34.不安
本日一回目。短いので、もう一話、夜に投稿します。
風露草によく似た、白く可憐な花の名前はフローリアというらしい。
女神フローリアの花だそうだ。
その花が一面に咲き誇っている様はとても美しかった。
女神様の花なのに踏んで大丈夫なのかと心配になったけれど、フローリアはどこにでも根付く雑草に近い花のようで、葉は牛や馬の餌にもなるらしい。
一面の野原の向こうには小川があり、小川の向こうは森になっている。
一本だけ生えた大きな樹の近くに馬車をとめて、馬車の側面の日よけとテーブルをルーファスさんに出してもらった。
公爵家から連れてきたメイドさん達も、日陰にテーブルや椅子を並べたりしている。
貴族の人たちは、地面に敷物を敷いて座るということはしないらしい。
「本当に外から見ると窓がない。しかもこんなテーブルや椅子まで隠してあるなんて、ユキの馬車は面白いね」
今までよりも少し砕けた口調で話しながら、サイモンが珍しげに馬車を見た。
何度見ても、窓がないのが不思議で仕方がないらしい。
「ユキ姉様、サイモン兄様、向こうの小川で遊ぼう! 父様が魚を捕まえてくれるって」
エミールに呼ばれて歩き出そうとすると、ルーファスさんが後ろから頭に何かをかぶせてくれた。
触れて確かめてみると、つばの大きな白い帽子だとわかる。
いつのまに用意してくれたのだろう?
「日差しが強いから、気をつけろ。エリアスの勧めで手に入れたが、よく似合うな」
振り返った私の頬に優しく触れながら、ルーファスさんが満足げに頷く。
照れくさかったけれど嬉しかったので、ルーファスさんを見上げて笑顔でお礼を言った。
そばにいない時も、ルーファスさんが私のことを考えてくれている証のようで、とても嬉しい。
「ユキはルーファス様と仲睦まじいね」
エミールに急かされて歩き出してから、サイモンにからかうでもなくしみじみと言われて、頬が熱くなった。
ルーファスさんと二人きりでいて他と接する事が少ないから、自分たちの言動が周囲にどう見られるのか、あまり考えた事がなかった。
今の私は子供だし、この先どうなるのか不確定だから、ルーファスさんのことは大好きだけど、一歩踏み出せない。
ルーファスさんは当たり前のようにそばにいて、とても優しくしてくれるから、自然にそれを受け止めていたけれど、ルーファスさんは私のことを、どう思っているのだろう?
好きだとは言われたし、愛しいとも言われたし、帰るまででいいからそばにいて欲しいとも言われた。
でも一度だって、帰らないで欲しいと言われた事はない。
いつか終わりが来るとわかっているから、期間限定だから、ルーファスさんはあんなに優しいのかな?
いつもそばにいてくれるのは、私を守るためで、そこに私がルーファスさんを想うような気持ちはないのかな?
幸せを感じているのに、何となく不安にもなってきた。
私が帰らずにこの世界に残ると言い出したら、ルーファスさんを困らせてしまうとか、そういう可能性はないだろうか?
間違いなく好かれてると思う。
けどそれって、恋愛というより親愛のような気がしないでもない。
帰らないって、ずっとルーファスさんのそばにいたいって、言ってもいいのかな?
ルーファスさんに指輪を渡したときに、ルーファスさんから離れられないって思った。
あの時、私は生まれ育った世界じゃなくルーファスさんを選んだ。
心は決まったはずなのに、急に不安になっていく。
私がルーファスさんを想う気持ちと、ルーファスさんの気持ちが違うものだとしたら、どうしたらいいのだろう?
この世界に残ると決めた後、もしも、ルーファスさんが他の人を愛したりしたら、そんな想像をしただけで胸が苦しくなる。
離れたくない、ずっとそばにいたい、誰にも渡したくない、そんな強い衝動のままに駆け出して、驚くルーファスさんにぎゅっと抱きついた。
せっかくかぶせてもらった帽子が飛んでしまったけれど、今はルーファスさんから離れたくない。
帰らないって、ずっとルーファスさんのそばにいるって、言ってもいいのかな?
解決してない問題はまだたくさんあるけれど、でも、好きって伝えてもいい?
ルーファスさんに愛されたいと、願ってもいい?
「ユキ、どうしたんだ?」
いつものように抱き上げられて、顔を覗き込まれた。
向けられる眼差しはとても心配そうで、心から私を案じてくれているとわかる。
完全に庇護される子供扱いだなって思った瞬間、水を掛けられたように昂ぶっていた気持ちが萎んでしまった。
今の私、ルーファスさんと対等じゃない。
守られる子供の私が、いくら好きだと訴えたところで、ルーファスさんを困らせてしまうだろう。
「――川で遊ぶなら、ルーファスさんも一緒がいいと思って」
いつものように首に腕を回して抱きついて、さり気なく顔を隠した。
ルーファスさんに抱き上げられて、悲しいと思ったのは初めてだ。
今の感情は、ルーファスさんに知られたくない。
「ローランドが張り切っていたから、見せ場を譲るつもりだったが、ユキの願いなら叶えなければならないな」
宥めるように優しく私の背を撫でながら、ルーファスさんが冗談めかす。
きっと、私が違う事を言いたかったのだと気づいているのだろうけど、追求しないでくれるみたいだ。
私を抱き上げたまま歩いて、途中で回収した帽子をルーファスさんがまたかぶせてくれる。
こんなに大切にされて、優しく守られて、それでも足りないって思う自分が、とても欲深く感じた。
愛しく思う気持ちと、それ故に生じる不安を必死に押し隠した。




