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28.馬車の中




 朝からルーファスさんが何だか落ち着かない様子だ。

 顔は無表情のままなんだけど、しっぽが落ち着きなく揺れていて、何かあるのだと教えてくれた。

 言い出したいけど言い出せないといった様子だったので、こちらから聞いてみることにする。

 そわそわとした可愛いしっぽの動きを十分に堪能してから、ルーファスさんに声を掛けてみた。



「ルーファスさん、何か悩み事? それとも言いたいことでもある?」



 スキルでグレンの実のジュースを作りながら視線を向けると、意を決したようにルーファスさんが私を見る。



「ユキ……城であるパーティーに、一緒に出てくれないか? 貴族だらけで嫌な思いをさせるかもしれないが、できれば、パートナーとしてユキを連れて行きたい」



 パーティーがあるのは、ローランドさんとの会話でわかっていた。

 誘ってくれるのかな?って思っていたけど、その後、ルーファスさんが何も言わないのですっかり忘れていた。

 ルーファスさんの様子を見ると、照れくさくて誘えなかったというよりは、貴族ばかりの城に連れて行くことを躊躇して誘えなかったようだ。

 貴族の心無い言葉や態度で、私が傷つかないか心配なのだろう。



「ルーファスさんと一緒なら、どこにでも行くよ。パーティーとか、本当はルーファスさんも苦手でしょ? 一人で戦わせないから、安心して」



 王都に辿り着いてからの周囲の反応ややり取りで、聞かなくてもわかることもある。

 竜を討伐した英雄と言われているルーファスさんが、城で開催するパーティーに招待されるのは、何か政治的な意味合いもあるのだろう。

 でも、ルーファスさんがパーティーに出るのは、この国のためというよりは、ローランドさんのためじゃないかと思う。

 大掛かりなパーティーであればあるほど、ルーファスさんがローランドさんを頼りにしているのだと、周囲に示すには都合がいい。

 でもだからといって、見世物のような扱いに、ルーファスさんが疲弊しないはずはない。

 私がいることで少しでもルーファスさんの助けになるのなら、貴族の嫌味くらいなんでもないことだ。

 今は子供だけど、中身は17歳なんだし、私だって守られて助けられるだけじゃなく、ルーファスさんを助ける事ができるはず。

 


「ユキ! ありがとう」



 私の気持ちが伝わったのか、感極まったような様子で私を抱き上げ、きつく抱きしめてくる。

 胸元にあるルーファスさんの頭を抱き寄せると、甘えるように擦り寄られた。

 猫が甘えてるみたいで可愛くて、自然に笑みが漏れる。

 何だか凄く、幸せ過ぎる。

 大人のルーファスさんが甘えてくれるのが、とっても嬉しい。



「城でのパーティーとなると、色々と決まりもあるから、セシリアと相談してドレスを仕立てるといい。装飾品や靴もあわせて揃えてくれるはずだ。実は、セシリアからせっつかれていたんだ。セシリアの子は男ばかりだから、女の子の衣装を一緒に選ぶのが、楽しみで仕方ないらしい。ユキは大変かもしれないが、セシリアに付き合ってやって欲しい」



 早く申し込めとせっつかれた結果、朝からルーファスさんは落ち着きがなかったらしい。

 セシリアさんには弱いんだねって笑ってしまいながら、床に降ろしてもらった。

 そういえばお母さんも、女の子に着せる服を選ぶのは楽しいって言ってた。

 私もお母さんと一緒に服を買いにいくのは、とても楽しかったなぁ。

 お母さんと私は好みも似通っていたので、お母さんが選んでくれる服はいつも私の好みにとてもよくあっていた。



「付き合うのは別に構わないけど、いつ採寸とかするのかな? 明日はギルドに行けない?」



 初クエストの次の日は休んだけど、その後はまたクエストを受けて街の外に出た。

 既に4回、冒険者として活動していて、無事にEランクに上がっている。

 もう少し頑張れば、後一つランクが上がるらしいので、早く上げてしまいたいなという気持ちもあった。

 Dランクになれば、王都の近くのダンジョンに入れるようになるので、レベルも上げやすくなるし、それにクエストの報酬も少し高くなる。

 レベルもやっと16まで上がったので、魔力が増えて生産が少し楽になってきてる。

 早く、グレンの木の栄養剤を作れるようになりたい。

 栄養剤を作る前段階の中級のMP回復薬はかなりたまってきたし、グレンの実の種はすべて残してあるらしいので、後は栄養剤を作ってから植えるだけだ。

 HPと同様、MP回復薬も使わないものは処分してあったので、栄養剤を作るために必要なMP回復薬を持っていなかった。

 最初に植えるときに栄養剤がないと芽がでないので、早く何とかしたいのだけど、中々思うようにいかない。

 積み重ねが大事だから、起きた時と寝る前は必ず生産をして、昼間にも出来るだけやるようにしているけれど、思ったよりもレベルが上がり辛くてもどかしい。

 ゲームの時は、初期はレベルも上がりやすかったんだけどなぁ。

 


