37.夢での邂逅~きゅーさんからの手紙~
気がつくと夢の中だった。
いつものきゅーさんの部屋じゃなくて、これはゲーム内の私の家だ。
懐かしさと物珍しさが混じったような気持ちで、工房や家の中を歩き回ってみる。
工房には作りかけの馬車や、完成している馬車のパーツ、その他に鍛冶スキルで作った馬車の部品などが置いてあった。
細かなものは自作の棚に整理されていて、意外と綺麗に片付いている。
別に工房じゃなくても生産スキルは使えたけれど、工房で作ったほうが成功率が高い仕様だった。
それに、最高級の生産道具は工房にしか置けなかったから、品質の高いものを作りたければ工房が必要だった。
ただ工房を作るのは大変だったので、余程生産を極めたい人でなければ持っていないのが普通で、私も工房を作るまでにはかなり時間がかかった。
課金アイテムを使って拡張したり、カスタマイズできたので、一時期アルバイトをしようかと本気で悩んだこともあった。
結局、アルバイトはお兄ちゃんに反対されたから出来なくて、それを知ったきゅーさんが、ゲーム内で効率的にお金を稼ぐ手伝いをしてくれた。
時間は掛かったけれど、課金アイテムをゲーム内で売りに出している人は珍しくなかったので、あまり課金せずに、ゲーム内の通貨で必要なものを揃えられた。
お兄ちゃんのことを愚痴った時も話を聞いてくれたし、お兄ちゃんに反対されない方法で解決できるように手伝ってくれたし、きゅーさんはいつも親身になってくれた。
そういった積み重ねがあるから、私はきゅーさんを信じられるのだと思う。
「今日は、きゅーさんはいないのかな?」
一通り見て回って好奇心を満たした後は、何故ここにいるのかということと、いつもの夢と違って、きゅーさんがいないことが気になってくる。
居間のソファに腰掛けると、程よくクッションがきいて座り心地がよかった。
一人は寂しいな、そう思った時、ゲーム内でメールが届いた時と同じ音が鳴り響く。
どうやってメールの確認をすればいいのかわからなくて慌てていると、ふわりふわりと羽のように封筒が降ってきた。
手を伸ばして受け取ると、見た目はどこにでもありそうな白い封筒だった。
手紙が入っているらしく、ちょっと厚みがある。
封筒には、『くーちゃんへ』と、日本語で書いてあった。
女性らしい綺麗な文字だ。
きゅーさんからの手紙だと直感して、封を開けて便箋を取り出す。
それは、とても長い手紙だった。
『親愛なるくーちゃんへ
この手紙がくーちゃんに届いているということは、くーちゃんを呼び寄せる事になった真相を知らせるための条件を、ルーファスが満たしたということです。
これは、条件が満たされた時に自動的に送られる手紙だから、かみ合わない事やくーちゃんの知りたいことが書かれてないかもしれないけれど、それは許してね。
次にくーちゃんに逢えた時には、くーちゃんの知りたいことに何でも答えるから。
くーちゃんに真相を知らせるために、神々はいくつかの条件を定めました。
ルーファスがその条件をクリアするまでは、くーちゃんに教えられることは大きく制限されていたの。
今まで、ろくな説明も謝罪もせずに、ごめんなさい。
この世界にくーちゃんを呼び寄せたのは私です。
私の本当の名前はフローリア。この世界、ローレンシアでは愛を司る縁結びの神です。
突然、何の説明もなく呼び寄せて、怖がらせてしまってごめんなさい。
でもどうしても、私達はくーちゃんを呼ばなければならなかったの。
くーちゃんをルーファスと出逢わせる為に。
事の始まりは、獣神の願いでした。
半神として生まれ、孤独に生きていくことになる息子に伴侶を与えて欲しいと、獣神が私に願った事から始まりました。
獣族には番という運命の相手がいることがあります。
でも、獣神の息子の番は、どれだけ探してもこの世界にはいませんでした。
未来を探しても、この先、生まれてくることもなかった。
獣神の深い嘆きを慰めようと、他の神々も力を貸してくれて、ローレンシアが無理ならばと、他の世界で番を探してみることになりました。
その結果見つけたのが、くーちゃんだったの。
ただ宿ったばかりのくーちゃんの命は、消える寸前でした。
だから、地球の神に頼み、ローレンシアの神々の干渉を許してもらい、くーちゃんが生まれ育つように運命に手を加えました。
