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38.乙女の憧れ




 目が覚めたらルーファスさんの腕の中にいた。

 昨日、ルーファスさんとお互いの気持ちを確かめ合って、その後、ちゃんとクエストも片付けて、ふわふわとした気持ちで過ごした後、夜は当たり前のように同じベッドで寝てしまった。

 だって、ルーファスさんと離れるのが、どうしても嫌で仕方なかった。

 同じベッドで寝たことは何度もあるけれど、想いが通じ合ってから、こんな風に目覚めたのは初めてで、前よりもずっとドキドキとする。

 


「おはよう、ユキ。また夢に神がきていたのか?」



 寝起きの少し掠れた声で尋ねられて、ルーファスさんが目を覚ましたことを知った。

 ちょっと色っぽく聞こえる声とか、ルーファスさんの雰囲気にあてられて、一気に頬が熱くなる。

 この体勢とか状況とかが恥ずかしくて、声にならない。

 そんな私を見て、ルーファスさんは優しい笑みを零す。

 大きな手で髪を梳かれて、あまりの心地よさに目を閉じると、しっかりと抱き寄せられた。

 昨日からルーファスさんの言葉や仕草や眼差しが、今までとは比べ物にならないほどに甘い。

 嬉しいけれど照れてしまって、直視できなくて困ってしまう。

 小さい頃はお兄ちゃんのお布団に潜り込んで一緒に寝たこともあったけど、そのときとは全然違っていて、嬉しいけど恥ずかしくて、色んな感情が混ざり合ってパニックになる。

 抱きしめられているのがとても恥ずかしくなって、体を起こしてベッドから抜け出そうとしたけれど、更に抱き寄せられて、ルーファスさんの腕の中に閉じ込められた。



「もう少しだけ、ここにいてくれ。まだユキを離したくない」



 頭に擦り寄られて、大型の猫に懐かれている気分になる。

 ルーファスさんは虎だから、大型の猫で間違いないのか。 

 猫が甘えてじゃれているのだと思えば、少しだけ気が楽になった。



「もう少しだけだからね?」



 私の返事で、まだ離れずにすむのだとわかったからか、少しだけ腕が緩む。

 開き直って、大好きな人の温もりを堪能することにした。

 だってこういった状況って、乙女の憧れだよね。

 具体的な行為を想像するのは生々しいからしないけど、好きな人に優しく抱きしめられて甘やかされるとか、乙女心がくすぐられる。

 相手がルーファスさんのように素敵な人なら尚更だ。



「昨夜は手紙だけが届いたの。ルーファスさんは、フローリアって名前の神様を知っている? きゅーさんは女神様だったみたい」



 寄り添ったままルーファスさんを見ると、頷きが返ってきた。

 フローリアって、どこかで聞いたと思ったけれど、ピクニックに行った野原に咲いていた花の名前だった。

 可憐なのに逞しい花は、確かにきゅーさんに良く似合う。



「愛の女神だったか? いい縁が得られるようにと、貴族達の間でもそれなりに信仰されているはずだ。政略結婚と縁がない平民の間では、もっと熱心に祀られてる神だ」



 見たことはないけれど、教会とか神殿のようなものがあるのかな?

 きゅーさんが神様というのは前から予測はしていたけれど、それでもまだ信じられなくて、ちょっとだけ違和感がある。

 だって私の知ってるきゅーさんって、全然神様っぽくなくて、凄く人間的だから。

 ルーファスさんはとても身近に神を感じているけれど、もしかしたら、一般の人はそこまででもないのかな?