「セシリアに予定を聞いてみないとわからないな。とりあえず、ユキのドレスを作らせるから、商人を呼ぶようにと伝えてもらおう。そうすれば、セシリアが自分の予定と合わせて、都合のいい日に呼ぶだろう。そろそろ、ローランドの休みもあるはずだから、ピクニックにも連れ出されるはずだ」



 何となく忙しなくて落ち着かない。

 二ヶ月も王都にいるのかと思っていたけれど、二ヶ月なんてすぐに過ぎそうだ。

 この分だと、ダンジョンに行くのは、城でのパーティーの後になるかなぁ。

 お城のパーティーよりもダンジョンが楽しみだなんて、女の子としてはまずい気がする。

 

 ルーファスさんがマリアさんに伝言を頼みに行くのを見送りながら、追加でグレンの実のジュースを作った。

 魔力は減らしすぎると辛いけど、最近は加減がわかってきたので、辛くなる前に止められるようになった。

 魔力回復の薬を飲みながら作ってもいいけれど、そこまでして生産すると、ルーファスさんに叱られる。

 ルーファスさんは私に甘いから、ゲームの時と同じ感覚で色々やろうとすると、働き過ぎだと心配して止められてしまうのだ。



「マリアに頼んだから、すぐに返事がくるだろう。もし、今日は予定が入らないようだったら、一緒に出かけないか? ユキは食材を見たがっていただろう?」



 すぐに戻ってきたルーファスさんに誘われて、笑顔で頷いた。

 私が言った些細な事も、ルーファスさんはいつも覚えていてくれる。

 それが嬉しくて、ルーファスさんの腕にじゃれついた。



「エリアスさんのお店に行くの? もし、私の欲しい調味料があったら、今夜の夕食は私が作るね」



 醤油とか味噌は見つかるかなぁ?

 王都から海は遠いけれど、アイテムバッグを持った商人が魚の輸送をするから、王都でも海の魚が食べられるらしい。

 久しぶりにお魚が食べたいなぁ。

 鯵の南蛮漬けとか、暑いからさっぱりしたのが食べたい。

 あまり湿気がないのか、暑くてもそれなりに過ごしやすいけれど、そろそろ和食が恋しくなってきた。

 浮き浮きとしながら脳内で献立を立てていると、私を腕にじゃれつかせたまま、空いた手でルーファスさんがいつものように頭を撫でてきた。



「ユキの手料理は久しぶりだから、楽しみだな。一緒に出かけられるといいんだが……」



 楽しみだというルーファスさんの表情が緩んでいて、本当に楽しみにしてくれてるんだと伝わってくる。

 セシリアさんには悪いけど、予定が明日以降になりますようにと、お祈りしてしまう。

 エリアスさんのところに行けるなら、食材の他にも欲しい物があった。

 問題はルーファスさんに内緒で買い物をする時間があるかどうかだけど、行ってみれば多分何とかなるだろう。


 たいして待つこともなくマリアさんが帰ってきて、ドレスを作るのは4日後になると伝えられた。

 ついでに、ローランドさんのお休みが明日だということも知らされたので、明日までに、ピクニックの用意もしなければ。

 明日も予定が入る事を考えると、何日かギルドには行けないけど、少し体を休めろということなのかな。

 とにかく、今日は予定があいたので、ルーファスさんと出かけることにした。

 街中では御者を馬車に残しておかないと、急に馬車の移動をしないといけない時があるそうなので、公爵家の使用人を一人借りて、御者をお願いする事になった。

 最近、御者台でルーファスさんと座っていることが多かったけれど、馬車の中で寛げるなら、それもいいかなと思う。

 馬車のソファは、公爵領で買った布や綿を使って、座り心地がいいように改造してあった。

 ピクニックに行く時は、ロフトにクッションを置いたりして座り心地をよくして、サンルーフを開ければ、閉塞感なく座っていられるかもしれない。

 ソファだけでは全員が座りきれないから、ロフトを居心地よく整えるのは大事だ。

 屋根の部分にも上がれるけれど、上に人がいると、さすがに人目についてしまうし危ないから、やめた方がいいだろう。



「ユキ、こっちだ」



 馬車に乗ってソファに腰掛けたルーファスさんに呼ばれて、いつも御者台に乗るときみたいに隣に座った。

 二人で座っても余裕があるけれど、寄り添うようにくっつくと、ルーファスさんの虎耳が嬉しそうに立つ。

 この距離感がいつの間にか当たり前になってしまって、離れるのは寂しいと感じる自分に気づいて、そろそろ自分の感情から目をそらすのは限界かなと感じた。

 今まで、こんな気持ちは誰にも感じた事がない。

 大好きなお兄ちゃんだって、憧れていた先輩だって、ここまで私の心を揺さぶる事はなかった。

 私はルーファスさんを、守りたいし大切にしたい。

 優しくて寂しがりで、そして不器用に生きてるルーファスさんが、とても愛しい。

 私、ルーファスさんが愛しくてたまらないんだ。

 そう自覚したら、胸が震えるような切なさでいっぱいになって、縋るようにルーファスさんに抱きついた。

 急に抱きついてきた私に驚きながらも、ルーファスさんが優しく抱き寄せてくれるから、心が喜びで満たされる。

 いつの間にこんなに好きになっちゃったんだろう?