妊娠に気づかず流産するはずだった運命を、流産しかけたことで妊娠に気づくように変えただけで済んだので、くーちゃんを生かす事自体は難しい事ではなかったの。
くーちゃんのお父様が愛情深かったことに、とても助けられました。
くーちゃんをローレンシアにそのまま呼んでしまったら、どんなに長くても100年も経てばくーちゃんが死んでしまう。
ほとんど不老不死に近いルーファスが一時慰められても、その後はまた、一人きりになってしまう。
だけど、人を何の功績もなく神にすることはできません。
神には神なりに、守らなければならないルールがあるから。
神々で相談して知恵を出し合った結果、くーちゃんを人間ではない存在としてローレンシアに召喚することになりました。
そのためにローレンシアの過去に介入して、天空人という人間よりもはるかに強く、長命で死と縁遠い種族を作り、地球とローレンシアをゲームを通してリンクさせたの。
文明が停滞していたローレンシアを発展させるためにも都合が良かったし、ゲームを通して繋がりを持たせることで、くーちゃんを呼ぶための力も節約できるから、大掛かりな改変ではあったけれど、神々で力を合わせて成し遂げました』
ここまで読んで、大きな溜息をついた。
あまりにも話が壮大すぎて、とても信じられない。
けれど、お母さんが流産しかけたのは本当の事で、それがきっかけで妊娠に気づいたのだと聞かされていた。
そのことをきゅーさんに話した事はない。
ルーファスさんは私を番だと言ってくれたけど、でも、本当はちょっとだけ不安だった。
ルーファスさんの見た幻が、本当に私なのかわからなかったし、もし違う人の幻で、その人がルーファスさんの番だったりしたらって思ったりもした。
だから、私が間違いなくルーファスさんの番だったとわかったことは、とても嬉しい。
それと同時に、私が生きているのは、獣神の願いのおかげだという事もわかって、深く感謝した。
私がルーファスさんの番でなければ、生まれてくることもなかったんだと思うと、今、こうして生きていて、幸せに過ごしていられる事が奇跡のように感じる。
大好きなルーファスさんが存在するからこそ生かされたのだとわかり、ルーファスさんとの間にある特別な縁を嬉しいと思った。
『ゲームを通してくーちゃんの人となりや好みを知り、くーちゃんがローレンシアに来たときに困らないように、ゲーム内でローレンシアの知識や技能を与え、呼び寄せる準備を進めました。
想定外だったのは、くーちゃんが現実よりも幼い姿のキャラクターだったこと。
妹を守りたい兄の愛に敗北したと、獣神は笑っていました。
成人した姿で番として出逢っていれば、ルーファスは自制するのがとても大変だったでしょう。
くーちゃんが幼い子供の姿だった事で、お互いにゆっくりとわかりあう猶予も生まれたので、それはそれでいいのではないかということになり、成長させる事もできたけれど、子供の姿のまま召喚しました。
でも、私達がしたのは、ローレンシアに召喚してルーファスと出逢わせるまで。
その後は、夢を通しての干渉以外、一切介入していないわ。
くーちゃんにルーファスと結ばれて欲しいというのは、神々の我侭だから、選択はくーちゃんに委ねる事にしました。
だから、くーちゃんは地球に帰って、元通りに生きていく事もできます。
相性がいい魂なのは分かっていたけれど、もしくーちゃんがルーファスを愛せないようなら、その時は元の生活に戻れるようにすると最初から決めていました。
地球に戻ったとしたら、ローレンシアでの出来事は朧になり、夢で見たことだと思うようになるでしょう。
私の手紙を読んだことで、もしかしたらくーちゃんは私を嫌いになってしまうかもしれない。
仲のいい家族と引き離してこの世界に連れて来たことは、誘拐と変わらないのだから。
でも私は、くーちゃんが大好きよ。
生まれる前から見守っていたくーちゃんと、ゲームを通して直接関われるようになって、とても楽しかった。
まるで人間に生まれ変わったような気持ちで、毎日を過ごしていたの。
もし、くーちゃんが戻る選択をして、ローレンシアを忘れてしまっても、私はくーちゃんと過ごした日々を忘れない。
神である私にとっては、瞬きをするような短い時間だったけれど、くーちゃんとの想い出は大切なものだから。
残酷なのはわかっているけれど、戻るのか残るのか、その選択はくーちゃんに委ねます。
自分で選択しなければ、後々後悔してしまうでしょう?
