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40.危険な調理法?




 気力を削られたドレス選びを早々に終わらた後、私とルーファスさんは離れに戻った。

 セシリアさんに引き止められたけれど、精神的に疲れてしまったのでお暇させてもらった。

 それに今日は、ルーファスさんのために料理を作りたかった。

 クエストで外に出たときのお弁当も、作れそうなら纏めて作るつもりだ。



「ユキ、それは何を作っているんだ?」



 厨房までついてきたルーファスさんが、椅子に座ったまま私の手元を覗き込む。

 チーズを入れて、一口サイズのハンバーグを成型していたのだけど、まともに料理をしないルーファスさんには何を作っているのかわからなかったようだ。

 


「これはお弁当に入れる一口サイズのハンバーグなの。他にもから揚げとか卵焼きとか、うちでお弁当を作る時の定番だったものを作ろうと思って」



 他にも小さめのグラタンとかコロッケとか、できるだけ冷凍食品は使わずに作るようにしていた。

 お兄ちゃんは和風のお弁当も好きだったので、魚を照り焼きにしたり、きんぴらやひじきを入れたり、できるだけ工夫を凝らして作るのが楽しかった。

 お兄ちゃんが就職してから、私がお弁当を作るようになったけれど、最初の頃は失敗も多かった。

 でも、どんなに酷い失敗をしたときでも、お兄ちゃんが私の作った料理やお弁当を残したことはない。

 いつも全部綺麗に食べてくれて、ありがとうと言ってくれた。

 失敗したときは、どうすれば失敗し辛くなるかを教えてくれたから、いつの間にかそれなりには料理ができるようになっていた。

 お母さんは仕事で忙しかったから、私はお兄ちゃんに育てられたようなものだ。

 お兄ちゃんの教えは常に私の中にあって、私を助けてくれる。



「ハンバーグと卵焼きはわかるが、カラアゲがわからん。ユキが作ったのを食べるのが楽しみだ」



 些細な事だけど、ルーファスさんが楽しみだと言ってくれるだけで、嬉しくなってしまう。

 楽しいを知らなかったルーファスさんに、楽しみにしてもらえるのだと思うと、凄く特別な感じがするから。

 しみじみとルーファスさんを幸せにしたいなって気持ちになって、愛しく想う気持ちが増していく。



「から揚げは下味をつけた鶏肉を油で揚げた料理なの。もしかして、油で揚げる料理があまりないのかな? 前に作った鯵の南蛮漬けも、魚を一度揚げてあるんだよ」



 買い物をしたとき、油の値段は高かったような気がする。

 高いなら、大量に油を使う揚げ料理はあまり普及していないかもしれない。



「油は臭いか、臭くないのは高いからな。油を大量に使う料理は、平民が通うような店じゃ、採算が取れなくて作れないだろう」



 鼻が利くルーファスさんは、臭い油の臭いを思い出したのか、少し顔を顰めた。

 それにしても、ルーファスさんが油の値段を知っていたのはちょっと意外だ。

 この前一緒に買い物に行った時に見たからかな?



「今夜、エリアスさん達とお話しするんでしょ? どうせだから、夕飯に招待してもいい? セシリアさんには悪いけれど、ローランドさんも一緒に」



 油を使うのなら、から揚げだけじゃなく、他の料理も作ってしまおうと思ったけど、それならみんなで一緒に食べたい。

 夏野菜の天ぷらとか、かき揚げとか、豚カツとか、作るための材料はたくさんある。

 エビとイカもあったから、天ぷらにしておけば、天丼とか作れるかなぁ。

 調味料は揃っているから、天つゆくらいなら自分で作れる。

 ゲーム時代に、一人暮らしのクランメンバーが、天ぷらはキッチンで揚げながら食べるのが一番美味しいって言ってた事があったけど、確かに揚げたてが美味しいんだよね。

 ルーファスさんにも是非味わって欲しい。



「呼ぶのは構わないが、ユキが疲れるんじゃないか? 料理人を何人か借りて、手伝いを頼んでもいいんだぞ?」



 ルーファスさんが過保護な事を言いながら、心配そうに私を見る。

 どうしても自覚できないけど、私は働き過ぎらしい。

 離れに住むようになってから、掃除も洗濯もしていないし、料理も滅多にしないし、かなり楽な生活をしていると思うんだけどな。

 ルーファスさんって、冒険者の割には、結構貴族的な生活に馴染んでいるよね。

 虎の性質は知らないけど、猫ならちょっとわかる。

 寝てることが多い猫と同じで、虎って必要ないのならあまり働かないのかな?

