36.家族 ルーファス視点
クエストは午後から片付けることにして、二人で馬車に篭った。
もう少しだけ、ユキと二人だけで過ごしたかった。
「ルーファスさん、これ、恥ずかしい……」
いつものように寄り添って座っていても、まだユキが遠い気がして、膝の上に横抱きにして抱きしめると、俺の腕の中で恥ずかしそうにユキが身じろぐ。
頬を赤らめて恥らう様子は可憐としか言い様がなく、衝動のままに抱きしめる腕に力をこめた。
「俺は、ユキを抱きしめられて嬉しいぞ?」
離す気はないと伝えるように笑みかけると、ユキが拗ねたようにふいっと横を向く。
視線を合わせていられないといった様子が可愛くて、頬でユキの頭に擦り寄った。
獣化していたら、きっと喉が鳴っていたに違いない。
「ユキとずっと一緒にいられると思ったら、嬉しくて堪らないんだ。ユキが成人するまでは、不埒な事は決してしない。だから、こうして抱きしめるのは許してくれないか?」
ユキの頬を手のひらで包み、顔を覗き込みながら懇願する。
ユキが嫌なら出来るだけ我慢するが、ユキに触れることが出来ないのは寂しい。
「恥ずかしいし、照れちゃうけど、ルーファスさんに抱きしめられるのは、好き。でも、私が成人するまで、5年もあるけどいいの? ルーファスさんは、大人の男の人なのに、……困ったりしない?」
伏目がちに恥らいながらも俺の心配をするという事は、ユキはそれなりにその手の知識があるらしい。
5年もの間、たまった欲を晴らす相手がいなくなることを心配しているようだ。
「獣族は、番を大切にする種族だ。ユキという番が見つかったのに、他の女に欲情する事はない。だから、変な心配をせずに、ユキは俺に甘えて欲しい」
変に気遣われても困るので、はっきりと言葉にしておく。
ユキに出逢うまで知らなかったが、獣族は番と出逢うと、番以外に欲情しなくなるようだ。
ユキとそれ以外といった感じで、明確に俺の中で区別されていて、ユキ以外の女は俺にとって女ではない。
「その番というのが、私にはよくわからなくて。生まれながらに決まっている結婚相手みたいなもの?」
獣族でないユキは、番という言葉を聞いたことがあっても、どういったものか理解は出来なかったらしい。
何と説明したものかと悩みながら、ユキの幻を見た時のことを思い出す。
「番とは、出逢ってしまうと離れられない相手だ。胸が騒いで落ち着かなくて、焦がれてどうしようもない相手が番で、俺の番はユキだと、ユキの幻を見たときに感じたんだ」
俺が言葉を重ねるごとに照れたように頬を染めながら、ユキがぎゅっと縋るように俺のシャツを掴む。
シャツよりも俺の手を掴んで欲しい気がしたけれど、その様がとても愛らしいから、しばらく堪能してから手を掴ませる事にしよう。
「まるで運命の人みたいね。私は獣族じゃないから、ルーファスさんに対してそんな風には感じなかったけれど、でも、最初からずっと好きだなって思ってた。でも、好きだからこそ、私といることで、ルーファスさんに不名誉な噂が立ったり、困らせたりすることが心配なの」
不安げに揺れる瞳で見つめられて、ユキが心配するのは俺の立場や名誉なのだと伝わってくる。
いつだってユキは、自分のことよりも俺のことだ。
大切にされていると感じるたびに、胸が温かなもので満たされる。
愛する番に大切にされることが、こんなにも嬉しい事だとは思わなかった。
俺をこんなにも愛してくれるのは、ユキしかいないだろう。
「何も問題ない。俺がユキを愛しているのは、ユキが幼いからではなく、ユキだからだと、胸を張って言えるからな。例え誤解する輩がいても、ユキが成長すれば、いつか誤解は解ける。俺が生涯をかけて愛するのはユキだけで、隣に置くのもユキだけなのだから」
他の女なんて、近づける気はない。
ユキだけが特別なのだとわかって欲しくて言葉を重ねると、照れてしまったのか、ユキが俺の胸に顔を埋めた。
柔らかな髪を撫で梳くと、額を擦り付けるようにして甘えられて、愛しさで胸がいっぱいになっていく。
「ユキ、俺は10歳のユキに逢えた事を、嬉しいと思ってる。本来の姿のユキと出逢っていたら、7年分のユキを俺は知ることがなかった。確かに、ユキの成人は待ち遠しい。一日も早く俺の伴侶にしたい気持ちもある。だが、成人するまでの5年くらい、きっとすぐに過ぎてしまうだろう。俺は日に日に美しく成長するユキを、間近で見ていられるのが嬉しいんだ」
ユキが成長する様を見ていられるのは、俺にとってとても幸せな事だとわかってほしい。
ユキが子供の姿なのも、悪いことばかりではないのだ。
俺の胸に顔を埋めていたユキが、ちらっと伺うように俺を見る。
上目遣いの愛らしい表情に胸を射抜かれながら、くすぐるように頬を撫でた。
「私が15歳になって、成人したら、……お嫁さんにしてくれるの?」
恥らうような表情で問われ、頷きを返すと、ユキが甘く微笑む。
「じゃあ、成人したら、ちゃんと求婚してね?」
恥ずかしいからか、消え入りそうな声でねだるユキが可愛くて、抱きしめずにいられない。
どうしてユキは、やることなすこと全部可愛いんだ。
こんなに可愛い女は、他には絶対いない。
「成人まで待たずとも、毎日でも求婚しそうなんだが?」
本音をぽろっと漏らすと、ユキは冗談だと思ったようでくすくすと笑いだす。
ユキの笑顔は例えようもないほどに可愛い。
「今日からユキは、俺の番で婚約者でパートナーだな」
誰にもやらないと、独占欲を示すようにしっかりとユキを両腕で抱きこむ。
今はまだ小さく細い体に感じるのは、性欲よりも保護欲で、守りたい、大切にしたいと強く思う。
「違うよ、ルーファスさん。番で婚約者でパートナーで、家族なんだよ。ルーファスさんも私も、この世界に家族はいないんだから、二人で家族になっていいよね? 結婚する前から家族でもいいよね?」
家族という言葉を聞いて、俺が心から欲しいと願っていたものを手に入れたのだと実感した。
俺はこの世で一番の宝を手に入れたのだから、生涯かけて大切にしなければ。
家族なんて、獣神が母を神界に連れて行ってから、俺にはずっと縁のないものだと思っていた。
異なる世界からやってきて、ユキは大切な家族よりも俺を選んでくれた。
そのことを決して忘れることなく生きていこう。
「そうだな。ユキは俺の大切な家族だ。そして、何よりも大事な俺の宝だ」
軽く額を合わせながら囁くと、ユキが幸せそうに頷いた。
ユキを見ているだけで頬が緩んでしまって、とても人に見せられない顔になってしまっている気がする。
ローランドにこの顔を見られたら、間違いなくからかわれるなと思いながら、膝に抱いたままのユキの体を、あやすように揺らして遊んだ。




