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30.決心




 土鍋はなかったから、厚手の鍋でご飯を炊いて、念願の鯵の南蛮漬けと豆腐のお味噌汁、それから、鶏肉を照り焼きにして、サラダ代わりに夏野菜をたっぷり添えた。

 私が料理をすると聞いて、マリアさんが心配そうに付き添ってくれたけど、心配していたのは最初だけだった。

 和食は食べた事がないそうで、見たことのない調味料に驚きながら、手伝いをしてくれた。

 魚を油で揚げるというのもマリアさんは知らない調理法だったみたいで、かなり驚かせてしまった。

 少し多めに作ったので、マリアさんにおすそ分けして、夕食の時はルーファスさんと二人きりにしてもらう。

 元々、そばに控えられるのがルーファスさんも私も苦手なので、食事の時の給仕を断ることも良くあった。

 この離れにいるメイドさん達は、客人に対する礼儀を守りながら、ちょうどいい距離で接してくれる。

 おかげでストレスを感じる事もなく、気楽に過ごせていた。



「どれも美味そうだな。作ってくれて、ありがとう、ユキ」



 食堂のテーブルに並べられた料理を見て、ルーファスさんが笑顔でお礼を言う。

 最近、ルーファスさんの笑顔が凄く増えた気がする。



「マリアさんも手伝ってくれたの。でも、もし口にあわなかったら、他の料理もあるから無理しないでね?」



 照り焼きはともかく、南蛮漬けは酢を使っているから、好みにあわないこともあるかもしれない。

 だからちょっと心配だ。



「ユキの故郷の料理なんだろう? だから楽しみにしていたんだ」



 気を使っているわけではなく、本当に楽しみにしていてくれたらしい。

 ルーファスさんはナイフとフォークで器用に料理を食べ始めた。

 私は箸を作っておいたので、今日は箸でご飯を食べる。

 木工スキルを持っているせいか、木材の加工はあまり苦にならなくて助かっていた。

 久しぶりの南蛮漬けは、さっぱりしていてとても美味しかった。

 やっぱりお魚はいいなぁと、幸せに浸りながらしっかりと味わう。



「この魚は、酒にもあいそうだな。味がしっかりしているのにさっぱりしてて美味い。それにしてもユキは、器用だな」



 箸を使う私が珍しいのか、ルーファスさんが興味深げに見てる。



「箸といって、私の国では普通に使われているものなの。私はナイフとフォークより、こっちの方が慣れているから、使いやすくて」



 箸だとどうしても、箸で切れないものは噛み切ることになるから、一口サイズに切り分けて食べるというこちらのマナー的には、あまり良くないのかもしれない。

 でも南蛮漬けはナイフで切らずに齧りたい。

 


「見た事がないから、外では目立つかもしれないが、人目がないときなら問題ないだろう。ユキの食事マナーは問題ないからな。公爵家の昼食会で問題なく振舞えるのだから、自信を持っていい。城のパーティーも、晩餐会ではなく立食形式のパーティーだから、心配はいらない。ただ、何が混入されているかわからないから、見知らぬ人から渡された飲み物や食べ物は、口にしないで欲しい」



 何やら物騒な話になってしまって、驚きで箸が止まった。

 ルーファスさんは一服盛られた事があるんだろうか?



「ユキを誘拐しようと思えば、一服盛るのが一番早い。俺の目が離れた隙に、眠ったり気分の悪くなったユキを会場から連れ出せば、周囲には介抱しているようにしか見えないからな。成人していないユキに媚薬を盛るような事はないと思うが、中には変態もいるから気をつけろ。俺もローランド達もできるだけ気をつけるし、そばから離さないつもりだが、それでも注意は必要だ」



 パーティーに行くというよりも、戦いに行くみたいだ。

 ルーファスさんは、媚薬とか盛られた事があるのかなぁ?

 


「状態異常無効のアクセサリーをつけることにするね。レベル20にならないと使えないから、パーティーまでにレベルを上げられるといいんだけど」



 状態異常無効というのは、本来ならばもっと高いレベルのアクセサリーや防具にしかついていない付加なのだけど、状態異常無効の付加石を、うっかり低レベルのアクセサリーに使ってしまった失敗の産物を持っている。

