39.暴走する人達
「よく来てくれたわね。ユキと一緒にドレスを作れるなんて、嬉しいわ」
本館に行くと、笑顔で出迎えてくれたセシリアさんに、優しく抱きしめられる。
軽く抱き返すと、セシリアさんが嬉しそうに微笑んだ。
「ルーファスもユキとお揃いで衣装を作るんですってね。オルコット商会のエリアスから聞いているわ。まずはドレスの型を決めて、生地やそれに合わせた装飾品を選ぼうと思っているの。靴はドレスと同じ布を使って作らせるわ」
いつもよりもたくさんのメイドさんや、オルコット商会の従業員らしき人達が出入りしている部屋の片隅に案内されて、ルーファスさんと隣り合わせでソファに腰掛けた。
テーブルにはお茶の用意もしてあって、どんなドレスにするのか話し合いながら寛げるようだ。
「ドレスの型って決まっているんですか? ドレスを作る時に、守らなければいけないことってありますか?」
城でのパーティーとなると正装だろうから、私の知らない暗黙のルールみたいなものもあるかもしれない。
そう思ってセシリアさんに聞いてみると、セシリアさんはテーブルの上にあったデザイン画を、私に見せるように広げた。
「既婚の女性があまり丈の短いドレスを着るのは見苦しいとされているけれど、ユキはまだ若いから、あまり気にする事ないわ。ルーファスのパートナーなら注目間違いなしだもの、うんと素敵なドレスを作りましょう。ユキは、ドレスに関して、何か希望はある?」
セシリアさんは嬉しそうだけど、注目されるのはあまり嬉しくないなぁ。
でも、あまりにも場に不釣合いな格好で、ルーファスさんに恥をかかせるのは嫌だから、素敵なドレスが出来るように、できるだけ意見を出そう。
「あまり派手なドレスとか、重たいドレスは嫌です。……そうですね、丈は膝丈くらいで、生地はシフォンみたいな軽い生地で。あ、このデザインは可愛くて好きです」
希望を出しながらデザイン画を見ていると、一つ、心を惹かれるものがあった。
花びらを重ねたようなスカート部分のデザインが、とても軽やかに見えて、このドレスを着てみたいと思わされた。
横からルーファスさんも覗き込んで、小さく頷いている。
「これは、ユキに似合いそうだな。可憐な花の精のように見えるだろう」
満足げに微笑むルーファスさんが、直視できないほどに優しい顔をしてるから、何だか凄く照れくさい。
ルーファスさんは、凄く恥ずかしい言葉をさらっと口にする。
「その言葉には同意するけれど、ルーファスの口から出ると、とても不思議ねぇ。何度見てもルーファスがこんなにでれでれになってしまうなんて、とても信じられない気持ちだわ。それに、逢うたびに二人が仲良くなっている気がするのだけど、気のせいかしら?」
最後はからかうように問いかけられて、頬が熱くなった。
想いが通じ合ってから、ルーファスさんは自重なしなので、恥ずかしくなるほど言動が甘い。
ルーファスさんの表情は日に日に豊かになっていると思う。
以前の無愛想で無表情なルーファスさんを知っている人にしてみれば、劇的な変化じゃないだろうか。
それを嬉しいと思う反面、ルーファスさんが更にもてるようになってしまいそうで、ちょっと心配だ。
今は庇護対象にしか見えない、子供の体がちょっと恨めしい。
もう少し成長しないと、堂々と番だって言い辛いのだから。
「ユキが可愛いのだから仕方がない。俺はユキを愛しているからな」
ルーファスさんの言葉がストレート過ぎて、思いっきりうろたえてしまった。
顔が火照って仕方がなくて、涙目でルーファスさんを見てしまう。
愛されてるのは凄く嬉しいけど、人前ではもう少し控えめにして欲しい。
「確かに、ユキは初々しくて可愛いわね。そこまで言い切るということは、ルーファスの気持ちが定まったのかしら? ユキが成人したら結婚するの?」
セシリアさんは驚くでもなく、嬉しそうに問いかけてくる。
ルーファスさんは私を見て柔らかく微笑むと、セシリアさんに頷きを返した。
「パーティーには、ユキを婚約者として伴おうと思っている」
婚約者とは言われていたけど、公にするとは思わなかったので、ルーファスさんの言葉に驚いてしまった。
ルーファスさんは心配しなくていいって言うけど、歳の離れた成人前の私と婚約して、それが本当にルーファスさんの評判を落とす事に繋がったりしないんだろうか?
