屈んでもらって、頬にいってらっしゃいのキスをする。



「起きてて、おかえりなさいって出迎えるよ。馬車を待たせてるんだから、もう行って。いってらっしゃい、ルーファスさん」



 こうしてお見送りするのも家族っぽいなぁって、嬉しくなってしまいながら、抱きついていた腕を解いた。

 離れるのは寂しいけど、ほんの数時間のことだから、我慢できないほどじゃない。

 今夜は夜会で出す御馳走をこちらにも運んでくれるそうだから、ゆっくり食事をして、その後は、最近嵌っている刺繍でもしていれば、すぐに時間が過ぎてしまうだろう。



「いってくる。……できるだけ、早く帰る」



 耳をヘタレさせながら、名残惜し気に腕を解いて、漸くルーファスさんは出かけて行った。

 虎なのに犬っぽいなぁと思いながら、自分の部屋に戻る。

 一人きりだと、家の中が静まり返っていて、何となく落ち着かない。

 夜会の始まる夜までメイドさんたちはとても忙しいみたいなので、今日はいつもこっちで働いているメイドさんたちも手伝いに駆り出されている。

 マリアさんだけは、夕食を運んできたらそのままこっちにいてくれるそうなので、夕食の後も話し相手になってもらおう。

 私にはこの世界の知識が足りないので、娘が母に教えてもらうようなことは、マリアさんが教えてくれるようになった。

 ルーファスさんといるのなら必要だからと、礼儀作法なんかも少しずつ教えてもらっているけれど、貴族の間では細かな決まり事も多いので、覚えるのが結構大変だ。

 平民として暮らすのが私にはあっているなぁと、しみじみと感じさせられる。

 ルーファスさんに恥をかかせたくないから、出来る限り頑張るけれど、本当は早く旅に出たい。

 そんなことを言うと、ルーファスさんは絶対にすぐに叶えようとするだろうから、言葉にすることはないけれど。




 自分の部屋でくつろぎながらマリアさんを待っていると、話し声が聞こえたような気がして、耳を澄ましてみた。

 マリアさんが戻ってきたにしては騒々しい気がして、様子を見に行った方がいいのかと迷っていると、ノックもなしに荒々しく扉が開けられる。

 扉を開けたのは帯剣した騎士のような人で、その騎士に守られるようにドレス姿の女の人がいた。

 突然のことに驚いてしまって、声が出ない。

 20代半ばくらいの深紅のドレス姿の人は、派手に着飾っていて、蔑みを隠そうともしない目で私を見ている。

 離れていてもつけている香水の匂いがして、顔を顰めそうになった。

 いい匂いも過ぎれば悪臭なんだなぁと、現実逃避するかのように思っていると、女の人が苛立たし気に持っていた扇子を閉じた。



「私の姿を見ても、椅子に座ったままだなんて、これだから卑しい平民は困るわ。……貴方たちも何をしているの? 早くあの平民に礼儀というものを教えなさい。王女たる私の前で、平民の小娘がとるにふさわしい姿勢があるでしょう」



 女の人の言葉でやっと正体が分かったけど、何でこの家に王女がいるのかがわからない。

 相手が王族なのだとしたら、礼を尽くすべきなのかもしれないけれど、そうしたいとは思えなかった。



「礼儀を知らないのはあなたの方でしょう。突然人の家に押し入って、その家の住人を見下すのがこの国の礼儀作法ですか? あなたが王女だというのなら、王女らしく作法に則って訪問してください。ルーファスさんに用事があるのだと思いますけど、今日は留守ですので、後日、事前に約束を取り付けたうえで出直してください」



 いくら身分が高いとはいえ、良識ある大人のすることではないから、きっぱりと言い返した。

 この家の主はルーファスさんで、ルーファスさんがいない今、留守を預かっているのは私だ。

 それにこの家は公爵家の敷地内にある家で、そこに滞在を許されているということは、公爵家の庇護下にあるということだ。

 いくら王女と言えども、公爵家の敷地内で問題を起こせないだろう。



「あなた達! この無礼な平民を早く捕らえなさい! 王女であり、ルーファス様の婚約者でもある私に、こんなに無礼な態度をとるなんて許せません」



 ヒステリックに叫ぶ王女の言葉に反応するのは、数人いる騎士の内の二人だけだった。

 残りはお目付け役なのか、苦々しい表情を隠しきれず、ため息をついている。

 ルーファスさんの番は私なのに、婚約者って本気で言ってるのかなぁ?