 それか、ルーファスさんには、私が物凄くか弱く見えているのかもしれないなぁ。



「プロの料理人をお手伝いに呼ぶなんて申し訳ないよ。私がお手伝いするのならともかく、私が指示を出すとなると、お互いにやり辛いかもしれないから、一人で大丈夫。私は手が離せないから、ローランドさん達に伝言だけお願いね?」



 下拵えをして、衣をつけて揚げるだけなので、料理人を呼ぶほどではない。

 追加で作ることにした天ぷらの材料を切り始めると、仕方がないといった様子で、ルーファスさんが厨房を出ていった。

 きっと、マリアさんにでも伝言を頼むのだろう。

 揚げ物をするのなら足りない道具もあったけれど、それらはすべて馬車のキッチンに用意してあったものを持ち込んでいた。

 馬車に備えてあった調理器具で、泡立て器とかバットとか、ちゃんと金属で作った方がいい道具は金属で作ってある。

 きゅーさんの用意周到さに感謝しながら、ハンバーグを焼く横で油を温め始めた。

 から揚げは揚げるだけになっているけれど、油が汚れてしまうので、先に野菜の天ぷらから作るつもりで用意する。

 コロッケも作りたくなったけれど、それはまた今度にしよう。

 あまり手を出しすぎると、作るのに時間が掛かりすぎてしまうから。



「ユキ、伝言を頼んできた。俺に何か手伝える事はあるか?」



 見ているだけというのは落ち着かないのか、ルーファスさんに手伝いを申し出られたので、簡単なお手伝いをしてもらうことにする。

 お兄ちゃんと並んでキッチンに立ってたときみたいで、ちょっと懐かしい。

 あの頃とは、先生役が反対だけれど。



「そのハンバーグを裏返してくれる? 全部返したら、フライパンに蓋をしてね」



 フライ返しを渡して手伝いを頼むと、ルーファスさんは慣れない手つきで真剣にハンバーグを返し始めた。

 あまりにも真剣な顔をしているのが可笑しくて、つい笑ってしまいながら、エビの殻を剥いて下拵えをする。

 


「いい匂いがするな。これは弁当に入れるのだろう? 食べるのが楽しみだ。また弁当を持って、みんなでピクニックに行けたらいいな。あの日の弁当も美味かった」



 最初は気乗りしない様子だったのに、みんなで出かけたのがルーファスさんは楽しかったようだ。

 ピクニックの日は、今思うと恥ずかしくなるくらいに思い込み過ぎて、せっかくのピクニックだったのに楽しむ事ができなかった。

 だから、また行けたらいいなぁと思う。

 次の時は、思う存分楽しみたい。



「また誘ってみる? ローランドさん達は、護衛の人とかつけないといけないから、誘うのも気を使ってしまうけど」



 アーサーさんが来てから行くことにすれば、アーサーさんも喜んでくれそうだと思うけど、人数が増えれば増えるほど護衛の人が大変かなって気がかりだ。

 クエストに行く時はルーファスさんと二人で気楽だから、街から出るのに護衛が必須なんて、貴族は大変だなぁって思う。



「ユキが誘えば、ローランドの家族は喜んでくれるだろう。最近、よく昔の事を思い出すんだ。ローランドが何度も俺に言っていた。『私が死んでも私の子や孫が、そして更にその子らが、ルーファスのそばにいる。決して一人にはしないから、信じてくれ』と。ローランドとその家族は、俺の父が獣神だと知っても、態度を変えなかった。むしろ、俺が人を遠ざける理由を察して、俺の心を慰めようとしてくれた。ローランドの子はローランドではないと、ずっと突っぱねていたんだが、ローランドの子が誰一人として一度も俺を怖がったことがないのは、ローランドとセシリアが、そんな風に子を育ててくれたからなのだろうな。ローランドは言葉だけでなく、己の気持ちを示してくれていた」