 本当はその当時に使っていた、もっと質のいいネックレスに使う予定だったので、レアな附魔石を無駄にしてしまって、その時は物凄く落ち込んだ。

 こうして役に立つのだから、捨てずに残しておいてよかった。



「ユキ、そのアクセサリーは国宝級だ。暗殺の心配がある王族が、こぞって欲しがるような逸品だから、内緒にしておけ」



 ルーファスさんの忠告に、素直に頷いた。

 ただの失敗の産物が国宝級というのには驚いてしまう。

 他にも持ってるけど、見知らぬ他人に譲るくらいなら、ルーファスさんに譲りたい。

 私が苦しんで欲しくないのも傷ついて欲しくないのも、ルーファスさんなのだから。








 久しぶりの和食はとても美味しかった。

 ちょっと心配だったけれど、ルーファスさんも気に入ってくれたようなので、公爵家滞在中も時々は料理を作る事にした。

 明日のピクニック用のお弁当のおかずもいくつか作っておいたので、お弁当にしてアイテムボックスに入れておくつもりだ。

 早いうちにローランドさんに起こされる予感がしてるから、朝はお弁当を作るどころじゃないかもしれないけど頑張ろう。

 馬車の中でも料理は出来るけど、人数が多い分、いつもより狭いからあまりしたくない。



「ユキ、どうした? 風呂に行ったんじゃなかったのか?」



 最初の日と同じで、私とルーファスさんは同じお風呂を使っている。

 食事の後、先にお風呂に入るからと部屋に戻って、アイテムバッグの中の指輪を取ってきた。

 何と言って渡せばいいのか悩んで、どうしていいのか分からなくなったので、さっさと渡して逃げ出すことにした。

 逃げてしまえば、お風呂の中まで追いかけてくる事はないだろう。



「ルーファスさん、これ。いつもお世話になっているから、お礼に。初めて自分で働いた報酬だったから、形のあるものにしたくて。それで、それをあげたい相手がルーファスさんだったの」



 私の勢いに驚いているルーファスさんに指輪の箱を押し付けるようにして、バスルームに逃げようと背を向ける。

 ルーファスさんは驚いたように硬直して、渡された箱を見ていたから、逃げ切れると思った。

 けれど、私は獣人の身体能力の高さをすっかり忘れていた。

 ソファに座って呆けていたはずのルーファスさんは、すぐに私に追いついて、背後からぎゅっと抱きしめてくる。



「ユキ、ありがとう。――こんなに、嬉しい事は初めてで、胸がいっぱいで、言葉にならない……」



 想像以上にずっとルーファスさんが喜んでくれているのが伝わってきて、私も胸がいっぱいになってしまった。

 何も言えなくて、体に回されたルーファスさんの腕にぎゅっと抱きつく。

 どうしよう、私、ルーファスさんが大好きだ。

 プレゼント一つでこんなに感動してくれるルーファスさんが、愛しくてたまらない。



「――ユキっ……ユキ……」



 切ないような声音で、ルーファスさんが私の名前を何度も呼ぶ。

 どこにも行かないでくれ、そばにいてくれという声にならない懇願が、聞こえるような気がするのは、私の願望なのかな?

 縋るように体に回された腕に、ずっと包まれていたいと思ってしまう。

 名前を呼ばれるたびに、胸が甘く疼いて、愛しさが増した。

 私はルーファスさんから離れられない。

 こんなに寂しがりの可愛い人を置いて、どこにも行けない。

 ぽたぽたと熱い滴が落ちてくるのに気づいて、その思いはより強くなった。

 今度、夢できゅーさんに逢えたら、この世界に残れないかどうか聞いてみよう。

 今はまだ、ずっとそばにいるとは言えない。

 期待させて、結果的に裏切るのは絶対に嫌だから。

 何も言えず、何も誓えないから、その代わりに、体の向きを変えて両腕でルーファスさんをぎゅっと抱きしめた。

 


「ルーファスさん、ありがとう。こんなに喜んでもらえるなんて思わなかったから、嬉しい」



 愛の言葉は封印したまま、ルーファスさんの濡れた目元や頬を指先で拭う。

 本当の私とは違う小さい手。

 それがもどかしくもあり、ありがたくもある。

 だって、子供じゃなかったら、自分の気持ちを抑えきれなかったかもしれない。

 背伸びをすれば届いていたら、多分、ルーファスさんにキスしたい衝動を堪えられなかった。

 誰かにキスしたいなんて思ったのは初めてだ。

 ルーファスさんは私に、今まで知らなかった感情や衝動をいくつも教えてくれる。

 涙を拭われて恥ずかしかったのか、ルーファスさんの目元が赤く染まった。

 恥ずかしくて堪らないらしく、私を直視できないようで視線が彷徨ってる。



「お風呂に入ってくるから、中身、見てね?」



 少し落ち着く時間が必要かなと思って、最初の予定通りバスルームに篭る事にした。

 指輪を見てどう思ったかな?とか考え出したら落ち着かなくて、いつものようにお風呂を堪能するというわけにはいかなかった。




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