43.女神との邂逅~ローレンシアの住人~
毎日できるだけ生産をして、レベルとランク上げを兼ねたクエストも消化して、その合間にローランドさんの相手をしたり、セシリアさんとお茶会をしたりと過ごしているうちに、アーサーさんが王都にやってきた。
アーサーさんの奥さんやお子さんも一緒だったけれど、ご両親はまだ領地にいるらしい。
社交シーズンにあまり早く王都に入ると面倒で仕方がないから、できるだけぎりぎりに王都に来るそうだ。
現当主である公爵が半ば引退していて、跡継ぎであるアーサーさんに代替わりしている最中だから、最低限の滞在で問題がないようだ。
それでも今年はルーファスさんがいるので、公爵夫妻もいつもより早く王都に来るということだった。
公爵領で仕立てを頼んだ服やリネン類もアーサーさんが持ってきてくれたので、それ以来、ルーファスさんの作ってくれた服を着るようにしている。
成長期だからいつまで着られるかわからないし、しばらくアバターは封印するつもりだ。
「うまいっ! 今宵の酒は格別に美味いな」
一息でグラスのお酒を飲み干すアーサーさんはご機嫌だ。
『ざると枠の宴会』と怯えていたローランドさんの事前情報通り、水のようにお酒を飲んで酔う気配もない。
私は約束通りにおつまみになりそうな料理をたくさん作って、できるだけお酒を薄められるように、スキルで作った炭酸水も出しておいた。
普通に飲めるけれど、ルーファスさんとアーサーさんに付き合うのは大変だというローランドさんが、今夜の宴会を何とかうまく乗り切れるといいなと思う。
「ローランド、屋敷の料理人の腕が上がったのではないか? 料理も見たことのないものが混ざっていて、とても美味いな」
唐揚げを食べた後、いつもと違う料理だと気づいたのか、感心したようにアーサーさんが頷く。
私の作った料理が受け入れてもらえたようで安心した。
「アーサー。この料理を作ったのはユキだ。ユキはとても料理上手なんだ」
私の隣で静かにお酒を味わっていたルーファスさんが、ちょっと自慢気に説明する。
ルーファスさんに褒められたのが嬉しくて、照れくさいような思いでルーファスさんを見上げると、ルーファスさんもとても優しい目で私を見ていて視線がかち合う。
タイミングよく視線が合うだけで胸が高鳴って、ルーファスさんのことが大好きだなぁってしみじみと思ってしまう。
大きな手で頭を撫でられて、蕩けてしまいそうな幸せを感じながら手に擦り寄った。
「ユキは料理までするのか。冒険者としても活動しているそうだし、ルーファスにはぴったりなパートナーだな」
うんうんと一人で納得したように頷きながら、アーサーさんがルーファスさんと私を交互に見る。
「それにしても、しばらく逢わない間に随分親密になっていないか? ルーファスにそんなに甘ったるい顔ができるとは思わなかったぞ」
アーサーさんは呆れるというわけではなく、純粋に驚いたように問いかけてくる。
自分の口で報告したいとルーファスさんが言うので、番であることや婚約したことは、まだアーサーさんには伝えていなかったので、不思議に思ったのかもしれない。
「ユキは俺の番だ。これから話すことは、アーサーとローランドにだけは知っていてほしいから話すが、今はまだ、他には秘密にしてくれ」
グラスを置いて、私の肩を優しく抱き寄せながら、ルーファスさんが二人と向き合う。
事前に私がこの世界に来た事情なども含めて、すべてを二人に話すことは打ち合わせてあった。
アーサーさんは私に呪いがかかっていると思い込んだままだから、それも訂正しておかなければならない。
二人ともルーファスさんが獣神の子で半神であるのは察しているけれど、今までは暗黙の了解という感じで、そのことに関してきちんと話したことはなかったらしい。
以前のルーファスさんは獣神の子であることを受け入れられず、それについて話すのを拒否していたので、事情があるのだろうと、二人ともそっとしておいてくれたそうだ。
「俺が獣神の子であることは知っての通りだ。獣神は独りで生きる俺を憐れんで、縁結びの神に、俺に番を与えてくれるように願ったらしい。だが、この世界に俺の番となる存在はなく、他の世界まで探して、探し当てたのがユキだったそうだ」
一度、きゅーさんの手紙を原文のまま読み聞かせたので、ルーファスさんは私がこの世界に召喚された理由をきちんと理解している。
他の世界というのがアーサーさんとローランドさんにはわかりづらいかと思ったけれど、二人とも高度な教育を受けているだけあって、何となく理解しているようだ。