 以前に王女との婚約話が出たけれど、それははっきりと断ってなかったことになっているはずだ。だからこの人とルーファスさんが婚約しているということはあり得ない。

 それとも、婚約者だといえば、私が大人しく身を引くと思っているんだろうか?

 ルーファスさんは私の番なのに、そう思うとむかむかとして腹が立ってくる。



「国を代表する貴族女性である王女ともあろうお方が、このような子供など相手にすることはありません。寛大なお心でお許しになるのがよろしいかと思います。ルーファス殿は留守のようですから、今夜は予定通りに夜会に出て、後日、約束を取り付けられてはいかがでしょう」



 美形揃いの騎士たちの中でも飛びぬけて綺麗な金髪の騎士が、優しく甘やかすような声で王女を宥める。

 普段からこうして王女の我儘に付き合っているんだろうと窺い知れて、気の毒に思うと同時に少し冷静になれた。

 お目付け役っぽい騎士さんの努力を無駄にするわけにはいかない。



「でもっ! あの娘は、ルーファス様の婚約者気取りで一緒に住んでいるのよ! この部屋は、ルーファス様の妻になる私が使うべき部屋で、例え一時であっても平民などに使われるのは許せないわっ」



 いい年をした大人なのに駄々をこねるように言って、高いヒールで床を踏み鳴らす。

 その姿は、とても大国の王女には見えず、滑稽だと思った。



「そのようにお怒りにならなくても、王女がこのように小さな屋敷に住まうことはありません。ルーファス殿との婚姻後は、陛下に離宮を一つ賜ればよいのです。離宮が嫌なのでしたら、新たに王女に相応しい屋敷を用意していただきましょう。ここは公爵家の敷地内ですから、国の宝たる王女が住むに相応しくないのです。ルーファス殿もそれを理解しておられるから、娘にこの部屋を使わせているのでしょう」



 上手に宥める騎士の手腕に感心しながらも、ルーファスさんと結婚する前提で語られる言葉にはイラっとする。

 こうやって周囲が甘やかすから、王女はいつまで経ってもルーファスさんと結婚できないことを理解していないんじゃないの?

 この世界の貴族で、どう少なく見積もっても二十歳は過ぎている王女の歳だと、既に行き遅れだと思うんだけど、叶うはずのない結婚話をしていて大丈夫なんだろうか?

 アーサーさんやローランドさんのお母さんである元王女様は、物心ついてからずっと、他国に嫁ぐ可能性も考えて、常に厳しい教育を受けていたときいた。

 王族として生まれたからには、国の益になる結婚をするべきと教育されていたので、自分で結婚相手を選べるとは思ってなかったそうだ。

 厳しい教育を受けるのが当然だったので、自然と周囲に求めるレベルも高くて、厳しい人だと誤解されがちだけど、本来はとても心優しい人なのだとマリアさんが教えてくれた。

 そういう話を聞いているから、同じ王女でも随分違うんだなと思ってしまう。

 


「嫌よっ、嫌っ! こんな小娘が私を差し置いてルーファス様のそばにいるなんて、許せないわ。しかもこの娘は、ルーファス様がお優しいのをいいことに、婚約者として扱わせているのよ。本当の婚約者は私であると認めさせて、排除しなければならないわ」