 もしかして、最初からなのかな?

 好意を感じるのは、恩人でお兄ちゃんに似てるからだって思ってた。

 けれど、その好意が深まって、今の愛しさに繋がっている事を思うと、最初から好きだったのかな?

 今まで何人かの人に告白された事はあったけれど、いつだってお兄ちゃんと比べてしまって、とても付き合う気にはなれなかった。

 男の人の基準がお兄ちゃんだったから、お兄ちゃんと比べると、同級生どころか、先輩でさえ子供に見えてしまって、心は動かなかった。

 ゲームできゅーさんとおしゃべりしたり遊んでいる方が、余程楽しいと感じてた。

 だから、私の恋愛経験はないに等しくて、好きだなって自覚しても、その後、どうしたらいいのかわからない。

 特に今は子供の姿だから、私に恋愛感情をもたれても、ルーファスさんは困ってしまうよね?

 前に私に愛しいとルーファスさんは言ってくれたけど、それは恋愛というより家族愛に近いんじゃないかと思ってる。

 ずっと一人だったルーファスさんだから、その寂しさを埋めた私を特別視してるだけなのかなって。

 


「ユキ、どうした?」



 抱き寄せた手で私の髪を撫でながら、優しい声音でルーファスさんが問いかけてくる。

 顔を上げなくても、気遣うような眼差しを向けられているのだろうと、想像がついてしまう。



「――急に、甘えたくなったの」



 好きだとは言えない。

 代わりに擦り寄って甘えながら、抱きつく腕に力をこめる。

 ルーファスさんが私のこうした甘えを許してくれるのは、私が子供だからなのかな?



「そうか。ユキが甘えたいのなら、好きなだけ甘えろ。こういうのを役得というのだろう? それで、できるなら、その……俺にだけ、甘えて欲しいと思う」

 

 

 一瞬言葉に詰まって、その後、躊躇うように付け加えられた言葉が、独占欲を表しているみたいで嬉しくて、俯いていた顔を上げてルーファスさんを見つめた。

 照れているのか、ルーファスさんの視線が彷徨っていて、私と目をあわそうとしない。

 大人の男の人なのに、可愛いと感じてしまった。



「ルーファスさんは特別だから、ルーファスさんにしか甘えない。お兄ちゃんにだって、こんなに甘えた事はないよ。ルーファスさんだけだもん」



 ルーファスさんは虎耳をぴくっとさせて、「そうか」と、一言呟くように返してくれただけだけど、落ち着きなく揺れていたしっぽが、私を抱きしめるみたいに体に回されたから、喜んでくれてるのかな?って思う。

 いつか帰ることで離れ離れになる不安は、不思議なほど感じなかった。

 だってきゅーさんが、私を不幸にするはずはないから。

 もしかしたら辛い選択をしなければならないかもしれないけれど、突然、ルーファスさんにお別れも言えずに元の世界に戻される事だけはないと信じられた。



「ルーファスさんも……他の人を、こんなに甘やかさないでね? こうして一緒にいられるのは、私だけがいい」



 気を引くように名前を呼ぶと、照れたような顔を向けられたから、私からもお願いしておいた。

 好きって自覚した途端に、独占欲を露わにするとか浅ましいかもしれないけど、でも、他の女の人にこの位置は譲りたくない。

 ルーファスさんに甘やかされて抱きしめられるのは、私だけがいい。

 元の体に戻るか、この体が成長するまでは、ルーファスさんの名誉のためにも、恋愛感情なんて向けられないのだから、これくらいの独占欲は許して欲しい。



「当然だ。俺が抱きしめたいのも甘やかしたいのもユキだけだ」



 言葉を証明するみたいに、両腕でぎゅっと抱きしめられる。

 胸元に顔を埋めるような体勢だから、ルーファスさんの温もりや鼓動が伝わってきた。

 ルーファスさんの鼓動が速まっているのが、私のせいだったらいいな。

 だって、私だけどきどきしてたら切ないから。

 抱きしめられたのが嬉しくて、でも照れくさくて、赤くなってしまった頬でルーファスさんの胸に擦り寄りながら、まだもう少しこのままでいたいなと思った。

 エリアスさんの店までの道が混んでますようにと、祈ってしまった。




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