この世界には過去に天空人がいたというのも、理解が早い理由のひとつかもしれない。
二人とも姿勢を正して、ルーファスさんの話に真剣に聞き入っている。
手紙に書いてあったことを、ルーファスさんはわかりやすく砕いて説明していった。
私が天空人だということに、アーサーさんはとても驚いたようだったけれど、ひとまず最後まで話を聞こうと思ったのか、何も言わずに静かに話の続きを聞いていた。
「こうして話を聞くと、ルーファスは神の血を引いているのだと実感させられるね。まさか天空人が、ルーファスの番を召喚するために作られた存在だとは思いもしなかった。神々のなさることは、我々の理解の及ぶところではないけれど、ルーファスの友として言わせてもらえば、ルーファスにユキという番がいてよかったと思う。……最近、甘過ぎて時々見てられないけど、奇跡的に出逢えた番なのだと思えば、まぁ、仕方がないんだろうね」
話を聞き終えたローランドさんが、感想を口にしながら、最後はルーファスさんをからかい出す。
ローランドさんから見ると、私たちはいちゃつき過ぎらしい。
「そう言うな、ローランド。ずっと孤独だったことの反動もあるのだろう。私はルーファスが幸せそうにしているのは、微笑ましいと思うぞ? ユキが成人する日が今から楽しみだな。花嫁衣装は素材から厳選して、早速用意させようと思うのだが、異論はないか? 最高級の素材を集め、布を織り、刺繍を施すとなると、時間はいくらあっても足りないぞ?」
アーサーさんに火が付いたようで、まだ数年先のウェディングドレスの話が始まってしまった。
私が天空人であることを、すんなりと受け入れてもらえたのは嬉しいけれど、数年後のウェディングドレスの話は気が早すぎじゃないかなぁ?
それに、一度しか着ないドレスにそんなにお金をかけることはないと思うんだけど。
生粋の貴族であるアーサーさんと違って、もったいないと思う私が貧乏性過ぎるのかな?
「ユキ、織物に関してはアーサーに任せておけば間違いはない。ドレスを仕立てる布だけでも先に用意しておこうと思うんだが、ユキはどう思う?」
アーサーさんに返事をする前に、ルーファスさんが私の意志を確認するように見つめてくる。
この前のドレス作りの時みたいに暴走するんじゃなく、私の意見をまず聞いてくれるのは、多分、それが結婚式の時のドレスだからなのだろう。
まだ結婚は遠い先のことのようで、あまり現実感がないのだけど、ルーファスさんのためにできる限りのことをしたいと考えているに違いない、アーサーさんの気持ちを無下にすることはよくない気がした。
それにこの世界では、布一つ用意するにしても、時間がかかるのだろう。
ぎりぎりになって慌てるよりは早めに用意しておくのがいいのかもしれない。
「まだ早いような気もするけれど、私にはよくわからないから、アーサーさんにお願いするね。ルーファスさんもそれでいい?」
私が返事をすると、ルーファスさんがほっとしたように息をつく。
「ユキのために最高の花嫁衣裳を仕立てよう。ユキだけじゃない、いつか俺たちの子や孫にも着せられるような、素晴らしい衣装にしたい。獣族では、花嫁衣装は母親の衣装に刺繍を足したりして、手を加えて使うことが多いんだ」
数年後どころか、それよりもっとずっと先のことまで自然に語るルーファスさんを見ていると、すごく嬉しくなる。
今はまだ、結婚する自分というのは想像がつかないけれど、いつか家族が増えて、一緒に旅したりすることもあるのかな?
でも、幸せな未来を思い描いても、幸せにだけ浸ってられない。
いつも残してきたお兄ちゃんとお母さんのことが気になって、まるで抜けない棘のように胸がチクリとする。
「ユキっ!!」
不意に部屋が眩い光で満たされて、その瞬間、ルーファスさんは私を守るように左腕で抱き込んだ。
あまりの眩しさに目が眩んでしまったけれど、それも一瞬のことで、ルーファスさんに抱き込まれたまま室内を見渡すと、どうやって入ってきたのか、二人の女性が立っていた。
「驚かせてごめんねー。とりあえず、ルーファスは、その剣を引っ込めてくれる?」
あまり申し訳なさそうではない、のんびりとした声が聞こえる。
「突然お邪魔してごめんなさいね。くーちゃんが眠るまで待ちきれなくて、飛んできてしまったの」
いつもよりも5割増しくらいで落ち着いてるから一瞬わからなかったけど、一人はきゅーさんだ。
「きゅーさん! 力、戻ったの? 逢いに来てくれたの?」
ルーファスさんの腕に抱かれたまま呼びかけると、きゅーさんが女神の名に恥じない麗しい笑みを浮かべた。
隣の女の人も多分女神様だよね?