 イライラとした様子で扇子を開いたり閉じたりと繰り返しながら、憎々し気に私を睨みつけてくる。

 あまりにも勝手な言い分に腹が立って、思わず睨み返してしまった。



「大体、いくらルーファス様がお優しいからって、このような子供を傍に侍らせること自体がおかしいわ。この娘は、怪しげな幻惑の術でも使うのではないかしら?」



 不意に、声がねっとりとした粘着質なものに変わり、何か悪巧みをしているのだろうと伝わってくる表情で王女が考え込む。

 黙っていれば美人なのに、言動が残念過ぎてあまり綺麗に見えない。

 香水の匂いもすごいけど、化粧もかなり濃い。



「幻惑の術など、人には使えません。それにルーファス殿は幻惑耐性をお持ちです。公爵家が滞在を認めた娘を害しては、後々問題になります。王女も公爵夫人につけ入る隙を作るのは、お嫌でしょう? ですから、早く戻りましょう」


「ルーファス殿はお留守のようですから、このような娘を相手にするより、夜会で楽しく過ごした方がいいではありませんか。今宵は私とも踊っていただけるのでしょう? とても楽しみにしていたのですよ」



 金髪の美形騎士を援護するように、黒髪の逞しい騎士が王女を誘う。

 言いたいことはたくさんあるけれど、何とか穏便に済ませようとしている騎士たちのために抑え込んだ。

 とにかく早く帰ってほしい。



「――私、気分が悪くなってきましたわ。きっと、その娘が私を睨んだ時に、怪しげな術を掛けたに違いありません。王女たる私に術を掛けるなど、いくら公爵家の客人とはいえ、許せない暴挙ですわ。即刻その娘を捉えて、牢に入れなさい。どんな手段を使っても、ルーファス様を惑わせた方法を吐かせなければなりません」



 騎士たちの言葉に耳を貸すこともなく、王女は更に愚かなことを言い始める。

 はっきり言って、正気を疑いたくなるレベルだ。

 あまりにも無理やり過ぎる言い掛かりに呆れてしまうけど、ここで大人しく牢に入れられるのは嫌だ。

 そこまで付き合いきれない。



「私はルーファスさんの番ですから、傍にいるだけです。ルーファスさんを惑わせる術なんて使えませんし、使えたとしても使いません。そんなものを使って人の心を手に入れて、何の意味があるんですか? 空しいだけじゃないですか」



 ルーファスさんとの関係を理解してほしくて、必死に言い募るけれど、番と聞いて王女の視線が険しさを増した。

 わなわなと震え、折れそうなほどに強く扇子を握りしめている。



「王女として命じます。この無礼者を即刻牢に叩き込みなさい! 地下の囚人牢で一晩過ごせば、生意気な口などきけなくなるでしょう」



 王女の命令を聞いた騎士のうちの二人が、ソファの後ろから私の両腕を取って無理やり立たせた。

 無理やりではあるけれど、掴まれた腕が酷く痛むということはないので、力加減をしてくれているようだ。



「いけません、王女! お考え直しください。獣族の番に手を出すのは、愚か者のすることです。それに王女はご存じないかもしれませんが、地下牢といえば、男の囚人ばかりの牢です。そのような場所に一晩押し込めれば、子供と言えども無事ではいられません」



 ただ一人、騎士の中で獣族の騎士が、必死の形相で王女を止めた。

 狼だろうか? 灰色で犬っぽい耳の騎士さんの顔は青ざめていて、獣族の番に危害を加えることが、どれほどに危険なことなのか、見ているだけで伝わってくる。



「こんな娘がルーファス様の番だなんて、ありえないわ。牢に入りたくなくて、嘘をついているのでしょう。このような噓つきは、地下牢で囚人共に襲わせればいいのです。飢えた男達の牢に入れれば、朝にはルーファス様の元に戻れない体になっているから、ちょうどいいわ」



 私を牢に入れるのが目的でなく、牢に入れて囚人に襲わせるのが目的らしい。

 何とかこの場を乗り切る方法がないかと考えてみたけれど、鍛えている騎士たちを振り切ってまで逃げることは難しそうだ。

 でも、大人しく連れていかれれば、ルーファスさんが助けに来てくれたとしても、すでに手遅れになっている可能性がある。

 何とか逃げ出して、公爵家の人に助けを求めることも考えてみたけれど、王女の方が身分は上だから、公爵家の人にまで迷惑を掛けてしまうかもしれない。

 