 それに、ルーファスさんの過去の話を聞いているから今更だけど、ルーファスさんって半分神様なんだよね。

 手紙にほとんど不老不死と書いてあったのを思い出して、ルーファスさんが人を寄せ付けなかった理由がわかった気がした。

 親しくなれば親しくなるほど、いつか来る別れが辛くなる。

 誰とどれだけ親しくなっても、みんな自分よりもはるかに先に死んでいく。

 それを思えば、誰かと親しくなる事は勇気のいる事だ。

 ずっと孤独だったルーファスさんが、ローランドさんを友達だと中々認められなかった気持ちがよくわかる。

 初めての友達で、もしかしたら、初めて失いたくないと感じた人がローランドさんなんじゃないだろうか。

 寂しがりなのに一人でいることしかできなくて、大切な人をいつか失う日が来る事を恐れて、欲しいものを遠ざけるしかなかったルーファスさんを思うと、胸が苦しくなる。

 切ない気持ちのままに、慰めるようにルーファスさんの頭を撫でると、虎耳がぴくぴくとくすぐったそうに動く。

 何故撫でられているのかわかってなさそうだけど、気持ちよさそうにしてるし可愛いから、何度も撫でてしまった。



「手紙に書いてあったけれど、天空人を作ったのは神様達なんだって。黄金時代のシステムは、神様の力を回復する役目も果たしていたけれど、失われたものが多くて、予定よりも神様の力の回復が遅れているみたい。魔力を使ってスキルで作った物を消費するのは、神様に魔力を捧げるのと同じだから、私の作った物をできるだけ世に出して欲しいって、そうする事で神の力が回復して世界が安定するからって、頼まれたの。ルーファスさんは凄いね。要請がある前に、私がスキルで作った物を売りに出せるように、ちゃんと考えてくれたもの」



 私の話を不思議そうに聞いていたルーファスさんが、段々不機嫌顔になっていく。

 元が強面なんだから、こういう顔をすると、見慣れた私でも怖いくらいだ。

 褒めたつもりだったのに、あまり嬉しくないらしい。

 


「神というのは、本当に勝手だ。ユキに動いてもらうしか手段がないのだろうが、ユキが酷使されているようで辛い。スキルで生産するとなると、ユキがどんなに大変でも、俺は何も助けてやれない。エリアスと縁ができたことで、店を作ることになるだろうと思って下準備はしていたが、ユキの負担を考えると、やっぱり腹が立つな」



 私のために怒ってくれてるんだとわかって、嬉しくて頬が緩んでしまう。

 ルーファスさんがそばにいてくれるだけで、私は頑張れるのに、わかってないのかなぁ?

 それに、こうしてルーファスさんといられるのは神様達のおかげみたいだから、私が働く事で恩返しになるのなら、頑張るしかない。

 でも、ルーファスさんに獣神の願いのことを話したら、今はまだ反発されそうな気がするから、話すタイミングをよく考えた方がよさそうだ。

 ただでさえ拗れているのに、これ以上関係を悪化させたくない。

 だって、多分、獣神って、フーテンさんだよね。

 フーテンっていえば、トラさんだもん。

 虎の姿の獣神だから、フーテンって名前にしたんじゃないかと思う。

 きゅーさんほどじゃないけど、フーテンさんとの交流も多かった。

 フーテンさんは愛妻家で、でも時々、チャットなのに伝わってくるほどに、寂しそうにしてる時があった。

 どんな理由でルーファスさんのお母さんを迎えに行くのが遅れたのかわからないけれど、獣神はとても後悔して傷ついていると思う。

 身近に接していたからかもしれないけれど、この世界の神様は人間臭い。

 だから凄く親しみを感じる。



「ルーファスさんは、いてくれるだけでいいのに。それに、ルーファスさんと一緒に冒険者として活動しているから、レベルが上がってるでしょ? それは凄く、私の生産の助けになってるの。お店だって作ってもらうし、私はルーファスさんに助けられてばかりだよ。私を元気にしてくれて、頑張ろうって気持ちにさせてくれるのはルーファスさんなんだから、それは、忘れないで」



 慰めるつもりはなく、心から思っていることを伝えると、ルーファスさんは柔らかな表情で頷き、宝物を抱きしめるみたいにそっと私を腕に抱きこんだ。

 日に日にルーファスさんの表情が豊かになって、見惚れる事が増えた。

 今も凄く幸せそうに見えるから、私までとても幸せな気持ちになってしまって、胸がぽかぽかと暖かい。

 


「俺に甘すぎだな、ユキ」



 猫みたいに擦り寄りながらルーファスさんが笑うから、私もじゃれ付くみたいにぎゅっと抱きついた。



「大好きだから、仕方ないよ」



 笑いながら返すと、一瞬驚いたように硬直したルーファスさんが、次の瞬間には嬉しくてたまらない、そんな表情で微笑む。

 今までで一番って言っていいくらいに、幸せそうな笑顔に目を奪われてしまった。

 


「俺も、大好きだ、ユキ」



 ルーファスさんの言葉が心臓を直撃してしまって、声にならないどころか、息もまともにできない。

 普段は無表情に近いのに、そんなに甘い顔と声で大好きなんて言われたら、衝撃が大き過ぎる。

 火照る頬を、ルーファスさんが優しく撫でてくれた。

 優しい仕草が今は余計に恥ずかしさを誘って、ルーファスさんの胸に顔を埋めて、赤くなった顔を隠すのだった。




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