私も知ってる人かなぁ?
一緒にゲームで遊んでた女の人で、思い当たる人はいないかと考えてみると、一人、いつもマイペースでのんびりとした人が思い浮かぶ。
「もしかして、リリンさん?」
あまり自信はなかったけれど、もう一人の女性にそう問いかけてみると、嬉しそうに頷かれた。
「くーちゃんなら、わかってくれると思ってたわ~。私はリリエンティア。この世界では大地と豊穣の女神なの」
やっぱりリリンさんだったのか。
どうやら危険はないとわかったらしく、ルーファスさんの腕が緩んだので、立ち上がって二人に駆け寄った。
その途端、二人に同時に抱きしめられて、両サイドから豊かな胸が顔を圧迫してくる。
リリンさんってば、凶器なきゅーさんよりも大きい。
さすが豊穣の女神?
でも、正面から胸に顔を埋める形になった時と違って、隙間があったので今回は窒息せずに済んだ。
「くーちゃん、婚約おめでとう。少しでも早くくーちゃんの憂いを払いたくて、逢いに来たの。手紙にも書いたけど、突然、何の説明もなしにこちらに呼んで、怖い思いもさせて、本当にごめんなさい。……怒ってる?」
謝った後、きゅーさんが不安げに私の顔を覗き込んでくる。
顔を上げると、リリンさんも同じように不安げで、私は私が思う以上に二人に大事に思われていたんだと知らされる。
「怒ってないよ。きゅーさんもリリンさんも、大好きだよ。こうして、逢えて嬉しいし、それに、ルーファスさんと出逢わせてくれたことも、感謝してる」
きゅーさん達が介入してくれなければ、生まれることさえできなかったのだ。
それを思えば、この世界に飛ばされた時、ほんのしばらくの間怖かったことくらい、何でもない。
「ユキは優しいから、許すに決まっている。だが、俺は納得してない。俺と出逢ったとき、ユキは気を失うほどに怖い思いをしていたんだ。何の説明もせずに、突然召喚した理由があるのなら、きちんと説明するべきだ。それから、ローランドとアーサーが固まったまま、ピクリとも動かない。何かしたのか?」
ルーファスさんは警戒しているような様子で、二人から引きはがすように私を腕に抱き込んだ。
言われてみてみれば、ローランドさんもアーサーさんも、まるで時が止まっているかのように固まってる。
「今、時を切り離して、ルーファスとくーちゃんだけを呼んだのよ。これから話すことは、他の人に知られない方がいいと思ったから。長い話になるから、とりあえず座りましょう?」
きゅーさんがソファに座ると、ルーファスさんも私を離さないまま別のソファに腰掛けた。
警戒しているのか、私をしっかりと抱きこんで離そうとしないのが恥ずかしいけど嬉しくて、大人しくルーファスさんの腕の中に納まっていると、きゅーさんとリリンさんの微笑ましいものを見るような視線に気づいて、頬が火照ってくる。
「まず、くーちゃんに何の説明もせずに呼び寄せたのは、先入観なしにルーファスと出逢ってほしかったからよ。くーちゃんは優しいもの。だから、もしもルーファスの過去や、くーちゃんをこちらに呼ぶ事情を先に知っていたら、同情してしまうかもしれないと思ったの。くーちゃんはルーファスの番だけど、でも、もしくーちゃんがルーファスを好きになれないなら、くーちゃんの気持ちを最優先したかった。それとね、あのタイミングで召喚したのは、夜にくーちゃんはお母さんの再婚話を聞かされて、深く傷ついてしまうはずだったからなの。お兄さんのことでショックを受けていたのに、お母さんに追い打ちを掛けられて、傷つくくーちゃんをみたくなかったのよ」
お母さんが再婚!?