 ルーファスさんの話を聞くと、ローランドさんは、強い覚悟を持ってルーファスさんと接していたんだなとよくわかる。

 そんなローランドさんだからこそ、ルーファスさんは心を許して、受け入れる事ができたのだろう。

 まだ自分が人間じゃない種族になったという実感はない。

 けれど、ルーファスさんと一緒に、ローランドさんの子供や孫やその子孫を見守っていきたいなと思う。

 ローランドさんの想いに、ルーファスさんと二人で応えたいから。

 


「それなら、これからはもっとマメに王都に来ないとね。でも、お店は王都じゃなくて、公爵領で出してもいいんじゃない? 王都からは近いんだし、ローランドさんはいないけど、公爵様のお膝元の方がトラブルも少なそう」



 ルーファスさん次第だけど、できるならローランドさんだけでなく、アーサーさんにも歩み寄って欲しいなと思って提案してみた。

 ほぼ半日しか滞在してないけど、あの街の人はルーファスさんにとても好意的だったから、いい印象がある。

 王都に来てから、ルーファスさんは外でぴりぴりしている事も多いので、王都よりも公爵領の方が過ごし易いんじゃないかなって思った。



「王都だと、人目が煩わしいからな。まぁ、でも、これからはできるだけローランドを大切にするつもりだ。あれは俺の初めての友だからな。アーサーとの関係ももう少し改善してみる」



 ローランドさんを思って微笑むルーファスさんの表情がとても優しい。

 ローランドさんが友達だと自覚してからのルーファスさんは、結構デレてる気がする。

 素っ気無くされた期間が長いだけに、そんなルーファスさんの態度は、ローランドさんも嬉しいだろうなぁ。

 


「――っ!! ユキっ、大丈夫なのか!?」



 熱くなった油に衣をつけた野菜を入れた瞬間、大きな音がして、ルーファスさんのしっぽの毛が逆立った。

 耳が警戒するように立っていて、凄く驚いたんだとわかる。



「大丈夫っ……驚かせてごめんね」



 ルーファスさんの反応が可愛くて、くすくすと笑ってしまいながら、次々に野菜を入れていく。

 


「油は熱すると高温になるの。これは、180度っていっても、わかり辛い? えっと、沸騰したお湯よりもずっと熱いの。だから、油の取り扱いは注意がいるんだ。熱くなりすぎると火がついて、火事の原因になるから」



 菜箸を使って天ぷらをひっくり返したりしながら説明すると、ルーファスさんは言葉もなく何度も頷いた。

 きっと、何て危険な調理法なんだ……って、思われてる気がする。

 揚がった野菜を油切りのバットにのせたり、衣をつけて投入したりと、何度か繰り返しているうちに少し慣れたみたいで、落ち着かないように揺れていたしっぽが動かなくなった。

 ルーファスさんのしっぽは、表情筋よりも余程働いていて、わかりやすいと思う。

 

 ルーファスさんに手伝ってもらいながら、次々に料理を仕上げて、出来たものからアイテムバッグに入れておいた。

 料理スキルでマヨネーズとドレッシングを作って、冷蔵庫で冷やしておく。

 この離れの厨房には、馬車とは比べ物にならないくらい大きな冷蔵庫が備えてあった。

 大きくなった分、魔石の数を増やしてあるらしいけれど、今まではこの離れにルーファスさんが滞在する事はなかったので、魔石は入れない状態で置いてあったらしい。



「本当にユキはよく働くな」



 私の手伝いをしながら、ルーファスさんが感心したように褒めてくれた。

 


「ルーファスさんに美味しいものを食べて欲しいって思ったら、頑張り甲斐もあるから」



 思っていることを言葉にしてみたけれど、言ってから恥ずかしくなってしまった。

 恥ずかしいけど、でも、紛れもない本音だ。

 自分のためだけならば、料理なんてしない。

 私はそんなにできた子じゃないし、家事だって必要に迫られて覚えただけだ。

 何もしないでのんびりと、好きなことだけして過ごしたいという気持ちもあるし、ゲームをしていた頃は、遊び過ぎて手抜きのご飯を作ったこともあった。

 今はルーファスさんに食べて欲しいなって思うから、料理を作るのも楽しい。

 ルーファスさんのために私にできることがあるのなら、何だってしたい。



「――本当にユキは可愛いな」



 言葉に詰まったルーファスさんが、照れたような表情でボソッと呟いた。

 ルーファスさんの反応を見たら、私も凄く照れくさくなってしまって、挙動不審になってしまった。




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