『悪いようにはしない、ここは大人しく従ってほしい』



 私の右腕を掴んでいた騎士に、何とか聞き取れる程度の声で囁かれて、掴まれた腕に込めようとしていた力を抜いた。

 騎士たちは、さっきから王女を止めようとしてくれているから、信用してもいいんじゃないかと思った。



「娘がいなくなったのに気づかれたとき、王女の姿がなければ疑われてしまいます。この娘は私が責任を持って連れていきますので、王女は夜会にお戻りください」



 私の腕をつかんでいる騎士が、恭しく頭を下げながら進言する。

 私から王女を遠ざけてくれようとしているのだろう。



「嫌よ。私はその娘が、薄汚い囚人達に穢され、泣き叫ぶ姿が見たいの。私のルーファス様に手を出したことを、骨の髄まで後悔させてやるわ。子供だからといって、決して許さない。でも、安心して? 命までは取らないわ。穢されてぼろぼろになったまま、後悔しながら生きていけばいい」



 声だけで憎悪が伝わってくる。

 ルーファスさんに婚約者だと認められた私が、余程許せないのだろう。

 それにしても、高貴な生まれの割には品がない。

 囚人に襲わせるという発想もだけど、それを見たいと思う神経が理解できない。



「悪趣味にもほどがあるわ。それに番を理解していないのね。例え穢されたって、ルーファスさんは私を離さない。例え私が死んだって、ルーファスさんは私以外の誰も愛さない。だって、番ってそういうものだもの。あなたがやろうとしていることは、全部無駄で、ルーファスさんに嫌われるだけの行為なんだから。大体、ルーファスさんに振られたくせに、勝手に婚約者を名乗るのはやめてください。ルーファスさんの婚約者は私です」



 王女の決意が変わらないのなら、大人しくしていても無駄なので、言いたいことをはっきり言ってしまうことにした。

 言いたい放題の我儘な王女に対して、相当鬱憤が溜まってしまっていたようだ。

 王女という身分に遠慮して、誰にも歯向かわれたことがないのだろう。

 真っ赤な顔で怒りながら一歩踏み出し、王女は癇癪を起こすように扇子を投げつけてきた。

 かなりの勢いで飛んできたけれど、難なく避けて王女を睨みつける。



「ルーファスさんを一途に慕っているならともかく、結婚しても平気で浮気しそうな人にルーファスさんは渡さないっ! ルーファスさんは私の大事な番で家族だもの」



 力いっぱい言い切って肩で息をしていると、王女が昏い表情で微笑んだ。

 


「王女である私に平伏しないばかりか、その暴言の数々、不敬にもほどがあるわ。王女である私が許します。その娘を無礼打ちにしなさい。王族にこれだけの暴言を吐いたのだから、その娘も覚悟はできているのでしょう」



 金髪の騎士を見て、王女が命じた。

 牢に入れたところで私を排除できないとわかって、確実に消してしまうことにしたのだろう。

 騎士は苦々しい表情で私を見た後、王女の前に跪き、乞うように王女を見つめる。



「ルーファス殿の庇護下にある子供を殺すことは、国のためになりません。どうか、お心を静めてください。可愛がっている娘が死ねば、ルーファス殿も心を痛めるでしょう。それが原因で王女を遠ざけられるかもしれません。王女の幸せな未来のためにも、ここは堪えてください」