私の知っているくーちゃんはそういう人だと思うから、どうするのかは、くーちゃんが選んでください。
くーちゃんに生産スキルを使う力を与えた事で、もう少しだけ力をためなければ、直接逢いに行くことが出来ません。
過去に介入してしまった事で世界が大きく変わってしまって、力を使い果たし、眠りに就いた神もいるので、今、この世界には神の力が足りてないの。
だから、くーちゃんさえよかったら、スキルで生産したものをできるだけ世に出してください。
魔力を使って作った物を消費する事は、魔力を神々に捧げるのに等しい行為だから、それが神々の力の回復と世界の安定に繋がります。
ゲームで当たり前だったシステムは、神の力を回復する為に組み込んであるものが多いのよ。
消費した力を、ローレンシアで生きる人達の日々の営みで回復していく予定だったのだけど、2千年の間に失われたものも多くて、神々の力の回復が遅れているの。
こちらの勝手な都合ばかりを押し付けてごめんなさい。
でも、くーちゃんの幸せを、心から願っている事だけは信じて欲しい。
この手紙は残るようにするけれど、日本語だからくーちゃんにしか読めないわね。
手紙の内容をルーファスに話すのかどうかは、くーちゃんに任せます。
獣神の友人としては、獣神の深い想いをルーファスに知って欲しいと思うけれど、十分過ぎるほどに苦しんだルーファスに、獣神の想いを押し付けることはできないから。
いつか獣神とルーファスが親子として話し合う日が来ることを、みんな楽しみに待っているの。
くーちゃんが力を貸してくれたら嬉しいわ。
力が回復したら、くーちゃんに叱られに行くから待っていて。
私の友、くーちゃんの幸せを心から願って。
きゅーより。』
手紙を読み終えて、ソファに崩れるように寝転んだ。
色々と混乱しているけれど、それでも、きゅーさんを恨む気持ちは沸いてこなかったし、嫌いとも思わなかった。
大好きな気持ちがなくなることもない。
だって、何の説明もなくこの世界に放り出されたのは怖かったけど、ルーファスさんと出逢わなければよかったとは、どうしても思えないから。
ルーファスさんの過去を知った今となっては、獣神の願いも心から理解できる。
生まれたときからずっと悲しく辛い思いばかりしてきたルーファスさんを、幸せにしたいと思う気持ちは私も同じだ。
「でも、ずるいよ、きゅーさん。私がルーファスさんのこと、好きになって、残るって決めてからこんな手紙を送ってくるんだもん」
帰らないと決めてから、普通に帰れると知っても意味がない。
ただ、帰ろうと思えば帰れるのだとわかっても、心が揺らぐことはないと再確認できただけだ。
ルーファスさんの過去を知らなければ、ルーファスさんを好きになってなければ、悩む事もなく帰れたのだろうけど、それはもう無理だ。
私はもう、帰らないと、ルーファスさんとずっと生きていくと決めてしまった。
だから、こちらに残るとしたら、向こうでの私の扱いがどうなってしまうのか、それだけが気にかかる。
お兄ちゃんと喧嘩をしたまま、仲直りもできてないのに行方不明とか死亡なんてことになったら、優しいお兄ちゃんはそれを一生悔やむに違いないから。
お兄ちゃんが憂いなく幸せになれるようにしてほしい。
「やっぱり、ずるいよ、きゅーさん。質問したい事があっても、聞けないじゃない。それに、嫌いになるなんてありえないのに、信じてくれなかったんだとしたら、拗ねちゃうから」
きゅーさんに、声が届いていたらいいのになと思う。
一方通行はちょっと悔しいから、私も変わらずに大好きだよって言うのは、次に逢えた時まで先延ばしだ。