番って、人族の間でも特別なものとして認識されているのかな?
「ユキ、婚約を公にするのは嫌か? ユキは俺のものだと、ユキ以外の伴侶はいらないと、周囲に知らしめたいんだが、ユキが嫌だったら我慢する。だから、遠慮なく言ってくれ」
私が驚いているのに気づいて、ルーファスさんが不安げに表情を曇らせた。
見つめたまま切なげに訴えられて、もう何だってルーファスさんの望み通りにしたくなる。
「嫌じゃない。けど、照れくさくて。……それに、成人前の私との婚約が、ルーファスさんの名に傷をつけることになるんじゃないかと、心配なの」
気持ちがきちんと伝わるように言葉にすると、ルーファスさんの不安は消えたようだ。
安堵したように息をつきながら、私の髪を撫でてくる。
「パーティーまではまだ時間もあるのだし、公表するかどうかは二人でよく話し合うといいわ。それより、二人の仲がそこまで進展しているのなら、ルーファスの瞳の色と同じ色の布でドレスを作らせるといいわね。きっと素敵に仕上がるわ。装飾品は銀の華奢なものがいいのではないかしら? イメージに合うものがあるといいのだけど」
軽く取り成した後は、浮き浮きと楽しげな様子で語りながら、セシリアさんは準備の整いつつある室内を見渡した。
たくさんの種類の布が広げられ、アクセサリーが入った箱も並べられている。
アクセサリーはともかく、布は触って肌触りも確かめてみた方が良さそうだ。
「合うものがなければ作らせればいい。ユキのためなら、俺は妥協しない」
さらりと、何やら恐ろしい事をルーファスさんが口にする。
私を着飾らせようと、すぐに暴走するのはやめてほしい。
「それもそうね。いいものがなければ、腕のいい職人を紹介するわ」
セシリアさんは理性的かと思っていたけれど、そうでもないようだ。
ルーファスさんの言葉に真顔で頷いていてちょっと怖い。
セシリアさんまで暴走したら、誰に止めてもらえばいいのだろう?
ローランドさんは、面白がって余計に煽りそうだ。
「ルーファスさん、お城のパーティーなんて一度きりだろうし、私はまだ子供なんだから、ほどほどでお願いね」
ルーファスさんが散財しませんようにと、あまり役に立ちそうにないこの世界の神様に祈りながら、ルーファスさんの腕を引いた。
この世界の神様は、暴走しそうな人しか知らないから、祈る先を間違えてる気がしないでもない。
「ユキ、心配するな。俺がユキに一番似合うものを、セシリアと見繕ってやる」
腕の手に手を重ねながら、ルーファスさんがにっこりと機嫌よく笑う。
ルーファスさんの笑顔は威力があり過ぎて、直視すると私は反論できなくなるって、学習しつつあるんじゃないだろうか?
反論を封じ込めるのに笑顔を使われた気がしないでもない。
私の救いの神は、エリアスさんだった。
暴走したルーファスさんとセシリアさんの意見を聞きながら、私が負担に思わないような範囲で、装飾品を選んでくれたエリアスさんはさすがだ。
複数の意見を聞いて、それぞれが満足するような答えを出すエリアスさんは、やっぱり凄腕の商人なんだなと感心してしまった。
こんなに凄い人を飼い殺しにするなんて、オルコット商会は馬鹿だ。
エリアスさんがいて、思う存分に力を発揮すれば、アルノルドどころか、ローレンシアで一番の商会にまで発展させられそうなのに。
エリアスさんとのやり取りのおかげで、スキルで作った物を売るお店を出す事に対する不安はかなり軽減された。
といっても、エリアスさんが引き受けてくれなければ意味のないことだし、問題はまだ山積みなのだけど。
この世界でルーファスさんと生きていくのなら、ちゃんとした生活基盤が欲しい。
きゅーさんの手紙から推測すると、私も想像ができないほどに長寿になったみたいだから、先のことも考えておかないと。
すべてをルーファスさんだけに任せようとは思わない。
私だって、ルーファスさんの支えになりたいから、精一杯頑張るんだ。
ルーファスさんとの未来を考えられる事を幸せだと思った。
それと同時に、もう二度と逢えないに違いない家族の事が気になって、ただ幸せに浸るということは出来なかった。