思いがけないことを聞かされて、物凄く驚いてしまった。
確かに、あの時に再婚の話なんて聞かされていたら、自分がお母さんにもお兄ちゃんにも必要とされてないみたいで、凄い疎外感を感じてショックを受けていたかもしれない。
素直に話を聞けなくて、お兄ちゃんと更に拗れてしまった可能性もある。
家族と離れてたくさん考える時間もできて、その上、ルーファスさんと出逢い、人を好きになる気持ちを理解した今は、落ち着いて受け止めることができるけれど。
きゅーさんの私を気遣うような眼差しに気づいて、私が傷つかないようにできる限りのことをしてくれたんだなぁというのが伝わってきた。
多分、あのタイミングでの召喚は、きゅーさんにとっては最善だったんだろう。
「ありがとう、きゅーさん。あの時にその話を聞かずに済んでよかったと思う。もし聞いていたら、お母さんに酷いことを言ってしまったかもしれないから」
もし、お母さんとも喧嘩になっていたら、お母さんのことを思い出すたびに後悔していただろう。
そんなことにならなくて、本当によかった。
「それでね、くーちゃん。くーちゃんがこちらに残るのなら、向こうのくーちゃんの痕跡はすべて消えてしまうの。何とか残す方法を考えたのだけど、そうすると、どうしてもくーちゃんのお兄さんが不幸になってしまうのよ。もし、くーちゃんが行方不明になったとしたら、お兄さんがどうするのか、くーちゃんなら簡単に想像がつくでしょう?」
きゅーさんが困ったように眉根を寄せて、小さなため息をついた。
お兄ちゃんならきっと、私が行方不明になったとしたら、ずっと捜し続けると思う。
それこそ、仕事のない週末はずっと捜しまわって、自分のことはすべて後回しにしてしまうだろう。
もし、行方不明じゃなくて死亡扱いになったとしても、自分を責めて深く傷ついてしまうはずだ。
そんな風になってしまうのは嫌だから、お兄ちゃんを不幸にしないためなら、私の今まで生きてきた痕跡がすべて消えてしまっても仕方がない。
お兄ちゃんが幸せになってくれることの方がずっと大事だ。
「何度試してみても、不幸になる未来しか視えないの。くーちゃんが事故や病気で亡くなってしまったとしたら、そのことに深く傷ついて殻に閉じこもってしまうし、行方不明になったとしたら、死ぬまでずっとくーちゃんを捜し続けるの。当然、妊娠中なのに放っておかれる奥さんは、我慢できずに離婚してしまうし、救いのない未来しか視えないのよ。お兄さんにとってくーちゃんは、何にも代え難い大事な存在なのね。くーちゃんが最初からいなかったことにするしか、お兄さんを幸せにする方法が見つからなかったの」
ごめんなさいと、申し訳なさそうにきゅーさんが頭を下げる。
お母さんやお兄ちゃんの中の私が消えてしまうのは寂しいけれど、お兄ちゃんが幸せになるためなら我慢できる。
離れ離れになっても、二度と逢うことがなくても覚えていてほしいというのは私の我儘だし、私が覚えていればいいだけのことだから。
「仕方がないよ、きゅーさん。何と引き換えにしてもルーファスさんと一緒にいたいから、いいの」
ルーファスさんと一緒に生きていくための代償だと思えば、諦めもつく。
私の寂しい気持ちを癒すように、ルーファスさんの大きな手が優しく背中を撫でてくれる。
仕方がない、そう言いながらも泣いてしまいそうな自分が、まるで駄々っ子のようだ。
「くーちゃん。向こうで生きてきた17年分のすべてが消えてしまうけれど、それでも、こちらに残ることを選ぶ? 選んでしまったらもう二度と戻れないけれど、本当にそれでいい?」
私の気持ちを確かめるように尋ねられたので、まっすぐにきゅーさんを見て頷いた。
「私はここで、ルーファスさんと一緒に生きていく。何よりも誰よりもルーファスさんが大事だから」
お母さんとお兄ちゃんが忘れても、私は忘れない。
今まで大切に育ててもらったこと、たくさん愛されていたこと、全部覚えているから、私が生きていた痕跡はなくなってしまってもいい。
私がはっきりと言葉にすると、きゅーさんとリリンさんが厳かに宣言した。
「ローレンシアへようこそ。ローレンシアの女神フローリアは、新たな住人としてユキを認めます」
「ローレンシアへようこそ。ローレンシアの女神リリエンティアは、新たな住人としてユキを認めます」
二人の宣言を承認するかのように虹色の光が舞って、私の中に入り込んでくる。
説明されなくても、私がローレンシアの住人として登録されたのだと理解できた。
今この瞬間、日本で生きていた久住有希は消えてしまったのだろう。
長いので二つに分けました。ちょっと中途半端な終わりですが、ご容赦ください。