 騎士が必死に言い募り、この場で私が殺されることを回避しようとする。

 命じられてしまえば、例え王女が間違っていたって、それを無視することはできないのかもしれない。

 国に忠誠を誓うとは、大変なことだと思う。

 心から心酔できる相手ならばともかく、こんな我儘王女が相手では、心を殺して任務に当たることも多いだろう。

 私は王制の意味をわかっているようで、正しく理解できてなかったのかもしれない。

 悪いのが明らかに王女であっても、王族であるというだけで許されるのだ。

 私が鬱憤を晴らすために言い返したりしなければ、何とか王女を言いくるめて牢から逃す方法もあったのに、この場で無礼打ちとなれば、そうもいかなくなってしまうのだろう。

 右にいる騎士が、大人しくしているように忠告してくれたのに、私は無駄にしてしまったのだ。

 この場で殺されるかもしれない、そう理解した瞬間、血の気が引いたけれど、でも、言い返したこと自体は後悔してなかった。

 ただ騎士の人達の努力を無駄にしたことは、申し訳なく思う。



「絶対に嫌。ルーファス様のためにも、この娘は殺すべきだわ。さっさとやりなさい!」



 きっぱりと言い放つ王女の足元に、他の騎士達も跪いた。

 それを見て、申し訳ないと思う気持ちがより強くなる。



「王女、上に立つものは寛大であらねばなりません。まだ幼い子供なのですから、慈悲をお与えくださいますよう、私からもお願いいたします」


「英雄に相応しいのは、心優しい王女のようなお方です。物を知らぬ子供の戯言ですから、捨て置きください。ルーファス殿も、無礼を働いた子供を許してくださったと知れば、王女に感謝し、心からの愛を捧げるでしょう」



 王女に気を変えてもらおうと、騎士たちが次々に進言するけれど、自分の思い通りに騎士が動かないことにも苛立つのか、王女の表情は険しくなるばかりだ。

 何が何でも私を排除したい。それしか考えられないのだろう。



「おまえたちは、あの娘を許せというのね? わかったわ……おまえたちにはもう頼まないっ!」



 理解してくれたのかと、ホッとした空気が騎士たちの間を漂った瞬間、王女が思いがけないほどに俊敏な動作で、一気に距離を詰めてきた。

 王女が手に小剣を持っていると気づいたのは、胸に焼けつくような痛みを感じてからだった。

 ドレスの下に隠し持っていたのだろう剣で左胸を貫かれ、痛みと衝撃で体が強張る。


 私が座ったままだったならば、剣は空を切ったはずだった。

 私のレベルが1にリセットされてなければ、避けることができたし、もしかしたら体に刺さる事すらなかったかもしれない。

 私がルーファスさんの作ってくれた服ではなく、アバターを着ていたならば、物理防御が上がっていたから、小剣は刺さらずに弾かれていただろう。

 いくつもの要素が重なって、不運にも小剣は私の左胸を貫いてしまった。


 ルーファスさんの泣き顔が目に浮かぶ。

 私がここで死んでしまったら、どれだけ泣かせて、どれだけ傷つけてしまうことだろう。

 ルーファスさんのためを思うならば、私は何を言われても耐えるべきだったのだ。

 騎士たちが何とか助けようとしてくれていたのだから、言い返して憂さを晴らすよりも、耐えることを選ぶべきだった。

 ほんの一時の爽快感と引き換えに、取り返しのつかない事態になってしまった。

 今更後悔したって遅いのに、心から悔やんでしまう。

 ルーファスさんを悲しませたくない、そう思うのに、体が思うように動かなくて、アイテムバッグからポーションを取り出すことすらできない。

 この傷を確実に治せる最上級のポーションがバッグに入っているのに、意志の力だけでは使うこともできず、こんな時なのにゲームが現実になったことでの不便さを思い知らされた。



「王女っ! 何ということをっ」



 私の腕を捕まえていた騎士が、崩れそうな体を支えてくれる。

 胸が詰まって息ができず、無意識で胸を抑えた。

 せり上がってきた血が唇から零れ、酷い寒気を感じる。

 死ぬのだと、否応なく理解できた。

 感じるのは恐怖よりも、ルーファスさんを深く傷つけることに対する強い焦燥。

 ずっと孤独だったルーファスさんを、また一人にしてしまう。

 声にならないまま、ごめんなさいと、この場にいないルーファスさんに謝った。

 

 せめて最後にルーファスさんに逢いたい……。そんなことを思ったのを最後に、意識は途切れてしまった。

 



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