42.歩み寄りの提案
「ルーファスさん、実験したいから、まずこれを着て獣化した後、元に戻ってみて。これなら多分、獣化しても破れないと思うの」
獣化したルーファスさんを愛でたいけれど、この前のような事故は困るので、手持ちのアイテムを活用してみる事にした。
辞典に収納したままの男性用アバターアイテムなら、破損しない気がしたので、手持ちのものでルーファスさんに似合いそうなものを着せたかった。
でも、それぞれ一着しかないので、まずは破れてもいい水着で実験してもらうことにした。
「これは、何だ? 下着にしては大きいな?」
ハーフパンツに似た形の水着はこちらにはないようで、水着を受け取ったルーファスさんが不思議そうに首を傾げている。
水着、作ったら売れるのかな?
「それは泳ぐ時に着る男性用の水着なの。こっちでは海で泳いだりしないの?」
説明してもルーファスさんの不思議顔はそのままだ。
この世界の人には泳ぐ習慣がないか、それか、虎も猫と同じように水が嫌いなんだろうか?
「海は魔物が出るからな。魔物のいない川や湖の方が泳ぎには適しているが、わざわざ泳ぐ為に着替えることはない。とりあえず、これを着て実験してみればいいんだな?」
私が頷くのを見て、ルーファスさんは寝室に入っていった。
全裸はさすがに嫌だけど、水着姿だったら見たいなぁ。
ルーファスさんは全身に綺麗に筋肉がついていて、脱いだ時の方が逞しく見えてかっこいい。
先日、ルーファスさんがうっかり人化した時に見た姿を思い出して、頬が熱くなった。
首に抱きつくような形だったから、一瞬とはいえ下まで全部見えてしまって、あの時は物凄く恥ずかしかった。
「ユキ、これは凄いな。アイテムバッグのように、獣になったときにはなくなっているのに、人に戻ったら着たままだったぞ。どこも破れたりはしていないようだ」
驚いたのか、少し興奮状態で戻ってきたルーファスさんを見ると、水着姿のままだったので、思わず見惚れてしまった。
肩幅が広くて逞しくて、いかにも戦う人の体といった感じで凄くかっこいい。
「ユキ……そんなに見られると、照れるんだが」
恥ずかしそうなルーファスさんにつられるように照れてしまって、私も慌てて視線を逸らした。
「ごめんね。ルーファスさんがかっこいいから、つい、見惚れちゃって。……あの、こっちが本命なの。これ、ルーファスさんに似合いそうだから着てほしくて」
視線を逸らしたまま、先に用意しておいたアバターを一式、ルーファスさんに差し出した。
黒のレザージャケットとパンツのセットだけど、ルーファスさんには絶対に似合うと思う。
本当はサングラスもセットなんだけど、戦う人の視界を遮るのはよくないかと思って、サングラスは出さなかった。
「これは、ブーツもセットなのか。革なのにとても柔らかいな。着替えてくるから、待っていてくれ」
照れくささが消えないのか、ルーファスさんは服を受け取ってすぐに寝室に篭ってしまう。
ルーファスさん、呆れてないかなぁ?
水着姿に見惚れるなんて、痴女っぽいよね。
熱くなった頬を抑えながら後悔していると、着替え終えたルーファスさんが落ち着かない様子で戻ってきた。
予想通り、レザーセットはとてもルーファスさんに似合っていて、見惚れてしまうほどにかっこいい。
アバターだから、身に着けてしまえば自動的に尻尾も服の外に出るようで、尻尾の位置に穴が空いたりはしていないようだ。
「ルーファスさん、凄く似合ってる。それを着ていたら、安心して獣化できるから、よかったら着てくれる? 他にも色々あるから、ルーファスさんが着てくれると嬉しい。私とお揃いのもあるの」
アバターは男女対になって作られているものが多い。
でも、一目でわかるあからさまなペアルックではないので、着るのに恥ずかしさを感じることはなさそうだ。
浴衣とか着物とか、戦うには不向きなアバターも含めて、辞典に収納してあった男性用アバターを次から次に取り出すと、ちょっとした山になってしまった。
同じアイテムがいくつも出たからとか理由をつけて、フーテンさんやきゅーさん達が男性用アバターまでくれたのって、多分この時のためのような気がするんだよね。
いつかルーファスさんに渡せるように、私には使えない男性用のアバターまで渡してたんじゃないだろうか。
辞典にアバターを収納できるというシステムさえ、ルーファスさんにアバターを渡せるようにと、作られたような気がしてくる。
「ユキ。これは滅多に手に入らない宝のようなものだぞ? それを、安易にこんなに大量に……」
言いかけて、ルーファスさんが困ったように頭をガシガシと掻いた。
嬉しいけれど、気安く受け取るには貴重すぎるってことかな?
でもこれは、私が手に入れたものもあるけれど、ほとんどが譲られたものだ。
当時は知らなかったけれど、多分ルーファスさんのために。
だから、ルーファスさん以外に譲る相手はいない。
「ルーファスさん、ちょっと真面目なお話をしていい? そこに座って」
獣神がフーテンさんだと確定したわけじゃないけど、これは獣神の話や私がこの世界に来た経緯を話す、いい機会なんじゃないかと思った。
ルーファスさんを促してソファに座り、私も隣に腰掛けてルーファスさんと向き合う。
大切な話をしようとしていることが伝わったのか、ルーファスさんにまっすぐに見つめられる。
「あのね、前にきゅーさんから手紙が来た話をしたでしょう? あの時にいろいろと分かったことがあったけど、それをまだルーファスさんにはきちんと話してなかったの。大事な話だから、とりあえずは最後まで聞いてくれる?」
向き合ったままルーファスさんの両手を取って顔を覗き込むと、頷きが返ってきた。
獣神の話をした時のルーファスさんの反応が怖いけれど、でも、獣神の想いをルーファスさんに知ってほしい。
「まず、私がこの世界に召喚された理由だけど、ルーファスさんの番だったからなんだって。前に話したことがあったでしょう? 私、本当は生まれてくることがなかったかも知れなかったって。あの時に助かったのは、私がルーファスさんの番だったからなの。獣神がフローリアにお願いしたんだって、ルーファスさんに伴侶を与えてほしいって」
話し始めるとルーファスさんの手に力がこもる。
獣神の名前が出ただけで、表情が少し険しくなった。
「この世界にルーファスさんの番はいなくて、獣神のために他の世界でまで番を探して、そして見つかったのが私だったって。でも私の命は消えるところだったから、きちんと生まれてくるように運命に手を加えてくれたそうなの。私、手紙を読んだとき、自分が間違いなくルーファスさんの番なんだってわかって、すごく嬉しかった。この世界の神々を動かすほどに強く、獣神がルーファスさんを愛してくれていて、それもすごく嬉しかった。神様たちの力がなければ、絶対にルーファスさんと出逢えなかったんだから、自分にできる限りの恩返しをしたいとも思ったの」
獣神のわがままで私の運命を変えてしまったと思われないように、言葉を尽くしておく。
ルーファスさんの番でなければ、そもそも私は生まれることがなかったのだから。
それに、普通に生まれて何の問題もなく生きられていたのだとしても、ルーファスさんと出逢うことのない運命なんて、私はいらない。
大きく世界を変えてまで私をルーファスさんと出逢わせてくれたこの世界の神々に、私は感謝してる。
「でも、ユキを家族から引き離した。俺はこの上なく幸せだ。ユキと出逢えてよかったと心から思っている。俺は何の問題もなく、幸せを与えられるのに、ユキは大事な家族を失った。俺だけが何も失っていない。それが、申し訳ない」
私の手を握ったまま、ルーファスさんは辛そうに言葉を絞り出す。
私だけが家族と逢えなくなってしまったことを、こんなにも気にかけてくれるルーファスさんは、本当に優しい人だ。
「この世界でも、他の国にお嫁入りしたりしたら、一生家族と逢えないということもあるでしょう? ちょっと早く結婚したんだと思えば、耐えられる寂しさだからいいの。私がこちらに残ることを決めた時、向こうの世界で私の存在がどんな扱いになるのか、それだけが心配だけど、でも、それはきっと後できゅーさんと話し合えるから」
強がっているように聞こえるのか、ルーファスさんの表情はまだ晴れない。
手を放して、代わりにルーファスさんの首に腕を回して抱きついた。
「寂しさなんて感じないくらい、ルーファスさんがずっと一緒にいてくれるんでしょう? だから大丈夫なの。ルーファスさん次第なんだよ?」
顔を覗き込むようにして視線を合わせると、漸くルーファスさんの表情から険しさが消えた。
照れているような表情が可愛くて、そして愛しくて、抱きつく腕にぎゅっとと力が籠る。
強がりでなく、ルーファスさんがいてくれたら寂しいなんて感じる暇はないと思う。
「責任重大だが、ユキに寂しいと感じさせることがないように頑張らなければな。……獣神にも、次に会えたら礼を言う。俺が今、こんなにも幸せなのは、獣神が願ってくれたからなのだから」
ルーファスさんが獣神に対する歩み寄りを見せたのが嬉しくて、思わず褒めるように頭を撫でてしまった。
虎耳がぴくぴくして可愛いから、つい耳の近くを撫でてしまう。
「きゅーさんは、力がたまったら逢いに来てくれるみたいだから、そのうちに獣神とも逢えると思う。ルーファスさんのお父さんってことは、私にとってもお父さんになるんだよね。ずっとお父さんって呼べる人がいなかったから、嬉しいかも」
フーテンさんをお父さんって呼ぶのは、ちょっと照れるかもしれないけど、でも、私にもお父さんができるって思うと嬉しい。
きゅーさんだってお姉さんみたいだし、ローランドさん達だっているし、見知らぬ世界に一人きりで召喚された割には恵まれているんじゃないかな。
私がひとりぼっちだと感じることはきっとないと、確信を持って言える。
「そうか。ユキが嬉しいのなら、それでいい。神界の住人だからそう簡単に会えるものではないが、ユキのためならできるだけ歩み寄る事にしよう」
獣神に対しては素直になれないのか、ルーファスさんがいつもよりも捻くれた言い方をする。
私を理由にしてでも、仲直りしてくれるのならその方がいいから、そこはあえて指摘せずに、虎耳の付け根を指先でくすぐるように撫でた。
心地よさそうに耳を伏せるのを見ながら、甘えるように身を摺り寄せる。
きゅーさんの願い、叶いそうかな。
いつか、ゲームで一緒に遊んでた時みたいに、またみんなで遊べる日が来たらいいのになと思った。




